◇第三十一話◇友人と眠り姫が織りなす幸せ
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昼食を終えて数時間が経った午後。
人間が一番眠たくなる時間だったけれど、施策担当のアルミンは、執務室にこもり、次回の壁外調査の作戦を考案するために、過去の資料を読み漁っていた。
そして、午前中の会議で決まった内容を確認しながら作戦案を幾つか頭の中に組み立てては、書類にまとめていれば、気づけばこんな時間だったくらいだ。
班編成についても任されているアルミンだったが、とりあえず、それについては、一応のカタチは出来た。
今はまだ、仮の班編成だけれど、エルヴィンに確認をしてもらいOKが出れば、この班編成で、最終的な作戦を考案することになる。
でも、まずはその前に———。
忙しなく握り続けたペンをデスクに置いたアルミンは、執務室を出ると、作戦立案室へと向かった。
今、そこにはなまえとジャンがいるはずだ。
次回の壁外調査では、彼らの本来の任務である壁外奪還後の人類の復興想定案の為の特殊任務が遂行されることになっている。
カラネス区から出発して4年かけて作り上げたシガンシナ区までの行路もあと1年ほどまでの距離に辿り着いた。
そして、次回、調査兵団が進む先には、ウォール・マリア最大の図書施設の跡地があるはずなのだ。
そこで、彼らは、リヴァイ班ら数名の精鋭兵に辺りの巨人討伐を任せ、図書施設に残っている書籍等の探索を行う予定だ。
極秘任務の為、会議中に議題に上がることはなかったが、今、彼らはその任務の事前準備のために、作戦立案室でウォール・マリア最大の図書施設に所蔵されている書籍を調べているはずなのだ。
その作戦のことで、エルヴィンからジャンへの伝言を頼まれていた。
作戦立案室にやってきたアルミンは、引き戸になっている扉から中に入る前に、窓の向こうに目的の人物を見つけた。
最近の壁外調査のレポートも資料として置いてあるこの部屋は、広い机が4卓それぞれ等間隔に置かれている。
なまえとジャンは、奥の机を利用して、窓を背に座っていた。
アルミンと目が合ったのは、なまえだった。
ジャンは、眠っていたからだ。
なまえの隣に座っている彼は、腕を組み、椅子の背もたれに身体を預けて居眠りをしていた。
何かを考えているような格好だったから、眠っていることにすぐに気づけなかった。
それに、居眠りをしているなまえを起こさないように、ジャンがひとりで仕事をしているところは見たことがあったけれど、逆パターンがあるなんて、想像もしていなかったのだ。
だから、とても新鮮だった。
アルミンに気づいたなまえは、仕事中に居眠りをしている補佐官を守ろうとしたのかもしれない。
悪戯っ子のように口の端を上げると、口元に人差し指を立てた。
『しーー。』
彼女の悪戯な声が聞こえてくるようだった。
クスリと笑って、アルミンは頷いた。
(伝言はまた後でにしよう。)
先に、この廊下の奥にある書庫に行って、エルヴィンに頼まれていた資料を探すことに決めた。
書庫へ行こうとしたアルミンは、最後にもう一度、チラリと窓の向こうに視線を這わせた。
窓際の席で、珍しく居眠りをしてしまっているジャンの隣で、なまえが、資料を確認しながら、真剣にペンを動かしていた。
なまえのことを、補佐官のジャンに甘やかされてばかりいると、皆思っている。
でも、ジャンをなまえが甘やかすこともあるのだな、と2人だけの特別な関係を知ったような気がした。
書庫で資料を探し、エルヴィンと今後の日程についての話をしていたアルミンが、作戦立案室に戻ってきたのは、それから2時間後ほどだった。
「あ。」
窓際の席に座るなまえとジャンに視線を向けたアルミンから、小さな声が漏れた。
今度は、寝ているのはなまえの方だった。
ジャンの右肩の辺りに頭を乗せて眠っている。
彼女の華奢な肩を、ジャンの長い左腕が、抱き寄せるようにして支え、片方の手で資料を読みながら、もう片方の手は、器用になまえの頭を撫でていた。
