きせつのもの
「おとーさん!」
ソファに寝転がっていたコロネロの上に、どんと飛び乗る綱吉。小柄な三歳児の身体を軽々と受け止めて、コロネロはどうした?と愛息子に聞いた。
「何か用かコラ」
「んー。おとーさんにね、おねがい」
「おう」
可愛らしく父親を見上げて、綱吉は「お願い」をする。
「オレがいいってゆうまでね、キッチンきちゃだめだよ」
「………………分かったぜコラ」
ちょっと腑に落ちないまま、コロネロは頷く。その返答に満足したのか、綱吉はにぱっと笑うと床に飛び降りて、パタパタと走り去った。方向から察するにキッチンか。ぼんやり消える後ろ姿を目で追ってコロネロは考える。
「……何なんだコラ?」
元々コロネロがキッチンに立ち入ることは少ない。あってラルが出張の期間か、そうでないときは何か飲み物を作る時程度だ。けれどわざわざ綱吉が入るな、とお願いにくるのはそれなりの理由があるんだろう。
けれど、理由に思い当たる節がない。
「どうせラルがいるだろうから、問題は起きねえだろうが……」
言われたら、逆に気になるというのが人心。
ソファに転がったままコロネロは耳を澄ませキッチンの気配を探ってみた。が、よく分からない。微かに綱吉のはしゃぐ声が聞こえるような。それくらいだ。
正直キッチンを覗きたいが、約束してしまったのでそれもできない。
「なんか、いつかツナに読み聞かせた昔話みたいだなコラ」
みてはいけないと言う障子の向こうを見てしまって、恩返しに来た鶴の化身に逃げられる男。綱吉は逃げないだろうが、おそらくはしばらく嫌われるだろう。
「……………待つのは苦手だコラ…」
諦めに近い溜息を吐いて、コロネロは目を閉じた。それでも室内光が瞼越しに刺さる。目の上を腕で覆ってぼんやりと、彼は眠りに落ちた。
どん、と腹の上に何かが飛び乗るーーけれど軽い衝撃。ゆるく浮かび上がったコロネロの意識を刺激するように、ゆさゆさと身体が揺さぶられる。それも、ひどく弱い。
「おとーさん、おきて!」
「ん……ツナ?」
目を覆う腕を退け、ゆるりと開ければ間近に綱吉の顔があった。目を合わせれば琥珀色の大きな目がにこりと細まる。
「おはよ、おとーさん」
「おはよう、寝ちまってたぜコラ。どうした?」
「おかーさんがね、ごはんできたからよんでこいって」
コロネロが起きあがる間もなく綱吉は彼の大きな手を引こうとする。この子供がこんなにせかすのは珍しい。小さな身体を抱き上げて、コロネロは聞いた。
「腹減ったのかコラ?」
「んーと、ちょっとだけ」
「そうか」
「えへへへへ」
おなかを空かせた割には、不思議に機嫌がいい。べったりとコロネロの胸に抱きついて、はやくごはんにしようね、と甘えてくる。
食卓に向かうと、そこにはすでにラルが座っていた。彼女は、いつも通りだ。
「綱吉、降りないと夕飯が食べられないぞ」
「はあい」
答えて綱吉はコロネロの腕から降りると、自分の椅子に登ろうとしてーーはっと何かを思い出したようだった。
「ねえねえおかーさん」
「どうした?」
「ごはんのまえがいいかなあ、あとがいいかなあ」
「おまえの好きな方にしろ」
コロネロを置いてきぼりにした会話をラルとした綱吉は、うんと頷いてぱたぱたとキッチンの方へ走った。そして、画用紙を手にすぐに戻ってくる。彼は椅子ではなくコロネロの元へ走り寄ると、頬を赤くして画用紙を差し出した。
ペールオレンジと黄色と青、それに緑。クレヨンの色彩が子供らしく元気よく白の画用紙に広がっている。
「ほいくえんでね、おとーさんかいたの。あげる!」
「おう、ありがとな」
