番外編
【日中の視点】
僕は毎日、カーテンを開けてから、親友の小花の寝顔を観察している。
気持ち良さそうに眠る顔の横に手をついて、表情をのぞきこむ。
瞼は伏せていて顔を寄せる僕の気配に気づく様子もない。鼻の穴は呼吸に合わせて大きく開閉するし、口は半開きでよだれを流し放題になっている。安らかな寝顔は、かなり熟睡しているように見える。
僕は目線を下にずらした。「うわ」とたまらず声が出る。くたくたなシャツからのぞく細い首もと、鎖骨は色っぽい。
ぐっとこらえて目線を戻すと、こちらも地獄。無防備な半開きの唇は奪ってくれとうったえかける。厚めの唇の感触はどんなものなのか、指でなぞってみるが、それ以上はしない。
唇を奪わないのは、僕の親友だからだ。誰だって知らないところでキスをされていたら嫌だろう。
それでも、何かが変わりそうな予感はしている。昨日、「大好き」と頬を染めて告白されたことは衝撃だった。誰とも付き合う気はないと宣言してくれた。あれはかなり抱き締めたくなった。
朝からどれだけ大変だったか知らないだろう。時折、思い出して、熱い頬を右腕で隠しながら、授業を受けていたことも知らないはずだ。
「かわいい」
ずっと見ていても飽きない寝顔に、口元がゆるんでくる。僕のだらしなく幸せな顔は小花だけが知っていてくれればいい。
常日頃、本性を隠すように笑みを浮かべているのだが、小花といると作らなくても勝手に笑顔になっているらしい。それも目の前の寝顔の人が言っていたことだ。自覚はなかった。
もう少し見ていたいが、そろそろ起こさなくてはならない。
肩に手をかけて体を揺り起こすときの、鼻にかかった「んっ」という声は僕の耳を熱くさせる。それを感じるのは全世界で僕だけかもしれないが、嫌な気持ちではない。まるで、僕だけが触れることを許されたような神聖な気持ちになるからだ。
「ひ、なか」
「遅刻するから起きようね」
「ん」
――僕も大好きだから。
あの時は答えられなかったが、本当は言ってしまいたかった。
「僕も」大好きだ。
〈おわり〉