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きせつのもの

「ねえ、知ってる?」
唐突に僕達の部屋に押し入って、楽しげな、雲雀恭弥の笑み。あんまりいつも通りのーーそれこそいやな予感しかしない笑顔。僕は思わずクロームを背にかばって、聞きました。
「…………何をですか」
「日本の父の日は、五月の第三日曜日なんだよ」
「……あした?」
「そう」
クロームの返答に雲雀恭弥は頷きました。
ーー正直、知りませんでした。
イタリアの父の日は三月一九日。記憶の糸をたどれば、その日部下たちが何か騒いでいた気もします。
そしてそういえば、最近ボンゴレは彼の父親に何か贈り物をしていたような。日本生まれの日本育ちなので、そっちのほうがしっくりくるのでしょうか。
それで、それが僕達と何の関係が。
「それを僕達に伝えて、何がしたいのですか?」
「僕はただあれの驚く顔が見たいだけだよ」
聞いたのを後悔しました。
悪趣味。呟いて、けれどそれを聞いた雲雀恭弥は笑みを崩しません。どうとでも言いな。呟きを返して、彼は僕達を誘いました。
「という事で、沢田に父の日の贈り物をしないかい?」
「……はい?」
「……え?」
思いも寄らない提案。恐らく僕とクロームはおんなじ反応を返しているはずです。
ボンゴレは僕達の血縁ではないのですが。思った言葉をそのまま読まれていたのか、雲雀恭弥は笑みを深くします。
「いいじゃないか。沢田は君達にとって父親に等しいだろう?」
「…………」
後ろのクロームが頷く気配。僕は親というものに対して良い感情を持っていないのですが、それでも、ボンゴレは確かに僕達の保護者で、一般的に言ってしまえば父親代わりで。
恩がないわけでも、それなりの感情がないわけでも、ありません。
「どうしましょうね、クローム」
振り返ってクロームに聞いてみました。眼帯に覆われていない瞳はまだ少し迷うようで。
それでも僕達の選ぶ道は同じなのでしょう。
「……ぼす、よろこんでくれるかな?」
「きっと、喜んでくれますよ」
答えると。はにかんで、頬を赤く染めて、クロームは僕の袖を握って言いました。
「…………ぷれぜんと、したいね」
「そうですね。世話にはなっていますし」
また雲雀恭弥に向き直って、僕は彼を見上げます。ーー何かこの男の思うがままになっているのは癪なのですが。
「決まったみたいだね」
「ええ。乗って差し上げますよ。……ですが僕達だけで外出は禁止されています、どうやってプレゼントを調達するのですか?」
さすがに城の中のものを渡す訳にもいきません。大体それらは元々ボンゴレの所有物ですし。調達するとしたら街に出るしか無く、けど僕達だけではろくな買い物はできません。
割に重要な問題に、けれど雲雀恭弥は即答をしました。
「ああ。買い出しには笹川を付けるよ。あれはまだ話が通じるからね」
「…………あなたは?」
ぱち、と瞬きをしてクロームは首を傾げました。
「僕は沢田と会議。キャバッローネに呼ばれているんだ。君達はその間に笹川と街に出ればいい」
しっかりプランができているあたり、抜け目無いというのでしょうか。使うのが笹川了平なのは恐らくボンゴレに気づかれないための策か、単に彼しか手が空いていないのか。ここまで話が進んでいるのは、雲雀恭弥が何としても僕達に父の日を行わせたいからでしょう。
ボンゴレを驚かせるためだけに。
「本当、あなた悪趣味ですね」
「最近面白いことがなかったからね。無いなら、作り出すまでさ」
思わず僕は傍らに出てきたクロームに言いました。
「あんな大人になってはいけませんよ、クローム」
「…………うん」
きょとんとして、クロームはよくわかっていない顔で頷いてくれました。




キャバッローネとの会議が思いの外早く終わって。執務質に戻ったら誰もいなかった。
「あれ?骸、クローム?」
出かけるときはここにいたのに。昨日の晩に会議以外特に予定もないから、一緒におやつ食べようねって約束して、ちゃんとチョコレートケーキ買ってきたのに!
