◇第百五十話◇友情の花火が未来を照らす
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調査兵団の兵舎に到着したリコは、見張りの調査兵からなまえの病室を聞き、さらにスピードを上げた。
早く走り過ぎた足がとうとうなまえの病室を通り過ぎてしまう程度には、焦っていたし、平常心ではなかった。
慌てて戻り、病室の前でなまえの名前が書かれたネームプレートを確認してすぐに扉を開けようとして、手を止める。
ーーーーどの面を下げて、会いに来たのだろう。
なまえの話も聞かず、一方的に責め立てて、正直、悦に浸っていたところもある。
醜い自分に反吐が出そうだ。
大きく深呼吸をしてから、リコは病室の扉を丁寧に叩いた。
「はい。」
返ってきた返事は、なまえの声ではなかった。
男性のものだ。あまり聞き馴染みのある声ではなかったけれど、多分、間違っていなければジャンだったはずだ。
なまえとジャン、それからリヴァイの噂も駐屯兵団ではよく聞いていた。
最近では、別れたと思われていたなまえとジャンこそが、本当の婚約者だったらしいと知ったのはつい数日前だ。
少し前までは、病室で寝ていたのはジャンで、心配そうに寄り添っていたのがなまえだった。
それが、逆になってしまったようだ。
「駐屯兵団精鋭部隊班長、リコ・ブレツェンスカだ。
見舞いに来たのだが、入っても良いだろうか。」
「あー…。
ーーーはい、どうぞ。」
ジャンのそれが戸惑うような声色だったのが気になったが、一応の許可を得て、リコは丁寧に扉を開けた。
開いた扉の向こうにある病室で、最初に目に入ったのは、ベッドの横に立っているジャンだった。
そして、ベッドの上では、なまえが眠っている。
「散らかっていてすみません。
この椅子にどうぞ。」
そう言って、ジャンは自分のそばにある椅子をリコに勧める。
きっと、今の今までそこにジャンが座って、恋人同士ゆっくりと互いの心と体を労わっていたのだろう。
「休んでいたところ、アポもなくやってきて申し訳ない。
少しだけ話をしたくてーーーーー。」
一歩足を踏み入れ、扉を閉める。
そして、そこまで言ったところで、リコは言葉を失った。
なんということだろうか。白を基調とした壁や床、そしてベッド。清潔を保つべきはずの病室が、目を覆いたくなるほど散らかっている。
ベッド周辺に散らばるゴミ屑は、中身を食べた後の菓子の袋だ。菓子の袋はゴミ箱周辺に最も多く、一応はゴミ箱に捨てようとした気持ちがかろうじて読み取れる。
サイドテーブルには、空になったティーカップが3つ残っていて、砂糖やミルクを入れるのに使ったゴミもそのままだ。
そういえば、ジャンは、女性ものだと思われるパジャマを数着抱えている。きっとそれも、なまえが脱ぎ捨てて床に散らばっていたものなのだろう。
謝ることばかりに気を取られていて、全く目に入っていなかった。
最初にリコが来たと知ったジャンが、戸惑いの声を漏らしたのは、この汚い病室に見舞客を招き入れることに躊躇いがあったからだったようだ。
相変わらず、面倒臭がりの汚部屋女だ。
「ーーーなんだ、この豚小屋のような病室は。」
リコから、腹の底から這うような声が出た。
「昨日、みょうじさん達が帰った途端に、気が抜けたみたいで。」
ため息を吐くジャンの隣で、このゴミの出所だと思われるなまえが、気持ちよさそうに眠っている。
呆れすぎてため息も出ない。
だが、相変わらずのなまえを前にして、リコからはさっきまでの緊張感や焦りはなくなっていた。
流石に、ジャンだけに拾わせて自分だけが座ることはできず、リコも足元に散らばるゴミを拾いながらベッドに近づく。
「あぁ、そういえば、昨日、調査兵達が見送りに出ていたな。
ジャンの姿はなかった気がするが、忙しかったのか?」
リコは、昨日のことを思い出しながらジャンに訊ねた。
結婚も婚約もしたことがないから分からないが、帰省する婚約者の親を見送りに出なくていいのだろうか、と不思議に思って覚えていたのだ。
「あー…。忙しかったのは、忙しかったんですけど
見送るつもりではいたんです。俺が知らない間に、帰っちまってて…。
まぁ、俺が悪いんですけど。」
ジャンは、眉尻を下げて困ったような顔をして頬をかく。
