七夢
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
しばらく走った後、鈴の足が止まった。滅多に外に出ねェと言っていたから、こんなに走るのなんて久しぶりなのかもしんねェ。しかし止まれば追っ手が来る。あと少しで屯所だから頑張れと声をかけると、鈴は弱々しく微笑んで再び駆け出した。
「見えた!鈴、あれが屯所…」
「死ねェェ!」
最後の角を曲がり、あと数十メートルで屯所に着くというところで、叫び声が上がった。
もうすぐで屯所だと油断していた俺が振り返ると、目の前にギラリと光る刀。斬られる…!と思った次の瞬間、俺の視界には鮮やかな赤が広がった。それが鈴の血であることと、俺は鈴に庇われたのだということに気付くのに、時間はあまりかからなかった。
「鈴っ!!」
『…っ!』
よろめいた鈴は足に力が入らずに、倒れそうになった。俺はそんな鈴を支えて地面に膝をつき、鈴の体を見ると右胸の辺りにぽっかりと穴が開いていた。
「や、やべェ…女斬っちまった……御館様に、殺される…!」
斬った野郎はバシャバシャと水溜まりを蹴って逃げていったが、俺にはそいつを追うことが出来なかった。
体が、頭が、動かなかった。
『うぅ…ゲホッ!』
「鈴、鈴!しっかりしろ、すぐ病院に…!」
『ひ、土方さん…き、いて、ください……』
鈴の傷は恐らく肺を貫通しているので、空気が上手く回らないのであろう。苦しそうに顔を歪めた。
『私…幸せでした。生まれてから今までで一番、土方さんと過ごした1週間が……』
「しゃべんな!黙ってろ、じゃねーと傷口が…」
俺は懐から携帯を取り出したが、先程より勢いを増した雨に濡れたせいか、何のボタンを押しても一切反応がなかった。
『でも…もし願いが叶うなら……太陽の下でお会いしたかった。普通の、恋が、したかった…』
俺は鈴が濡れないように必死に覆っていたが、ドクドクと溢れる赤はそんな俺を嘲笑うかのように流れ続けた。
「畜生、止まんねーよ…!鈴、生きろ、頼むから生きてくれ!」
俺のその言葉に、鈴はゆっくりと目を開けて小さく笑った。
『ひじ、かたさ…最期に、聞かせ…』
「馬鹿野郎!最期とか言うな、俺が助けるから!」
『私のこと、好きでしたか…?』
目から雨以外の雫を溢した鈴は、息も絶え絶えに俺に聞いた。
そんな鈴の姿に俺も我慢が出来なくなり、目から出た涙が頬を伝い鈴の額に落ちた。
「好きじゃねェよ…」
俺の言葉を聞くと、鈴は酷く切なそうな顔をした。俺は涙でボロボロになった顔でニヤリと笑い、こう言った。
「好きなんかじゃ、足らねェよ…愛してる。今も、これからも……」
それを聞いた鈴は顔を綻ばせて、そのまま心臓の働きを終えた。
世界一美しく…輝かしく闇を舞った蝶は、気高くも儚く散った。
「やっと、やっとよォ…鈴を闇から連れ出してやれると思ったのに…自由にしてやれると思ったのに……!」
だんだんと冷えていく鈴の体を抱えて、俺の熱を少しでも分けてやれねェかとギュッと抱き締めた。
けれども鈴はぐったりしたまま動かずに、俺はというと雨に打たれて頭から爪先までグッショリ濡れていた。俯けていた顔も、涙でぐちゃぐちゃだった。