◇第百五十四話◇地獄はまた更新される
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「なまえ!」
荷馬車を降りたところで、ジャンが駆け寄ってきた。悲壮感漂う焦ったその表情からは、地獄を戦う強い覚悟も感じ取れる。
あの一瞬で、精鋭兵を討伐に向かわせ、数名の精鋭兵と憲兵に壁の穴の破壊がないかの調査にまで行かせてくれた。さらには、状況を伝えるために、調査兵団に残っているエルヴィンと憲兵団本部にいるナイルに早馬を走らせたのだから、完璧な動きだ。
その上で、残った兵士達を少し先にある古城まで連れてきてくれた。普通なら、慌てふためくだけで精一杯だ。
あの地獄のような作戦でーーー、いや、離れている間に、彼は見違えるように強くなっていたらしい。もう、私が『この世の地獄で無闇に傷つけたくない』と守ろうとしていた彼ではない。彼はもう自分の足で歩き、自分の意思で、自分がやるべきことを見据えている。
「ありがとう。ここなら、一応は私たちの安全は確保出来る。時間がない。すぐに作戦会議を行おう。」
私の言葉に、頷いたジャンが、他の兵士達に指示を出してくれる。
その向こうで、リヴァイが自身の班員に、ライナー達の見張りを行うための指示を出していた。
「リヴァイ兵長!ライナー達も連れてきてください!」
私が声をかけると、リヴァイ兵長は片眉をピクリと上げた。後ろ手を鎖で繋がれたまま荷馬車から降ろされたばかりのライナー達は、土埃の舞う地面の上に膝をついて屈まされているところだった。
怖い顔でライナー達を睨むようにじっと見据えるリヴァイ兵長は、自身の班員に指示を出して、腰を落とさせたライナー達をまた立ち上がらせた。
その間に、私とジャンの周りには精鋭兵たちと憲兵達が続々と集まってきていた。
憲兵達については、話し合いを行うためにやってきたのではないことは、彼らの憤慨した表情を見れば、明らかだった。さらには、彼らは、私がライナー達を作戦の場に呼んだことも気に食わないようで、怒号のような声をあげ出した。
「おい!一体、どう言うことだ!どうして、巨人がこの壁の中にいるんだ!?」
「まさか、俺たちを巨人に喰わせて、自分たちの都合の良いようにこの人類の仇を手駒にするつもりじゃねぇだろうな!?」
「これ以上、こいつらの好きにさせてたらこの世界はおしまいだ!!」
同行していた憲兵のほとんどから、似たような怒号が上がっていた。
マルコやマルロ、ヒッチが、なんとか必死に「落ち着いてください!」と宥めようとはしてくれているが、彼らの見当違いの怒りはヒートアップしていくばかりだ。
リヴァイ班が、ライナー達をしっかり拘束した状態で連れてきてくれた。
よく物語の中で『役者が揃った』と描写されていることがある、まさに今がその状況だ。
(よし、無視しよう。)
憲兵達を相手にしている時間はない。少々煩いが、仕方がない。憲兵達は、なんだかんだと頭の回転の速い者たちが多い。今だって、この危機的状況で、調査兵団が悪者だと前提としたありえない文句を喚いているが、その内容にしっかりと耳を傾ければ、それなりに筋は通っているように聞こえる。ナイルが選んだ憲兵達だ。普段の冷静な彼らとならば、きっと素晴らしい会議が出来ただろう。けれど、頭に血が昇っている憲兵が作戦会議に加わったところで、何か良い案が出てくるとは思えない。
「作戦会議を始めよう。」
憲兵達に背を向けた私は、作戦会議を行う為に集まってくれた調査兵団の仲間達と向き合った。
私の意思を汲んだらしいジャンが、マルコ達に「悪ぃが、そっちの相手はお前らで頼む。出来るだけ…あー、静かに。」と頼んでくれていた。了解の返事をしたマルコとマルロの声に混じって、ヒッチの「えー。ムリぃ。」と嘆く声がして、申し訳ない気持ちにもなったが、頑張ってもらうしかない。非常事態なのだ。
改めて、精鋭ばかりが揃う調査兵達の顔を見ると、彼らは皆、表情を強張らせている。きっと、今、彼らの脳裏には、最低最悪な想定が浮かんでいる。そして、私の脳裏には、彼らが想像もしたくないほどの絶望的な想定が浮かんでいる。
それでも、やるしかない。
「団長達への報告はーーー。」
「それはもう早馬で知らせに走らせてます。」
ベテラン精鋭兵の言葉に、ジャンが早口で答えた。
「さっき、ジャンが穴の捜索隊を派遣してたが、それだけじゃ足りねぇ。
今すぐに、数体の隊に分かれて、穴の捜索だ。」
「そろそろ、そこにいる数体はナナバ達が討伐完了しそうだしな。アイツらも入れれば、それなりの数の隊が出来るはずだ。」
「それぞれに早馬も入れよう。壁の穴を見つけ次第、他の隊に連絡が必要だ。」
「よし、じゃあ今すぐ、捜索隊を作ろう。」
