ふたつの霧と空色の王様
突然に呼び出され、ふたりでひとつの霧を守護する骸とクロームが指定された部屋に入ると、そこには二人を除く全ての守護者が勢ぞろいしていた。
珍しいことに群れを嫌う雲雀すら姿を見せている。
「皆さんおそろいで……何事ですか?」
親しいともいえない大人に囲まれ居心地悪そうにしているクロームを庇うように一歩前に出、不機嫌そうに骸は聞く。すると山本がいつも通りの笑顔を浮かべて言った。
「明日一日、ツナの事頼むな」
「質問と答えが一致してません」
骸の機嫌は更に悪くなった。いったいこの大人たちは何がしたいのか、というか守護者は総じて馬鹿なのか、そんな部下でドン・ボンゴレは大丈夫なのか。
色違いの目のこどもから湧く不穏な空気を察し、今度は獄寺が口を開いた。
「明日、十代目はオフで外出される。お前たちにはその護衛を頼みたいんだ」
「…………ごえい?」
首を傾げたクロームに了平が深く頷く。
「ああ、お前たちしか手が空いていないからな、極限に気をつけろ!」
「……妙な話ですね」
「何がだ?」
「どうしてあなた達――守護者が勢ぞろいして僕らを呼び出したのでしょう。護衛の命令ならば誰か一人が言えば済みます。それに、ボンゴレは休みなのに皆忙しいとは何事ですか?」
「……察しが良いじゃないか」
最年長の雲雀が僅かに笑む。
「明日は大事な行事があってね。皆その準備に追われてる。ついでに言うとそれの準備にボスが出られると、とても困るんだ」
「何があるんですか?」
単刀直入の質問。しかし雲雀は楽しそうな笑みのまま、答えようとしない。それは他の守護者も同じだった。
「知らない方が楽しめていいんじゃねえの?」
気楽に言った山本を骸は睨んだが、特に効果もなく彼はへらへらと笑い続けるままだ。さっさと諦めをつけ、骸は標的を変えた。
――さっきから一言も発せず黙り込んでいる雷の守護者、ランボに。
「答えるかこれから一ヶ月悪夢に苛まれて不眠症になるか選びなさい」
「……っ!?」
「もしくは今すぐ幻覚地獄に送り込みます」
「……あー、もう、答えればいいんでしょう…」
あっさりと白旗を上げたランボに骸は満足げに頷き、さっさと答えなさいと急かす。
そんな彼に他の守護者たちが向けた視線は行事を隠し切れなかったことを責めるものでなく、降って湧いた災難に遭ってしまった彼を慰めるようなものだった。
「……明日はドン・ボンゴレの誕生日なんですよ」
「…………え?」
「ぼすのおたんじょうび……」
思わぬ答えに骸とクロームは目を瞬かせた。
「ええ。それでボンゴレを挙げて盛大にパーティーを催すんです。準備をしている間、ドン・ボンゴレにはここから離れていて欲しい……どんなことをするか、察してもらいたくないものでね」
「ってな訳。分かったか?」
ぱん、と手を叩いて山本が聞く。骸とクロームは同時に頷いた。
「……分かりました。心配されずともちゃんとボンゴレはお守りします」
「じゃ、明日はよろしくな」
これで決まり、と山本が言うなり、雲雀がもう用事は済んだから、と部屋を出て行った。他も仕事が残っているのか足早に部屋を後にする。最後に部屋を出て、ぺたぺたと自室に戻りながら骸はふと零した。
「困りましたね」
「どうしたんですか、むくろさま」
「僕たち、ボンゴレに何もあげられませんよ」
だって誕生日なんて初めて知ったのだから。今から何か買いに行こうにも、とうに日は暮れてしまっている。こども二人が夜に出掛けることを綱吉は好まないし、店もしまっているだろう。
「……あ…」
「せめて、もう少し早くに聞いていたらよかったんですが…」
