◇第二十三話◇お酒が喋らせる危険な秘密【前編】
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1時間が経過した頃には、早くから酒盛りをしていたコニーとサシャは座敷の両端をそれぞれ占領して爆睡し始めていた。
だが、これで静かになるかと思えば、それは大間違いで、泣き上戸のベルトルトは、想い人のアニへの気持ちを切々と吐露しながら「好きすぎる。」という謎の理由でさめざめと泣いているし、そんな彼の背中をさすりながら慰めていたクリスタまで、少し前からなぜか一緒に泣き出した。
かと思えば、酔っぱらったライナーが、クリスタへの愛を叫ぶから、喧嘩っ早いユミルが今にも殴りかかりそうな勢いで、青筋を立てて怒りながら、汚い言葉で罵っている。
(帰りてぇ…。)
まだ半分以上、酒の残ったグラスを前に、ジャンはため息を吐く。
嘘の下手ななまえのことは関係なく、ただ純粋に、早く兵舎に戻りたくて仕方がなかった。
だが、なぜだか分からないけれど、爆睡しているはずのサシャが、ジャンのジャケットの裾を握りしめていて立ち上がれないのだ。
無理やり指を離して立ち上がろうとすれば、やっと寝てくれたサシャを起こしてしまいそうで、それを試すことも出来ずにいる。
何度目かのため息を吐いたとき、店員に案内されてエレン達がやって来た。
正直、エレンとは馬が合わないし、仲が良い方ではない。
だが、この状況で、酒に酔っていない仲間が来てくれたのは、素直に嬉しかった。
「遅かったじゃねぇか。無理して、来なくてもよかったのによ。」
セリフとは裏腹に、嬉しそうに口の端の上がっているジャンを見て、エレンがあからさまに眉を顰めた。
そして、何を勘違いしたのか、ミカサの腰を抱き寄せるようにして、自分の背中の後ろに隠した。
「サシャ…、とコニーは寝ちゃったんだね。」
アルミンが、座敷の両端を見て言った。
約束の時間よりも早く来て、先に酒盛りを始めていたことを教えてやれば、アルミンにも思い当たるところがあったのか、納得したような顔をして苦笑を漏らした。
泣いたり怒ったりうるさい隣のテーブルを見て見ぬふりして、アルミンはジャンの隣に、エレンとミカサは向かい合う席に、それぞれ腰を降ろした。
そして、メニュー表を見ると、ジャンがそうしたように適当に酒を注文をする。
「会議だったんだってな。ライナーに聞いた。」
「そうなんだ。ハンジさんが面白い実験を思いついてね。
団長を説得するのに少し時間がかかってしまったけど、許しが出てよかったよ。」
「そんな面倒な実験なのか?」
「面倒というより、エレンが危険。あの人は、いつかエレンを殺す気だ。
前にも、エレンの顔面がヒドイ状態になったのに興奮して、モブリットさんにスケッチさせてた。
あれは、私はまだ許してない。」
注文した酒が来る間、ジャンはエレン達と仕事の話を交わす。
そういうところも、4年前の訓練兵を卒業したばかりの頃とは変わっていて、感慨深いものがある。
「ハンジさんの思いつきの被害にあうのは、いつも俺だ。」
エレンが、哀愁たっぷりにため息を吐いた。
それをジャンが面白がって、意地悪く口の端を上げて笑えば、ミカサに睨まれた。
そうしていると、店員がエレン達に酒を持ってきた。
それぞれがグラスを持ったところで、ジャンは今日2回目の乾杯を彼らと交わす。
お疲れ————。
今まで残業をさせられていた彼らにそう言おうとしていたジャンだったけれど、先にアルミンに乾杯の挨拶を取られてしまった。
「ジャン、おめでとう。」
「おめでとう。」
「まぁ、おめでとさん。」
エレン達は、そう言って、ジャンの持つグラスに自分のグラスを傾けた。
一瞬、何の話かと聞こうとしてしまってから、なまえとの結婚のことかとジャンは空気を読んだ。
「あぁ、ありがとな。
——で、悪ぃな、エレン。お前が壁外を奪還する前に結婚を決めちまってよ。」
ジャンが、意地悪く言って、エレンをからかう。
