象牙の塔シリーズ⑤ 体調管理に気を付けて
「…っぅげっ!」
そのまま躊躇無く嘔吐が襲った。
一度で胃液が喉を焼くが、我慢できずにさらに便器に向かって吐いた。
日頃、戸田はこれという病気に罹る事はなかったが、扁桃腺だけは弱く、風邪だけは気をつけていた。そのため風邪ウィルスからくる胃炎とは思えなかったが、食あたりのような覚えもない。
数回にわたる嘔吐でなんとか一心地ついた戸田は、ほっと胃酸交じりの息を吐き、そのままそこに座り込んでしまった。
そして落ち着いて原因を考え始める。確か夕食は、進藤と同じものを食べたはずだった。
大学の夏休み明けは遅く、9月の末になってようやく新学期が始まった。
10月に入ったもののまだまだ授業の準備などで忙しく、やっと互いの時間をやりくりして3週間ぶりに戸田が進藤のこのマンションに泊まりにきたのだ。
久しぶりに二人きりの時間を楽しみたいがために、進藤は戸田が来る時間に合わせて寿司をとり、誰にも邪魔されることなく食事を楽しみ、そのまま淫らな行為に移る事も出来た。
あの寿司が原因だろうか?
戸田はふと不安になる。進藤も同じものを口にしているのだ。
自分と同じ苦しみが、すぐに進藤を襲うかも知れない。
自分が苦しむ事よりも、戸田は進藤が苦しむ事を心配した。
まだ胃に痛みは残っていたが、戸田は進藤が気がかりで左手で腹部を押さえながら、右手で壁を伝いなんとか立ち上がろうとした。
「何してるんだ?」
その時、背後から進藤の眠そうな声がした。
戸田は驚いて振り返ったが、進藤は発病の様子もなく、ただ子どもっぽく顔を歪めて大きなあくびをひとつした。
「起こしたか、すまない」
自分の杞憂が晴れた事で、戸田は心配かけまいと顔を背けた。
だが、それに気づかぬほど進藤は戸田に対して無関心ではない。
「気分、悪いのか?」
そっと近づき、進藤が戸田の顔を覗き込んだ。
「たいしたことない」
なんとか誤魔化そうと、戸田は薄く微笑んでトイレから出ようとした。
しかし、すでに戸田の様子に気づいた進藤は、言葉より先に手を差し出していた。
「すまない…」
肉体のはっきりとしたダメージに、戸田もいつになく素直になって、進藤の優しさに身を委ねた。
そんな戸田に安心したのか、進藤がいつものヤンチャ坊主の顔をのぞかせる。
「つわりか?」
こんな状況で無くとも笑えない冗談に、思わず戸田が縋りかけた進藤の手を払った。
「んなわけないだろう」
「…だったらいいな、ってことだ」
戸田の抵抗を無視して、ニコニコしながら進藤が直接戸田の体に腕を回して支えた。
その安定感にいつにない安堵を得て、戸田も大人しくなる。
こんなに素直になれるのは、肉体的な苦痛が精神的にダメージを与えていることも確かに影響している。
だが、そんな自分の弱さをさらけ出し、包み込み、支えてくれるのが進藤一人である事を戸田もまた良く理解しているのだ。
どんなに弱く、情けない自分でも、進藤にならば安心して真実をさらす事が出来る。
それは進藤もまた同じ事で、二人の間にはそれほどの深い絆と信頼感があった。
「くだらないこと言わず、水、くれないか」
進藤の腕に身を任せながら、戸田がねだった。
進藤は洗面台の下から小物入れ兼用のスツールを引き出し、そこに戸田を座らせた。
そしてスツールのあった横を開くと、そこには小さな冷蔵庫が作りつけてある。
こんなところが行き届きすぎてホテルっぽいと戸田は思うのだ。
風呂上がり用にと冷えたドリンクが並ぶ小型冷蔵庫から、進藤はミネラルウォーターを取り出すとキャップを開けて戸田に渡した。
「ん…」
「ああ…」
言葉少なに受け取り、まだ辛そうな表情を残したまま、戸田は冷たい水で喉を潤した。
口の中に残っていた苦みがほんの少し薄れた。
そのまま躊躇無く嘔吐が襲った。
一度で胃液が喉を焼くが、我慢できずにさらに便器に向かって吐いた。
日頃、戸田はこれという病気に罹る事はなかったが、扁桃腺だけは弱く、風邪だけは気をつけていた。そのため風邪ウィルスからくる胃炎とは思えなかったが、食あたりのような覚えもない。
数回にわたる嘔吐でなんとか一心地ついた戸田は、ほっと胃酸交じりの息を吐き、そのままそこに座り込んでしまった。
そして落ち着いて原因を考え始める。確か夕食は、進藤と同じものを食べたはずだった。
大学の夏休み明けは遅く、9月の末になってようやく新学期が始まった。
10月に入ったもののまだまだ授業の準備などで忙しく、やっと互いの時間をやりくりして3週間ぶりに戸田が進藤のこのマンションに泊まりにきたのだ。
久しぶりに二人きりの時間を楽しみたいがために、進藤は戸田が来る時間に合わせて寿司をとり、誰にも邪魔されることなく食事を楽しみ、そのまま淫らな行為に移る事も出来た。
あの寿司が原因だろうか?
