かみさま【土方】
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身を刺すような寒さに体を縮こまらせながら、私は人の波を縫って歩いていた。街中は初雪だ何だと騒がしく、男女が仲良さそうに身を寄せあっている。そんな様子を横目でチラと見、またすぐに前を見る。私によそ見なんてしている暇はない。
私はいわゆる攘夷志士グループの幹部で、今夜はある宿屋での密談が予定されている。今はその店に向かう最中なのだ。供の者を引き連れ、足早に大通りを突っ切っていく。
「ナマエさん、あれ…」
部下の声に反応し、目線だけ指差す方に向ければ、そこには黒服に身を包んだ集団。
『真選組、か…』
「えぇ…今夜の件、漏れてなければいいんですがね」
『…心配しても何も始まらない、行くよ』
先程より歩調を早め、被った笠により深く顔を沈めた。ビクビクしていては余計に怪しまれる。堂々と歩を進めた……けれど、私の目線は集団の中からまっすぐ上がる紫煙を見つけた途端、それに釘付けだった。
誰にも話してはいない、話してはいけないと思いながら、私は土方に恋をしていた。初めて会ったとき既に攘夷志士と真選組という関係であったにもかかわらず、まっすぐな瞳に胸が高鳴った。決して結ばれない…そんな運命を知っていながらも、私の心は奴でいっぱいになっていった。
この立場上、どうしても考えてしまうのが『もし私が攘夷志士でなければ、もし奴が真選組でなければ…』ということだ。私は攘夷志士であることに誇りを持っているし、きっと奴も同じであろう。でもどうしても、希望が捨てきれずに考えてしまうのだ。例えこんな関係じゃなかったとしても、世界は広い。出会えたかどうかすらわからない仮定の話に、私の表情は曇るばかりだった。だがせめて…もしも願いが叶うなら、土方の刃にかかって死にたい。そうしたら奴の心に、私の印象が少しでも残るかもしれない…。そんな甘い考えを浮かべては、クスッと小さく笑う。きっと奴はそんなことはしない。女を斬るのに一瞬躊躇するような奴だ…本当、向いてないよその仕事。斬り合いの中では男も女も関係ない。自分に斬りかかってくる奴全員を斬らないと、自分が斬られるまでだ。きっと私が刀を振りかざして目の前に現れれば、刀で捌いて捕らえ、殺さないまま部下に尋問でもさせるのだろう。鬼の副長、なんて呼ばれてるくせに…鬼になりきれていない、そんな奴の優しさが大好きだった。
密談は着々と進んでいた。だが話も終盤に差し掛かった頃、突然襖が開き、目の前に黒が広がった。
「御用改めである!真選組だ!」
聞き覚えのある声に目を向ければ、そこには土方の姿。きゅうと苦しくなる胸を押さえ、脇に置いておいた刀を手に取る。
混乱状態に陥った部屋の中を駆け抜け、部下の合図する脱出口へ向かう。先にそこから外に出て、裏通りを抜け逃げようとすると、背中に冷たい感覚が走った。
急に力の入らなくなった足で必死に踏ん張り、膝立ちで後ろを確認すれば、そこには愛しい奴の姿。
『ひじ、かた…』
「お前を他の奴に斬られるくらいなら、俺がやる」
その言葉でようやく、自分が斬られたのだということに気が付いた。周りには土方以外誰もいない。宿屋の方は依然として騒がしかったがその他はシンとしていて、寒さが傷口に染みた。
『お前…』
「…何でお前は攘夷志士なんだよ。何で俺は真選組なんだよ…!」
朦朧とする意識の中で、奴の目に涙が浮かんでいるように見えた。呼吸も荒くなり、いよいよ死ぬのかと感じながらぼんやりと道に倒れ込んだ。
奴の目に涙?私はどんだけおめでたい思考をしているんだ。まぁ最期くらい、自分の好きなように解釈したっていいでしょ…?
どんどん呼吸がしにくくなり、脈が弱まっていくのも感じていた。最期に土方の顔が見れただけで、私は幸せだ……
「俺ァお前に惚れてたよ、最初見たときからずっと…」
そんな言葉に閉じていた目を必死に開ければ、私の目の前で奴はしゃがみこんでいた。
『ひ、じ…』
「お前が俺をどう思ってたかは知らねェがな…。だが俺ァ、惚れた女一人抱き締めることは出来なかっ、た…」
そう言って酷く切なそうな顔をする土方。なんだ、ずっと同じことを考えてたんだ……
『ひじ、かた……私、も、すき…だった』
「……そーかい」
最後の力を振り絞ってそう言えば、土方は泣きながら笑っていた。お前の笑顔を見るのはきっと、これか最初で最後だな…。
弱々しく微笑んでそっと目を閉じた私はゆっくり白い息をはき、それと共に自分の命を闇に溶かした。
かみさま
(やっぱり聞かせて、もし私たちが敵同士じゃなかったら…この物語の結末は変わっていましたか?)
2009.11.22 春日愛紗