数日前のミカサへのプロポーズ話をまた持ち出されたエレンは「うるせぇ。」と不機嫌そうに眉を顰めた。
「お前、リヴァイさんにどんだけ叱られてもなまえさんの為に無理するのやめねぇから
ただの馬鹿補佐官かと思ってたよ。」
エレンに言い返されたジャンも、「うるせぇ。」と不機嫌そうに眉を顰める。
すると、いつもなら口数の少ないミカサが、珍しくエレンに続いて口を開いた。
「このままだと、眠り姫がいつかジャンを殺すと思っていた。
でも、恋人同士ということなら納得する。私も、エレンの為なら死ねる。」
「いや、死に急ぎ野郎のために、ミカサが死ぬなよ。」
何度も頷くミカサに、ジャンはすかさず注意をする。
巨人化出来るエレンならば、たとえ、腕が千切れようがトカゲのように生えてくるのだから放っておけばいいと力説するけれど、エレンしか見えていない彼女には、ジャンの忠告なんて聞こえていない。
自分の為に危険をおかしてばかりのミカサを、エレンも叱ってはいるようだが、それすら聞き入れてもらえていないことを随分と昔から知っていたジャンも、自分がどうこう言ったところで無駄だということは分かっていた。
エレンも、注意するのも面倒になったのか、今後も自分の為に命を懸けるつもりでいる恋人の危険な発言も、適当につまみを口に運びながら聞き流している。
「ジャンが、私と同じ気持ちだと知って嬉しい。」
ミカサは、エレンから貰ったというマフラーを握りしめると、ほんのりと頬を染めて柔らかく微笑んだ。
「…そりゃよかったよ。」
始めて見る可愛らしいミカサの微笑みに、ジャンはもうそう答えるしかなかった。
だって、訓練兵団に入ってすぐに一目惚れをしたあの日から今の今まで、ミカサが自分の為に微笑んでくれたことは、一度だってなかったのだ。
「ミカサじゃないけど、僕も安心してるよ。」
アルミンはどこか嬉しそうに言った。
そして、隣に座るジャンと目が合うと、少し困ったように眉尻を下げて続ける。
「ジャンが、なまえさんの補佐官になるのは、本当は僕は反対だったんだ。」
「あぁ、知ってる。団長から聞いてた。」
「ごめん。でも、同期の君が心配だったんだよ。なまえさんの任務は、いろんな意味で危険が伴うし
何よりも、彼女は誰かを守って戦うタイプじゃない。豊富な経験も、知識や技術も、
自分の身を守るために身につけたものだ。今だって、彼女は君が守ってるから自由にやれてるだけだろ。」
「まぁ…、そうかもな。」
少しは上官のために言い返す言葉を考えてみたけれど、うまいものが見つからなかった。
それに、全ての調査兵達の特徴を把握しているアルミンの言っていることに、間違いはなかった。
なまえが上官としての仕事を果たしていないというわけではない。
ただ、現実から目を反らしてぼんやりとしている彼女のことを、アルミンは気づいているのだ。
今ここでジャンが、彼女を庇ったところで、彼は頷きはしないだろう。
「最近は、団長やリヴァイ兵長の注意も聞き流すし、
いつかジャンは彼女を守って死ぬんじゃないかって、すごく心配してたんだよ。
でも、恋人を守っていたっていうのなら納得だ。」
「ライナーにも同じこと言われた。そんなに危なっかしく見えてたのかよ。」
ジャンは、眉を顰めて、不機嫌そうに言って、つまみを口に放り込んだ。
怒らせたと思ったのか、アルミンは「そうじゃないけど…」と続けたけれど、そこから先はなかった。
まぁ、それは、そう見えていた、ということだろう。
「団長のそばにいると、君がなまえさんを大切にしてるのは、すごく伝わってたから。
なまえさんもジャンのことをそういう風に想ってくれてるって知って、安心したよ。
それならきっと、なまえさんもジャンの為に命を懸けて守ってくれるってことだから。」
アルミンは、本当に嬉しそうに言って、ゆっくりと息を吐いた。
嘘を吐いているジャンは、胸にチクリと針がさすような痛みを感じる。
あの人は絶対に、俺を守るために命を懸けない————。
思わず、そう言いそうになって、ジャンは、酒と一緒に喉の奥に飲み込んだ。
