歴史学習会

 名門・首都秀華大学歴史学部のキャンパス内にある教員寮に、週に一度、毎週金曜日に学生たちが集まる部屋がある。
 そこでは学生たちが、持ち寄った料理やこの部屋の本来の住人である講師の手作りの家庭料理を、陽気に食べ、飲み、思うままに未来の夢を語り、日頃の鬱憤を晴らし、次の週を迎えた時に、将来のエリートを目指して脇目も振らずに学問に励むのだ。
 いつもは楽しげな笑い声や、時にはふざけた歌声なども聞こえる部屋だが、今日ばかりは周囲を憚るかのような声を抑えた会話が続いていた。

「だから、包老師。このままここで、じっとしているおつもりなんですか?」

 色白で神経質そうな青年が、もどかしそうに包と呼ばれた教員に迫る。
日頃大人しい青年の思い詰めた表情に、他の4人の学生も落ち着きを失う。

「包先生!我々も『広場』へ向かいましょう!」
「ダメだ!君たちは絶対にあの場へ行ってはならない」

 詰め寄ってきた学生たちに、新任の講師である包老師は毅然と言い切った。温厚で優しい普段の包老師とは信じられないような峻厳な態度だった。

「そんな…。なぜですか。我々も彼ら同様にこの国の行く末を憂い、民主化を願う『同志』です。共に戦うべきです」

 広場では先週から民主化に先鋒的な学生たちが集まり、ハンストを行ない、主張を政府へと訴えかけていた。

「君たちの言いたいことは、君たち以上に分かっているつもりだ。しかし、今はダメだ」

 それらの状況も、現場にいる学生たちの心情も分からなくない包伯言講師だったが、今は気持ちが逸る自分の学生たちを守りたいというのが優先した。

「では、数日待って、もっと多くの同志が集まってから、という意味ですか?」
「…そうではない。今、あの場に行っても待っているのは無駄死にだけだ…」

 上から見下すような老教授たちとは違い、学生たちの目線に立ってくれる若い包講師を学生たちは心から信頼し、慕っている。そんな包講師なら、自分たちだけでなく「広場」に集まる者たちの熱い想いを理解してくれるものだと信じていた。

「無駄死にって。まさか、人民解放軍が自国民に攻撃をしてくるという意味ですか?まさか、そんな…」

 真面目な優等生である梁文志は、包老師が言わんとすることに顔色を変えた。

「包先生は考えすぎですよ。軍が出てきたのは、学生たちを脅して解散させるための単なるポーズだ。いうなれば、政府のパフォーマンスですよ」
「第一、今や世界中がこの民主化運動に注目しています。諸外国の前で、政府が自国の、武器を持たない学生たちの命を奪うようなことをできるはずがありません」

 しかし、他の学生たちは事をそこまで深刻に考えてはいなかった。

「だからこそだ」

 言葉少なく、それでも包老師は怒りさえこもった厳しい声で言った。

「え?」

 その真剣さに、世間知らずの学生たちは急に不安になる。

「諸外国が注目しているからこそ、政府は妥協できない。ここで民主化運動を認めてしまえば、資本主義国家に言質を与え、党幹部の既得権益も揺らぐことになるだろう。そんなことを現政権が望むはずがない」
「……。しかし、先生。学生の言い分を聞く姿勢を見せるだけでも、政府の面子は立つのではありませんか?」

 純真な学生の言葉に、包老師は脱力したように目を閉じ、俯いて静かに首を横に振った。

「今回は面子だけでは済まないような気がする…」



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