ベテラン精鋭兵達が早口で、正しいとしか思えない作戦を口にする。
さすが、幾度もの非常事態を乗り越えてきただけあって、頭の回転も速いのは当然で、あっという間に話はまとまりそうだった。
だが、残念ながら、私はそれだけではダメだと考えている。いや、必死に穴を探すこと自体が、無駄足になる可能性が高いと思っているのだ。
けれど、そのことはまだ、彼らに話すつもりはない。まだ、可能性である段階で、彼らを地獄に突き落とす必要はないからだ。
「待って。捜索隊は、さっきジャンが派遣した彼らだけで十分。それ以上は必要ない。」
「何言ってんだよ。一刻も早く穴を見つけて、ふさがねぇと、大変なことになるぞ。」
「聞いて。今回の作戦の目的はひとつ。壁の中に現れた巨人を出来るだけ、無事に捕えること。」
私が提案した作戦を聞いた調査兵達の反応は様々だった。驚いて目を丸くする者、眉を顰めて嫌悪感を見せる者、困惑の表情を浮かべる者、色々あったが、全員が、私の提案した作戦に否定的であるという点では一致してもいた。
当然、反対の声が多く上がった。
「この辺りの地形に詳しい人はいる?」
集まった精鋭兵達を見渡した。
そこで、私は漸く、コニーとサシャの顔色が真っ青になっていることに気がついた。
私もこの非常事態に混乱しているのだと思う。仲間の表情がちゃんと見えていなかったなんてーーー。
「私の故郷が…近くにあります。」
震える手を挙げたのは、サシャだった。
顔色は真っ青で、声も震えている。
「俺の故郷もだ…!!すぐそこにある!!俺を今すぐ、そこに向かわせてくれ!!」
待ちきれないとばかりに、コニーが喚くように言った。大きな瞳がさらに見開かれ、必死な彼の口から唾が飛ぶ。
その隣で、サシャが真っ青な顔をして震えていた。
(あぁ…、最悪だ。)
まただ。現実が、絶望的な想定を非情に上回っていく。
「すぐに指示を出すから、もう少し辛抱して。
ーーージャン、この辺りの地図を見せて。」
「はい。」
コニーの返事も待たずに、私は地図の確認を行うことにした。
作戦会議に集まった精鋭兵たちが見えるように、ジャンが地面の上に地図を広げた。
「今、俺たちがいるのはこの辺りです。」
ジャンが指さしたのは、地図の右下あたりだった。
「コニーの故郷はどこ?」
「ここですっ。ラガゴ村って言いますっ。」
コニーが指さしたのは、地図上の南側にある小さな村だった。
確かに、ここからほど近い。
「サシャの故郷は?」
「…っ。はい…。ここです。」
声をかけられてビクッとしたサシャの顔色は、さっきよりも青くなっている。
そして、震える指が地図上に示したのは、ラガゴ村よりも少し先にある小さな集落だった。
「分かった。それじゃ、まずは私の作戦を聞いて欲しいんだけどーーー。」
「作戦なんかどうでもいい!!」
コニーが叫んだ。
驚いた精鋭兵達の視線が集まった。
「すぐそこなんですっ。さっきの巨人が来たあたりなんだ…!早く行かせて欲しいんだ!
お願いだ!俺だけでいい!先に行かせてくれ!!」
「それは出来ない。今回の作戦は、チームを組んで動いてもらう。単独行動は許せない。」
「なら、早くそのチームを決めてくれよ!!早くしねぇと俺の家族が死んじまう!!そしたら、アンタに責任取れんのかよ!!」
コニーが怒鳴るように叫んだ。
「早く家族を助けに行きてぇなら、今すぐそのうるせぇ口を閉じやがれ。」
コニーに向かって、氷のように冷たい声を浴びせたのは、リヴァイ兵長だった。
リヴァイ兵長の握るブレードが、仲間であるはずのコニーの口元に向かっている。
コニーが、ハッとした表情を浮かべて、苦しげに表情を歪める。
悲劇的な状況でのあまりにも哀しすぎる状況だったけれど、私はその間ずっと、リヴァイ班が連れてきてくれたライナーとベルトルト、アニの表情の変化に注視していた。彼らは、コニーとサシャの故郷がこの辺りにあると知った時に、揃って、目を見開いていた。そして、コニーが、自分の故郷はさっき巨人が来た方角だと喚いた時、彼らからは血の気が引いていた。
その度に、私が想定する残酷する可能性が、現実味を帯びていった。
「大丈夫。心配しないで。コニーの家族は誰にも殺させないから。」
「…っ。ごめん。なまえさんが必死に作戦を考えてくれてるのも分かってるんだ。…もし、家族が助からなくても、それはなまえさんのせいじゃねぇ。悪いのは巨人だ。…分かってるんだ。分かってる…。」
コニーが、目を伏せて、グッと唇を噛む。真っ赤になった大きな瞳から、今にも大粒の涙が溢れそうだ。
ユミルが、コニーの肩を軽くポンと叩いた。
私の言葉の本意は、コニーや彼を慰める調査兵達には伝わっていない。それでもいい。今は、私の作戦が精鋭兵達に伝われば、それでいい。