なまえが想っているのはリヴァイだ。だから、彼女が命懸けで守るのは、きっと、リヴァイだ。
(もし…、)
もしも、なまえが守るべき存在である補佐官のジャンと、人類最強の兵士であるリヴァイが、同時に命の危険に襲われていたのなら、彼女はどちらを助ける方を選ぶのだろう—————。
ふ、とそんな疑問が浮かんだジャンは、空になったグラスを握りしめたまま、そんな状況をぼんやりと想像してみた。
なまえのそばに長く居すぎて、おかしな癖が移ってしまったのかもしれない。
でも、ジャンはすぐに、想像するまでもないことに気がついた。
だって、大切な人の命が危険に晒されているときには、自分の立場なんか考える余裕もなく、身体が勝手に動くものだからだ。
そういう状況で、命の選別をする、なんて高度な真似はなかなかできない。
自分の感情に素直ななまえなら、尚更だ。
だからきっと彼女は、————。
そのとき、ぼんやりとしているジャンを見て、機嫌を損ねてしまったと勘違いしたらしいアルミンは、取り繕うような笑顔を作って、話題を変えた。
「そういえば、今夜は、ハンジさん達もなまえさんを誘って
結婚のお祝いの飲み会をするって言ってたよ!」
「はッ!?」
ジャンは、ぼんやりとしていた世界から一瞬で引き戻された。
驚いて声を上げたジャンに、アルミンだけではなく、向かいの席でゆっくりと酒を飲んでいたエレンとミカサも驚いたようだった。
「なんだよ、ジャン。急にデカい声だすなよ。
ビックリして、酒を零しちゃうとこだったじゃねーか。」
エレンが文句を言っていたが、ジャンの耳をすり抜けていく。
それほどに、ジャンは驚いていたし、ショックだったのだ。
「飲みにって、どういうことだよ!?ハンジさん達って言ったか?!
他は!?もしかして、リヴァイ兵長もか!?」
「え…、えっと…、僕達が、今日は104期のみんなで集まって飲むって話をしたら
ハンジさんが、それならなまえさんは1人でつまんないだろうから
ついでに、結婚祝いの飲み会をしようって…。」
鬼気迫る様子のジャンにたじたじになりながら、アルミンが答えた。
「誰を誘うか聞いたか!?」
「一緒に会議に出てた団長とリヴァイさんとモブリットさんは、行くって言ってたよ。」
最悪だ——————。
アルミンはまだ「後はたぶん、なまえさんの同期のナナバさん達を誘うんじゃないかな。」と続けていたけれど、顔面蒼白のジャンには聞こえていなかった。
だって、調査兵団公認の恋人が本物なのかを怪しんでいるハンジが、結婚を祝うために飲み会をしようなんて思うはずがないのだ。
それはただの口実だ。
なまえが酒に弱いことだって知っていて、酔わせた彼女の口を割らせようとしているに決まっている。
「俺も行く!!」
「それはやめた方が良い。」
立ち上がったジャンを引き留めたのは、意外にもミカサだった。
これがエレンなら無視して立ち去ったはずのジャンは、立ち上がったままの格好で、ミカサを見下ろした。
とても真っすぐな目で見上げるミカサと目が合った。
「他の男性がいるお酒の席に恋人が行くのは心配かもしれないけど、我慢した方がいい。
いちいち気にしてついて行ったら、ウザい、お前は私の父さんかと言われる。
それで喧嘩すれば、それこそ他のクソ野郎の思うツボ。」
「…ミカサの実体験だね。」
アルミンが、不憫そうに言った。
ミカサの隣では、もう1人の実体験者であるエレンが、飄々とした顔をして酒を飲んでいる。
「恋人であるこっちが堂々としてれば、
フラフラしてるお色気馬鹿もちゃんと戻ってくる。」
「…お色気馬鹿ってなまえさんのことか?」
「少なくとも俺じゃねぇ。」
「たぶん、エレンのことだよ。」
「そして、もう二度と他の女のところには行かなくなる。
なぜなら、クソ女共は私が始末した。」
「…ちょっと待ってくれ。俺は何の話を聞いてんだ?」
「少なくとも俺は関係ねぇ。」
「関係あるよ!エレンのせいで、女の子が何人か死んでるよ!!
