ぐんじんかぞく。
――ぷきゅぷきゅ
昼下がり、ボンゴレアジトの屋敷。その広い廊下に響く、気の抜けた音。
その音源を追いながら、リボーンは呆れた口調で呼びかけた。
「ツーナ、てめえどこまで行くんだ」
音の主は小さなちいさな、こども。
仕事か何かに駆りだされた母親、ラル・ミルチに代わり子守を頼まれた(押し付けられたとも言う)リボーンは、先ほどからひたすらにこども――綱吉を追いかけていた。
一歳の誕生日を過ぎ、ようやく歩けるようになった綱吉は何を考えてか、ぷきゅぷきゅ音を立てる靴を鳴らして危なっかしい足取りで廊下を進んでいる。そして、何が楽しいのか時折足を止めてはきゃっきゃと笑う。
「あんまり余所見してると転ぶぞ」
まだバランスの悪い体格で歩くものだから、見ていてハラハラさせられる。いくら廊下に敷かれたカーペットの毛足が長くても、頭から落ちればそれなりに痛いだろう。
リボーンの心配をよそに綱吉は極めてマイペースに歩みを進めた。
そんな綱吉の足が不意にぴたりと止まる。こどもはじっと階段を見つめているようだった。
嫌な予感を覚えて、リボーンは綱吉の動向を見守る。いくら歩けるようになったとはいえ、階段は登れない、すぐに後ろへ落ちるだろう。
(まずいぞ……)
こういうときの悪い予感は当たるもので、綱吉はよたよたと階段にちいさな手をつき、よじ登ろうとした。
「さすがにそれはやめとけ」
すぐにリボーンはひょいと綱吉を抱き上げた。途端、腕の中のこどもは不満そうな声を上げる。
「やー!」
じたばた暴れだした綱吉にリボーンは溜息を吐き、諦めたように聞いた。
「上、行きたいのか?」
返事こそ返ってこなかったが、綱吉の小さな手ははっきりと階段の上に伸ばされている。仕方ない、呟いたリボーンは綱吉を抱きなおすと階段を登った。
ひとつ上の階で下ろされた綱吉は、また靴を鳴らして歩き出す。
やがてその足がひとつの扉の前で止まった。すると綱吉は分厚いカーペットの上にぺたんと座り、じっと扉を見ている。
「その部屋がどーしたんだ、ツナ」
「あーう」
「そーか、よかったな」
適当に返事をしてやると、なぜか綱吉はにこにこと笑った。機嫌がいいうちに連れて帰るか、そんな事を思ってリボーンはまた声を掛ける。
「もーちょいしたら部屋に戻るぞ」
「う!」
それが肯定か否定かは分からなかった。
不意に扉が開く。中から姿を見せたのはラルで、綱吉は歓声を上げて彼女の足に飛びついた。
「まーま‼」
「綱吉?迎えに来てくれたのか?」
思わぬ出迎えに柔らかく笑んだラルは綱吉を抱き上げ、リボーンに向き直ると聞いた。
「お前が連れてきたのか」
「違うぞ。ツナが勝手にここまで来たんだ」
俺は泣かない程度に追っかけただけだぞ。そこまで答えて、リボーンははてと首を傾げた。
「つーかなんでラルがここにいるってこいつ知ってたんだ?」
「さあな。俺は仕事に行くとしか言っていない。なあ、綱吉」
不思議がる二人の大人の視線をよそに、綱吉は御機嫌そのもので甘えるようにラルにべったりと抱きついている。
「…………まさか、な」
思い浮かんだ『超直感』という単語を振り払って、リボーンは綱吉の頬をつついた。