◇第二十話◇腐らない親友の正義
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資料室の窓から中を覗くと、デスクに積み上げられて出来た幾つもの書類の山の間に、親友とその同志の顔が見えた。
無理やり面倒な仕事を押しつけられているのに、2人とも嫌な顔一つしていない。
むしろ、とても真剣で、やる気のない上官がやるよりもよっぽど早く仕事が終わるんじゃないかと思ってしまう。
だからと言って、自分の仕事をムカつく部下に押しつけるなんて間違っているが。
ジャンが軽く窓を叩くと、真剣に書類と向き合っていた2つの顔が同時に上がった。
自分達を呼んだのがジャンだと気づくと、マルコはマルロに一言声を掛けてから立ち上がった。
マルコが資料室を出て行く背中を見送りながら、マルロはチラリとジャンに見た後、また書類に視線を戻した。
「結婚の挨拶はうまくいった?!」
廊下に出るなり、マルコはとても嬉しそうな顔をして言った。
噂に疎い上に、資料室に軟禁されていたマルコにまで、話が届いていたことに驚いた。
〝眠り姫〟というよりも、父親と母親が憲兵で有名人過ぎるのだろう。
それに、マルコは昔から、彼女の両親、特に父親の方に憧れていると話していた。
「その話をするために来たんだけどよ。」
「うんうん、幾らでも聞くよ!たまに君が送ってくれる手紙にも、
彼女と付き合いだしたなんてこと書いてなかったから、驚いたんだ!」
嬉しそうに話すマルコを前にしたジャンは、なぜか罪悪感を覚えた。
きっと、彼があまりにも純粋過ぎるのだ。
そして、素直で、邪気がない。
(あぁ…、そういうところ、なまえさんに似てるのかもな。)
親友と上官の性格の共通点を見つけて、なまえと一緒にいて楽だと感じるのはそういう理由かもしれないと、ふと思った。
まぁ、損する役回りになろうが、真面目で何事にも真っすぐに向き合うマルコと、損するどころか、好きなことしかしようとせずに夢ばかり見ている彼女とでは、全く違うけれど———。
マルコとなまえは、根本的な人間としての心が綺麗、というところが同じなのだ。
先の先まで読んでは、自分が有利になるようにすることばかり考えている自分とは正反対だ。
「——————ってわけで、喜んでくれたところ申し訳ねぇけど、
あの人が調査兵団に残るために、俺は恋人のフリしてるだけだ。」
ジャンが噂の真相を説明すると、それを聞いているマルコの顔は、分かりやすく眉を顰めて、難しそうに歪んでいった。
嘘を嫌うマルコが、自分のしたことを正しいことだと認識しないことは分かっていた。
だからこそ、ジャンは、親友に、嘘を吐き通すことではなく、本当のことを話すことを選んだ。
自分とは考えの異なるものを排除するのではなく、理解しようとするマルコのことも、ジャンは知っていたからだ。
そもそも、そうでなければ、腐った上官を正そうなんて思えない。
「ジャンは、それでいいの?」
「あぁ、あの人が調査兵団からいなくなるのは、痛手だしな。」
「そうじゃなくて…!
だって、ジャン、君が言ってたんじゃないか!
来年になったら———。」
「仕方ねぇだろ。あの人が急に調査兵辞めるとか言い出すから、
こうするしかなかったんだよ。」
マルコの言いたいことは分かっていた。
だから、敢えて言葉を遮った。
それでも、マルコは納得の行かない顔をして続ける。
「でも、それじゃ、君は、」
マルコは、そこまで言いかけたあと、言葉を切った。
そして、もう一度、心配そうにジャンに訊ねる。
「ジャンは、本当にそれでいいの?」
「正直、こんなつもりじゃなかったから、すげぇ不本意だ。
でもどうせ、恋人のフリも1年の猶予だから、問題ねぇ。」
それでも、マルコは何か言いたげにしていたが、ジャンが後先を考えずに行動する男ではないことも理解している。
そして、覚悟を持ってそうすると決めたら、絶対に逃げないということも、調査兵として強く生きているジャンを見ていれば、誰にでも分かることだった。
だからなのか、最終的に、マルコは諦めたように肩から力を抜くようにため息を吐いた。
「調査兵になるって言いだしたときもそうだったけど、
君にはいつも驚かされるよ。」
「それは、俺が一番驚いてる。」
「全く、君って人は。」
マルコが、頭を掻きながら、眉尻を下げる。
すべてを許してくれるようなその困ったような笑みは、ジャンをいつも安心させる。
