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ぐんじんかぞく。

日本に渡る前、金髪の男は一枚の写真を僕に見せるとこう言った。
「俺のせがれだ、お前にとってはおとなりさんになるな。よくしてやってくれ」
それに写っていたのは、あどけない表情の赤子。よくする、とはどういうことだろうか。問えば、男は快活に笑う。
「たまに遊んで、たまに面倒見てくれたらいいさ。両親が共働きでな、預かってもらうかもしれんな」
「…………僕はあなたがたの味方ではありませんよ」
「敵でもないだろ。それに、向こうじゃお前等は小学生だ。そう悪さもできねえよ」
日本で、僕達に与えられたのはあまりにも、普通の――今までとは異質すぎる、環境だった。


日本に着いて、住処を見上げて僕達は唖然とした。
「一軒家……だな」
さすがのランチアも驚いている。犬と千種に至っては上手く反応できていない様子だ。
「間違いじゃありませんか?」
「いや、地図はここだ。それに――」
ランチアがドアの鍵穴にあの男から貰った鍵をさして、回す。当たり前の様に玄関は、開いてしまった。
「ここにすむびょん?」
「…………みたいだね」
「あの男の話では、各自部屋が与えられるそうですよ」
僕の言葉に、犬と千種は顔を見合わせ、やがて首を傾げた。僕だって、まだ疑わしい。
ボンゴレは、なにを考えているのか。
「凪の方はどうなんでしょう」
「転院は済んだ。小児医療が充実していて、院内学級とやらもあるそうだ」
「……本当に、分かりませんね」
家の中はすっかり人が住むように整えられていて、家具もなにもかもが人数分揃っていた。足りないものは食料と衣服くらい、ご丁寧に僕達のランドセルまで部屋に置いてあった。
これから僕達は、黒曜小学校に通うこととなる。校区は並盛だが、凪の病院の都合で特例を出してもらった。
小学校、というのもいまいち分からなくて。慣れるのは大変そうだと、真新しい制服や教科書を見聞する犬と、まだ怯えた様子の抜けない千種を見ながら思った。

僕達は、エストラーネオに飼われていた。改造手術を受けさせられ、凪のようにうまく行かなくて身体を壊されそうになったり、犬や千種のように少しばかり人間の枠からはみ出して、庇護や暖かさなど、知らずにいた。
変わったのは、僕が右目の力を利用したその日。
エストラーネオの研究者を惨殺した、ちょうどその時に、数人の男が飛び込んできて。――そこに、ランチアもいた。
彼らは、自分達をボンゴレファミリーだと名乗った。(後になって、ランチアは正しくはボンゴレに組みしていないと教えられた。)
また、マフィアに何かされるのか。僕がそう思ったのは当然で。必然的に、僕は彼らに三叉槍を向けた。しかし、それに対する反応は、予想もしないものだった。
集団のリーダーと思しき金髪の男が、豪快に笑った。
「こりゃあ骨のあるガキだな!」
「…………何のつもりですか」
「ん?そりゃあ、保護に決まってるだろ。ガキは育てるもんだ、どんな奴でもな」
そうして。僕達は、揃ってボンゴレに保護された。それから若干の紆余曲折に巻き込まれ、結果が日本での一般人生活。本当に、とんでもないことになってしまったと思う。
「……僕が術者だから、というのはどうでもいい理由なんでしょうね。あれにとっては」
持参した簡単な荷物を解くランチアの背に問いかければ、彼はひとつ、頷いたようだった。
「理由づくりだな。ボンゴレにとってメリットはあるようだが、家光にはそう無いだろう。隣が監視、というのも冗談半分のようだったな」
そうだ。この家の隣には、あの金髪の部下が住んでいて、なおかつ彼の実子を育てているという。共に住まないのかと聞けば、彼は珍しく表情を暗くして答えた。
「俺がいない方が、あいつの安全が保障されるんだ」
苦々しい、表情だった。何があったのか聞くことがはばかれるほどに暗い炎を、僕は見た。
「隣と言えば、」
ランチアの声に、僕はイマへと引き戻される。彼は僕の方を振り返り、ぽつりと言った。
「挨拶に行かないとならないな。一応、報告義務はある。向こうにも話は伝わっているだろう」
「それは、さっさと終わらせましょう」
答えて犬と千種を呼ぶ。与えられた自室から出てきた二人は隣に行く、という事に微妙な表情になった。特に犬は口元を尖らせて不満そうにしている。
「お前達は名乗ったらこちらに戻ってかまいませんよ」
「むくろさまは?」
「僕は、お隣に少し話があります」


