キミのいない世界【銀時】
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『ねぇ、銀ちゃん』
ぽかぽか陽気の柔らかい日差しが降り注ぐ昼間、川原の芝生に寝そべって空を見上げていると、俺の視界いっぱいにナマエの顔が広がった。俺が体を起こすと、覗き込んだ時に肩から垂れたさらさらの長い髪を耳に掛け直したナマエは俺の隣に座った。
ナマエは松陽先生の塾の近くに住んでいる(らしい)俺たちと同世代の娘で、塾に通ってさえいないがよく遊びに来ては俺や高杉やヅラと一緒につるんでいる。しかし俺たちとは違った小綺麗な格好をしており、家の事情を詳しく聞いたことはないがきっとそれなりに名家のお嬢様なんだろう。
「なんだよ」
『コレ、見た?』
そう言ってナマエが差し出したのは地元の新聞。一面には大々的に、ここ数日同じ話題が上っている。その内容と言うのは、先日からこの国全体を騒がしている「天人」関連のものだ。
『また不平等な条約結ぶように要求してるみたい…』
「またかよ…もう完全にナメられてんじゃねーか俺たちの国は」
『どうなっちゃうんだろう、ね』
そう言って小さくため息をついたナマエの横顔は、今日の空とはうって変わって曇っていた。
いつだって晴天のように明るい笑顔で俺たちに光を注いでくれたナマエの顔はここ最近曇りがちで、気のせいか顔色も優れないように見えた。
「…、」
どうしたんだ、と一言聞いてやろうとした。が、開いた口は何の言葉も紡がないうちに閉じられた。ナマエの力になってやれる自信が俺にはまだない、そんな気がしたから。唇にぐっと力を込め、言葉を飲み込んだ。
憂いを帯びたナマエの横顔は、不謹慎ではあるがとても美しく見えた。
「なぁ、ナマエ」
『なあに?』
「…お前、さ。いつまで俺のそばにいてくれんの?」
突然の問いにきょとんとした表情を見せたナマエだったが、一瞬でそれは笑いに変わった。ただ、いつもの全開の笑顔ではない。そんな表情に、俺の心がチクリと痛んだ。
『私はずっと、銀ちゃんのそばにいるよ?』
ナマエと初めて出会った頃の俺は、誰も他人を信じられなかった。だけどコイツの無垢な笑顔に次第に心を許していき、ようやく今に至るといった感じだ。その事についてナマエは以前『銀ちゃんには私が必要なのよ!』などと言ってケラケラ笑っていたが、本当にその通りで、俺はナマエがいなくなるのが怖かった。
漠然とした不安が急に大きくなり、それまでの会話とは何の脈絡もないが唐突に聞いてみたくなった。それに対する返事は俺にとって安心出来るもので「そ、か…」と短く返事をして、またゴロンとその場に寝そべった。
きっと昔からナマエは俺にとって必要不可欠な存在であって、それは今でも変わらない。誰にでも眩しい程の笑顔を向けられるナマエが憧れの存在から恋愛対象になったのは、いつのことなのだろうか……
そんな何気ないやり取りをしてからしばらく、ナマエは姿を見せなくなった。高杉やヅラに聞いても会っていないと言うし、ここ数日俺たちの仲間内でナマエの姿を見た奴は1人もいなかった。
何かあったんじゃないかと皆がざわつく中、慌てた様子でこちらに向かって叫びながら走ってくる仲間の姿が見えた。
「た、大変だ!ナマエの家が…」
俺は夢中で走っていた。多分高杉やヅラも一緒に走っていたんだろうが、気にする余裕もなくがむしゃらにナマエの家へ向かっていた。
叫んでいた奴から話を聞くと、ナマエの家はこの辺りでは結構な資産家で、地元の有力者である父親は熱心な尊皇攘夷思想の持ち主だったと言う。ナマエの家はその資産とここら一帯の尊皇攘夷思想排除に目を付けた奴等に襲撃を受けたらしい。父親は狙われていることに何となく気付いていたようでナマエの外出を禁じ、新たに護身の為の浪人を雇うために手筈を整えている中の襲撃だった。
初めて訪れたナマエの家の前には人だかりが出来ており、それを必死に掻き分けて門までたどり着いた。奉行所の役人が止めるのも聞かず、振り払って家の中に入るとすぐ血の臭いがした。思わず顔をしかめて、それでも進むと一番奥の部屋で血だらけのナマエが倒れていた。
「…ナマエ?!」
弾かれたように駆け寄りその体を抱き起こせば、見覚えのある着物、見覚えのある簪を身に纏ってはいたが変わり果てたナマエの様子が見てとれた。
「ナマエ…!ナマエ!!」
必死に体を揺すって声を張り上げると、ナマエはツラそうに目をうっすらと開けて俺の姿を確認し、ゆっくり微笑んだ。
『ぎ、ちゃ…』
「よかった!すぐ、医者に連れてってやるから…!」
一気にナマエの体を抱きかかえて、出来るだけ急いで外へ向かった。苦しそうに荒い呼吸をしていたナマエが、その息と共に小さな言葉を吐き出した。
『恨ま、ないで…』
「何…話なら後で……」
『私に、関係なく…銀ちゃんは、銀ちゃんの…信じる道を……』
そこまで言ったナマエの体から力が抜けた。咳き込みながらも繰り返されていた荒い呼吸も聞こえなくなり、さっきよりますますぐったりしている。徐々に走るスピードを落として最終的に立ち止まり、ナマエの様子を確認すると既に息耐えていた。
「……なん、で…!!」
それからしばらく、俺は完全に荒んでいた。何でナマエが死ななければならない、彼女は何もしてないじゃないか。泉のように湧き上がる怒りと悲しみに苛まれながら毎日を過ごしていた。
「銀時、いつまでも悲しみに浸ってはいられないぞ」
「わかってらァ…」
「俺達の光を2つも奪った世界にゃ、喧嘩を売る他あるめーよ」
ナマエはきっとこんなこと望んじゃいないだろう。だが馬鹿な俺は刀を手に取り立ち上がることしか出来なかった。
ごめん、ナマエ。俺のこの哀しみを紛らわす為には、お前を奪ったこの世界を壊すことしか出来ない。
お前の望んだ俺の未来は違ったかもしれないが、でもこれが俺の信じる道だ。
…なんて格好いい言葉を並べても、ただ結局俺はナマエのいなくなった世界で生きていく勇気がないだけなんだ。
キミのいない世界
(キミのいなくなった世界を全て壊したら、僕は満足するのか?)
2010.3.15 春日愛紗