最後の一葉【沖田】
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「ナマエ~」
『あら、そーちゃん』
空を見上げればそこはどんよりした雲に覆われ、お世辞にも良い天気とは言えない空模様の中、漆黒の隊服を身にまとったその男───沖田総悟は片手をポケットに突っ込み、そこに和菓子屋の紙袋を提げ、もう片方の手をひらひらと振りながら少女の前に現れた。
ナマエと呼ばれた少女は、総悟が来たことに気付くと布団から身体を起こし、その際少し開いてしまった襟の合わせ目をそっと直した。
「寝てなくていいんですかィ?」
『大丈夫、今日は朝から調子が良いの』
よっこいせ、と総悟はいつものように縁側に腰掛け、半身を乗り出して「これ、お袋さんに」と言いながら、持っていた紙袋をナマエに差し出した。
ここはナマエの屋敷で、総悟とナマエは幼馴染みだった。ナマエの親が江戸で事業を起こすということで一旦は離ればなれになった二人だったが、その後総悟たちも上京することになり、その時に再会を果たしたのだった。
いつも、というように、総悟は小さい頃から病弱な彼女を、頻繁に見舞いに来ていた。とは言え玄関から入るわけではなく、門を抜けるとそのまま庭の方に回り、縁側から彼女の部屋にお邪魔しているのである。
『いつもありがとう、そんなに気を使わなくてもいいのに…』
「そーいう訳にもいかないんでィ。男には、それなりにカッコつけさせてやるもんだ」
『はいはい、そういうところは昔から変わらないのね』
総悟の言葉に小さく笑ったナマエは、『お母さんが大好きな豆大福の店、ちゃーんと知ってるのね』と彼の顔を覗き込み、恥ずかしそうにプイと顔を背けた総悟を見てまた笑い、枕元に紙袋を置いた。
一見、生意気で意地の悪い性格の総悟だが、ちゃんとナマエの両親には気を使っており、病気がちな娘の大事な友達と認識されているようである。
外はぴゅうぴゅうと音をたてながら木枯らしが吹き、落ちた枯れ葉が風に舞っていた。その様子をじっと見ていた総悟が、唐突に、そして静かに話し始めた。
「…今度の病気は、いつ頃治るんですかィ?」
『なあに、突然』
「俺はもう、ナマエがしんどそうに寝てるのを見るのが辛いんでさァ。俺が、俺が代わってやれたらいいのにって……」
『そーちゃん…』
俺らしくねーな、と言いながら少し赤くなった鼻をズビと鳴らし、冬の寒さに負けて大分葉が減った、庭の隅に生えた物悲しい木を見つめ「あの木の葉っぱが、一枚残らず落ちる頃には良くなってるんですかねェ…」と呟いた。
『そーちゃん、そのお話って確か「あの葉っぱが全部落ちる頃に、私も死ぬんだわ」って言うんじゃなかった?』
ナマエがそう言うと、総悟はチラッとナマエを見て、すぐに前を向き座り直した。
「死ぬなんて、許さねェ」
『え?』
「いくらナマエでも、死ぬなんて、絶対許さねェ……」
『そーちゃ、』
「いいか、ナマエが、あの葉が全部落ちる頃に死ぬってんなら、俺はあの木の葉を全部むしりとる」
『そーちゃん、酷いことするのね』
「ナマエの為なら俺ァ、山の一つや二つでも丸禿げにするぜィ」
『それで?うちの木を丸禿げにしてどうするの?』
「むしった葉を、全部、一枚残さず持って帰る」
『……?』
それまで淡々とした受け答えをしながら、しかし一つ一つしっかりと彼の言葉を理解しながら話を聞いていたナマエだったが、この言葉の意味だけはどうしても理解出来なかった。
『どういうこと?』
なかなか続きを切り出さない総悟に痺れを切らし、自ら彼に聞き返すと、総悟はすくっと立ち上がって振り返り、ニヤリと笑って言った。
「絶対落とさねェように、袋に入れて天井から吊るしておくんでィ。そしたらナマエは死なねェし、俺ァナマエの命を救ったヒーローになれるだろ?」
その言葉を聞いて一瞬ぽかんとしていたナマエだったが、目の前の男への嬉しさと愛しさがどうしようもなく込み上げ、思わず溢れた涙で頬を濡らし、しかし満面の笑みを彼に向けた。
最後の一葉
(そーちゃんはいつだって、大好きな、私だけのヒーローだよ!)
2011.1.23 春日愛紗