どうするんだよ!?」
「どうもしない。奴らは、二度と目覚めてはいけない。
永遠の眠りについていればいい。」
「怖ぇ…、怖ぇよ。俺は何も聞いてねぇ。絶対に聞いてねぇ。
エレン、お前が責任とれよ。」
「なんでだよ。俺は関け————。」
「関係あるよ!現実逃避しないで、エレン!!」
「とにかく、もしも、なまえさんに手を出そうとするクソ男がいれば、
私も一緒に始末してあげる。」
「俺のためにそう言ってくれるのはすげぇ嬉しいんだ。ホントだ、嘘じゃねぇ。
だが、それはやめとけ、ミカサ。相手が悪すぎる…。」
「そんなことはない!私とジャンは同志だ!クソ男が邪魔してくれば、私も立ち上がる!!
だから今夜は、我慢した方がいい。自由が好きな彼女を縛ったら、逃げていく。絶対に…!!」
目がマジすぎて怖ぇ———————。
ミカサの真に迫った説得は、ジャンを震え上がらせた。
彼女は、ジャンのことを完全に仲間だと信じ切っているようだった。
確かに、本当の恋人同士ということなら、友人達と呑んでいるところにわざわざ彼氏が現れたら、束縛だと感じて嫌がられるかもしれない。
だが、そういうことじゃないのだ。
ジャンが心配しているのは、彼女が余計なことを口走ってしまわないかということなのだ。
だが——————。
「あーーーッ!ジャーーーーーンッ!!自分だけお肉をいっぱい食べるつもりですねぇぇぇ!!
許しませんよぉぉぉぉおお!!!!」
サシャが起きてしまった。
彼女にジャケットの裾を掴まれていたことを失念していた。
だが、これで静かになるかと思えば、それは大間違いで、泣き上戸のベルトルトは、想い人のアニへの気持ちを切々と吐露しながら「好きすぎる。」という謎の理由でさめざめと泣いているし、そんな彼の背中をさすりながら慰めていたクリスタまで、少し前からなぜか一緒に泣き出した。
かと思えば、酔っぱらったライナーが、クリスタへの愛を叫ぶから、喧嘩っ早いユミルが今にも殴りかかりそうな勢いで、青筋を立てて怒りながら、汚い言葉で罵っている。
(帰りてぇ…。)
まだ半分以上、酒の残ったグラスを前に、ジャンはため息を吐く。
嘘の下手ななまえのことは関係なく、ただ純粋に、早く兵舎に戻りたくて仕方がなかった。
だが、なぜだか分からないけれど、爆睡しているはずのサシャが、ジャンのジャケットの裾を握りしめていて立ち上がれないのだ。
無理やり指を離して立ち上がろうとすれば、やっと寝てくれたサシャを起こしてしまいそうで、それを試すことも出来ずにいる。
何度目かのため息を吐いたとき、店員に案内されてエレン達がやって来た。
正直、エレンとは馬が合わないし、仲が良い方ではない。
だが、この状況で、酒に酔っていない仲間が来てくれたのは、素直に嬉しかった。
「遅かったじゃねぇか。無理して、来なくてもよかったのによ。」
セリフとは裏腹に、嬉しそうに口の端の上がっているジャンを見て、エレンがあからさまに眉を顰めた。
そして、何を勘違いしたのか、ミカサの腰を抱き寄せるようにして、自分の背中の後ろに隠した。
「サシャ…、とコニーは寝ちゃったんだね。」
アルミンが、座敷の両端を見て言った。
約束の時間よりも早く来て、先に酒盛りを始めていたことを教えてやれば、アルミンにも思い当たるところがあったのか、納得したような顔をして苦笑を漏らした。
泣いたり怒ったりうるさい隣のテーブルを見て見ぬふりして、アルミンはジャンの隣に、エレンとミカサは向かい合う席に、それぞれ腰を降ろした。
そして、メニュー表を見ると、ジャンがそうしたように適当に酒を注文をする。
「会議だったんだってな。ライナーに聞いた。」
