象牙の塔シリーズ⑤ 体調管理に気を付けて

ほっとして一息つくと、進藤の視線に気づいた。
「…?なんだ?」
「弱ってるお前って、セクシーだな」
口ぶりだけはいつものように冗談めいて、その真剣な眼差しだけは逸らさずに進藤が言った。
「冗談はよせって」
進藤の真っ直ぐな視線から逃れようとするかのように、戸田はそっと顔を背ける。
進藤の一途な思いを受け止めるには、それなりのエネルギーを必要とするのだ。
それほどに、彼は熱く、逞しい…。
時折、進藤の放つ強力なエネルギーに、戸田は負けそうになる。
それは戸田を愛すると言う進藤の思いの強さであり、また他人を魅了して止まない進藤自身の不思議な魅力だった。
それら強い力に、流されそうな自分を戸田は必死に自制した。
弱り切った自分が、進藤に絡め取られるのが怖いのだ。
誰よりも進藤を愛しているのは自分自身のはずなのに、何かが認められない。
何かを納得できずにいる戸田だった。
「本気なのに」
いうなり進藤は戸田の許しもないままにその唇を重ねた。
受けた戸田は、一瞬その想いの深さを感じて陶然となったが、すぐに自分の実情を思い出し、慌てて進藤の体を押しのけた。苦い胃酸の匂いを進藤に感じ取られるのを恥じたからだ。
だが、そんなことを気にする進藤ではない。
「んだよ…いいとこなのに」
不満そうな進藤は、性懲りも無く戸田に覆いかぶさろうとする。
「よせってば」
戸田は思わず顔を仰け反らして、進藤をもう一度押し戻す。
自分の吐瀉物まで舐め取ろうとするかのような進藤に、戸田は戸惑いを感じる。
そのひたむきさに、愛情のこまやかさを感じ、嬉しくも思う。
けれど、そこまでさせる自分への罪悪感もあった。
愛し合う事に、男だから、女だから、という区別があるわけではないが、少なくとも戸田と進藤は同じ男として同等でありたかった。
同じ男である進藤に、男である自分に仕えろというような行為を強いる事だけは戸田はどうしても馴染めなかった。
そんな頑なな戸田の様子をジッと観察していた進藤が、思い詰めたように言った。
「俺…、時々怖くなる」
意外な言葉に、戸田が振り返る。
「なにが?」
「お前の全部が好き過ぎて…」
進藤の得意な冗談かと戸田はその眉を寄せた。
「何を言って…」
しかし、戸田は気づいてしまう。進藤の態度が決してふざけたものでないことを。
「お前のためなら、なんでも出来る気がする。今だって、お前の吐いたゲロだって愛しいって思えちまう。臭いとか、気持ち悪いとか思う前に、そんなもんまで引っくるめてお前なんだって思うと、なんか愛しくて…」
「…ばか言うな」
進藤の告白に、戸田の方が焦りを感じる。
それほど愛されてイヤなはずがない。戸田もまた進藤に深い想いを寄せているのは同じ事だから。
ただ、進藤がここまで重く思い詰めていたのは知らなかった。
「それくらい、夢中なんだ、お前に…。俺、怖いよ、戸田…」
自信なさげに戸田の首に縋り付き、その体を委ねた進藤は子どものように温かで、戸田はその想いの純粋さを感じで胸が熱くなった。
「進藤…」
「俺、お前のこと、好き過ぎて怖いよ…」
戸田は返す言葉も見失って、無言で強く進藤を抱き締めた。
「…だから、お前を失う事も怖い…」
「進藤?」
戸田はようやく自分の不調が進藤を不安にしている事に気づいた。
「ごめん、な…」
「夜中に、ベッドで俺一人にするな」
心細げにいうと、改めて進藤は戸田をギュッと抱き締めた。
2人はただ互いの温もりを確かめるように、何も言わずにしっかりと抱き締め合い、やがて安心したのか支え合いながら立ち上がった。
「心配させたか?すまない…」
すぐそこにある横顔に、戸田にしては珍しく悪戯っぽくキスをする。
「本気で心配してんだぞ」
「うん。健康管理には気をつけよう」
ちょっと視線を外して何を思ったのか、進藤はニッと笑うとコツンと自分の額を戸田の額にぶつけた。
「いてっ」
「覚えとけ。自分で思ってるほど、若くないってな」
眉を寄せた戸田に、進藤は無邪気な笑顔でそう言って肩を貸し、しっかりと愛する人を支えて寝室に戻っていった。
真夜中の2人は、誰も知らない…。
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