ぐんじんかぞく。
それは、綱吉がもう何度目かも数えられない――少なくとも、両手で数えるには足りない迷子をしでかした、翌日。
保育園へ迎えに来たリボーンとうちへ戻ると、けれどラルは在宅で、ちくちくと何かを縫っていた。
「ただいま、おかーさん」
「戻ったぞ」
鞄を肩から下げたまま、綱吉は帰宅の挨拶をして首をかくんと傾げて見せた。ラルは顔を上げ、二人に声を掛ける。
「おかえり、綱吉。リボーンも」
「おかーさんなにしてるの?」
「縫い物をしていた。丁度出来上がったところだ」
縫い針を針山に刺すと糸をしまつして、ラルは今まで縫っていたそれを綱吉に見せる。ぱちぱちと瞬きして綱吉はそれを見て、すぐに目を輝かせた。
「おさかなさん‼」
橙色の体をした魚のマスコットが、ラルの手の中にあった。リボーンものぞき込んで、出来たのかと呟くと、ラルに問いかける。
「……ラル、あれの確認はしたのか?」
「ああ。問題はない」
頷いて、ラルは傍らにあったプレートを綱吉の前に差し出した。
「綱吉、これは迷子札だ」
「まいごふだ」
「ああ。お前はすぐ迷子になるからな。こっちに、お前の名前と住所と、連絡先が彫ってある」
プレートの片面を見せて、ラルは説明する。まだ綱吉はそれが読めなかったが、文字が彫ってあることは分かってこくこくと頭を縦に動かした。
「こっちは日本語、反対はイタリア語だ。……お前は九代目の屋敷でも迷うからな」
「……だって、じーさまのおうち広いんだもん」
ぷうと口をとがらせて綱吉は言い訳する。まあな、と後ろでリボーンが苦笑した。確かに、九代目の――ボンゴレの屋敷は、子供にとって迷宮に思えるほど広い。
「迷って、大人を見つけたらこれを見せるんだ。電話ならオレかコロネロ、それにイタリアならリボーンにも繋がる」
「リボーンも?」
「イタリアだと、どっちも仕事の時があるからな。念のために俺にも繋がるようにしてんだぞ」
「ふうん」
銀色のプレートを小さな手に乗せ、まじまじと両面を見て、それをラルの手に返すと綱吉はきょとんと聞いた。
「それでおかーさん、おさかなさんはなあに?」
「ライトだ。目が光る」
「えっ!」
「ツナ、尻尾にスイッチがあるぞ」
「おしたいおしたい‼」
ぴょんぴょん跳ねて主張する綱吉の手に、今度は橙色をした魚のマスコットが乗せられる。早速尻尾を押すと、魚の目がぴかりと光った。満面の笑みを浮かべる綱吉にラルは苦笑を返して彼を撫でる。
「迷子札と一緒にキーホルダーにするんだ」
「ありがとうおかーさん‼」
「目が光らなくなったら電池を替えてやるから、すぐ言え。いいな?」
「うん!」
きゃっきゃとはしゃいでは魚の尻尾を押してライトをつけたり消したりする綱吉の頭を、今度はリボーンが撫でる。彼はしゃがんで綱吉と視線を合わせると言い聞かせた。
「迷子札だから、いつでも持ち歩くんだぞ。手相を見せる時も、真夏のうだるような暑い日でもな」
「わかった‼」
その晩。自慢げな綱吉に一部始終を聞かされたコロネロは、早速キーホルダーのリングに通された迷子札のプレートと魚のマスコットを手の中で弄ぶ。そして、綱吉を寝かしつけてリビングへ戻ってきたラルに聞いた。
「何の仕掛けしたんだコラ」
「何の話だ?」
「迷子札。リボーン巻き込んでわざわざ……しかもイタリア語のは連絡先ったって名前と電話番号だけじゃねえかコラ」
「ボンゴレの住所を彫ってどうする。……大体向こうでは城の中で迷うだけだ、綱吉なら適当な奴を捕まえて電話を掛けさせる位の根性があるだろう」
「まあ、それは迷子を自覚したらの話だなコラ」
あの城は綱吉にとって、迷宮でもあるが遊び場にも等しい。コロネロとラルの息子だという話は大抵広まっているので、大人も綱吉を構って遊ぶ。迷子を自覚する前に誰か知った顔に見つけられて連れ戻されることも多い。
「日本語のは……まあ普通、なのかコラ」
「ああ。……これは綱吉には言っていないが」
ちら、と橙の魚を見てラルは少し声のトーンを落として、言った。
「マスコットに発信機が仕込んである」
「…………あ?」
「迷子札だからな。それと、念のためだ」
「……誘拐、とかか」
「まだ気付かれていないだろうが、いつ知られるとも分からん。予防策は早めにとっておけとリボーンにも言われた」
「…………あいつ、ツナのこと大好きだなコラ」
あのヒットマンがこうも子供にでれでれになるとは、コロネロには予想外だった。知人の息子という愛着でもあるのだろうか。首を傾げるコロネロにラルはふと笑って、
「お前もな」
とだけ言い残して飲み物を取りにキッチンへと向かった。ひとりリビングに残されたコロネロは、橙の魚をつついてぼやく。
「…………ラルも、な」
橙色に泳ぐ魚。裁縫は得意ではなかっただろうに、綱吉の為にわざわざ手作りして。