ぎりぎりにしか用件を伝えなかった守護者たちに恨みを覚えながら骸は呟く。隣を歩きながらクロームはしばらく難しい顔で考え込んでいたが、ふと顔を上げた。
「……でも、おいわいはできるんじゃないかな…」
「お祝い……ああ、いい事を思いつきました」
にこり、双眸を細めて骸は言った。彼がひそひそと提案を耳打ちすると、クロームも笑顔になる。
「なら、今日はちょっとがんばらなきゃいけませんね」
*****
「ぼす……」
「……今晩、一緒に寝てもいいですか?」
おそろいのパジャマ(綱吉が買い与えた)に身を包んだ骸とクロームがそれぞれ枕を抱えて綱吉の自室に現れたのは、普段二人が眠るより随分遅い時間だった。すでにベッドにもぐり、柔らかな読書灯を頼りに書類を読んでいた綱吉は少し驚きながらもそれを許した。
「べつにいいけど……」
すると二人は欠伸をしながら、もぞもぞとベッドにもぐりこむ。綱吉を挟むよう両側に身を置いた子供たちは目をこすりながらも、なかなか眠ろうとはしなかった。不思議がった綱吉が聞く。
「寝ないの?」
「まだ、おきてる……」
目をとろんとさせながら、クロームがゆるゆると首を横に振る。珍しくも強情だねえ、ぼやきながら綱吉はクロームの頭を撫でた。それだけだと骸がすねるので、彼も撫でる。結局両手で撫でながら綱吉は言った。
「でも明日はお出かけするから、早く寝ちゃえよ」
「……休みだそう、ですね」
骸の反応も鈍い。途切れ途切れの声に耳を傾けて、綱吉はそれに答える。
「うん。準備があるからって毎年追い出されちゃうんだ。獄寺くんが護衛はお前たちって言ってたけど、確かだよね?」
「そう……なの」
「お前たちしか護衛が居ないんだから、もしもの時の為にも今は寝るんだよ」
「……でも…」
普段は大人しく言うことを聞くクロームが反抗して、ああこれが反抗期なのかなあ、とどうでもいい事を思いながら綱吉は言い聞かせた。
「でもじゃないの、ほら、おやすみ」
「仕方ありませんね……おやすみなさい、ボンゴレ」
「おやすみ……ぼす…」
よほど眠たかったのか、あいさつをするとほぼ同時に二人の子供は夢の世界に旅立ってしまう。綱吉はしばらく幸せそうにその寝顔を眺めて、ベッドサイドのランプを消した。
翌朝。まだ眠っている綱吉を起こさないように、骸とクロームはひそひそと言葉を交わす。
「クローム、起きてますか」
「はい、むくろさま」
「じゃ、行きますよ……」
ふたりの霧は顔を見合わせて頷きあい、せーの、で
綱吉の腹の上に勢いよく飛び乗った。
「う゛っ…………!!」
幼いこども二人分の体重。とはいえ、勢いが付いている。突然の衝撃に寝起きの悪い綱吉も目を覚ました。呻く彼をゆさゆさ揺さ振って二人は声を掛けた。
「ぼす、おきて……」
「お早うございます、ボンゴレ」
「お……おはよう、骸、クローム……今日はやけに積極的だね…」
何とか身を起こして二人を離した綱吉が胸を擦りながら言う。すると、骸とクロームはほんのりと頬を赤く染め、にこにこと機嫌よさそうに笑んでいる。
「だって。ねえ、むくろさま」
「ね、クローム」
「…………?」
「「おたんじょうびおめでとうございます!!」」
言うなり、二人はまた綱吉に抱きつく。すると今度はしっかりと受け止められた。見上げれば、綱吉は満面の笑みを浮かべていた。
今度は骸とクロームがぎゅう、と抱きしめられる。細い腕なのに妙に力が強い。けれどとても優しかった。
「ありがとう、ふたりとも」
オレは幸せ者だね。今日は、とってもいい日になるね。
そんな綱吉の弾んだ声を聞きながら、骸とクロームもふわふわとした幸せに包まれていた。
***
沢田さん、お誕生日おめでとうございます!!