何事もハッキリと言ってしまう性格で、周りと軋轢を生みやすいジャンのことを、いつも『それが君で、だからいいのだ』と認めてくれていたのが、マルコだった。
今では、それなりに大人の対応も覚えてきたけれど、それでも、先輩兵士の反発を買ってしまうことも少なくない。
そういうとき、今は、なまえがいつも隣にいる。
そして、無条件で味方でいてくれる。
遠回しに嫌味を言う先輩兵士に、何も気づいていない顔をして、仕事の出来る補佐官を、楽しそうに褒め称えるのだ。
そうすると、大抵の先輩兵士が、空気を読まないなまえの相手が阿保らしくなるのか、そそくさと逃げていく。
その後、彼女が、その先輩兵士の背中に子供みたいに舌を出しているのを知っているのは、大人げなく喧嘩腰になってしまった補佐官だけだ。
あぁ、やっぱり、マルコとなまえは似ている。
「それで、お前はまた上官に面倒な仕事押し付けられてるらしいじゃねぇか。
いつまでそんなことやってるんだよ。」
ジャンは、マルコに咎めるように言った。
「それは君もだろ?いつも手紙で、
また書類仕事を押し付けられたって愚痴ってるじゃないか。」
「それとは違ぇだろ。
あの人は、純粋に仕事がしたくねぇだけで嫌がらせじゃねぇ。」
「そっちの方が問題な気がするけど。」
マルコが言う。
その通り過ぎて、ぐうの音も出ない。
上官を庇う言葉は、ひとつも浮かばなかった。
「あの人に仕事させるのは、俺が諦めたからいいんだよ。
それに、お前らの上官と違って、責任まで丸投げはしてねぇ。
何かあれば守るだけはする。」
というより、それしかしない。
それが、正しい真実だが、そこは彼女の名誉の為に黙っておいた。
「そうだろうね。調査兵団の上官達が偶にここに来るけど、
見ていたら分かるよ。仲間をとても大切に思ってる素晴らしい組織だと思う。
自分さえ良ければいいと思って、若い兵士に苦労ばかりさせる憲兵団とは大違いだ。」
「そこまで思ってるなら、お前も腐った上官なんか無視して、出世目指せばいいだろ。
お前なら出来ねぇことじゃねぇのに。」
ジャンがそう言いながら親友に向けていた視線は、セリフの最後には、窓の向こうにいるマルロにも向けられていた。
「これでいいんだよ。」
マルコは、いつものような柔らかい笑みを返す。
「よくねぇだろ、無駄なことばっかりさせられて
お前が損するだけじゃねぇか。」
「それは間違ってるよ、ジャン。」
マルコが首を横に振る。
そして、訝し気にするジャンに、彼は胸を張って答えた。
「この世に、無駄になることなんか何ひとつない。
それを一番分かってるのは、調査兵の君だろ。これは僕にとって戦いなんだ。
こうして彼らが僕達に押しつけた面倒事は、僕の知識と力になってる。」
マルコはそこまで言って、一旦、言葉を切ると、視線を後ろに向けた。
彼の視線の先では、山のように積み上げられた書類をせっせと捌いているマルロの姿がある。
ジャンだけではなく、憲兵の仲間達にすら、途方もない理想を語って上官を怒らせてばかりいる変わり者に見られている彼の姿が、マルコにはきっと、とても逞しく見えているのだろう。
そう思うと、少しだけ、嫉妬してしまいそうだった。
マルコは、ジャンを見て、ニッと口の端を上げる。
「見ててよ、いつか必ず、僕達は憲兵団という組織を素晴らしいものに変えてみせるから。
そして、そのとき、僕達を指さして笑っている怠け者は、後悔することになるのさ。」
上官に仕事を押しつけられて、仲間達には馬鹿にされているはずなのに、マルコは、自信に満ち溢れていた。
そして、ただ理想ばかりを語っていた訓練兵時代よりもずっと、強くなっていた。
もう、一匹狼でいることの多いはみ出し者の訓練兵のことも仲間だと受け入れてくれるような、呆れるほどに優しいだけの少年ではない。
いや、マルコは昔から強かった。
自分が置かれている立場も、どう見られているのかも理解している上で、それでも、間違っていると思うものには、臆せずに立ち向かっていくのだ。
トロスト区で恐ろしい巨人を前に震えあがっていたあのときから、マルコの芯に一本通った正義という柱が、彼から揺らいでいるのを見たことがない。
こういうとき、ジャンはいつも思う。
自分にとって、人類で最も強いのは、親友のマルコだ。
絶対に敵わない相手だから、時々、すごく悔しくなってしまって、遠くに感じることもあるけれど、だからこそ心から尊敬している。
「あぁ、そうなったら調査兵団がもう少し優遇してもらえるように
