繋がる条件
くぁ、とアクビをして目を擦り、俺は再び机の上に積まれた書類を睨み付けた。何でこんな溜まってんだ…!原因は各隊の隊長。奴等からの報告書に目を通して判を押し、上(近藤さん)に提出するのが俺の仕事だ。その書類をお前、全員が期限ギリギリに出すってどーゆーことだ!ここで俺が近藤さんに頼んで期限を延ばすことも不可能ではない。しかしながらそんなことしたら今度は近藤さんに負担がかかっちまう。明日までに仕上げられず、近藤さんに頭を下げるにしろ出来る限りのことはしねーと悪い。よって俺は朝からこの山のような紙の量に吐き気を感じながらも奮闘してきたのだ。
いっぱいになった灰皿を何度取り換えに行ったことか。外が薄暗くなって来たのに気付き、机の上に置いてあった小さな時計を見ればもう6時だった。最後に灰皿の中身を捨てたのが2時過ぎだったから、それから4時間経ってるということになる。道理で灰が溢れてるわけだ。
ついでに晩飯食うか、と思い「よっ」と短い声と共に重い腰を上げた。軽く首を捻り、座りっぱなしだったことにより固まった筋肉を動かしながら部屋の外に出る。こもりきってたのでわからなかったが、外の空気はもう昼間と違い、冷たくなっていた。
「寒…」
ぶるる、と若干身を震わせると金属がぶつかるような小さな音がした。それが俺の手元から出たものだと気付くのにそう時間はかからず、持っていた灰皿を右手に持ち替え、空いた左手の小指を見つめた。そこには[#dn=2#]の薬指にピッタリの、小さな指輪がはめられていた。
「[#dn=2#]…元気にやってんのかな……」
俺がこっちの世界に戻ってから数週間、仕事中はいつ命を狙われるか(敵だけでなく味方からも)わからんので常に気を張っていたが、夜1人になるといつも[#dn=2#]のことを思い出していた。いや、今も思い出すけど、当時は毎晩ケータイの電話帳から[#dn=2#]の名前を探し出しては仄かな期待を込めて発信ボタンを押し、機械のアナウンスを聞いては絶望していた。
俺はこっちに戻ってからもずっと[#dn=2#]のことを想っている。死ぬまで一切会えなくとも、それでもずっと好きでいる。短い間だったが、[#dn=2#]と過ごした楽しい日々の思い出があるから、どんな辛いことがあっても生きていける。
「…いけね、感傷に浸ってる場合じゃなかった」
ふと我に返り、慌てて歩を進めた。そうだ、ついでに風呂も入っちまおう。サッパリして集中すれば、何とか明日の朝までには終わ…らんこともない。とにかくこんなズルズル引きずっててもダメだ。全て抱えて前に進もう。
テキパキと飯と風呂を済ませ、真っ暗な自室に戻ると急にケータイが震えながら光りだした。そーか、マナーモードにしてたんだっけ…などとどうでもいいことを考えながらをチラッと着信元を表示するディスプレイ見れば、そこにはずっと繋がってほしいと望み続けていた名前が出ていた。
「…[#dn=2#]?」
口をついてポツリと呟いた直後、俺はバッとケータイに飛び付いた。勢いがついていたせいでキチンと並べてあった書類が崩れたが関係ねェ。震える指で通話ボタンをしっかりと押した。
受話器の向こう側からは、俺と同じく震えた声が聞こえてきた。
『もし、もし…?』