珍しいことに群れを嫌う雲雀すら姿を見せている。
「皆さんおそろいで……何事ですか?」
親しいともいえない大人に囲まれ居心地悪そうにしているクロームを庇うように一歩前に出、不機嫌そうに骸は聞く。すると山本がいつも通りの笑顔を浮かべて言った。
「明日一日、ツナの事頼むな」
「質問と答えが一致してません」
骸の機嫌は更に悪くなった。いったいこの大人たちは何がしたいのか、というか守護者は総じて馬鹿なのか、そんな部下でドン・ボンゴレは大丈夫なのか。
色違いの目のこどもから湧く不穏な空気を察し、今度は獄寺が口を開いた。
「明日、十代目はオフで外出される。お前たちにはその護衛を頼みたいんだ」
「…………ごえい?」
首を傾げたクロームに了平が深く頷く。
「ああ、お前たちしか手が空いていないからな、極限に気をつけろ!」
「……妙な話ですね」
「何がだ?」
「どうしてあなた達――守護者が勢ぞろいして僕らを呼び出したのでしょう。護衛の命令ならば誰か一人が言えば済みます。それに、ボンゴレは休みなのに皆忙しいとは何事ですか?」
「……察しが良いじゃないか」
最年長の雲雀が僅かに笑む。
「明日は大事な行事があってね。皆その準備に追われてる。ついでに言うとそれの準備にボスが出られると、とても困るんだ」
「何があるんですか?」
単刀直入の質問。しかし雲雀は楽しそうな笑みのまま、答えようとしない。それは他の守護者も同じだった。
「知らない方が楽しめていいんじゃねえの?」
気楽に言った山本を骸は睨んだが、特に効果もなく彼はへらへらと笑い続けるままだ。さっさと諦めをつけ、骸は標的を変えた。
――さっきから一言も発せず黙り込んでいる雷の守護者、ランボに。
「答えるかこれから一ヶ月悪夢に苛まれて不眠症になるか選びなさい」
「……っ!?」
「もしくは今すぐ幻覚地獄に送り込みます」
「……あー、もう、答えればいいんでしょう…」
あっさりと白旗を上げたランボに骸は満足げに頷き、さっさと答えなさいと急かす。
そんな彼に他の守護者たちが向けた視線は行事を隠し切れなかったことを責めるものでなく、降って湧いた災難に遭ってしまった彼を慰めるようなものだった。
「……明日はドン・ボンゴレの誕生日なんですよ」
「…………え?」
「ぼすのおたんじょうび……」
思わぬ答えに骸とクロームは目を瞬かせた。
「ええ。それでボンゴレを挙げて盛大にパーティーを催すんです。準備をしている間、ドン・ボンゴレにはここから離れていて欲しい……どんなことをするか、察してもらいたくないものでね」
「ってな訳。分かったか?」
ぱん、と手を叩いて山本が聞く。骸とクロームは同時に頷いた。
「……分かりました。心配されずともちゃんとボンゴレはお守りします」
「じゃ、明日はよろしくな」
これで決まり、と山本が言うなり、雲雀がもう用事は済んだから、と部屋を出て行った。他も仕事が残っているのか足早に部屋を後にする。最後に部屋を出て、ぺたぺたと自室に戻りながら骸はふと零した。
「困りましたね」
「どうしたんですか、むくろさま」
「僕たち、ボンゴレに何もあげられませんよ」
だって誕生日なんて初めて知ったのだから。今から何か買いに行こうにも、とうに日は暮れてしまっている。こども二人が夜に出掛けることを綱吉は好まないし、店もしまっているだろう。
「……あ…」
「せめて、もう少し早くに聞いていたらよかったんですが…」
ぎりぎりにしか用件を伝えなかった守護者たちに恨みを覚えながら骸は呟く。隣を歩きながらクロームはしばらく難しい顔で考え込んでいたが、ふと顔を上げた。