お前が掛け合ってくれよ。」
「それは、調査兵団の頑張り次第かな。」
マルコが、悪戯っ子のように笑った。
無理やり面倒な仕事を押しつけられているのに、2人とも嫌な顔一つしていない。
むしろ、とても真剣で、やる気のない上官がやるよりもよっぽど早く仕事が終わるんじゃないかと思ってしまう。
だからと言って、自分の仕事をムカつく部下に押しつけるなんて間違っているが。
ジャンが軽く窓を叩くと、真剣に書類と向き合っていた2つの顔が同時に上がった。
自分達を呼んだのがジャンだと気づくと、マルコはマルロに一言声を掛けてから立ち上がった。
マルコが資料室を出て行く背中を見送りながら、マルロはチラリとジャンに見た後、また書類に視線を戻した。
「結婚の挨拶はうまくいった?!」
廊下に出るなり、マルコはとても嬉しそうな顔をして言った。
噂に疎い上に、資料室に軟禁されていたマルコにまで、話が届いていたことに驚いた。
〝眠り姫〟というよりも、父親と母親が憲兵で有名人過ぎるのだろう。
それに、マルコは昔から、彼女の両親、特に父親の方に憧れていると話していた。
「その話をするために来たんだけどよ。」
「うんうん、幾らでも聞くよ!たまに君が送ってくれる手紙にも、
彼女と付き合いだしたなんてこと書いてなかったから、驚いたんだ!」
嬉しそうに話すマルコを前にしたジャンは、なぜか罪悪感を覚えた。
きっと、彼があまりにも純粋過ぎるのだ。
そして、素直で、邪気がない。
(あぁ…、そういうところ、なまえさんに似てるのかもな。)
親友と上官の性格の共通点を見つけて、なまえと一緒にいて楽だと感じるのはそういう理由かもしれないと、ふと思った。
まぁ、損する役回りになろうが、真面目で何事にも真っすぐに向き合うマルコと、損するどころか、好きなことしかしようとせずに夢ばかり見ている彼女とでは、全く違うけれど———。
マルコとなまえは、根本的な人間としての心が綺麗、というところが同じなのだ。
先の先まで読んでは、自分が有利になるようにすることばかり考えている自分とは正反対だ。
「——————ってわけで、喜んでくれたところ申し訳ねぇけど、
あの人が調査兵団に残るために、俺は恋人のフリしてるだけだ。」
ジャンが噂の真相を説明すると、それを聞いているマルコの顔は、分かりやすく眉を顰めて、難しそうに歪んでいった。
嘘を嫌うマルコが、自分のしたことを正しいことだと認識しないことは分かっていた。
だからこそ、ジャンは、親友に、嘘を吐き通すことではなく、本当のことを話すことを選んだ。
自分とは考えの異なるものを排除するのではなく、理解しようとするマルコのことも、ジャンは知っていたからだ。
そもそも、そうでなければ、腐った上官を正そうなんて思えない。
「ジャンは、それでいいの?」
「あぁ、あの人が調査兵団からいなくなるのは、痛手だしな。」
「そうじゃなくて…!
だって、ジャン、君が言ってたんじゃないか!
来年になったら———。」
「仕方ねぇだろ。あの人が急に調査兵辞めるとか言い出すから、
こうするしかなかったんだよ。」
マルコの言いたいことは分かっていた。
だから、敢えて言葉を遮った。
それでも、マルコは納得の行かない顔をして続ける。
「でも、それじゃ、君は、」
マルコは、そこまで言いかけたあと、言葉を切った。
そして、もう一度、心配そうにジャンに訊ねる。
「ジャンは、本当にそれでいいの?」
「正直、こんなつもりじゃなかったから、すげぇ不本意だ。
でもどうせ、恋人のフリも1年の猶予だから、問題ねぇ。」
それでも、マルコは何か言いたげにしていたが、ジャンが後先を考えずに行動する男ではないことも理解している。
そして、覚悟を持ってそうすると決めたら、絶対に逃げないということも、調査兵として強く生きているジャンを見ていれば、誰にでも分かることだった。
だからなのか、最終的に、マルコは諦めたように肩から力を抜くようにため息を吐いた。
「調査兵になるって言いだしたときもそうだったけど、
君にはいつも驚かされるよ。」
「それは、俺が一番驚いてる。」
「全く、君って人は。」
マルコが、頭を掻きながら、眉尻を下げる。
すべてを許してくれるようなその困ったような笑みは、ジャンをいつも安心させる。
何事もハッキリと言ってしまう性格で、周りと軋轢を生みやすいジャンのことを、いつも『それが君で、だからいいのだ』と認めてくれていたのが、マルコだった。