「ジャン、今回の航路はここを通って、こうだよね?」
私は、地図を指さしながら、今回の航路の確認を行う。
「はい、そうです。少し遠回りになりますが、ここにデカい渓谷があって、そこを避けていく必要があったんです。」
「渓谷の深さはわかる?」
「深さっすか?確か…、ハンジさんが、40メートル以上はあるって言ってましたね。って、その会議の時、なまえさんもいたけど、なんで覚えてなーーー。」
「オッケー、もうそれ以上は大丈夫。了解。」
ため息をついたジャンを無視して、私は自分が考えていた作戦を頭の中で、実行可能なものに組み立てていく。時間はない。抜けもあるだろうが、とりあえずは、数秒でカタチにした。
ちょうど、巨人の討伐を終えたナナバ達が戻ってきた。今の所、周囲に他の巨人は見当たらないということだ。
「前回の作戦で、私が巨人を引き連れて走ったのは、皆、覚えてるね?」
訊ねる私に、精鋭兵達がコクリと頷く。
「今回は、私がした作戦を皆んなにもやってもらう。」
「俺たちに?」
「ちょうど今、あの時、私と一緒にD作戦を遂行した精鋭兵が大勢いる。彼らをリーダーにして、1、2、3………7つの班を組む。そして、見つけた巨人を手当たり次第集めたら、この渓谷まで連れてきて欲しいの。」
「は?討伐しねぇってことっすか。」
思い切り顔を顰めたのは、エレンだった。その隣で、ミカサがじっとエレンを見ている。彼女の顔に「絶対に私はエレンと同じ班になって、エレンを守る」と書いてある。彼らを別班にしたら、末代まで恨まれそうなので、ミカサとエレンは同じ班にしよう。
「そう。皆んなには、見つけた巨人を討伐しないでほしい。」
「はぁ?!」
「研究に使いたいってことか?」
「そんな流暢なこと言ってる場合じゃねぇだろ。壁に穴をあけられたってのに!」
反対の声が上がることは想定済みだった。
だから、私たちは、彼らの声よりも大きな声で「もちろん!」と叫ぶように言った。
「もちろん、命の危険を感じたら、討伐していい。それは私が許可する。だから、もし、誰かが巨人を討伐したのなら、それは私の責任。みんなは、私の指示に従っただけ。」
私の言葉に、調査兵達は困惑の表情を浮かべている。
「…よくわからないけど、それが最善策ってことですよね?」
不安そうにしながらも、クリスタがまっすぐな瞳で私を見つめた。
芯の強いその瞳に、私は力強く頷いた。
「分かりました。私は、やります。なまえさんが立案する作戦は、仲間を無闇に傷つけるようなことは絶対にしないって、私たちはもう知ってるから。」
クリスタが言う。覚悟を決めたその姿が、流れを変えた。
まだ、この作戦の意味を理解はできていない調査兵達も「指揮官がそう言うのなら、従う」と頷き始めてくれる。
「はぁあああああ?!偶々、運よく作戦が成功しただけの小娘が何をーーーー。」
怒りの声を上げたのは、憲兵だった。
どうやら、マルコ達に向かって喚きながらも、話を聞いていたらしい。
慌てた様子のマルコ達が、その先輩憲兵を連れて行こうとしているが、別に作戦を聞いてくれていても構わない。むしろ、ちょうどよかったまである。一緒にこうしてこの異常事態に遭遇した仲間なのだ。彼らにも大切な役を用意してある。
「まず、さっき言った通り、調査兵は班を組んで巨人をこの渓谷まで連れてくる。」
地図の上を人差し指を滑らせ、渓谷を指差す。
調査兵達が、コクリと頷いた。
「そして、私とリヴァイ班、そして、憲兵のみんなは、渓谷を挟むように両端で立って、調査兵達が連れてきた巨人を出迎える。
つまり、餌だね。」
「はぁあああ!?何勝手なことをーーー。」
「先輩、ちょっと黙ってくださいっ。」
「調査兵のみんなは、餌の私たちの前で散開して、巨人から離れて。ついでに、出来そうなら、渓谷に巨人を落として欲しいけど、無理はしないで。餌めがけてやってきた巨人は、私とリヴァイ班で渓谷に落とす。憲兵の皆さんは、とにかく食べられないようにだけ気をつけて、餌になって。」
「食われねぇように餌になれってどういうことだよ!?」
「大丈夫。あなた達は元々、成績優秀者なんだから。逃げることに関しては特に、素晴らしい才能がある。」
「ブフッ。」
本当のことを言って、褒めただけなのに、ジャンが笑った。
そのせいだ。
「あぁああ!?俺たちを煽ってんのか!?」
憲兵は怒り狂っているが、どうでもいい。
とにかく、私が、巨人を渓谷に落としてこの状況を切り抜けようとしているということは、憲兵にも伝わったはずだ。
困惑しつつも、調査兵達は、自分のなすべきことは理解してくれたようだった。
私はすぐに、ジャンと一緒に、調査兵達を7つの班に分け、巨人の捜索と渓谷までの誘導を命じた。サシャとコニーには、それぞれの故郷への道案内を頼んだ。もちろん、彼らも巨人を発見次第、渓谷まで誘導するように指示は出してある。けれど、それと同時に、故郷に着き次第、不審な点はないかの調査もお願いしておいた。