満面の笑顔で受け取って。けれどそれを貰う理由がコロネロにはまだ分からない。そんな彼に綱吉は首を傾げて、おとーさんしらないの?と言った。
「きょうはね、ちちのひだよ」
「…………そうなのかコラ」
「なんだお前、知らなかったのか」
きょとんと事実を飲み込むコロネロに、ラルがツッコミを入れる。先月ラルが赤い造花を手に嬉しそうにしていたのは母の日だと認識したが、今日が父の日という認識はなかった。向こうとは別の日なのか。コロネロは今更知る。
「だからね、おとーさんにね、おかーさんとオレでハンバーグつくったの」
皿に載った大きなハンバーグ。すこしいびつな形のそれを指さして綱吉は自慢げに言った。
「ハンバーグね、オレがこねてかたちつくったの」
「がんばったなコラ。絵も、ありがとな」
わしわし撫でてやると、綱吉は嬉しそうに笑う。汚さないように画用紙を棚に置いて、三人家族はそろって手を合わせた。
「いただきまーす」
早速コロネロがハンバーグに箸を付けると、綱吉は興味津々でその様子を見守る。ラルも何となく、二人を気にしている様子だった。
「おとーさん、おいしい?」
「すっごく旨いぞコラ」
「ちゃんとたべてね」
「おう!」
父親の反応に満足して、綱吉もおいしそうにハンバーグを食べる。見るからに機嫌のいい息子に、ラルはぽそりと声をかけた。
「よかったな、綱吉」
「うん!!」
綱吉とラルは視線を合わせて笑った。その笑顔にどこかイタズラめいた色が混ざっていたことに、コロネロは気づかない。
ーー彼はは知らない。ハンバーグに、綱吉が頑張ってすりおろした人参が入っていることを。
「この調子で克服してくれると、俺も助かるんだがな」
「何の話だ、ラル?」
「こっちの話だ」
はぐらかして、ラルはまたひそりと笑った。
ソファに寝転がっていたコロネロの上に、どんと飛び乗る綱吉。小柄な三歳児の身体を軽々と受け止めて、コロネロはどうした?と愛息子に聞いた。
「何か用かコラ」
「んー。おとーさんにね、おねがい」
「おう」
可愛らしく父親を見上げて、綱吉は「お願い」をする。
「オレがいいってゆうまでね、キッチンきちゃだめだよ」
「………………分かったぜコラ」
ちょっと腑に落ちないまま、コロネロは頷く。その返答に満足したのか、綱吉はにぱっと笑うと床に飛び降りて、パタパタと走り去った。方向から察するにキッチンか。ぼんやり消える後ろ姿を目で追ってコロネロは考える。
「……何なんだコラ?」
元々コロネロがキッチンに立ち入ることは少ない。あってラルが出張の期間か、そうでないときは何か飲み物を作る時程度だ。けれどわざわざ綱吉が入るな、とお願いにくるのはそれなりの理由があるんだろう。
けれど、理由に思い当たる節がない。
「どうせラルがいるだろうから、問題は起きねえだろうが……」
言われたら、逆に気になるというのが人心。
ソファに転がったままコロネロは耳を澄ませキッチンの気配を探ってみた。が、よく分からない。微かに綱吉のはしゃぐ声が聞こえるような。それくらいだ。
正直キッチンを覗きたいが、約束してしまったのでそれもできない。
「なんか、いつかツナに読み聞かせた昔話みたいだなコラ」
みてはいけないと言う障子の向こうを見てしまって、恩返しに来た鶴の化身に逃げられる男。綱吉は逃げないだろうが、おそらくはしばらく嫌われるだろう。
「……………待つのは苦手だコラ…」
諦めに近い溜息を吐いて、コロネロは目を閉じた。それでも室内光が瞼越しに刺さる。目の上を腕で覆ってぼんやりと、彼は眠りに落ちた。
