◇第三十四話◇愚息の憂いと母の愛
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不本意ながら、なぜか部屋の主ではないはずなのに指定席になっているデスクの椅子に腰を掛けたジャンは、頬杖をつき、つまらなそうにしながら、楽しそうな談笑を眺めていた。
気分が悪くならないのかと心配になるほどに、紅茶とお菓子の甘ったるい香りが充満している。
だが、その香りは、彼女達をご機嫌にしているようだった。
彼女達の話題は、兵舎でのジャンのどうでもいい日常だった。
なまえは、ジャンのことを、仕事が出来る補佐官だと褒めるわけでもなく、壁外での立派な戦いを称えるわけでもなければ、幾度もの死線を生き抜いたことを評価するわけでもない。
ただ、友人達にこんな悪戯をされて笑えるほどに激怒していたとか、誰と一番仲が良くて、誰と犬猿の仲なのかとか、どの上官と仲良くしているのかとか、そんな本当にどうでもいいことばかりを話すのだ。
それを、母親は、笑いながら楽しそうに聞いている。
それだけで軽く1時間は話せている彼女達に、むしろ感心してしまう。
ふ、と母親が、ジャンの方を向いた。
嫌な予感しかせず、ジャンは眉を顰める。
「アンタね、婚約したなら、ちゃんと親に連絡しなさい!
サシャちゃんとコニーくんのお母さん達に聞いて、びっくりしたんだから!!」
ほら、やっぱり——。
母親が、叱るような口調で言った
「うっせーな。」
「そもそもアンタは、調査兵になってから、手紙もほとんど寄越さないし——。」
面倒そうに目を反らしたジャンは、耳が覚えた母親の小言を聞き流しながら、口の軽い友人達に怒りを覚えていた。
ジャンの婚約の噂が広まってすぐに、サシャとコニーは、両親への手紙にそのことを書いたらしかった。
そのときの彼らの顔は、想像しなくても、頭に浮かぶ。
きっと、面白いネタを見つけたような、悪戯っ子のような笑みを浮かべていたのだろう。
そして、数日前、サシャの両親に誘われてウォール・マリアの南東の田舎町へと遊びに行った母親は、そこで、息子が婚約をしたという話を彼らの母親達に聞いたのだそうだ。
そして、驚いた母親は、トロスト区に帰ってきた翌日に、上官で婚約者となったなまえにお茶菓子を持って会いに来た。
母親がなまえに会いに来ていた、と偶々見かけたらしいアルミンから聞いたときのジャンの驚きがどれほどだったか、きっと誰も分からないだろう。
たとえようもないほどだったのだ。
「アンタね、息子の婚約を他の人から教えて貰った母親が
どれほど驚くか、分からないだろう?」
「うるせ————。」
「違うんです!」
不貞腐れた子供のように口を尖らせたジャンだったが、それに被せるようになまえが声を上げた。
そして、テーブルに頭をこすりつけるほどに深く頭を下げた。
「全部、私のせいなんです。ジャン、くんは何も悪くないんです。
驚かせてしまって、本当に申し訳ありませんでした。」
「え…!あ、違うのよ…!なまえさんは悪くないわ!!
こういうのは男のジャンが、しっかりしないといけないんだから!!」
「ジャンくんは、とてもしっかりしてますよ。
私が悪いんです。だから、彼を叱らないであげてください。」
母親は、それこそ驚き、戸惑っているようだった。
でも、ジャンは違う。
漸く、事態を飲み込んだような気分だった。
あぁ、婚約のフリをしただけだと言うのか———。
どういうつもりでなまえが、自分の母親と楽しそうに談笑しているのか、ジャンはずっと計りかねていた。
だから、余計なことが言えずに無口になっていたというのも、正直ある。
彼女が、婚約のフリを正直に話すのなら、それに合わせるつもりだ。
どちらにしろ、この関係は、継続するも、辞めにするのも、彼女次第なのだから———。
だが、謝罪の後になまえから出て来たのは、意外な台詞だった。
「私が、自信がなかったんです。」
「自信?」
母親が首を傾げた。
ジャンも眉を顰めた。
「私はジャンくんと歳も離れてるし、歳上で上官です。
だから、彼のご両親に受け入れて貰えないんじゃないかって不安で、
ご挨拶に行くのを先延ばしにしてしまったんです。」
だから私が悪いのだと続けて、なまえはもう一度、深く頭を下げた。
そういう流れにするのか———。
なまえのシナリオを理解したのと同時に、ジャンは、それが意外でとても驚いてもいた。
彼女は嘘を吐くのが得意ではないし、そもそも、嘘が嫌いだ。
だから、正直に話すという選択の方が、彼女らしかったのだ。
なまえが謝罪をした理由を把握した母親は、ハッとした顔をした後に、慌てた様子で首を横に振った。
「まさか!!うちの馬鹿息子なんかを補佐官に受け入れてもらえて
それだけで有難かったのに、就任式の日にも私達家族にまでよくして頂いて…!