「あっ!ナナバ!ゲルガー!待って!」
それぞれの班員達をまとめ、今にも馬に飛び乗って駆け出そうとしていたナナバとゲルガーを引き止めた。
「どうした?」
「何か問題でもあったか?」
駆け寄ってきたナナバとゲルガーが、早口で訊ねる。
「ちょっと注意して見ていてほしい調査兵がいるの。
おかしな動きがあれば、すぐに拘束してほしい。」
私の曖昧なお願いに、ナナバとゲルガーから緊張が走ったのが伝わってきた。
対象の調査兵の名前を告げれば、彼らは同様に意外そうな顔をして驚く。
けれど、それぞれの班にその調査兵達を分けて入れた理由を理解してくれたようで、緊張した面持ちでこくりと頷いてくれた。
これはまだ、エルヴィンとアルミン、それから団長の側近数名にしか話していないことだ。ナナバ達には、もっと事態がハッキリしてから、伝えるつもりだったのだが、この非常事態では仕方がない。ナナバ達にとっても、命に関わるこの状況では、情報は少しでも多い方がいい。
「おかしなってのは、たとえばどんなことが考えられるんだ?」
「わからない。でも、本当に少しでもおかしいと思ったら、拘束してくれて構わない。勘違いだったら、私が責任を取るから。」
「よくわからねぇが、分かったよ。」
「なまえの観察眼には敵わないかもしれないが、頑張ってみるよ。
なまえが言うなら、きっと何かあるんだろうからね。」
ゲルガーとナナバは、ほんの少しの疑いも持った様子もなく、私のお願いを聞き入れてくれた。
彼らの優しさと頼もしさ、そして、信じてくれた強さに感謝して、頭を下げると、私は、彼らが馬に乗ってかけていくのを見送りもせずに、渓谷班の元へと走って戻った。
そして、地面に膝をついて俯いているライナー達を見下ろす。
「さぁ、ライナー達はどうする?私達と一緒にただの餌になる?ただし、その拘束は外してあげられないから、そのままなら食べられちゃうかも。
それとも、一緒に作戦に参加する?」
「そうだ!!そいつらをただの餌にすればーーー。」
「本当に黙ってください!」
「マルロ、こいつの口塞いで。マジでうるさい。」
「…仕方ないですね、先輩。すみません、失礼します。」
「むぐっ。」
マルコ達の騒がしい声もしていたけれど、ライナー達は、真っ青な顔で俯くばかりで、気味が悪いくらいに静かだ。
「アニ。あなたが、女型の巨人の力で、渓谷まで巨人を誘き寄せてくれれば、調査兵達の負担は減るから、すごく助かる。」
アニの肩がビクッと揺れる。
「ベルトルト、あなたが超大型巨人になって、渓谷の壁を大きく壊してくれれば、巨人は登って来れなくなるよね?
ついでに、広すぎる渓谷の両端を埋めてくれれば、ちょうど良い壺状になった穴の中に巨人達を閉じ込められるから、すごく助かるよ。」
ベルトルトの肩がビクッと揺れる。
「ライナー、あなたが鎧の巨人になって、調査兵達を襲いだした巨人を引き剥がしてくれれば、無駄な殺生はしなくてよくなる。
意味は、わかるよね?」
ライナーの肩が大きくビクッと揺れた。ついでに、アニとベルトルトが、小さく肩を震わせている。
「私は、みんなを助けたい。でも、私たちの力には限界がある。全員を救うことはできない。
でも、あなた達が手伝ってくれれば、救われる人たちがいる。」
「…俺たちが巨人化して、逃げるかもしれないとは考えないのか?」
ライナーが口を開いた。嬉しかった。
求めていた回答ではなかったけれど、それでも構わなかった。
「私たちに手を貸せば、あなた達はきっともう二度と、故郷には戻れなくなるでしょうね。せっかく、故郷のために人まで大勢殺したのに、裏切り者と罵られるなんて本意ではないと思う。
でも、このままでは、私達は仲間の故郷とその家族を失ってしまうの。あなた達の事情にかまってあげる余裕はない。」
「…っ。」
「それに、もし、ほんの少しでも、壁の中で巨人の脅威に晒されながら生きてきた私たちに、悪いことをしたと思う気持ちがあるのなら、それを今ここで、行動で示してほしい。
悩む時間はない。すぐに決めて。
あくまでも、自分達の正義のために、幼く何も知らないあなた達を大量殺人鬼と育ててくれた向こう側の戦士であり続け、拘束された身体で逃げることもままならないまま、巨人の餌になるか。もしくは……、今まで共に戦って、最後まであなた達の友人でいた仲間の故郷と家族を守るか。」
「ーーーーーーーずっと思っていた。なまえは、優しいフリをした悪魔だな。」
ライナーが苦々し気にこぼした。
「だって、私達はみんな、悪魔の末裔なんでしょ。」
「…!…確かに、そうだな。」