「そうなんだ。ハンジさんが面白い実験を思いついてね。
団長を説得するのに少し時間がかかってしまったけど、許しが出てよかったよ。」
「そんな面倒な実験なのか?」
「面倒というより、エレンが危険。あの人は、いつかエレンを殺す気だ。
前にも、エレンの顔面がヒドイ状態になったのに興奮して、モブリットさんにスケッチさせてた。
あれは、私はまだ許してない。」
注文した酒が来る間、ジャンはエレン達と仕事の話を交わす。
そういうところも、4年前の訓練兵を卒業したばかりの頃とは変わっていて、感慨深いものがある。
「ハンジさんの思いつきの被害にあうのは、いつも俺だ。」
エレンが、哀愁たっぷりにため息を吐いた。
それをジャンが面白がって、意地悪く口の端を上げて笑えば、ミカサに睨まれた。
そうしていると、店員がエレン達に酒を持ってきた。
それぞれがグラスを持ったところで、ジャンは今日2回目の乾杯を彼らと交わす。
お疲れ————。
今まで残業をさせられていた彼らにそう言おうとしていたジャンだったけれど、先にアルミンに乾杯の挨拶を取られてしまった。
「ジャン、おめでとう。」
「おめでとう。」
「まぁ、おめでとさん。」
エレン達は、そう言って、ジャンの持つグラスに自分のグラスを傾けた。
一瞬、何の話かと聞こうとしてしまってから、なまえとの結婚のことかとジャンは空気を読んだ。
「あぁ、ありがとな。
——で、悪ぃな、エレン。お前が壁外を奪還する前に結婚を決めちまってよ。」
ジャンが、意地悪く言って、エレンをからかう。
数日前のミカサへのプロポーズ話をまた持ち出されたエレンは「うるせぇ。」と不機嫌そうに眉を顰めた。
「お前、リヴァイさんにどんだけ叱られてもなまえさんの為に無理するのやめねぇから
ただの馬鹿補佐官かと思ってたよ。」
エレンに言い返されたジャンも、「うるせぇ。」と不機嫌そうに眉を顰める。
すると、いつもなら口数の少ないミカサが、珍しくエレンに続いて口を開いた。
「このままだと、眠り姫がいつかジャンを殺すと思っていた。
でも、恋人同士ということなら納得する。私も、エレンの為なら死ねる。」
「いや、死に急ぎ野郎のために、ミカサが死ぬなよ。」
何度も頷くミカサに、ジャンはすかさず注意をする。
巨人化出来るエレンならば、たとえ、腕が千切れようがトカゲのように生えてくるのだから放っておけばいいと力説するけれど、エレンしか見えていない彼女には、ジャンの忠告なんて聞こえていない。
自分の為に危険をおかしてばかりのミカサを、エレンも叱ってはいるようだが、それすら聞き入れてもらえていないことを随分と昔から知っていたジャンも、自分がどうこう言ったところで無駄だということは分かっていた。
エレンも、注意するのも面倒になったのか、今後も自分の為に命を懸けるつもりでいる恋人の危険な発言も、適当につまみを口に運びながら聞き流している。
「ジャンが、私と同じ気持ちだと知って嬉しい。」
ミカサは、エレンから貰ったというマフラーを握りしめると、ほんのりと頬を染めて柔らかく微笑んだ。
「…そりゃよかったよ。」
始めて見る可愛らしいミカサの微笑みに、ジャンはもうそう答えるしかなかった。
だって、訓練兵団に入ってすぐに一目惚れをしたあの日から今の今まで、ミカサが自分の為に微笑んでくれたことは、一度だってなかったのだ。
「ミカサじゃないけど、僕も安心してるよ。」
アルミンはどこか嬉しそうに言った。
そして、隣に座るジャンと目が合うと、少し困ったように眉尻を下げて続ける。
「ジャンが、なまえさんの補佐官になるのは、本当は僕は反対だったんだ。」
「あぁ、知ってる。団長から聞いてた。」
