象牙の塔シリーズ① 戸田先生は苦労性

「はい、ごちそうさまでした~」
全く懲りた様子もなく、あっけらかんと進藤は笑い、冷め切った宇治茶を口に含むと、がらがら…と軽くうがいをし、なんとそのまま飲み込んでしまった。
「う~ん、さすが宇治の新茶だね~。イイ味してるな」
「……」
一人疲弊し切った戸田は、もう言葉も出ない。
「続きは、帰ってからな。今夜はウンとイカせろよ」
カラカラと気味が悪いくらいに一人陽気な進藤は、時計に目をやる。
「さてと、そろそろ俺も授業なんで行くわ」
そうだった…。
戸田はようやく気が付いた。2時20分までの3講目の授業を終えて戻った自分はこれで今日の講義を終えるが、進藤は4時10分からの5講目の授業があるのだ。その直前に本番もあるまい…。
毎週の当たり前のことであるのに、気が付いてやれない自分を、戸田はほんの少し反省する。
「すまん…進藤」
「じゃ、終わるまで待たなくていいからな」
聞こえないフリをして進藤が出て行く。
高慢で、身勝手で、気ままで、…それでも進藤は、戸田を気遣う優しさをちゃんと持っている。だから、戸田もこんなバカな奴と思いながらも離れられずにいるのだと思う。
「あ、それから!」
出て行ったはずの進藤が戻ると、ドアから顔だけ出してニッと笑った。
「お前な、俺の誕生日をパスワードにすんの、やめろ」
ズボンの中にシャツを入れ込んでいるみっともない所を見られた上に、とんでもなく恥ずかしい事実を指摘され、戸田は全身を真っ赤にした。

知的で、クールな美形で、独身…。しかも新進気鋭の研究者。学生たちから恐れられ、敬意を持ったまなざしが送られる戸田「教授」に、人知れないこんな苦労があろうとは…。それでも、戸田がこの苦労を手放す事は、当分訪れそうにない。
3/3ページ
スキ