その手の温度と優しさのせいなのか、眠るなまえの表情は穏やかで、幸せそうだ。
そんな彼らを、赤い夕陽が照らしていて、それはとても優しい光景に見えた。
不意に、なまえが、寝返りをうつようにして、ジャンの胸元にしがみついた。
突然の彼女の動きに、ジャンも少し驚いたようで、肩を揺らしていた。
なまえは、ジャンの腰に抱き着くようにして、胸元に顔を埋めて寝息を立てだした。
そんな彼女を見下ろして苦笑したジャンは、持っていた資料を机の上に置いた。
そして、抱き着いて眠る彼女を包むように抱きしめると、前髪の上から、額に唇を落とした。
「あ。」
アルミンからは、無意識に、声が漏れてしまった。
だって、彼らを包み込む赤い夕陽が、誰も踏み入れてはいけない、彼らだけの世界を作り上げているみたいに見えたのだ。
それは、ひどく、官能的だった。
つま先から頭の先へと一気に駆け上がって行くのが、見てはいけないものを見てしまった背徳感と、羞恥心、それから———。
小さなアルミンの呟きが、ジャンに聞こえたはずがない。
でも、視線を感じたのかもしれない。
窓の方を向いたジャンと、アルミンの目が合った。
驚いたように目を見開いたジャンは、一瞬、失態を見られてしまったようなバツの悪い表情になった。
でも、夕陽から離れているはずなのに、真っ赤に染まっているアルミンの顔を見て、自分の方が有利の立場にいるのだとすぐに気づいたのかもしれない。
『しーーー。』
ジャンは、悪戯っ子のように口の端を上げると、口元に人差し指を立てた。
さっきの、なまえの仕草と重なった。
それがまるで、彼らの身体までひとつに重なっているような感覚になってしまって——。
いや、違う。そんな二人を想像してしまったのだ。
それがやけにリアルで、とても失礼なことをしてしまったと思った。
それに、すごく———。
顔を真っ赤にして必死に頷いたアルミンは、自分の知らない世界にいる同期から、走って逃げた。
12歳の頃から、ジャンを知っている。
彼は昔から自分に正直すぎる性格で、無鉄砲なエレンと反りが合わず、喧嘩ばかりしていた。
それは、少し前に、同窓会をして酒屋で呑んだときだって、変わっていなかったのに———。
しばらく逃げ続けたアルミンは、長く続く廊下の途中で、ゆっくりと、その歩みを止めた。
そして、立ち止まり、気づく。
出逢ってから、7年が経ったのだ。
変わらないはずが、ない。
お互いに、大人になって当然だ。いや、大人になっていかなければならない。
少しだけチクリと胸が痛んだのは、大人になることへの不安と、先に大人になってしまった友人への焦燥感、そしてなにより、寂しさからなのだと思う。
でも、それだけじゃない。
胸がじんわりと熱くなって、その熱が、痛みとして伝わって来たのだ。
アルミンにとって、大切な友人は、エレンとミカサだけじゃない。
ジャンも、コニーとサシャ、ライナー達も、とても大切な友人だ。
そして、ジャンは、この残酷な世界で必死に生き抜き、自分の力で見つけた幸せを、その手に掴もうとしている。
嬉しい。
素直に、嬉しいのだ。
(幸せになってね。)
アルミンは、胸元に手をそっと乗せて、心の中で告げる。
ジャンとなまえの婚約を知ったときに、嬉しいと思った気持ちも嘘ではない。
同窓会の時のときに『おめでとう。』と言ったのも本心だ。
でも、今、アルミンは初めて、友人が結婚するのだ———ということを実感したのだ。
寂しくて、嬉しい。
すごく、嬉しい。
だって————。
(ジャン、極悪人面が緩んでたなぁ。)
クスクスと笑いながら、アルミンは歩き始める。
柔らかい夕陽に包まれ、眠り姫を愛おしそうに抱きしめる友人の顔を思い出して、緩む頬がどうしようもなかった。
ジャンが、すごく幸せそうだった。
だから、アルミンも幸せだった。
そんな単純な感情が、アルミンが振り返る今日を、とても良い日にしてくれた。
こんな今日が、毎日毎日、続いてくれますように———。