まさか。
オレの頭をよぎったのは最悪の予想だった。
「誘拐された!?」
「相変わらず短絡的だね、君」
一緒に会議に出てくれた雲雀さんの冷たすぎる声。軽く涙の浮いた視界で振り向けば、みっともないと拳骨おとされた。ひどい。
「ここまで入り込める奴なんていないだろう」
「…………確かに」
ボンゴレ本拠地の、割と最深部。もうすっかり慣れて自覚が薄くなってきてるけど、そういやここが一番警備が厳しいのか。オレの仕事部屋だし。
ちょっと落ち着いた。けど、骸もクロームもどこ行っちゃったんだろう。いつもなら、オレが出かけてても執務室でいい子にお留守番してくれてるのに。
「会議、長引くと思ったんだけどね」
貰った資料を見返しながら、雲雀さんがぼやく。思考がそっちに逸れた。
「割とトントン話が進みましたからね……。おかげでリボーンにも捕まりませんでしたし」
オレの元カテキョは、今キャバッローネに出入りしてディーノをしごいている。うっかり出くわしたらオレも修行に巻き込まれるんだけど、今日は会わなかった。それも、早く帰れた理由。
で、帰ったら骸とクロームがいない。
「…………どこ行っちゃったんだろう」
チョコレートケーキの箱をテーブルに置いて、思わず溜息が出る。待ちくたびれて散歩にでも行っちゃったのかな。それなら置き手紙位してくれたらいいのに。
「心配しなくてもいいよ」
雲雀さんの淡々とした答え。
「どうせもうすぐ帰ってくる」
「…………はい?」
何で雲雀さんがそんなこと知ってるんだろう。骸とあんまり仲良くないのに。っていうか、帰ってくるって何だ。やっぱりどっか行ってるのかあの子達。心配だ。
おろおろしていると、雲雀さんが睨んできた。やっぱりひどい。
そんな中、遠くでよく知った気配。雲雀さんは薄く口元に笑みを浮かべて呟いた。
「ああ、帰ってきたね」
数十秒後、ドアを開けたのは了平さん。そして紙袋を抱えた骸とクロームが部屋に飛び込んできた。
「あ、」
「…………ぼすだ」
「おお、極限早かったな沢田、雲雀!」
気まずげにオレを見て顔を見合わせる骸とクローム。ドアを閉めて快活に笑う了平さん。
なんだこの組み合わせ。
そんな三人に、雲雀さんは聞いた。
「首尾は?」
「上々だぞ!」
「まあ、そういうことです」
「がんばったよ」
「…………………雲雀さん」
何かよく分かんないけど、一個だけ分かった。
首謀者は雲雀さんだ。
「あなたの仕業ですか」
「そうでもあるけど、そうではないね」
「いや、あなたですよ根元は」
かわす雲雀さんに骸がツッコミを入れてくれる。けど特に雲雀さんにはダメージにはならなくて、彼は逆に骸に向けて笑顔を見せる。
「大事なのはこれからだよ」
ぐ、と骸が黙った。どうしたんだろう。じっと骸を見てると、骸はクロームにひそひそと耳打ちして二人でこっちにきた。
「どうしたの、二人とも。留守番してると思ってたんだけど」
「すみませんボンゴレ。笹川了平を借りて街に出てました」
「ごめんねぼす」
ぺこりと小さな頭を下げる二人。別に怒ってるわけじゃないから、そこはいいんだけど。気になるのは別の所で。
「……それは謝らなくてもいいんだけど…………何しに行ったの?」
「ぼすに……」
「うん」
「贈り物です。僕達から」
そう答えて骸は持ってた紙袋をオレにくれた。あんまり想定外のことにオレはあっけにとられて二人を見る。オレ、何かしたっけ。
「………………父の日のプレゼントです」
「……なの」
小声で二人はプレゼントの理由を言ってくれた。日本の父の日ってそういや今日だった。父さんにワイン送ったのに、オレはすっかり忘れちゃってた。
で、父の日のプレゼントを、骸とクロームが、オレに、くれた。
……マジで!?
言語を理解して、急激にうれしさが満ちてく。
「二人ともありがとう!!」
とりあえずうれしさのまま抱きついた。ぎゅうっと抱きしめたら骸に殴られた。痛い。けどそれよりうれしさが勝る。
「ぼすー……」
「苦しいです」
「ああ、ごめんごめん」
解放してあげて、改めてプレゼントの紙袋を見る。何が入ってるんだろう。雲雀さんは興味があるのかこっちを気にして、了平さんは相変わらず笑ってる。
「開けていい?」
聞くと、骸とクロームは同時に頷いた。
紙袋をのぞくと、その中には細長い箱がひとつ。藍色のリボンを解いて薄い色の包装紙を解いて、そっと箱を開ける。
中には。
「…………かわいい」
黒地にクマさん柄のネクタイと、テディベアの形をした銀色のネクタイピンが入ってた。のぞき込んで一部始終を見ていた雲雀さんがワオ、と呟いて苦笑する。
「ふたりでえらんだの」
「ボンゴレに似合うのを探したんです」
「そっかー。ありがとな、二人とも」
礼を言って撫でると照れ笑いの二人。うちの霧の守護者はかわいくてたまらない。チョコレートケーキがあるよ、と耳打ちしたら嬉しそうに笑ってくれた。
「よかったな、沢田!」
「大事にしなよ」
「はい!」
了平さんと雲雀さんはそう言ってくれた。けど、雲雀さんはなんだか意味深な笑顔。…………何となく、理由は分かる。
あんなかわいいネクタイ。どこに付けて出たらいいんだ。
(リボーンに見つかったらヤバいよなあ)
けど、大事なものだからちゃんとつけたいし。親ばかと元カテキョ及びボス業を天秤に掛けて、オレはその天秤からそっと目を外した。
今はそれよりも、すてきなプレゼントをくれた子供達とおいしいおやつだ。
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