かくして、僕達は揃ってお隣へと向かった。
本当に真隣、だ。歩いて一分も掛からないし何かあったらすぐに向こうもやってくるだろう、距離。気を抜いてはいけないなと考えつつ、ランチアが押すインターホンを眺めた。
ガチャ、ドアが開く。黒髪の女がランチアをまず見て、次に僕達を見下ろして、言った。
「もう一人いるんじゃなかったのか?」
なるほど、あの男の言う通り、話はすっかり伝わっているらしい。そして、彼女が部下、という奴か。
「病院です。まだ、具合が良くないのでしばらくは出てこれないだろうと」
「そうか。…………お前等が、家光の言ってたので、間違いないんだな」
僕とランチアはほぼ同時に頷く。ついでに早く名乗ってしまうことにした。
「そういう訳で。お隣に引っ越してきた、六道骸です」
横目で促せば、犬と千種もぼそぼそと名乗る。
「じょうしまけん」
「…………かきもと…ちくさ」
言い終えるなり犬はぱっと飛び出してしまって、千種もあわてた様子で後を追う。まだ他人に慣れないのか、それともマフィアが怖いのか。女はそれを目で追って、何も言わない。そうして、僕と残ったランチアはぺこりと頭を下げて名乗った。
「ランチアだ。済まない、まだ慣れていないようでな」
「構わん。俺はラル・ミルチ。それでこっちが――」
ラル、と名乗った女が自分の足下に視線を下ろす。その時に、ようやく気づいた。彼女の足に、一人の幼児――まだ、赤子といったほうがいいのか――がへばりついていた。
見覚えのある風貌。ふあふあとした茶の髪と、まんまるの琥珀色の目。ああ、これが。
「綱吉だ。だいたい一歳半になる」
「あう」
ラルに抱き上げられた赤子は、僕達を見てへらりと笑んで手を伸ばしてきた。気の抜ける表情。ランチアが不思議そうに聞いた。
「人見知りはしないのか」
「散々慣らされたし、保育園通いのせいか殆ど無いな。抱くか?」
ひょい、と無造作に目の前に掲げられて、僕はぶんぶんと首を横に振った。そんな生き物、僕は知らない。触れたこともない、こわい。
「抱きやすいと思うが」
また床に下ろして、彼女は平然とそんなことを言ってのける。赤子は、また母親の足にへばりついて、けれど珍しいのか僕達をちらちら見ては、はにかむように笑う。好かれて、いるのだろうか。
「そういえば、面倒を見るように言われたのですが」
「……家光、そんなこと言っていたのか」
ラルは苦笑して、傍らの赤子を見下ろして答えた。
「うちは共働きでな、そういうときは知り合いに任せているんだが……短時間なら隣の方が早いか」
拒否権が感じられないのは、どうしてだか。けれどそうわがままを言っていられる身分でないことも、理解はしている。
「犬が泣かすかもしれませんよ」
「その方がいい」
念のため張った防波堤は一瞬で崩された。隣であっけに取られるランチアに、彼女は眉間を押さえながら説明をしてくれた。
「散々甘やかされて育って、こいつには危機感が足りん。お前達くらいの年齢の遊び相手がいても、困らないだろうしな。……そもそも遊び相手は、同年代を外せばお前達が最年少だ」
「…………」
ツッコミも追いつかないし理解も足りない。情報もなにもかもが僕達には不足している。分かるのは、逃げ道がないことだ。ただ唯一の救いは、それが段階を踏まえて行われることだった。
「だが慣らしは必要だろう。俺達も、お前達も」
「そうですね。僕達は他人に慣れていません」
まずは少しずつ。様子を見ながら。
そう約束して、僕達は家に戻る。見上げて、まだ見慣れないそれに僕は思わず呟いた。
「……おおきな家ですね」
「ああ。そうだな。だが、悪くはないだろう?」
隣のランチアがあまりに正しいことを言うから。どうしてか、かなしくなった。
「凪も早くこちらに来たらいいのに」
「経過次第だ。だが、昔ほど悪くなることはもう無い」
ボンゴレの医療機関に移されて、凪は段々と回復している。それでも問題が多くて彼女は病院から出ることがまだ叶わない。
同胞は守ろうと、僕は右目の力を振るうときに決めた。けれどそれは、ここでは必要なのだろうか。
「ランチア」
分からなくなって、僕は問う。
「僕達は、これからどうなるんでしょう。どうしたら、よいのでしょう」
「これから、考えればいい。なに、時間はたっぷりある。学ぶことも、これから増える。……答えは、それからでもいい」
さあ、帰るぞ。そうランチアの手を引かれる僕は、すっかり子供になってしまったようだった。
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