愛されてんなあ。自分も同じだと重々自覚して、コロネロはひそりと笑みをこぼした。
保育園へ迎えに来たリボーンとうちへ戻ると、けれどラルは在宅で、ちくちくと何かを縫っていた。
「ただいま、おかーさん」
「戻ったぞ」
鞄を肩から下げたまま、綱吉は帰宅の挨拶をして首をかくんと傾げて見せた。ラルは顔を上げ、二人に声を掛ける。
「おかえり、綱吉。リボーンも」
「おかーさんなにしてるの?」
「縫い物をしていた。丁度出来上がったところだ」
縫い針を針山に刺すと糸をしまつして、ラルは今まで縫っていたそれを綱吉に見せる。ぱちぱちと瞬きして綱吉はそれを見て、すぐに目を輝かせた。
「おさかなさん‼」
橙色の体をした魚のマスコットが、ラルの手の中にあった。リボーンものぞき込んで、出来たのかと呟くと、ラルに問いかける。
「……ラル、あれの確認はしたのか?」
「ああ。問題はない」
頷いて、ラルは傍らにあったプレートを綱吉の前に差し出した。
「綱吉、これは迷子札だ」
「まいごふだ」
「ああ。お前はすぐ迷子になるからな。こっちに、お前の名前と住所と、連絡先が彫ってある」
プレートの片面を見せて、ラルは説明する。まだ綱吉はそれが読めなかったが、文字が彫ってあることは分かってこくこくと頭を縦に動かした。
「こっちは日本語、反対はイタリア語だ。……お前は九代目の屋敷でも迷うからな」
「……だって、じーさまのおうち広いんだもん」
ぷうと口をとがらせて綱吉は言い訳する。まあな、と後ろでリボーンが苦笑した。確かに、九代目の――ボンゴレの屋敷は、子供にとって迷宮に思えるほど広い。
「迷って、大人を見つけたらこれを見せるんだ。電話ならオレかコロネロ、それにイタリアならリボーンにも繋がる」
「リボーンも?」
「イタリアだと、どっちも仕事の時があるからな。念のために俺にも繋がるようにしてんだぞ」
「ふうん」
銀色のプレートを小さな手に乗せ、まじまじと両面を見て、それをラルの手に返すと綱吉はきょとんと聞いた。
「それでおかーさん、おさかなさんはなあに?」
「ライトだ。目が光る」
「えっ!」
「ツナ、尻尾にスイッチがあるぞ」
「おしたいおしたい‼」
ぴょんぴょん跳ねて主張する綱吉の手に、今度は橙色をした魚のマスコットが乗せられる。早速尻尾を押すと、魚の目がぴかりと光った。満面の笑みを浮かべる綱吉にラルは苦笑を返して彼を撫でる。
「迷子札と一緒にキーホルダーにするんだ」
「ありがとうおかーさん‼」
「目が光らなくなったら電池を替えてやるから、すぐ言え。いいな?」
「うん!」
きゃっきゃとはしゃいでは魚の尻尾を押してライトをつけたり消したりする綱吉の頭を、今度はリボーンが撫でる。彼はしゃがんで綱吉と視線を合わせると言い聞かせた。
「迷子札だから、いつでも持ち歩くんだぞ。手相を見せる時も、真夏のうだるような暑い日でもな」
「わかった‼」
その晩。自慢げな綱吉に一部始終を聞かされたコロネロは、早速キーホルダーのリングに通された迷子札のプレートと魚のマスコットを手の中で弄ぶ。そして、綱吉を寝かしつけてリビングへ戻ってきたラルに聞いた。
「何の仕掛けしたんだコラ」
「何の話だ?」
「迷子札。リボーン巻き込んでわざわざ……しかもイタリア語のは連絡先ったって名前と電話番号だけじゃねえかコラ」
「ボンゴレの住所を彫ってどうする。……大体向こうでは城の中で迷うだけだ、綱吉なら適当な奴を捕まえて電話を掛けさせる位の根性があるだろう」
「まあ、それは迷子を自覚したらの話だなコラ」
あの城は綱吉にとって、迷宮でもあるが遊び場にも等しい。コロネロとラルの息子だという話は大抵広まっているので、大人も綱吉を構って遊ぶ。迷子を自覚する前に誰か知った顔に見つけられて連れ戻されることも多い。
「日本語のは……まあ普通、なのかコラ」
「ああ。……これは綱吉には言っていないが」
ちら、と橙の魚を見てラルは少し声のトーンを落として、言った。
「マスコットに発信機が仕込んである」
「…………あ?」
「迷子札だからな。それと、念のためだ」
「……誘拐、とかか」
「まだ気付かれていないだろうが、いつ知られるとも分からん。予防策は早めにとっておけとリボーンにも言われた」
「…………あいつ、ツナのこと大好きだなコラ」
あのヒットマンがこうも子供にでれでれになるとは、コロネロには予想外だった。知人の息子という愛着でもあるのだろうか。首を傾げるコロネロにラルはふと笑って、
「お前もな」
とだけ言い残して飲み物を取りにキッチンへと向かった。ひとりリビングに残されたコロネロは、橙の魚をつついてぼやく。
「…………ラルも、な」
橙色に泳ぐ魚。裁縫は得意ではなかっただろうに、綱吉の為にわざわざ手作りして。
愛されてんなあ。自分も同じだと重々自覚して、コロネロはひそりと笑みをこぼした。