どん、と腹の上に何かが飛び乗るーーけれど軽い衝撃。ゆるく浮かび上がったコロネロの意識を刺激するように、ゆさゆさと身体が揺さぶられる。それも、ひどく弱い。
「おとーさん、おきて!」
「ん……ツナ?」
目を覆う腕を退け、ゆるりと開ければ間近に綱吉の顔があった。目を合わせれば琥珀色の大きな目がにこりと細まる。
「おはよ、おとーさん」
「おはよう、寝ちまってたぜコラ。どうした?」
「おかーさんがね、ごはんできたからよんでこいって」
コロネロが起きあがる間もなく綱吉は彼の大きな手を引こうとする。この子供がこんなにせかすのは珍しい。小さな身体を抱き上げて、コロネロは聞いた。
「腹減ったのかコラ?」
「んーと、ちょっとだけ」
「そうか」
「えへへへへ」
おなかを空かせた割には、不思議に機嫌がいい。べったりとコロネロの胸に抱きついて、はやくごはんにしようね、と甘えてくる。
食卓に向かうと、そこにはすでにラルが座っていた。彼女は、いつも通りだ。
「綱吉、降りないと夕飯が食べられないぞ」
「はあい」
答えて綱吉はコロネロの腕から降りると、自分の椅子に登ろうとしてーーはっと何かを思い出したようだった。
「ねえねえおかーさん」
「どうした?」
「ごはんのまえがいいかなあ、あとがいいかなあ」
「おまえの好きな方にしろ」
コロネロを置いてきぼりにした会話をラルとした綱吉は、うんと頷いてぱたぱたとキッチンの方へ走った。そして、画用紙を手にすぐに戻ってくる。彼は椅子ではなくコロネロの元へ走り寄ると、頬を赤くして画用紙を差し出した。
ペールオレンジと黄色と青、それに緑。クレヨンの色彩が子供らしく元気よく白の画用紙に広がっている。
「ほいくえんでね、おとーさんかいたの。あげる!」
「おう、ありがとな」
満面の笑顔で受け取って。けれどそれを貰う理由がコロネロにはまだ分からない。そんな彼に綱吉は首を傾げて、おとーさんしらないの?と言った。
「きょうはね、ちちのひだよ」
「…………そうなのかコラ」
「なんだお前、知らなかったのか」
きょとんと事実を飲み込むコロネロに、ラルがツッコミを入れる。先月ラルが赤い造花を手に嬉しそうにしていたのは母の日だと認識したが、今日が父の日という認識はなかった。向こうとは別の日なのか。コロネロは今更知る。
「だからね、おとーさんにね、おかーさんとオレでハンバーグつくったの」
皿に載った大きなハンバーグ。すこしいびつな形のそれを指さして綱吉は自慢げに言った。
「ハンバーグね、オレがこねてかたちつくったの」
「がんばったなコラ。絵も、ありがとな」
わしわし撫でてやると、綱吉は嬉しそうに笑う。汚さないように画用紙を棚に置いて、三人家族はそろって手を合わせた。
「いただきまーす」
早速コロネロがハンバーグに箸を付けると、綱吉は興味津々でその様子を見守る。ラルも何となく、二人を気にしている様子だった。
「おとーさん、おいしい?」
「すっごく旨いぞコラ」
「ちゃんとたべてね」
「おう!」
父親の反応に満足して、綱吉もおいしそうにハンバーグを食べる。見るからに機嫌のいい息子に、ラルはぽそりと声をかけた。
「よかったな、綱吉」
「うん!!」
綱吉とラルは視線を合わせて笑った。その笑顔にどこかイタズラめいた色が混ざっていたことに、コロネロは気づかない。
ーー彼はは知らない。ハンバーグに、綱吉が頑張ってすりおろした人参が入っていることを。
「この調子で克服してくれると、俺も助かるんだがな」
「何の話だ、ラル?」
「こっちの話だ」
はぐらかして、ラルはまたひそりと笑った。