番外編
【日中の視点2】
帰り道。小花と並んで歩く。
朝と違って、特に何にも話さない。でも、歩調を合わせるのが、お互いを意識しているみたいで、くすぐったい。
はじめは歩くだけで満たされていたのに、ちょっとずつでも距離を縮めたくなる。
――手、繋ぎたいな。
小花の手は、僕よりも少し小さめだ。この手に触れられるだけで、暖かい気持ちになる。もし、髪や背中を撫でてもらえたら、もう幸せしかない。
人目があるところでは絶対にしないけど、夜だし、幸い周りには人がいない。他人の視線を気にするも必要ない。
挑戦してみてもいいだろうか。たった一瞬でも、爪の先でもいいから、小花に触れてみたい。
小花には見えないように足を遅らせて、バッグを左肩にかける。これで右手は空いた。
ボーッとした横顔をうかがいつつ、小花の手の甲に自分の指を近づける。自然に見えるように、指先でちょっと触れた。
これだけじゃ足りない。子供の時みたいに、何も考えずに勢いのままに繋いでしまおうか。
でも、嫌がられたらどうしよう。「やめろ」と言われたら。振りほどかれたりしたら人生終わる。
今は、慎重というよりかはおくびょうになってしまった。小花に嫌われたら立ち直れない。拒否されたら泣くかもしれない。情けない僕がいる。
だとすれば、ここは手を引くしかない。
「なあ」
手に集中していた僕は、小花がこちらを見ていたことなど気づかなかった。もしかして、バレたのだろうか。びくっと自分の体が動いた。
「手、かして?」
「へっ?」
「何か、日中と手を繋ぎたくなっちゃって」
ニコニコと小花は笑う。そこに下心はまるで感じられない。本当にただ、手を繋ぎたいだけなのだろう。
あまりに驚いてリアクションできないでいると、「日中、ひなちゃーん?」と呼んできた。
「ひなちゃん」はやばい。手を繋ぐどころではなくなって、僕は自分の口元を押さえた。にやけてやばい。
「ダメか? そうだよな。もうそんなガキじゃないもんな」
明らかにがっかりした様子の小花に、僕は内心、慌てていた。だけど、あくまでもがっついたりしないよう細心の注意を払う。余裕があるように装って、自然な声と表情を保つ。
「全然、いいよ」
「やったぁ!」
子供のようにはしゃいで喜ぶ小花が微笑ましい。差し出された手に、僕は手を重ねた。そして、あまり強すぎず、でも、感触をずっと残しておきたいから、ぎゅっと手を握った。
「何か、変な感じだね」
平静を装いながらも、胸は騒いでいる。吐き出す息も熱く感じる。
「ん、そうだな」
小花は適当な返事をする。まったく感じていないだろう。たぶん、僕だけだ。
「小花の手、あったかいな」
「あー、だから、眠いのかも」
小花は大きく口を開けてあくびをする。
「さすがに歩きながら寝ないでね」
「大丈夫、日中いるし」
小花は自分の頭を僕の肩にもたれさせた。髪の匂いが鼻をくすぐる。小花の匂いだ。
「寝たら起こして」
この帰り道に終わりが来なければいいのに。僕はそんなバカみたいなことを考えながら、さらに歩く速度を遅らせた。
〈おわり〉