「ごめん。でも、同期の君が心配だったんだよ。なまえさんの任務は、いろんな意味で危険が伴うし
何よりも、彼女は誰かを守って戦うタイプじゃない。豊富な経験も、知識や技術も、
自分の身を守るために身につけたものだ。今だって、彼女は君が守ってるから自由にやれてるだけだろ。」
「まぁ…、そうかもな。」
少しは上官のために言い返す言葉を考えてみたけれど、うまいものが見つからなかった。
それに、全ての調査兵達の特徴を把握しているアルミンの言っていることに、間違いはなかった。
なまえが上官としての仕事を果たしていないというわけではない。
ただ、現実から目を反らしてぼんやりとしている彼女のことを、アルミンは気づいているのだ。
今ここでジャンが、彼女を庇ったところで、彼は頷きはしないだろう。
「最近は、団長やリヴァイ兵長の注意も聞き流すし、
いつかジャンは彼女を守って死ぬんじゃないかって、すごく心配してたんだよ。
でも、恋人を守っていたっていうのなら納得だ。」
「ライナーにも同じこと言われた。そんなに危なっかしく見えてたのかよ。」
ジャンは、眉を顰めて、不機嫌そうに言って、つまみを口に放り込んだ。
怒らせたと思ったのか、アルミンは「そうじゃないけど…」と続けたけれど、そこから先はなかった。
まぁ、それは、そう見えていた、ということだろう。
「団長のそばにいると、君がなまえさんを大切にしてるのは、すごく伝わってたから。
なまえさんもジャンのことをそういう風に想ってくれてるって知って、安心したよ。
それならきっと、なまえさんもジャンの為に命を懸けて守ってくれるってことだから。」
アルミンは、本当に嬉しそうに言って、ゆっくりと息を吐いた。
嘘を吐いているジャンは、胸にチクリと針がさすような痛みを感じる。
あの人は絶対に、俺を守るために命を懸けない————。
思わず、そう言いそうになって、ジャンは、酒と一緒に喉の奥に飲み込んだ。
なまえが想っているのはリヴァイだ。だから、彼女が命懸けで守るのは、きっと、リヴァイだ。
(もし…、)
もしも、なまえが守るべき存在である補佐官のジャンと、人類最強の兵士であるリヴァイが、同時に命の危険に襲われていたのなら、彼女はどちらを助ける方を選ぶのだろう—————。
ふ、とそんな疑問が浮かんだジャンは、空になったグラスを握りしめたまま、そんな状況をぼんやりと想像してみた。
なまえのそばに長く居すぎて、おかしな癖が移ってしまったのかもしれない。
でも、ジャンはすぐに、想像するまでもないことに気がついた。
だって、大切な人の命が危険に晒されているときには、自分の立場なんか考える余裕もなく、身体が勝手に動くものだからだ。
そういう状況で、命の選別をする、なんて高度な真似はなかなかできない。
自分の感情に素直ななまえなら、尚更だ。
だからきっと彼女は、————。
そのとき、ぼんやりとしているジャンを見て、機嫌を損ねてしまったと勘違いしたらしいアルミンは、取り繕うような笑顔を作って、話題を変えた。
「そういえば、今夜は、ハンジさん達もなまえさんを誘って
結婚のお祝いの飲み会をするって言ってたよ!」
「はッ!?」
ジャンは、ぼんやりとしていた世界から一瞬で引き戻された。
驚いて声を上げたジャンに、アルミンだけではなく、向かいの席でゆっくりと酒を飲んでいたエレンとミカサも驚いたようだった。
「なんだよ、ジャン。急にデカい声だすなよ。
ビックリして、酒を零しちゃうとこだったじゃねーか。」
エレンが文句を言っていたが、ジャンの耳をすり抜けていく。
それほどに、ジャンは驚いていたし、ショックだったのだ。
「飲みにって、どういうことだよ!?ハンジさん達って言ったか?!