目が合うと、彼は驚いた様子で目を見開いたあと、困ったようにフッと小さく笑った。
荷馬車を降りたところで、ジャンが駆け寄ってきた。悲壮感漂う焦ったその表情からは、地獄を戦う強い覚悟も感じ取れる。
あの一瞬で、精鋭兵を討伐に向かわせ、数名の精鋭兵と憲兵に壁の穴の破壊がないかの調査にまで行かせてくれた。さらには、状況を伝えるために、調査兵団に残っているエルヴィンと憲兵団本部にいるナイルに早馬を走らせたのだから、完璧な動きだ。
その上で、残った兵士達を少し先にある古城まで連れてきてくれた。普通なら、慌てふためくだけで精一杯だ。
あの地獄のような作戦でーーー、いや、離れている間に、彼は見違えるように強くなっていたらしい。もう、私が『この世の地獄で無闇に傷つけたくない』と守ろうとしていた彼ではない。彼はもう自分の足で歩き、自分の意思で、自分がやるべきことを見据えている。
「ありがとう。ここなら、一応は私たちの安全は確保出来る。時間がない。すぐに作戦会議を行おう。」
私の言葉に、頷いたジャンが、他の兵士達に指示を出してくれる。
その向こうで、リヴァイが自身の班員に、ライナー達の見張りを行うための指示を出していた。
「リヴァイ兵長!ライナー達も連れてきてください!」
私が声をかけると、リヴァイ兵長は片眉をピクリと上げた。後ろ手を鎖で繋がれたまま荷馬車から降ろされたばかりのライナー達は、土埃の舞う地面の上に膝をついて屈まされているところだった。
怖い顔でライナー達を睨むようにじっと見据えるリヴァイ兵長は、自身の班員に指示を出して、腰を落とさせたライナー達をまた立ち上がらせた。
その間に、私とジャンの周りには精鋭兵たちと憲兵達が続々と集まってきていた。
憲兵達については、話し合いを行うためにやってきたのではないことは、彼らの憤慨した表情を見れば、明らかだった。さらには、彼らは、私がライナー達を作戦の場に呼んだことも気に食わないようで、怒号のような声をあげ出した。
「おい!一体、どう言うことだ!どうして、巨人がこの壁の中にいるんだ!?」
「まさか、俺たちを巨人に喰わせて、自分たちの都合の良いようにこの人類の仇を手駒にするつもりじゃねぇだろうな!?」
「これ以上、こいつらの好きにさせてたらこの世界はおしまいだ!!」
同行していた憲兵のほとんどから、似たような怒号が上がっていた。
マルコやマルロ、ヒッチが、なんとか必死に「落ち着いてください!」と宥めようとはしてくれているが、彼らの見当違いの怒りはヒートアップしていくばかりだ。
リヴァイ班が、ライナー達をしっかり拘束した状態で連れてきてくれた。
よく物語の中で『役者が揃った』と描写されていることがある、まさに今がその状況だ。
(よし、無視しよう。)
憲兵達を相手にしている時間はない。少々煩いが、仕方がない。憲兵達は、なんだかんだと頭の回転の速い者たちが多い。今だって、この危機的状況で、調査兵団が悪者だと前提としたありえない文句を喚いているが、その内容にしっかりと耳を傾ければ、それなりに筋は通っているように聞こえる。ナイルが選んだ憲兵達だ。普段の冷静な彼らとならば、きっと素晴らしい会議が出来ただろう。けれど、頭に血が昇っている憲兵が作戦会議に加わったところで、何か良い案が出てくるとは思えない。
「作戦会議を始めよう。」
憲兵達に背を向けた私は、作戦会議を行う為に集まってくれた調査兵団の仲間達と向き合った。
私の意思を汲んだらしいジャンが、マルコ達に「悪ぃが、そっちの相手はお前らで頼む。出来るだけ…あー、静かに。」と頼んでくれていた。了解の返事をしたマルコとマルロの声に混じって、ヒッチの「えー。ムリぃ。」と嘆く声がして、申し訳ない気持ちにもなったが、頑張ってもらうしかない。非常事態なのだ。
改めて、精鋭ばかりが揃う調査兵達の顔を見ると、彼らは皆、表情を強張らせている。きっと、今、彼らの脳裏には、最低最悪な想定が浮かんでいる。そして、私の脳裏には、彼らが想像もしたくないほどの絶望的な想定が浮かんでいる。
それでも、やるしかない。
「団長達への報告はーーー。」
「それはもう早馬で知らせに走らせてます。」
ベテラン精鋭兵の言葉に、ジャンが早口で答えた。
「さっき、ジャンが穴の捜索隊を派遣してたが、それだけじゃ足りねぇ。
今すぐに、数体の隊に分かれて、穴の捜索だ。」
「そろそろ、そこにいる数体はナナバ達が討伐完了しそうだしな。アイツらも入れれば、それなりの数の隊が出来るはずだ。」
「それぞれに早馬も入れよう。壁の穴を見つけ次第、他の隊に連絡が必要だ。」
「よし、じゃあ今すぐ、捜索隊を作ろう。」
ベテラン精鋭兵達が早口で、正しいとしか思えない作戦を口にする。
