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きせつのもの

「さーさ、のーは、さーらさら!」
ラルに手を引かれ、綱吉はご機嫌で保育園で習ったうたを歌う。今日は七夕、保育園でもそれにあわせた行事があったのだろう。数日前には折紙で飾りを作って笹に飾ったと言っていた。
そんな事を考えながら、ラルは綱吉の話に耳を傾ける。
「おかーさん!きょうはね、しょーちゃんせんせーにたなばたのおはなしきいたの」
「そうか」
「おそらに、おほしさまのかわがあって、ひこぼしさまとおりひめさまは、とりさんのはしでいちねんにいちどだけあえるんだって」
七夕の伝説は、ラルも聞いたことがある。それを話したのは、誰だったか。同僚の少年に妙な知識を植え付けてばかりいるオヤカタサマだったような、気が、しなくもない。
饒舌に、けれど分かりやすく言葉を紡ぐオヤカタサマの話と、日本に住むようになってから見聞きし読んだ記憶を元に、ラルは息子の話に補足をいれる。
「……天の川だな」
「あまのがわ?」
「あれだ」
暮れはじめた空の一点を指差し、ラルは傍らの綱吉に言い聞かせた。星が集まって光る、それを川だと古人は思ったのだという。
「あの辺り、星が集まって川のようだろう?」
「うん。おほしさまのかわー」
そのまま指をずらして、彼女は綱吉に、強く光を放つ一等星を教えていく。
「それで、あれがアルタイル……彦星だな」
「あるたいる」
「星の名前だ。こっちがベガ、織姫」
「べが」
「鳥はデネブ、あの星だ」
「でねぶ」
たどたどしく星の名前を鸚鵡返しに唱え、とラルが指差す星を見上げて。けれど綱吉は顔を下ろすと少しだけ眉を寄せて呟いた。
「…………よくわかんない」
「また教えてやる。この辺りは街灯も多いからな。九代目の屋敷ならもっと多くの星が見えるだろう」
人里から多少離れた山の中にある九代目の屋敷――綱吉は知らないが、正しくはボンゴレの城という――を思い出し、綱吉はこくこくと頷く。あそこでも、兄と慕う少年が、星の名を言っては寝物語を話してくれていた。きらきらと空にちりばめられた星は、確かに今見るものより多い。
ふと意識を空から地上にやった綱吉は、母親に手を引かれて歩く道を見、首を傾げた。くいくいとラルの手を引き、彼は問う。
「……おかーさん」
「どうした、綱吉」
「どこいくの?」
いつもの、保育園からまっすぐ家へと戻る道ではなかった。きょろきょろと辺りを見回して、綱吉は考える。スーパーに買い物へ行く道でも、無い。
あまり、見覚えのない道だった。
「今日は七夕だ」
「そうだよ」
「コロネロの――おとうさんの誕生日でもある」
「そうなの?」
ああ。頷いて、ラルは綱吉を抱き上げるとやわらかく笑んだ。つられて、綱吉も笑う。
「だから、たまには……」
残りの言葉をちいさな耳にぽそぽそと囁きかける。すると綱吉はぱあっと喜色を浮かべ、琥珀色の目をラルに向けた。
「さんせー!!」
「よし、じゃあ向かうぞ」
頷き、ラルは綱吉の知らない道を辿りだした。