素敵なお嬢さんだってうちの人ともいつも話してるんですよ…!!」
そんな素敵な女性が馬鹿息子のお嫁に来てくれるなんて、こちらからお願いすることはあっても反対するわけがない———。
簡単にまとめれば、そんなことを早口で捲し立てながら、母親は必死に首を横に振っていた。
それもまぁ、母親の本当の気持ちなのかもしれない。
実家は同じトロスト区にあるし、敢えて、家に帰るようなことはしていないジャンだったが、長期休暇になれば、さすがに顔を出していた。
そのときも、まるで息子にはそう言わなければならないという法律でもあるみたいに『彼女は出来たの?』と面倒なくらいに聞いていた母親だ。
あまりにも面倒そうにする息子を見かねたのか、母親の目を盗んでやってきた父親に、いつ死ぬか分からない職務についているからこそ、息子には出来るだけ早く、人並みの幸せを手にして欲しいと願っているだけなのだと、聞かされたこともある。
ただ純粋に息子の幸せを願っている親を騙している———。
ズキリ、と胸が痛んだ。
結婚の挨拶をしに行ったときのなまえの気持ちが、今やっと、分かった気がした。
だからなのか、なまえは、まるで保険でもかけるようにこう続ける。
「ジャンくんはまだ19歳ですから、20歳になるまで私を想ってくれていて
本当に結婚してくれたら嬉しいです。でも、彼の気持ちが変わってしまっても
それは仕方ないことだと思ってますから。そのときも、彼を責めないであげてくださいね。」
なまえがふわりと微笑む。
まるで、そんな未来が見えているみたいに————。
気分が悪くならないのかと心配になるほどに、紅茶とお菓子の甘ったるい香りが充満している。
だが、その香りは、彼女達をご機嫌にしているようだった。
彼女達の話題は、兵舎でのジャンのどうでもいい日常だった。
なまえは、ジャンのことを、仕事が出来る補佐官だと褒めるわけでもなく、壁外での立派な戦いを称えるわけでもなければ、幾度もの死線を生き抜いたことを評価するわけでもない。
ただ、友人達にこんな悪戯をされて笑えるほどに激怒していたとか、誰と一番仲が良くて、誰と犬猿の仲なのかとか、どの上官と仲良くしているのかとか、そんな本当にどうでもいいことばかりを話すのだ。
それを、母親は、笑いながら楽しそうに聞いている。
それだけで軽く1時間は話せている彼女達に、むしろ感心してしまう。
ふ、と母親が、ジャンの方を向いた。
嫌な予感しかせず、ジャンは眉を顰める。
「アンタね、婚約したなら、ちゃんと親に連絡しなさい!
サシャちゃんとコニーくんのお母さん達に聞いて、びっくりしたんだから!!」
ほら、やっぱり——。
母親が、叱るような口調で言った
「うっせーな。」
「そもそもアンタは、調査兵になってから、手紙もほとんど寄越さないし——。」
面倒そうに目を反らしたジャンは、耳が覚えた母親の小言を聞き流しながら、口の軽い友人達に怒りを覚えていた。
ジャンの婚約の噂が広まってすぐに、サシャとコニーは、両親への手紙にそのことを書いたらしかった。
そのときの彼らの顔は、想像しなくても、頭に浮かぶ。
きっと、面白いネタを見つけたような、悪戯っ子のような笑みを浮かべていたのだろう。
そして、数日前、サシャの両親に誘われてウォール・マリアの南東の田舎町へと遊びに行った母親は、そこで、息子が婚約をしたという話を彼らの母親達に聞いたのだそうだ。
そして、驚いた母親は、トロスト区に帰ってきた翌日に、上官で婚約者となったなまえにお茶菓子を持って会いに来た。
母親がなまえに会いに来ていた、と偶々見かけたらしいアルミンから聞いたときのジャンの驚きがどれほどだったか、きっと誰も分からないだろう。
たとえようもないほどだったのだ。
「アンタね、息子の婚約を他の人から教えて貰った母親が
どれほど驚くか、分からないだろう?」
「うるせ————。」
「違うんです!」
不貞腐れた子供のように口を尖らせたジャンだったが、それに被せるようになまえが声を上げた。
そして、テーブルに頭をこすりつけるほどに深く頭を下げた。
「全部、私のせいなんです。ジャン、くんは何も悪くないんです。
驚かせてしまって、本当に申し訳ありませんでした。」
「え…!あ、違うのよ…!なまえさんは悪くないわ!!