さすが、幾度もの非常事態を乗り越えてきただけあって、頭の回転も速いのは当然で、あっという間に話はまとまりそうだった。
だが、残念ながら、私はそれだけではダメだと考えている。いや、必死に穴を探すこと自体が、無駄足になる可能性が高いと思っているのだ。
けれど、そのことはまだ、彼らに話すつもりはない。まだ、可能性である段階で、彼らを地獄に突き落とす必要はないからだ。
「待って。捜索隊は、さっきジャンが派遣した彼らだけで十分。それ以上は必要ない。」
「何言ってんだよ。一刻も早く穴を見つけて、ふさがねぇと、大変なことになるぞ。」
「聞いて。今回の作戦の目的はひとつ。壁の中に現れた巨人を出来るだけ、無事に捕えること。」
私が提案した作戦を聞いた調査兵達の反応は様々だった。驚いて目を丸くする者、眉を顰めて嫌悪感を見せる者、困惑の表情を浮かべる者、色々あったが、全員が、私の提案した作戦に否定的であるという点では一致してもいた。
当然、反対の声が多く上がった。
「この辺りの地形に詳しい人はいる?」
集まった精鋭兵達を見渡した。
そこで、私は漸く、コニーとサシャの顔色が真っ青になっていることに気がついた。
私もこの非常事態に混乱しているのだと思う。仲間の表情がちゃんと見えていなかったなんてーーー。
「私の故郷が…近くにあります。」
震える手を挙げたのは、サシャだった。
顔色は真っ青で、声も震えている。
「俺の故郷もだ…!!すぐそこにある!!俺を今すぐ、そこに向かわせてくれ!!」
待ちきれないとばかりに、コニーが喚くように言った。大きな瞳がさらに見開かれ、必死な彼の口から唾が飛ぶ。
その隣で、サシャが真っ青な顔をして震えていた。
(あぁ…、最悪だ。)
まただ。現実が、絶望的な想定を非情に上回っていく。
「すぐに指示を出すから、もう少し辛抱して。
ーーージャン、この辺りの地図を見せて。」
「はい。」
コニーの返事も待たずに、私は地図の確認を行うことにした。
作戦会議に集まった精鋭兵たちが見えるように、ジャンが地面の上に地図を広げた。
「今、俺たちがいるのはこの辺りです。」
ジャンが指さしたのは、地図の右下あたりだった。
「コニーの故郷はどこ?」
「ここですっ。ラガゴ村って言いますっ。」
コニーが指さしたのは、地図上の南側にある小さな村だった。
確かに、ここからほど近い。
「サシャの故郷は?」
「…っ。はい…。ここです。」
声をかけられてビクッとしたサシャの顔色は、さっきよりも青くなっている。
そして、震える指が地図上に示したのは、ラガゴ村よりも少し先にある小さな集落だった。
「分かった。それじゃ、まずは私の作戦を聞いて欲しいんだけどーーー。」
「作戦なんかどうでもいい!!」
コニーが叫んだ。
驚いた精鋭兵達の視線が集まった。
「すぐそこなんですっ。さっきの巨人が来たあたりなんだ…!早く行かせて欲しいんだ!
お願いだ!俺だけでいい!先に行かせてくれ!!」
「それは出来ない。今回の作戦は、チームを組んで動いてもらう。単独行動は許せない。」
「なら、早くそのチームを決めてくれよ!!早くしねぇと俺の家族が死んじまう!!そしたら、アンタに責任取れんのかよ!!」
コニーが怒鳴るように叫んだ。
「早く家族を助けに行きてぇなら、今すぐそのうるせぇ口を閉じやがれ。」
コニーに向かって、氷のように冷たい声を浴びせたのは、リヴァイ兵長だった。
リヴァイ兵長の握るブレードが、仲間であるはずのコニーの口元に向かっている。
コニーが、ハッとした表情を浮かべて、苦しげに表情を歪める。
悲劇的な状況でのあまりにも哀しすぎる状況だったけれど、私はその間ずっと、リヴァイ班が連れてきてくれたライナーとベルトルト、アニの表情の変化に注視していた。彼らは、コニーとサシャの故郷がこの辺りにあると知った時に、揃って、目を見開いていた。そして、コニーが、自分の故郷はさっき巨人が来た方角だと喚いた時、彼らからは血の気が引いていた。
その度に、私が想定する残酷する可能性が、現実味を帯びていった。
「大丈夫。心配しないで。コニーの家族は誰にも殺させないから。」
「…っ。ごめん。なまえさんが必死に作戦を考えてくれてるのも分かってるんだ。…もし、家族が助からなくても、それはなまえさんのせいじゃねぇ。悪いのは巨人だ。…分かってるんだ。分かってる…。」
コニーが、目を伏せて、グッと唇を噛む。真っ赤になった大きな瞳から、今にも大粒の涙が溢れそうだ。
ユミルが、コニーの肩を軽くポンと叩いた。
私の言葉の本意は、コニーや彼を慰める調査兵達には伝わっていない。それでもいい。今は、私の作戦が精鋭兵達に伝われば、それでいい。
「ジャン、今回の航路はここを通って、こうだよね?」
私は、地図を指さしながら、今回の航路の確認を行う。