仕事上がり、基地を出た瞬間にコロネロは目を丸くした。
いるはずのない――そもそもこの基地の場所さえ知らないだろう綱吉が、門の横に座って星空を眺めている。よくよく見れば隣にはラルがいて、空の一点を指差しては何かを話しているようで。
「何してんだコラ……」
「あっ、おとーさん!!」
コロネロの声に気づいた綱吉が、ぱっと立ち上がって彼に駆け寄る。そして勢いそのままに抱きついてきた。条件反射的に受け止めて抱き上げて、コロネロは愛息子をまじまじと見つめると、きょとんと琥珀色の瞳が見つめ返す。すると綱吉はぱっと笑顔になって、コロネロの首に抱きついた。
「おとーさん、おたんじょーびおめでとう!」
「お、おう。ありがとなコラ」
「おとーさん、たなばたうまれ」
「よく知ってたなコラ」
褒めると、綱吉は照れた様子で頬を赤くし、えへへ、と笑って言葉を返す。
「おかーさんにきいたの。たなばたはね、ほいくえんでしょーちゃんせんせいにきいたよ」
おとーさん、たなばた。覚えた事をもごもごと呟いて、綱吉はふっと湧いたばかりの疑問をコロネロにぶつける。
「おとーさんはひこぼしさまなの?」
「…………違うぞコラ」
青の目がまた見開いて、すぐに細まる。
勘違いなのか、まだ単純なあたまは並列にしかものを考えないのか。ああどっちにしろ可愛いのに変わりはない。親ばかを全開にコロネロはつんつんと柔らかな頬をつついて、くしゃりと笑った。
「ちゃんとお父さんはウチに帰ってるだろコラ」
「うん」
「それに、ラルにもツナにも一年に一度しか会えないとか嫌だぜ」
「おれもやだー!」
ひし、と抱きついて甘えてくる綱吉にコロネロは笑う。
お前も嫌だろ、綱吉の後に立って父子の会話を静観していたラルに、彼は目で問いかけた。それはばっちりと伝わったようで、ラルは頬を染めてコロネロを睨む。
息子も可愛ければ妻もまた可愛い。言ったら殴られるであろう感情を飲み込んで、コロネロは笑みを深めた。
そんな二人に、ラルは頃合いを悟ったのか、帰宅の声を掛ける。
「さ、帰るぞ。誕生日だからな、ケーキも買ってある」
「ほんとう?」
「ああ。最近暑くて敵わんからな、今回はアイスケーキだ」
「アイス!!」
両手を上げてはしゃいだ声を上げる綱吉の頭を、コロネロは苦笑して小突いた。
「食いすぎるなよコラ。お腹痛くなるからな」
「しょーちゃんせんせーみたいに?」
「だな。それは嫌だろ?」
「うん」
胃痛持ちのクラス担当を思い出したのか、綱吉は口元をへの字に曲げてこくこく頷く。ほどほどなら大丈夫だコラ、慰めて、コロネロは綱吉を下ろすと小さな手を握った。綱吉は空いたもう片手をラルに差し出して、こう言う。
「おかーさんも、て、つなご」
「ああ」
首肯を返して、ラルもその手を握った。両親に挟まれてそれぞれと手を繋ぎ、綱吉は満面の笑顔を見せると上機嫌に歌いだす。
「ささのはさーらさら、のきばにゆれるー」
おっとりとしたメロディの歌も、七夕という行事自体も、この子供が来るまで知らずにいた。星に重ねた恋物語も、同じで。
そんな事を考えて、コロネロは隣を歩く綱吉とラルをそっと見た。任務の時には決して浮かべない、穏やかな微笑み。そのまま見ていれば黒の瞳とかち合って、彼女はまた頬を染めてそっぽを向く。それでも笑みが崩れないのを悟って、コロネロはにやつきそうになる口元を押さえた。
「おーほしさーまきーらきら、きーんぎーんすーなーご」
幼い歌声につられて空を見る。
遠い星に、今なら手が届くような気がした。




*****
ころたん+たなばたさま!!
本当は「コロネロを酷い目に遭わせる」を目的に、「いっそリボーン先生にケーキを作ってもらって顔面にヒットさせたらいいのではないか」まで考えたのですが、生憎ラルにこっ酷く怒られるフラグしか立たなかったので没りました。
ちくしょう、恵まれやがって。(コロネロさんへの愛情は割と歪んでおります)

とにもかくにもおたんじょうびおめでとうなのでした!!
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