そんな、当然で、途方もない願いを、無邪気な子供のように祈ってしまった。
人間が一番眠たくなる時間だったけれど、施策担当のアルミンは、執務室にこもり、次回の壁外調査の作戦を考案するために、過去の資料を読み漁っていた。
そして、午前中の会議で決まった内容を確認しながら作戦案を幾つか頭の中に組み立てては、書類にまとめていれば、気づけばこんな時間だったくらいだ。
班編成についても任されているアルミンだったが、とりあえず、それについては、一応のカタチは出来た。
今はまだ、仮の班編成だけれど、エルヴィンに確認をしてもらいOKが出れば、この班編成で、最終的な作戦を考案することになる。
でも、まずはその前に———。
忙しなく握り続けたペンをデスクに置いたアルミンは、執務室を出ると、作戦立案室へと向かった。
今、そこにはなまえとジャンがいるはずだ。
次回の壁外調査では、彼らの本来の任務である壁外奪還後の人類の復興想定案の為の特殊任務が遂行されることになっている。
カラネス区から出発して4年かけて作り上げたシガンシナ区までの行路もあと1年ほどまでの距離に辿り着いた。
そして、次回、調査兵団が進む先には、ウォール・マリア最大の図書施設の跡地があるはずなのだ。
そこで、彼らは、リヴァイ班ら数名の精鋭兵に辺りの巨人討伐を任せ、図書施設に残っている書籍等の探索を行う予定だ。
極秘任務の為、会議中に議題に上がることはなかったが、今、彼らはその任務の事前準備のために、作戦立案室でウォール・マリア最大の図書施設に所蔵されている書籍を調べているはずなのだ。
その作戦のことで、エルヴィンからジャンへの伝言を頼まれていた。
作戦立案室にやってきたアルミンは、引き戸になっている扉から中に入る前に、窓の向こうに目的の人物を見つけた。
最近の壁外調査のレポートも資料として置いてあるこの部屋は、広い机が4卓それぞれ等間隔に置かれている。
なまえとジャンは、奥の机を利用して、窓を背に座っていた。
アルミンと目が合ったのは、なまえだった。
ジャンは、眠っていたからだ。
なまえの隣に座っている彼は、腕を組み、椅子の背もたれに身体を預けて居眠りをしていた。
何かを考えているような格好だったから、眠っていることにすぐに気づけなかった。
それに、居眠りをしているなまえを起こさないように、ジャンがひとりで仕事をしているところは見たことがあったけれど、逆パターンがあるなんて、想像もしていなかったのだ。
だから、とても新鮮だった。
アルミンに気づいたなまえは、仕事中に居眠りをしている補佐官を守ろうとしたのかもしれない。
悪戯っ子のように口の端を上げると、口元に人差し指を立てた。
『しーー。』
彼女の悪戯な声が聞こえてくるようだった。
クスリと笑って、アルミンは頷いた。
(伝言はまた後でにしよう。)
先に、この廊下の奥にある書庫に行って、エルヴィンに頼まれていた資料を探すことに決めた。
書庫へ行こうとしたアルミンは、最後にもう一度、チラリと窓の向こうに視線を這わせた。
窓際の席で、珍しく居眠りをしてしまっているジャンの隣で、なまえが、資料を確認しながら、真剣にペンを動かしていた。
なまえのことを、補佐官のジャンに甘やかされてばかりいると、皆思っている。
でも、ジャンをなまえが甘やかすこともあるのだな、と2人だけの特別な関係を知ったような気がした。
書庫で資料を探し、エルヴィンと今後の日程についての話をしていたアルミンが、作戦立案室に戻ってきたのは、それから2時間後ほどだった。
「あ。」
窓際の席に座るなまえとジャンに視線を向けたアルミンから、小さな声が漏れた。
今度は、寝ているのはなまえの方だった。
ジャンの右肩の辺りに頭を乗せて眠っている。
彼女の華奢な肩を、ジャンの長い左腕が、抱き寄せるようにして支え、片方の手で資料を読みながら、もう片方の手は、器用になまえの頭を撫でていた。
その手の温度と優しさのせいなのか、眠るなまえの表情は穏やかで、幸せそうだ。
