文維くんのこいびと

「『現象』、とおっしゃるのですか?この非科学的で、不条理な状態を?」

 混乱している文維は、知らず知らずに声が大きくなる。
 それに驚いたのか、小さな煜瑾は印象的な黒い瞳を見開いて、文維をジッと見詰めてしまう。

「文維…お兄ちゃま…」

 険しい表情の文維に、嫌われたとでも思ったらしく、見る見るうちに煜瑾の目に涙が浮かんだ。

「文維お兄ちゃま、怖いお顔~。煜瑾のこと、キライ?」

 嫌われまいとしてか、泣くのを我慢する煜瑾は、ふっくらとした可愛らしい唇を噛んだ。
 そんな仕草は、煜瑾のクセだった。大人の煜瑾も時々は文維にそんな顔をしてみせた。

「大丈夫よ、煜瑾ちゃん」

 幼児が泣きだす前に、包夫人は不安そうな小さな体を抱き寄せた。

「心配しないで、煜瑾ちゃん。この世界に、あなたの事を嫌いだという人なんて1人もいませんよ」
「その通りです」

 唐突に会話に入って来た茅執事に、包親子は驚く。

「皆さまは、そのままお食事をお続けください。包夫人と包先生へのご説明は、私の方からさせていただきます」

 そう言いながら茅執事は、煜瑾が食べ終えたエビ団子と白菜のクリーム煮のお皿を引き、代わりに揚げた白身魚の甘酢あんかけのお皿を置き換えた。

「残さずに全部召し上がったら、今夜のデザートは、煜瑾坊ちゃまの大好きなイチゴのババロアですよ」
「イチゴ?煜瑾の大しゅきな、イチゴでしゅか?

 輝くような満面な笑みで、周囲の大人たちの顔を見渡し、煜瑾は幸せそうに食事を続けた。
 こんな天使のような幼子の存在は、人々の心を和ませ、癒した。

 けれど…。

 文維にとって、この天使は、決して愛する「煜瑾」では無いのだ。
 そのことに文維は胸を痛めていた。






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