今では、それなりに大人の対応も覚えてきたけれど、それでも、先輩兵士の反発を買ってしまうことも少なくない。
そういうとき、今は、なまえがいつも隣にいる。
そして、無条件で味方でいてくれる。
遠回しに嫌味を言う先輩兵士に、何も気づいていない顔をして、仕事の出来る補佐官を、楽しそうに褒め称えるのだ。
そうすると、大抵の先輩兵士が、空気を読まないなまえの相手が阿保らしくなるのか、そそくさと逃げていく。
その後、彼女が、その先輩兵士の背中に子供みたいに舌を出しているのを知っているのは、大人げなく喧嘩腰になってしまった補佐官だけだ。
あぁ、やっぱり、マルコとなまえは似ている。
「それで、お前はまた上官に面倒な仕事押し付けられてるらしいじゃねぇか。
いつまでそんなことやってるんだよ。」
ジャンは、マルコに咎めるように言った。
「それは君もだろ?いつも手紙で、
また書類仕事を押し付けられたって愚痴ってるじゃないか。」
「それとは違ぇだろ。
あの人は、純粋に仕事がしたくねぇだけで嫌がらせじゃねぇ。」
「そっちの方が問題な気がするけど。」
マルコが言う。
その通り過ぎて、ぐうの音も出ない。
上官を庇う言葉は、ひとつも浮かばなかった。
「あの人に仕事させるのは、俺が諦めたからいいんだよ。
それに、お前らの上官と違って、責任まで丸投げはしてねぇ。
何かあれば守るだけはする。」
というより、それしかしない。
それが、正しい真実だが、そこは彼女の名誉の為に黙っておいた。
「そうだろうね。調査兵団の上官達が偶にここに来るけど、
見ていたら分かるよ。仲間をとても大切に思ってる素晴らしい組織だと思う。
自分さえ良ければいいと思って、若い兵士に苦労ばかりさせる憲兵団とは大違いだ。」
「そこまで思ってるなら、お前も腐った上官なんか無視して、出世目指せばいいだろ。
お前なら出来ねぇことじゃねぇのに。」
ジャンがそう言いながら親友に向けていた視線は、セリフの最後には、窓の向こうにいるマルロにも向けられていた。
「これでいいんだよ。」
マルコは、いつものような柔らかい笑みを返す。
「よくねぇだろ、無駄なことばっかりさせられて
お前が損するだけじゃねぇか。」
「それは間違ってるよ、ジャン。」
マルコが首を横に振る。
そして、訝し気にするジャンに、彼は胸を張って答えた。
「この世に、無駄になることなんか何ひとつない。
それを一番分かってるのは、調査兵の君だろ。これは僕にとって戦いなんだ。
こうして彼らが僕達に押しつけた面倒事は、僕の知識と力になってる。」
マルコはそこまで言って、一旦、言葉を切ると、視線を後ろに向けた。
彼の視線の先では、山のように積み上げられた書類をせっせと捌いているマルロの姿がある。
ジャンだけではなく、憲兵の仲間達にすら、途方もない理想を語って上官を怒らせてばかりいる変わり者に見られている彼の姿が、マルコにはきっと、とても逞しく見えているのだろう。
そう思うと、少しだけ、嫉妬してしまいそうだった。
マルコは、ジャンを見て、ニッと口の端を上げる。
「見ててよ、いつか必ず、僕達は憲兵団という組織を素晴らしいものに変えてみせるから。
そして、そのとき、僕達を指さして笑っている怠け者は、後悔することになるのさ。」
上官に仕事を押しつけられて、仲間達には馬鹿にされているはずなのに、マルコは、自信に満ち溢れていた。
そして、ただ理想ばかりを語っていた訓練兵時代よりもずっと、強くなっていた。
もう、一匹狼でいることの多いはみ出し者の訓練兵のことも仲間だと受け入れてくれるような、呆れるほどに優しいだけの少年ではない。
いや、マルコは昔から強かった。
自分が置かれている立場も、どう見られているのかも理解している上で、それでも、間違っていると思うものには、臆せずに立ち向かっていくのだ。
トロスト区で恐ろしい巨人を前に震えあがっていたあのときから、マルコの芯に一本通った正義という柱が、彼から揺らいでいるのを見たことがない。
こういうとき、ジャンはいつも思う。
自分にとって、人類で最も強いのは、親友のマルコだ。
絶対に敵わない相手だから、時々、すごく悔しくなってしまって、遠くに感じることもあるけれど、だからこそ心から尊敬している。
「あぁ、そうなったら調査兵団がもう少し優遇してもらえるように
お前が掛け合ってくれよ。」
「それは、調査兵団の頑張り次第かな。」
マルコが、悪戯っ子のように笑った。