そんな彼らを、赤い夕陽が照らしていて、それはとても優しい光景に見えた。
不意に、なまえが、寝返りをうつようにして、ジャンの胸元にしがみついた。
突然の彼女の動きに、ジャンも少し驚いたようで、肩を揺らしていた。
なまえは、ジャンの腰に抱き着くようにして、胸元に顔を埋めて寝息を立てだした。
そんな彼女を見下ろして苦笑したジャンは、持っていた資料を机の上に置いた。
そして、抱き着いて眠る彼女を包むように抱きしめると、前髪の上から、額に唇を落とした。
「あ。」
アルミンからは、無意識に、声が漏れてしまった。
だって、彼らを包み込む赤い夕陽が、誰も踏み入れてはいけない、彼らだけの世界を作り上げているみたいに見えたのだ。
それは、ひどく、官能的だった。
つま先から頭の先へと一気に駆け上がって行くのが、見てはいけないものを見てしまった背徳感と、羞恥心、それから———。
小さなアルミンの呟きが、ジャンに聞こえたはずがない。
でも、視線を感じたのかもしれない。
窓の方を向いたジャンと、アルミンの目が合った。
驚いたように目を見開いたジャンは、一瞬、失態を見られてしまったようなバツの悪い表情になった。
でも、夕陽から離れているはずなのに、真っ赤に染まっているアルミンの顔を見て、自分の方が有利の立場にいるのだとすぐに気づいたのかもしれない。
『しーーー。』
ジャンは、悪戯っ子のように口の端を上げると、口元に人差し指を立てた。
さっきの、なまえの仕草と重なった。
それがまるで、彼らの身体までひとつに重なっているような感覚になってしまって——。
いや、違う。そんな二人を想像してしまったのだ。
それがやけにリアルで、とても失礼なことをしてしまったと思った。
それに、すごく———。
顔を真っ赤にして必死に頷いたアルミンは、自分の知らない世界にいる同期から、走って逃げた。
12歳の頃から、ジャンを知っている。
彼は昔から自分に正直すぎる性格で、無鉄砲なエレンと反りが合わず、喧嘩ばかりしていた。
それは、少し前に、同窓会をして酒屋で呑んだときだって、変わっていなかったのに———。
しばらく逃げ続けたアルミンは、長く続く廊下の途中で、ゆっくりと、その歩みを止めた。
そして、立ち止まり、気づく。
出逢ってから、7年が経ったのだ。
変わらないはずが、ない。
お互いに、大人になって当然だ。いや、大人になっていかなければならない。
少しだけチクリと胸が痛んだのは、大人になることへの不安と、先に大人になってしまった友人への焦燥感、そしてなにより、寂しさからなのだと思う。
でも、それだけじゃない。
胸がじんわりと熱くなって、その熱が、痛みとして伝わって来たのだ。
アルミンにとって、大切な友人は、エレンとミカサだけじゃない。
ジャンも、コニーとサシャ、ライナー達も、とても大切な友人だ。
そして、ジャンは、この残酷な世界で必死に生き抜き、自分の力で見つけた幸せを、その手に掴もうとしている。
嬉しい。
素直に、嬉しいのだ。
(幸せになってね。)
アルミンは、胸元に手をそっと乗せて、心の中で告げる。
ジャンとなまえの婚約を知ったときに、嬉しいと思った気持ちも嘘ではない。
同窓会の時のときに『おめでとう。』と言ったのも本心だ。
でも、今、アルミンは初めて、友人が結婚するのだ———ということを実感したのだ。
寂しくて、嬉しい。
すごく、嬉しい。
だって————。
(ジャン、極悪人面が緩んでたなぁ。)
クスクスと笑いながら、アルミンは歩き始める。
柔らかい夕陽に包まれ、眠り姫を愛おしそうに抱きしめる友人の顔を思い出して、緩む頬がどうしようもなかった。
ジャンが、すごく幸せそうだった。
だから、アルミンも幸せだった。
そんな単純な感情が、アルミンが振り返る今日を、とても良い日にしてくれた。
こんな今日が、毎日毎日、続いてくれますように———。
そんな、当然で、途方もない願いを、無邪気な子供のように祈ってしまった。