「はい、そうです。少し遠回りになりますが、ここにデカい渓谷があって、そこを避けていく必要があったんです。」
「渓谷の深さはわかる?」
「深さっすか?確か…、ハンジさんが、40メートル以上はあるって言ってましたね。って、その会議の時、なまえさんもいたけど、なんで覚えてなーーー。」
「オッケー、もうそれ以上は大丈夫。了解。」
ため息をついたジャンを無視して、私は自分が考えていた作戦を頭の中で、実行可能なものに組み立てていく。時間はない。抜けもあるだろうが、とりあえずは、数秒でカタチにした。
ちょうど、巨人の討伐を終えたナナバ達が戻ってきた。今の所、周囲に他の巨人は見当たらないということだ。
「前回の作戦で、私が巨人を引き連れて走ったのは、皆、覚えてるね?」
訊ねる私に、精鋭兵達がコクリと頷く。
「今回は、私がした作戦を皆んなにもやってもらう。」
「俺たちに?」
「ちょうど今、あの時、私と一緒にD作戦を遂行した精鋭兵が大勢いる。彼らをリーダーにして、1、2、3………7つの班を組む。そして、見つけた巨人を手当たり次第集めたら、この渓谷まで連れてきて欲しいの。」
「は?討伐しねぇってことっすか。」
思い切り顔を顰めたのは、エレンだった。その隣で、ミカサがじっとエレンを見ている。彼女の顔に「絶対に私はエレンと同じ班になって、エレンを守る」と書いてある。彼らを別班にしたら、末代まで恨まれそうなので、ミカサとエレンは同じ班にしよう。
「そう。皆んなには、見つけた巨人を討伐しないでほしい。」
「はぁ?!」
「研究に使いたいってことか?」
「そんな流暢なこと言ってる場合じゃねぇだろ。壁に穴をあけられたってのに!」
反対の声が上がることは想定済みだった。
だから、私たちは、彼らの声よりも大きな声で「もちろん!」と叫ぶように言った。
「もちろん、命の危険を感じたら、討伐していい。それは私が許可する。だから、もし、誰かが巨人を討伐したのなら、それは私の責任。みんなは、私の指示に従っただけ。」
私の言葉に、調査兵達は困惑の表情を浮かべている。
「…よくわからないけど、それが最善策ってことですよね?」
不安そうにしながらも、クリスタがまっすぐな瞳で私を見つめた。
芯の強いその瞳に、私は力強く頷いた。
「分かりました。私は、やります。なまえさんが立案する作戦は、仲間を無闇に傷つけるようなことは絶対にしないって、私たちはもう知ってるから。」
クリスタが言う。覚悟を決めたその姿が、流れを変えた。
まだ、この作戦の意味を理解はできていない調査兵達も「指揮官がそう言うのなら、従う」と頷き始めてくれる。
「はぁあああああ?!偶々、運よく作戦が成功しただけの小娘が何をーーーー。」
怒りの声を上げたのは、憲兵だった。
どうやら、マルコ達に向かって喚きながらも、話を聞いていたらしい。
慌てた様子のマルコ達が、その先輩憲兵を連れて行こうとしているが、別に作戦を聞いてくれていても構わない。むしろ、ちょうどよかったまである。一緒にこうしてこの異常事態に遭遇した仲間なのだ。彼らにも大切な役を用意してある。
「まず、さっき言った通り、調査兵は班を組んで巨人をこの渓谷まで連れてくる。」
地図の上を人差し指を滑らせ、渓谷を指差す。
調査兵達が、コクリと頷いた。
「そして、私とリヴァイ班、そして、憲兵のみんなは、渓谷を挟むように両端で立って、調査兵達が連れてきた巨人を出迎える。
つまり、餌だね。」
「はぁあああ!?何勝手なことをーーー。」
「先輩、ちょっと黙ってくださいっ。」
「調査兵のみんなは、餌の私たちの前で散開して、巨人から離れて。ついでに、出来そうなら、渓谷に巨人を落として欲しいけど、無理はしないで。餌めがけてやってきた巨人は、私とリヴァイ班で渓谷に落とす。憲兵の皆さんは、とにかく食べられないようにだけ気をつけて、餌になって。」
「食われねぇように餌になれってどういうことだよ!?」
「大丈夫。あなた達は元々、成績優秀者なんだから。逃げることに関しては特に、素晴らしい才能がある。」
「ブフッ。」
本当のことを言って、褒めただけなのに、ジャンが笑った。
そのせいだ。
「あぁああ!?俺たちを煽ってんのか!?」
憲兵は怒り狂っているが、どうでもいい。
とにかく、私が、巨人を渓谷に落としてこの状況を切り抜けようとしているということは、憲兵にも伝わったはずだ。
困惑しつつも、調査兵達は、自分のなすべきことは理解してくれたようだった。
私はすぐに、ジャンと一緒に、調査兵達を7つの班に分け、巨人の捜索と渓谷までの誘導を命じた。サシャとコニーには、それぞれの故郷への道案内を頼んだ。もちろん、彼らも巨人を発見次第、渓谷まで誘導するように指示は出してある。けれど、それと同時に、故郷に着き次第、不審な点はないかの調査もお願いしておいた。
