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きせつのもの

久しぶりに師匠の家に顔を出して、みたら。
裏庭にでも出てんのか師匠はいなくて。居間の卓袱台には新聞と幾つかの封筒と、古びた紙切れが置いてあった。
「…………何なのな、これ」
紙切れをつまみ上げて、見えたのはクレヨンの拙い文字。
かたたきけんと、書いてあって。
「うわっ、なっつかしーのな…」
それは十何年も前に、師匠にあげたモノだった。確か父の日だったか。小遣いもろくに無いから、せめてって画用紙を切ってクレヨンで文字を書いて。
けどなんで、これがこんなところにあるんだ?
「……武、来ていたのでござるか?」
気配もなく後ろから声。びく、と振り返るといつも通り和服姿の師匠がいて。俺を見てにこりと笑う。
なんか、勝手に見ちまって、気まずい。
ちょっと挙動不審に陥る俺にまた笑って、師匠は俺の手元にーーかたたきけんに、目を落とした。
「おや、見つかったでござるな」
「なあ師匠」
少しだけ頬を染め、照れ笑いに表情を変える師匠。そんな師匠に俺は聞く。手の中の紙切れと机にある同じ紙をそれぞれ見て、少し気になることがあった。
「俺そういえば、師匠がこれ使ったの見たこと無かったのな」
そうだった。あげたのはよかったけど、結局師匠はそれを使わないままでーーだから俺もかたたたきけんの存在をすぐに忘れて、今ようやく思い出した。
「使えばよかったのに」
「勿体無くて、使えなかったでござる」
「もったいねえって……紙だぜ?」
「武が私にくれたものは、どれも大切な宝物でござるよ」
俺の手からかたたたきけんを大事そうにつまみ上げて、師匠はそんなことを恥ずかしげも無く言う。俺の方が恥ずかしいのな。
「…………そんなもん無くても、肩たたきしてやるのな!」
「武は昔から優しい子でござるな」
背伸びして、俺のことを撫でてくる師匠。背を越しても一人立ちしてもわりと子供扱いで、俺のことをすぐに甘やかして。
ほんとう、この人には適わないのな。
そんな師匠はふと首を傾げて聞いてきた。
「所で武、今日は何の用でござるか?」
「あ、いっけね。忘れるとこだったのな!」
片手に持ってた紙袋を師匠に押しつける。きょとんとしてる師匠に俺は早口で言った。
「プレゼントなのな!こ、これはとっとけねーから、ちゃんと食ってほしいのな」
「…………私に?」
「他に誰もいねーだろ」
俺がこのうちを飛び出して、そっから師匠は一人暮らしだ。師匠は紙袋の中身をまじまじと見て、やっぱりうれしそうに笑う。
かたたたきけんあげた時とおんなじ顔だ。
「ありがとう、武」
「いいのな。師匠にはいっぱい世話になってっから」
はにかんだ俺も、昔とおんなじ顔で笑ってんだろう。
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