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ぐんじんかぞく。

 ガラス越し、暫くぶりに見る黒髪の影に、コロネロはソファからゆるく身を起こした。ほぼ同時に、リビングのドアが開いてラルが入ってくる。
「お帰り、長かったなコラ」
「ただいま」
 互いに軍に所属するせいか、なかなか顔を合わせることができないこともある。そのあたりは承知の上だ、仕方ない。
 けれど久々に聞くラルの声は非常に疲れていて、コロネロは珍しい、と内心首を傾げる。
「どうしたコラ?」
「ボンゴレで一騒動あってな。……ちょっと、そこに座れ」
「ん? ……ああ」
 コロネロがソファーに座ると、ラルは彼の腕に何かを抱かせた。
 小さな、温かい、柔らかなもの。それを視認するコロネロが青の瞳を見開いて硬直する。腕の中に納まるのは、ちいさなちいさな赤ん坊だった。
「…………」
「首はまだ据わっていない。落とすな」
 混乱するコロネロをよそに、ラルは普段の彼女と変わらない冷静さで言う。赤ん坊は眠っているらしく、非常に大人しい。
 いつの間に。
 コロネロは自問自答を脳内で繰り返した。
 いくらラルの任務が長引いたとしても、今回はせいぜい半年。半年前のラルは、コロネロの見る限りいつもの彼女だった。
「こいつは……?」
「うちの子だ」
 断言したラルにコロネロは更に慌てた。
「いつの間に妊娠したんだコラ!誰の子だ?!」
 まくし立てる夫への視線は冷たい。腕組みをしてラルは逆に問う。
「……いつ俺の子供だと言った」
「うちの子って今言っただろコラ!」
「例え俺が妊娠したとして、お前に報告しないわけないだろう」
 ラルの性格を考えればそこは、認めざるを得ない。不審に思いながらも、コロネロは一度頷いた。
「そうだなコラ……。で、こいつは」
「……うちの子だ」
「話が戻ったぞコラ!」
「あまり大声を出すな、綱吉が起きる」
「っ……」
 はっとして腕の中に視線を落とせば、しかし赤ん坊は起きる素振りもなく、すやすやと眠り続けている。
「詳しい話は後だ。着替えてくる。それまで見ていてくれ」
 言い残して、ラルは奥の部屋に消えた。
「…………どうなってんだコラ…」
 途方にくれて、コロネロは赤ん坊の顔をじっと見る。
 ふわふわの茶の髪、その色には僅かに覚えがあった。自分にも、ラルにも似ていない顔立ち。けれど昔会った誰かに、似ているかもしれない。
「……ツナヨシ」
 ラルが口にした、おそらくこの子供の名であろう言葉を呟く。
 偶然か、名を呼ばれたのに気付いたのか、赤子の目がぱちりと開いた。琥珀色の大きな瞳を覗き込んでコロネロは呟く。
「どーしたコラ」
「…………」
 じっとコロネロを見上げていた赤ん坊は、不意ににこりと笑った。コロネロもつられて微笑み、ふにふにとした頬をつついてみる。
 名から考えれば日本人であるのは確実だろう。やけに固い名前が可愛らしい赤子に不似合いだった。
「ツナヨシ……ツナ、かコラ」
 小さすぎる手が、コロネロの指を握る。その体温の高さが、妙に心地よかった。



 ぴんぽん。
鳴ったドアチャイムにコロネロは返事をしなかったが、人気を感じたのか鍵が開いていたからか、誰かが上がりこむ気配がした。
 動こうにも、赤子を抱えたまま行動したことがないのでどうにも動けない。うかつに動いて落としてしまったら、とろくでもないことばかり考えてしまう。
「コロネロ?ラル?いい話があるんだけど」
「バイパー……」
「あれ、コロネロいるじゃん……」
 勝手にリビングまで入ってきたバイパーの視線――深く被ったフードの動きからそう推測する――が、コロネロの腕でぴたりと止まる。
 たっぷりの間をおいて、バイパーは口を動かした。
「…………こど、も」
 ぱたん。
 開いたばかりのドアが閉じる。ばたばたと慌てた足音が遠のくのは気のせいではない。
 回復しつつあるものの、未だに思考が停止気味のコロネロは呆然とそれを見送ったが、戻ってきて半端ながらに状況を見ていたラルは小さく溜息を吐いた。
「騒ぎになるな、これは。……まあいい、奴等に連絡する手間が省けた」
 ラルの言う通り、マーモンの一報はすぐに腐れ縁――アルコバレーノの間を駆け巡ることとなる。
 大騒ぎに発展することは、バイパーの反応からも十分予想できた。
「……奴等が来る前に綱吉を寝かすか」
 一人頷き、ラルはコロネロの腕から綱吉を取り上げる。ふと思いついてコロネロは聞いた。
「ってか、どうやってツナ育てる気だ?」
「お前にも協力してもらう。が、取り敢えずは育児休暇を貰った」
「……ボンゴレにか?」
 問えば、二枚の紙が手渡された。一枚はオレンジの炎が灯る羊皮紙、もう一つは――
「軍にもだ。一年は綱吉の育児に専念する」
「……長官、泣いただろうなコラ」
 ラルの休暇を認める二枚の書類を手に、コロネロは呆れたように笑うしかなかった。
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