他は!?もしかして、リヴァイ兵長もか!?」
「え…、えっと…、僕達が、今日は104期のみんなで集まって飲むって話をしたら
ハンジさんが、それならなまえさんは1人でつまんないだろうから
ついでに、結婚祝いの飲み会をしようって…。」
鬼気迫る様子のジャンにたじたじになりながら、アルミンが答えた。
「誰を誘うか聞いたか!?」
「一緒に会議に出てた団長とリヴァイさんとモブリットさんは、行くって言ってたよ。」
最悪だ——————。
アルミンはまだ「後はたぶん、なまえさんの同期のナナバさん達を誘うんじゃないかな。」と続けていたけれど、顔面蒼白のジャンには聞こえていなかった。
だって、調査兵団公認の恋人が本物なのかを怪しんでいるハンジが、結婚を祝うために飲み会をしようなんて思うはずがないのだ。
それはただの口実だ。
なまえが酒に弱いことだって知っていて、酔わせた彼女の口を割らせようとしているに決まっている。
「俺も行く!!」
「それはやめた方が良い。」
立ち上がったジャンを引き留めたのは、意外にもミカサだった。
これがエレンなら無視して立ち去ったはずのジャンは、立ち上がったままの格好で、ミカサを見下ろした。
とても真っすぐな目で見上げるミカサと目が合った。
「他の男性がいるお酒の席に恋人が行くのは心配かもしれないけど、我慢した方がいい。
いちいち気にしてついて行ったら、ウザい、お前は私の父さんかと言われる。
それで喧嘩すれば、それこそ他のクソ野郎の思うツボ。」
「…ミカサの実体験だね。」
アルミンが、不憫そうに言った。
ミカサの隣では、もう1人の実体験者であるエレンが、飄々とした顔をして酒を飲んでいる。
「恋人であるこっちが堂々としてれば、
フラフラしてるお色気馬鹿もちゃんと戻ってくる。」
「…お色気馬鹿ってなまえさんのことか?」
「少なくとも俺じゃねぇ。」
「たぶん、エレンのことだよ。」
「そして、もう二度と他の女のところには行かなくなる。
なぜなら、クソ女共は私が始末した。」
「…ちょっと待ってくれ。俺は何の話を聞いてんだ?」
「少なくとも俺は関係ねぇ。」
「関係あるよ!エレンのせいで、女の子が何人か死んでるよ!!
どうするんだよ!?」
「どうもしない。奴らは、二度と目覚めてはいけない。
永遠の眠りについていればいい。」
「怖ぇ…、怖ぇよ。俺は何も聞いてねぇ。絶対に聞いてねぇ。
エレン、お前が責任とれよ。」
「なんでだよ。俺は関け————。」
「関係あるよ!現実逃避しないで、エレン!!」
「とにかく、もしも、なまえさんに手を出そうとするクソ男がいれば、
私も一緒に始末してあげる。」
「俺のためにそう言ってくれるのはすげぇ嬉しいんだ。ホントだ、嘘じゃねぇ。
だが、それはやめとけ、ミカサ。相手が悪すぎる…。」
「そんなことはない!私とジャンは同志だ!クソ男が邪魔してくれば、私も立ち上がる!!
だから今夜は、我慢した方がいい。自由が好きな彼女を縛ったら、逃げていく。絶対に…!!」
目がマジすぎて怖ぇ———————。
ミカサの真に迫った説得は、ジャンを震え上がらせた。
彼女は、ジャンのことを完全に仲間だと信じ切っているようだった。
確かに、本当の恋人同士ということなら、友人達と呑んでいるところにわざわざ彼氏が現れたら、束縛だと感じて嫌がられるかもしれない。
だが、そういうことじゃないのだ。
ジャンが心配しているのは、彼女が余計なことを口走ってしまわないかということなのだ。
だが——————。
「あーーーッ!ジャーーーーーンッ!!自分だけお肉をいっぱい食べるつもりですねぇぇぇ!!
許しませんよぉぉぉぉおお!!!!」
サシャが起きてしまった。
彼女にジャケットの裾を掴まれていたことを失念していた。