「あっ!ナナバ!ゲルガー!待って!」
それぞれの班員達をまとめ、今にも馬に飛び乗って駆け出そうとしていたナナバとゲルガーを引き止めた。
「どうした?」
「何か問題でもあったか?」
駆け寄ってきたナナバとゲルガーが、早口で訊ねる。
「ちょっと注意して見ていてほしい調査兵がいるの。
おかしな動きがあれば、すぐに拘束してほしい。」
私の曖昧なお願いに、ナナバとゲルガーから緊張が走ったのが伝わってきた。
対象の調査兵の名前を告げれば、彼らは同様に意外そうな顔をして驚く。
けれど、それぞれの班にその調査兵達を分けて入れた理由を理解してくれたようで、緊張した面持ちでこくりと頷いてくれた。
これはまだ、エルヴィンとアルミン、それから団長の側近数名にしか話していないことだ。ナナバ達には、もっと事態がハッキリしてから、伝えるつもりだったのだが、この非常事態では仕方がない。ナナバ達にとっても、命に関わるこの状況では、情報は少しでも多い方がいい。
「おかしなってのは、たとえばどんなことが考えられるんだ?」
「わからない。でも、本当に少しでもおかしいと思ったら、拘束してくれて構わない。勘違いだったら、私が責任を取るから。」
「よくわからねぇが、分かったよ。」
「なまえの観察眼には敵わないかもしれないが、頑張ってみるよ。
なまえが言うなら、きっと何かあるんだろうからね。」
ゲルガーとナナバは、ほんの少しの疑いも持った様子もなく、私のお願いを聞き入れてくれた。
彼らの優しさと頼もしさ、そして、信じてくれた強さに感謝して、頭を下げると、私は、彼らが馬に乗ってかけていくのを見送りもせずに、渓谷班の元へと走って戻った。
そして、地面に膝をついて俯いているライナー達を見下ろす。
「さぁ、ライナー達はどうする?私達と一緒にただの餌になる?ただし、その拘束は外してあげられないから、そのままなら食べられちゃうかも。
それとも、一緒に作戦に参加する?」
「そうだ!!そいつらをただの餌にすればーーー。」
「本当に黙ってください!」
「マルロ、こいつの口塞いで。マジでうるさい。」
「…仕方ないですね、先輩。すみません、失礼します。」
「むぐっ。」
マルコ達の騒がしい声もしていたけれど、ライナー達は、真っ青な顔で俯くばかりで、気味が悪いくらいに静かだ。
「アニ。あなたが、女型の巨人の力で、渓谷まで巨人を誘き寄せてくれれば、調査兵達の負担は減るから、すごく助かる。」
アニの肩がビクッと揺れる。
「ベルトルト、あなたが超大型巨人になって、渓谷の壁を大きく壊してくれれば、巨人は登って来れなくなるよね?
ついでに、広すぎる渓谷の両端を埋めてくれれば、ちょうど良い壺状になった穴の中に巨人達を閉じ込められるから、すごく助かるよ。」
ベルトルトの肩がビクッと揺れる。
「ライナー、あなたが鎧の巨人になって、調査兵達を襲いだした巨人を引き剥がしてくれれば、無駄な殺生はしなくてよくなる。
意味は、わかるよね?」
ライナーの肩が大きくビクッと揺れた。ついでに、アニとベルトルトが、小さく肩を震わせている。
「私は、みんなを助けたい。でも、私たちの力には限界がある。全員を救うことはできない。
でも、あなた達が手伝ってくれれば、救われる人たちがいる。」
「…俺たちが巨人化して、逃げるかもしれないとは考えないのか?」
ライナーが口を開いた。嬉しかった。
求めていた回答ではなかったけれど、それでも構わなかった。
「私たちに手を貸せば、あなた達はきっともう二度と、故郷には戻れなくなるでしょうね。せっかく、故郷のために人まで大勢殺したのに、裏切り者と罵られるなんて本意ではないと思う。
でも、このままでは、私達は仲間の故郷とその家族を失ってしまうの。あなた達の事情にかまってあげる余裕はない。」
「…っ。」
「それに、もし、ほんの少しでも、壁の中で巨人の脅威に晒されながら生きてきた私たちに、悪いことをしたと思う気持ちがあるのなら、それを今ここで、行動で示してほしい。
悩む時間はない。すぐに決めて。
あくまでも、自分達の正義のために、幼く何も知らないあなた達を大量殺人鬼と育ててくれた向こう側の戦士であり続け、拘束された身体で逃げることもままならないまま、巨人の餌になるか。もしくは……、今まで共に戦って、最後まであなた達の友人でいた仲間の故郷と家族を守るか。」
「ーーーーーーーずっと思っていた。なまえは、優しいフリをした悪魔だな。」
ライナーが苦々し気にこぼした。
「だって、私達はみんな、悪魔の末裔なんでしょ。」
「…!…確かに、そうだな。」
目が合うと、彼は驚いた様子で目を見開いたあと、困ったようにフッと小さく笑った。
