好き、かも
朝、目が覚めて周りを見回すと、そこは見慣れぬ部屋。あ、そうだった異世界に来たんだった…と、覚醒しきってない頭で記憶を辿る。ふとベッドの方を見ると[#dn=2#]の姿はもうなくて、抜け殻は綺麗に整えられていた。
どっか出掛けたのか?と思いながら、廁(コッチの世界では「トイレ」と言うらしいが)に行こうと思って立ち上がった。すると、昨日の昼と夜に食事をしたテーブルに何か乗っているのに気がついた。
トシへ。
昨日話した大学に行ってきます。帰りは多分夕方だから、おとなしく待っててよね!朝ごはんはコレ。昼は冷蔵庫にあるオムライスをチンして食べてね。外に出るときの為に、一応鍵を置いておきます。迷子になるかもしんないから、むやみに出歩かないこと! [#dn=2#]
「何だコレ…」
メモの中でも昨日と変わらない性格を発揮する[#dn=2#]に、自然と笑みがこぼれた。
流しに洗い物がコップと調理器具しかないところを見ると、恐らく[#dn=2#]は朝食を食べていない。それなのにわざわざ俺の為に作ってくれたんだな…。
いきなり見ず知らず(ん、[#dn=2#]はマンガの俺を知ってるんだったな…)の男を住まわせる上、こんなにも世話を焼いてくれる。[#dn=2#]はいい女……って、違う!いや違わないけど!!…うん、[#dn=2#]はいい女だが、決して惚れている訳ではない。断じて恋などではない!
けれど、恋じゃないならば……何でこんなに満ち足りた気持ちになるのだろうか…?
とりあえず廁に行って、朝飯食って、よく考えてみることにしよう。
朝飯を済ませて、一応食器は洗っておいた。今の俺にはこのくらいしか出来ねェからな…。テレビをつけると、江戸にいたころと大差ない番組がやっていた。
「では、12星座占いにいってみましょう。今日最も良い運勢なのは……おうし座のアナタ!運命の人と出会ってるかも!?アタックあるのみ!ラッキーメニューはオムライス~」
…オイオイマジでか、タイミング良すぎじゃねェの?
しかも「運命の人と出会ってるかも!?」って…。
いやいや違う違う。ただの占いだ。コレを信じてたら全国のおうし座のみなさんが、既に運命的な出会いをしたことになっちまう。うん。
その後、変なオヤジの通販番組をボーッと眺めながら考えていた。
ああ、もし仮に俺が[#dn=2#]に惚れていたとしよう。仮に、だ。百歩譲って。
そうだったところでどうなる?俺はきっといつか元の世界へ戻るだろう。その時にツラい思いをするのは誰だ…?
そういう考えが浮かんで、振り払うように頭を左右にブンブン振った。俺はいつからこんな女々しい考え方をするようになったんだ!
愛する女には幸せになってほしい…でもここにいる間は、一応命の危険はなさそうだし……。
「…わっかんね」
頭をガシガシかいてソファーに横たわった時、聞き覚えのある着信音が鳴った。
「おわっ!…何だ、もしかして携帯使えるのか!?クソッ確認してなかったぜ……」
携帯をパカッと開けば【沖田総悟】の文字。自分のマヌケさにため息をつきながら、通話ボタンを押した。
「俺だ、」
《…オレオレ詐欺なら間に合ってますぜィ》
「オーイ、テメーの携帯ちゃんと見てみろ。土方って出てるハズだから」
《あ、すいやせん…【バカ】で登録してたから気付きやせんでした》
「お前絶対後で殺すからな!!」
《それより土方さん、今どこにいるんでェ?》
「いや、それが…」
信じてくれるとは思えねェが、ありのままの事実を伝えるしかない…総悟に笑われるの覚悟で話すと、意外にも総悟は笑わずに真摯に受け止めてくれた。
《うーん、信じらんねェが…土方さんが突然現れた穴に落ちるのを、俺も見たんでねェ。どーやって帰るんですかィ?》
「分からん…今は人に世話なってる」
《女ですかィ?》
「…女だけど」
《じゃあ帰ってこなくてもいいじゃねェですか。そうしたら副長の椅子は自然と俺のものに…》
「やらんからな!お前に副長の座はやらんからな!」
《まぁ冗談はさておき、》
「お前が言うと冗談に聞こえねーんだけど!」
こうやって総悟と言い合いをしていると、異世界に来ちまったことを忘れそうになる。でもこれは曲げることの出来ない事実で…。
《俺じゃ帰り方分からねェし…こっちでも調査してみまさァ。このこと、近藤さんには言ってもいいんですよねィ?》
「ああ、悪ィな」
《キショッ!!謝らねェでくだせェよ、気色悪ィから》
「テメーふざけんな!」
電話を切って、総悟なりに心配してくれてんだな。と思った。「近藤さんには」ってことは、他の隊士たちには言わねェでおく、ってことだ。副長が行方不明ならば、少なからず動揺が生まれるだろう。そこを攘夷浪士につけこまれでもしたら……きっと出張とか何かで誤魔化してくれるんだな。
こんなときに不謹慎だが、どーせ帰る手段もねェんだ。ここにいる間だけは、自分の気持ちに素直になってみようと思った。