「……でも、おいわいはできるんじゃないかな…」
「お祝い……ああ、いい事を思いつきました」
にこり、双眸を細めて骸は言った。彼がひそひそと提案を耳打ちすると、クロームも笑顔になる。
「なら、今日はちょっとがんばらなきゃいけませんね」
*****
「ぼす……」
「……今晩、一緒に寝てもいいですか?」
おそろいのパジャマ(綱吉が買い与えた)に身を包んだ骸とクロームがそれぞれ枕を抱えて綱吉の自室に現れたのは、普段二人が眠るより随分遅い時間だった。すでにベッドにもぐり、柔らかな読書灯を頼りに書類を読んでいた綱吉は少し驚きながらもそれを許した。
「べつにいいけど……」
すると二人は欠伸をしながら、もぞもぞとベッドにもぐりこむ。綱吉を挟むよう両側に身を置いた子供たちは目をこすりながらも、なかなか眠ろうとはしなかった。不思議がった綱吉が聞く。
「寝ないの?」
「まだ、おきてる……」
目をとろんとさせながら、クロームがゆるゆると首を横に振る。珍しくも強情だねえ、ぼやきながら綱吉はクロームの頭を撫でた。それだけだと骸がすねるので、彼も撫でる。結局両手で撫でながら綱吉は言った。
「でも明日はお出かけするから、早く寝ちゃえよ」
「……休みだそう、ですね」
骸の反応も鈍い。途切れ途切れの声に耳を傾けて、綱吉はそれに答える。
「うん。準備があるからって毎年追い出されちゃうんだ。獄寺くんが護衛はお前たちって言ってたけど、確かだよね?」
「そう……なの」
「お前たちしか護衛が居ないんだから、もしもの時の為にも今は寝るんだよ」
「……でも…」
普段は大人しく言うことを聞くクロームが反抗して、ああこれが反抗期なのかなあ、とどうでもいい事を思いながら綱吉は言い聞かせた。
「でもじゃないの、ほら、おやすみ」
「仕方ありませんね……おやすみなさい、ボンゴレ」
「おやすみ……ぼす…」
よほど眠たかったのか、あいさつをするとほぼ同時に二人の子供は夢の世界に旅立ってしまう。綱吉はしばらく幸せそうにその寝顔を眺めて、ベッドサイドのランプを消した。
翌朝。まだ眠っている綱吉を起こさないように、骸とクロームはひそひそと言葉を交わす。
「クローム、起きてますか」
「はい、むくろさま」
「じゃ、行きますよ……」
ふたりの霧は顔を見合わせて頷きあい、せーの、で
綱吉の腹の上に勢いよく飛び乗った。
「う゛っ…………!!」
幼いこども二人分の体重。とはいえ、勢いが付いている。突然の衝撃に寝起きの悪い綱吉も目を覚ました。呻く彼をゆさゆさ揺さ振って二人は声を掛けた。
「ぼす、おきて……」
「お早うございます、ボンゴレ」
「お……おはよう、骸、クローム……今日はやけに積極的だね…」
何とか身を起こして二人を離した綱吉が胸を擦りながら言う。すると、骸とクロームはほんのりと頬を赤く染め、にこにこと機嫌よさそうに笑んでいる。
「だって。ねえ、むくろさま」
「ね、クローム」
「…………?」
「「おたんじょうびおめでとうございます!!」」
言うなり、二人はまた綱吉に抱きつく。すると今度はしっかりと受け止められた。見上げれば、綱吉は満面の笑みを浮かべていた。
今度は骸とクロームがぎゅう、と抱きしめられる。細い腕なのに妙に力が強い。けれどとても優しかった。
「ありがとう、ふたりとも」
オレは幸せ者だね。今日は、とってもいい日になるね。
そんな綱吉の弾んだ声を聞きながら、骸とクロームもふわふわとした幸せに包まれていた。
***
沢田さん、お誕生日おめでとうございます!!