リボーンの渡した書類に目を通し、それをとんとんと束にまとめながらルーチェは笑った。
「助かったわリボーン。これだけ情報が揃っていたら、何とかなりそうね」
「全く、人使いの荒い奴だ」
苦言も、本心ではない。ルーチェがリボーンを頼ることは希で、だいたいは彼女一人ですべてを片づけてしまう。ある意味でアルコバレーノの最強と謳われる橙色は、その通り強かで、やり手。そんな彼女の珍しい頼みを、断れるリボーンではなかった。
「しかし珍しいな、お前がここまで苦戦するなんて」
「時間が無かったのよ。これ以外の案件もあったし、優先順位をつけるのも難しくて」
うんざりした様子で呟いたルーチェは、けれど笑顔は崩さずにリボーンへこう提案した。
「お礼と言っては何だけど、ディナー一緒にどう？おごるわよ」
「女に奢られる趣味はねえな」
「あらやだ。誘いには乗っておくものよ」
こういう会話になるのも彼女相手だからか。ついつい、向こうのペースに巻き込まれてしまう。どうせこの後用事はない。リボーンは分かったぞ、と了承した。ルーチェの笑顔が輝き、彼女はぽん、と両手を合わせる。
「よかったわ。おいしいドルチェとワインがあるお店を見つけたの。――ああ、けれど少し待っていてくれるかしら、あとこれだけ仕上げるわ」
その手に、新しい書類が一束。けれどそう時間はかからないのだろう。彼女は嘘は吐かない。
「ああ。構わないぞ」
「じゃあ、隣のゲストルームで待っていてちょうだい」

ひとり通されたゲストルームで。ふと、リボーンは電源を切りっぱなしだった携帯電話を起動させた。操作をすれば、電子音で告げられるメールの着信が、一件。
「コロネロの奴、珍しいな」
送信者の名前を見てぽつりとリボーンは独り言を漏らした。電子機器が苦手なわけではないが、コロネロは連絡手段に電話を使うことが多く、メールをは少ない。面倒だ、というのが理由だったか。リボーンは彼の言いそうな台詞を思い浮かべながら、メールを開いた。
しかし、その本文には何も書いていなかった。件名すら書いていない。ただ、ムービーデータが一つ、添付されている。
「あの馬鹿、なにやらかしたんだ？」
間違いメールかイタズラか。少なくともウイルスではないだろう。もしもそうだったら次会ったとき、奴の携帯を粉砕してやろう。やるつもりもない復讐計画を立てながら、リボーンはデータを開いた。

ディスプレイのなかで、ふわふわした茶色の髪が揺れた。ちいさな赤子の体。くりくりとした瞳がこちらを見ている。それは見間違いようもなく綱吉だった。しばらく見ていない、軍属夫婦の愛息子。
『こっちだぞ』
声は、コロネロのものだ。その声に誘われるように短いちいさな足が不器用に動く。しかし数歩も行かないうちにぽす、としりもちを付くように座った。
『んー。まずまずだな。ツナ、こっちみろコラ』
コロネロの呼びかけに応え、綱吉がこちらを向く。ディスプレイ越しににこにこ、と満面の笑みを浮かべると綱吉ははいはいしてこちらに近づく。幼児らしいぷにぷにとしたもみじの手を伸ばし――
『あー！レンズ触ったらダメだコラ‼』
暗転し、そこでムービーは止まった。

「…………」
無言でもう一度再生する。同じ映像を見ながら、リボーンはぼやいた。
「親ばかめ……」
要するに、コロネロは自慢がしたかったのだろう。綱吉がようやく歩けるようになったとは聞いていたが、ここ最近は忙しく、彼らの家に行く暇がなかった。一人で立つ姿とつかまり歩きは見かけていたが、いつのまにここまで。
「…………ガキは育つの早いな…」
首が据わったのはこの間だったような気がするのに。心なしか大きく見えたのは、気のせいではないのだろう。
十数分のち。ゲストルームに姿を見せたルーチェは、リボーンの顔を見て微笑み、ちいさく首を傾げ問いかけた。
「待たせたわね――どうしたの、リボーン」
「何だ？」
「いいことがあった顔、してるわ」
「…………まあ、悪い事じゃなかったぞ」
携帯をポケットにしまい、リボーンは答えた。
急ぐ仕事はもうない。明日にでも日本へ飛ぼうか、そんな考えが浮かぶ。綱吉に靴と新しい玩具でも買って、コロネロを親ばかと罵るのも悪くない。予定を立てながら、リボーンはルーチェに提案する。
「ルーチェ、買い物つきあってくれないか？」
「いいけれど、何かしら」
「ドッキリのプレゼントだぞ」
ウインクしたリボーンに何を感じたのか。ルーチェはクスクス笑って、頷いた。