戸田はふと不安になる。進藤も同じものを口にしているのだ。
自分と同じ苦しみが、すぐに進藤を襲うかも知れない。
自分が苦しむ事よりも、戸田は進藤が苦しむ事を心配した。
まだ胃に痛みは残っていたが、戸田は進藤が気がかりで左手で腹部を押さえながら、右手で壁を伝いなんとか立ち上がろうとした。
「何してるんだ?」
その時、背後から進藤の眠そうな声がした。
戸田は驚いて振り返ったが、進藤は発病の様子もなく、ただ子どもっぽく顔を歪めて大きなあくびをひとつした。
「起こしたか、すまない」
自分の杞憂が晴れた事で、戸田は心配かけまいと顔を背けた。
だが、それに気づかぬほど進藤は戸田に対して無関心ではない。
「気分、悪いのか?」
そっと近づき、進藤が戸田の顔を覗き込んだ。
「たいしたことない」
なんとか誤魔化そうと、戸田は薄く微笑んでトイレから出ようとした。
しかし、すでに戸田の様子に気づいた進藤は、言葉より先に手を差し出していた。
「すまない…」
肉体のはっきりとしたダメージに、戸田もいつになく素直になって、進藤の優しさに身を委ねた。
そんな戸田に安心したのか、進藤がいつものヤンチャ坊主の顔をのぞかせる。
「つわりか?」
こんな状況で無くとも笑えない冗談に、思わず戸田が縋りかけた進藤の手を払った。
「んなわけないだろう」
「…だったらいいな、ってことだ」
戸田の抵抗を無視して、ニコニコしながら進藤が直接戸田の体に腕を回して支えた。
その安定感にいつにない安堵を得て、戸田も大人しくなる。
こんなに素直になれるのは、肉体的な苦痛が精神的にダメージを与えていることも確かに影響している。
だが、そんな自分の弱さをさらけ出し、包み込み、支えてくれるのが進藤一人である事を戸田もまた良く理解しているのだ。
どんなに弱く、情けない自分でも、進藤にならば安心して真実をさらす事が出来る。
それは進藤もまた同じ事で、二人の間にはそれほどの深い絆と信頼感があった。
「くだらないこと言わず、水、くれないか」
進藤の腕に身を任せながら、戸田がねだった。
進藤は洗面台の下から小物入れ兼用のスツールを引き出し、そこに戸田を座らせた。
そしてスツールのあった横を開くと、そこには小さな冷蔵庫が作りつけてある。
こんなところが行き届きすぎてホテルっぽいと戸田は思うのだ。
風呂上がり用にと冷えたドリンクが並ぶ小型冷蔵庫から、進藤はミネラルウォーターを取り出すとキャップを開けて戸田に渡した。
「ん…」
「ああ…」
言葉少なに受け取り、まだ辛そうな表情を残したまま、戸田は冷たい水で喉を潤した。
口の中に残っていた苦みがほんの少し薄れた。