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ぐんじんかぞく。

低い本棚に隠れるように身を寄せて、三人の子供達はひそひそと相談していた。
「だいじょうぶかな?」
ことりと、首を傾げた綱吉に、隼人と武は揃って子供ながら微妙な表情を返した。
「びみょうだとおもいます」
「おれもはやととおんなじなのな」
三人は揃って、教室の隅にあるピアノ――その前で難しい顔をしているクラス担当の保育士を覗き見た。その視線に気付かず、保育士ははあ、と溜息をついてピアノに立てかけてある楽譜を捲る。また本棚に隠れて、三人は保育士を真似るように溜息を吐いてみた。
「しょーちゃんせんせ、ずっとああだね」
「きっとまた、おなかいたいのな」
保育士・入江正一先生の胃痛癖はかなしい事に、クラスの子供達やその保護者、皆が知る事実だった。それほど頻繁であるし、子供達は最早それを日常にしてしまっている節もある。そしてその癖以外には特段問題もない為クラス担任を下ろされる事も無く、『しょーちゃんせんせい』の愛称をもって子供達に慕われている。
そんな入江先生。目前に迫ったおゆうぎかい。それに関する諸々のストレスで、また胃を痛めだしたらしい。
「ひよわだぜ」
「だめだよはやと、しょーちゃんせんせーいじめたら」
たしなめる綱吉の言葉に、隼人はしょんぼりとしてすみません、と謝る。怒ってないよ、と笑って綱吉は隼人の銀髪を撫でた。同い年の筈なのに、隼人はどうしてか綱吉に弱い。ふしぎなのな、いつも喧嘩してばかりの武は心の中で少しだけ疑問を抱いて、けれど今はそうじゃないと首を振った。
そうだ、今はしょうちゃんせんせいが問題だ。
「げんきになってほしいのな」
武の呟きに、綱吉と隼人は同時に、大きく頷いた。
「だな」
「そうだねえ」
たまにはおこったり、するけれど。子供達はやさしい眼鏡の先生が大好きで。
顔を寄せ合って、小声でちいさな頭をひねって。
「つなよしさん、おれにかんがえがあるんですけど」
「ほんと、はやと?」
「だいじょぶなのな?」
「もちろん」


やがて、動き出した。


「せんせー!」
「しょーちゃんせーんせ‼」
「せんせい」
わっと綱吉、隼人、武のなかよし三人組に囲まれて、ピアノ椅子に座っていた入江先生は驚きの表情を浮かべ、けれどすぐに笑顔で綱吉達に向き直った。
「どうしたんだい?なにか、あった?」
「ううん」
「おれたちはなんにもないのな!」
綱吉と武が元気いっぱいに首を横に振る。その横で、隼人がピアノ椅子によじ登り、入江先生の見ていた楽譜を小さな手で奪った。
「隼人君!」
危ないでしょう、と声を荒げて、正一先生は隼人を両手で抱き上げて椅子から下ろす。けれど隼人は全く気にもしない様子で楽譜をぱらぱらと捲って、やがて入江先生を見上げた。
「どこでつまったんだ?」
「…………え?」
「ずっとがくふ、みてたじゃんか」
見られていたか。入江先生は反省した。子供達に心配されるようではまた、隣のクラス担当に笑われてしまう。そして彼は何か言い繕うとして、けれど隼人の緑色のまっすぐな瞳にそれを躊躇った。
嘘は、どうも苦手だ。言い訳を自分にして、正一先生は眉を下げると楽譜の一箇所を指差した。
「この辺がよく分からなくてね。考えてたんだ」
ピアノは学生時代からあまり得意ではなかった。日常的な曲なら弾けるようになったけれど、おゆうぎかいの為のそれは、難しくなる。本番に向けた緊張も無いわけではなかった。
「…………わかった」
頷く隼人に、入江先生は首を傾げる。何がだい、と聞く前に、隼人は次の言葉を入江先生に投げた。
「ここ、うんしまちがってるぜ」
そして子供は音符の上に小さく書いたメモを指差す。指がつ、とすべり音符の一つで止まった。
「ここでゆびかえたほうがいい」
「……あっ」
はっと入江先生は目を見張る。確かに、隼人の言うとおりだった。思わぬ初歩的なミスを犯していたらしい。ついでとばかりにもう幾つか指摘をされる。
そういえばこの子はピアノが得意だったなと、朝の空き時間にピアノを弾いている姿やたまに迎えに訪れるピアノのお姉さん――隼人のピアノの先生らしい――を入江先生は思い出していた。
「ありがとう、隼人君」
楽譜の端に修正のメモをして、礼を言うと隼人はそっぽを向いてべつに、とぶっきらぼうに返事をする。けれどその頬がほんのり赤くなっていることに、入江先生は気付いていた。
「しょーちゃんせんせ、これでおなかいたいのなおる?」
心配そうに綱吉が聞いてくる。ようやく三人組が飛びついてきた理由を悟って、入江先生は笑顔で頷いた。
「うん」
まだ胃はきりきり痛むけれど、大丈夫だ。
するとなかよし三人組も、満足そうに笑った。
  
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