ぐんじんかぞく。
その日、入江正一先生は何度目かの胃の痛みと戦いながら、目の前の男を不安そうに見上げた。
漆黒の色をしたスーツ、それと同色の生地にオレンジのラインが入った帽子。黒髪、刺すように鋭い瞳も黒。
どこをどう贔屓目に見ても、カタギの人間に見えなかった。いつからこの保育園は、そっち方面に目をつけられたのか。
まっくろくろすけ、思わず浮かんだ正一の突っ込みは飲み込む前に、男の威圧感に引きさがる。
「こんにちは」
それでも挨拶をしたのは、保育士の悲しい性分で。
けれどよくよく見れば、男は首から保育園の入園証を下げていた。このご時勢、何かあっては大変と作ったそれが無ければ、この敷地に入ってくることは出来ない。それに今の時間は迎えに来る保護者の応対――もとい、不審者のチェックに用務員のスパナが園の入口に立っていて。
ああ、彼は人間に関心が薄いから入園証があれば通しちゃうな。どこか諦め半分に正一は思った。
「迎えに来たんだが」
男の声が低く響く。たまたまそれを聞いたのか、お隣の教室から正一の一つ上のクラスを担任するガンマが訝しげな表情で出てきて、やはり男を見て表情を強張らせた。ちらりとそれを見て、更に正一の心労は増す。
本当にこの男、何者なのか。
「どの子でしょうか?」
まだ、確実に黒と決まったわけではない。痛む胃と自分自身に言い聞かせながら、正一は男に聞いた。
「ああ――」
男が答えようとした時だった。正一の真後ろ――つまりは彼の担当するクラスから一人の子供が飛び出し、男の足に飛びついた。
「リボーン‼」
「…………綱吉君?」
「よおツナ。迎えに来たぞ」
「綱吉君のお迎えでしたか」
正一の言葉に、男は小さく頷く。男にべったりと貼りついて懐く綱吉、そして彼の茶髪を撫でるその男の瞳は先ほどと違い甘く緩んで、確かに知り合いなのだろうと考え。
そこで、正一ははたと思い出した。
今朝方、綱吉の母親に「今日は両親以外の奴が迎えに来るだろう」そう、言われていた。目の前の男がそうだとは、ついぞ考えもしなかったが。
「じゃあ、綱吉君は帰る支度をしておいで」
「はあい!」
ぱたぱたと教室に飛び込み、綱吉はすぐに鞄を引きずるように出てきた。手に持っていた帽子を被せてやって、正一はしゃがみ込んで綱吉と目を合わせる。
「じゃあ、また明日。さようなら綱吉君」
「うん!せんせ、さよーなら」
男に手を引かれ、園から出て行く様子は明らかに誘拐犯とそれに気づいていない子供のそれで。似たようなことを考えていたのか、ガンマは正一の隣に並ぶとぼそりと小声で言った。
「大丈夫なのか、あれは……」
「綱吉君は、あの人を知っていたようです。懐いていましたし、あれで入園証も持っていました」
「……そうか」
「…………一応明日、綱吉君のお母さんに確認をしてみます」
そうじゃないと、正一は不安が止まらない気がして。何より、おなかが痛かった。察してガンマは頷くと、正一の肩を慰めるように叩いた。
「それがいい」
――翌日。
いつもの様に綱吉を送りにきたラルへ、昨日の男について正一が問うと。
ラルは小さく溜息を吐き、正一へ詫びた。
「済まない。あれは……不審者だったな」
「…………」
彼女は自覚していたのかと、突っ込む事はできない。苦笑いを貼り付けた正一に、彼女は説明をした。
「自由業の男でな……まあ、オレ達夫婦の知人だ」
「そうでしたか」
男に関する疑問はある意味で更に深まり。けれど、誘拐犯でないことだけは正一を安心させた。
漆黒の色をしたスーツ、それと同色の生地にオレンジのラインが入った帽子。黒髪、刺すように鋭い瞳も黒。
どこをどう贔屓目に見ても、カタギの人間に見えなかった。いつからこの保育園は、そっち方面に目をつけられたのか。
まっくろくろすけ、思わず浮かんだ正一の突っ込みは飲み込む前に、男の威圧感に引きさがる。
「こんにちは」
それでも挨拶をしたのは、保育士の悲しい性分で。
けれどよくよく見れば、男は首から保育園の入園証を下げていた。このご時勢、何かあっては大変と作ったそれが無ければ、この敷地に入ってくることは出来ない。それに今の時間は迎えに来る保護者の応対――もとい、不審者のチェックに用務員のスパナが園の入口に立っていて。
ああ、彼は人間に関心が薄いから入園証があれば通しちゃうな。どこか諦め半分に正一は思った。
「迎えに来たんだが」
男の声が低く響く。たまたまそれを聞いたのか、お隣の教室から正一の一つ上のクラスを担任するガンマが訝しげな表情で出てきて、やはり男を見て表情を強張らせた。ちらりとそれを見て、更に正一の心労は増す。
本当にこの男、何者なのか。
「どの子でしょうか?」
まだ、確実に黒と決まったわけではない。痛む胃と自分自身に言い聞かせながら、正一は男に聞いた。
「ああ――」
男が答えようとした時だった。正一の真後ろ――つまりは彼の担当するクラスから一人の子供が飛び出し、男の足に飛びついた。
「リボーン‼」
「…………綱吉君?」
「よおツナ。迎えに来たぞ」
「綱吉君のお迎えでしたか」
正一の言葉に、男は小さく頷く。男にべったりと貼りついて懐く綱吉、そして彼の茶髪を撫でるその男の瞳は先ほどと違い甘く緩んで、確かに知り合いなのだろうと考え。
そこで、正一ははたと思い出した。
今朝方、綱吉の母親に「今日は両親以外の奴が迎えに来るだろう」そう、言われていた。目の前の男がそうだとは、ついぞ考えもしなかったが。
「じゃあ、綱吉君は帰る支度をしておいで」
「はあい!」
ぱたぱたと教室に飛び込み、綱吉はすぐに鞄を引きずるように出てきた。手に持っていた帽子を被せてやって、正一はしゃがみ込んで綱吉と目を合わせる。
「じゃあ、また明日。さようなら綱吉君」
「うん!せんせ、さよーなら」
男に手を引かれ、園から出て行く様子は明らかに誘拐犯とそれに気づいていない子供のそれで。似たようなことを考えていたのか、ガンマは正一の隣に並ぶとぼそりと小声で言った。
「大丈夫なのか、あれは……」
「綱吉君は、あの人を知っていたようです。懐いていましたし、あれで入園証も持っていました」
「……そうか」
「…………一応明日、綱吉君のお母さんに確認をしてみます」
そうじゃないと、正一は不安が止まらない気がして。何より、おなかが痛かった。察してガンマは頷くと、正一の肩を慰めるように叩いた。
「それがいい」
――翌日。
いつもの様に綱吉を送りにきたラルへ、昨日の男について正一が問うと。
ラルは小さく溜息を吐き、正一へ詫びた。
「済まない。あれは……不審者だったな」
「…………」
彼女は自覚していたのかと、突っ込む事はできない。苦笑いを貼り付けた正一に、彼女は説明をした。
「自由業の男でな……まあ、オレ達夫婦の知人だ」
「そうでしたか」
男に関する疑問はある意味で更に深まり。けれど、誘拐犯でないことだけは正一を安心させた。