こういうのは男のジャンが、しっかりしないといけないんだから!!」
「ジャンくんは、とてもしっかりしてますよ。
私が悪いんです。だから、彼を叱らないであげてください。」
母親は、それこそ驚き、戸惑っているようだった。
でも、ジャンは違う。
漸く、事態を飲み込んだような気分だった。
あぁ、婚約のフリをしただけだと言うのか———。
どういうつもりでなまえが、自分の母親と楽しそうに談笑しているのか、ジャンはずっと計りかねていた。
だから、余計なことが言えずに無口になっていたというのも、正直ある。
彼女が、婚約のフリを正直に話すのなら、それに合わせるつもりだ。
どちらにしろ、この関係は、継続するも、辞めにするのも、彼女次第なのだから———。
だが、謝罪の後になまえから出て来たのは、意外な台詞だった。
「私が、自信がなかったんです。」
「自信?」
母親が首を傾げた。
ジャンも眉を顰めた。
「私はジャンくんと歳も離れてるし、歳上で上官です。
だから、彼のご両親に受け入れて貰えないんじゃないかって不安で、
ご挨拶に行くのを先延ばしにしてしまったんです。」
だから私が悪いのだと続けて、なまえはもう一度、深く頭を下げた。
そういう流れにするのか———。
なまえのシナリオを理解したのと同時に、ジャンは、それが意外でとても驚いてもいた。
彼女は嘘を吐くのが得意ではないし、そもそも、嘘が嫌いだ。
だから、正直に話すという選択の方が、彼女らしかったのだ。
なまえが謝罪をした理由を把握した母親は、ハッとした顔をした後に、慌てた様子で首を横に振った。
「まさか!!うちの馬鹿息子なんかを補佐官に受け入れてもらえて
それだけで有難かったのに、就任式の日にも私達家族にまでよくして頂いて…!
素敵なお嬢さんだってうちの人ともいつも話してるんですよ…!!」
そんな素敵な女性が馬鹿息子のお嫁に来てくれるなんて、こちらからお願いすることはあっても反対するわけがない———。
簡単にまとめれば、そんなことを早口で捲し立てながら、母親は必死に首を横に振っていた。
それもまぁ、母親の本当の気持ちなのかもしれない。
実家は同じトロスト区にあるし、敢えて、家に帰るようなことはしていないジャンだったが、長期休暇になれば、さすがに顔を出していた。
そのときも、まるで息子にはそう言わなければならないという法律でもあるみたいに『彼女は出来たの?』と面倒なくらいに聞いていた母親だ。
あまりにも面倒そうにする息子を見かねたのか、母親の目を盗んでやってきた父親に、いつ死ぬか分からない職務についているからこそ、息子には出来るだけ早く、人並みの幸せを手にして欲しいと願っているだけなのだと、聞かされたこともある。
ただ純粋に息子の幸せを願っている親を騙している———。
ズキリ、と胸が痛んだ。
結婚の挨拶をしに行ったときのなまえの気持ちが、今やっと、分かった気がした。
だからなのか、なまえは、まるで保険でもかけるようにこう続ける。
「ジャンくんはまだ19歳ですから、20歳になるまで私を想ってくれていて
本当に結婚してくれたら嬉しいです。でも、彼の気持ちが変わってしまっても
それは仕方ないことだと思ってますから。そのときも、彼を責めないであげてくださいね。」
なまえがふわりと微笑む。
まるで、そんな未来が見えているみたいに————。