その頬には、青紫色の痣が出来ていた。化粧か何かで隠してはいるようで、パッと見たときにはその痣に気づかなかった。
だが、話しているうちに徐々に違和感に気づき、不思議に思っていたのだ。
なまえの両親と何かあったのか。
痣が関係しているのかもしれないが、わざわざ隠しているということは、聞かれたい話題ではないということなのだろう。
「お前はただなまえを信じ続けてやればいい。
そうすればきっと、いずれ全てがうまくいく。
ーーーー私たちのように、間違えるな。」
拾ったゴミをゴミ箱に捨てた後、リコは、ゴミ箱を手に取り、ジャンに渡した。
ゴミ箱を抱えて、ゴミを拾いに行った方が効率的だ。
「…!はい、ありがとうございます。」
少し驚いたように目を見開いた後、ジャンは噛み締めるようにそう続けた。
「リコさんはここ座っててください。
片付けが終わったら、俺も出て行くんで。
結構長く寝てるんで、流石にそろそろ起きると思いますよ。」
ジャンは、もう一度、リコに椅子を勧めると、ベッド周辺に散らばるゴミを拾い出した。
「忙しい時に悪かったな。」
「こういう忙しいは慣れてますんで。」
「落ちているのは全て菓子の袋か。」
椅子には座らずゴミを拾いながら、リコは袋の形状やデザインが違うものが多数あることに気がついた。
菓子の袋ではあるようだが、全てが同じものではないらしい。
一体、幾つの種類の菓子を食べ散らかしたらこんなに汚い部屋になってしまうのか。
「たくさんの人が見舞いだって菓子を贈ってくれたんです。
駐屯兵の方達からもたくさん届きましたよ。」
「あぁ…!そうか…、そうだったのか…。」
驚いた。
駐屯兵団本部では、誰もなまえのことを話さない。名前すら口にしない。
皆、自分の過ちと向き合うのが怖いのだと思っていた。
けれど、そうではなかった。
また同じ過ちを繰り返さないように、噂をすることをやめただけだったなのかもしれない。
そして、自らの過ちを悔いて、せめてもの気持ちで、見舞い品を贈ったのだろう。
結局また、自分は仲間を信じられていなかったーーーー。
「悪いな。私は何も贈っていなかった。」
「これ以上、菓子が増えても、病室散らかるだけなんで
むしろ俺としては有難いです。」
「…確かに、そうだな。」
周囲を見渡して、リコは呟くように答える。
ジャンがせっせとゴミを拾っているのに、まだなくならない。
ベッドの下にまで落ちているようで、腕を伸ばしてゴミを拾っている。
本来、こんなことは補佐官の仕事ではないはずだ。
けれど、婚約者でもある彼は、今後一生、彼女のこういう性格に付き合っていかなければならないと思うと、これもまた大事な仕事なのだろうかと哀れな気持ちになる。
「あー、やっと取れた。」
ふぅーーーと小さく息を吐き、ジャンが起き上がる。
そして、さらにもう一言、付け足した。
「それに、会いに来る方が勇気が必要だったと思うから。
なまえさん、きっと喜びますよ。」
目付きの悪い目元が、柔らかく微笑む。
なまえの為なら、こんな表情も出来るのかーーー。少し、いや、すごく驚いた。
心から愛してくれている人の隣で、なまえに刻み込まれた傷が、少しずつでも癒えてくれたらいい。
その傷のひとつは、自分がつけたものだと言うのに、分かっていながらも、リコは、そんな身勝手で我儘なことを考えてしまった。
早く走り過ぎた足がとうとうなまえの病室を通り過ぎてしまう程度には、焦っていたし、平常心ではなかった。
慌てて戻り、病室の前でなまえの名前が書かれたネームプレートを確認してすぐに扉を開けようとして、手を止める。
ーーーーどの面を下げて、会いに来たのだろう。
なまえの話も聞かず、一方的に責め立てて、正直、悦に浸っていたところもある。
醜い自分に反吐が出そうだ。
大きく深呼吸をしてから、リコは病室の扉を丁寧に叩いた。
「はい。」
返ってきた返事は、なまえの声ではなかった。
男性のものだ。あまり聞き馴染みのある声ではなかったけれど、多分、間違っていなければジャンだったはずだ。
なまえとジャン、それからリヴァイの噂も駐屯兵団ではよく聞いていた。
最近では、別れたと思われていたなまえとジャンこそが、本当の婚約者だったらしいと知ったのはつい数日前だ。
少し前までは、病室で寝ていたのはジャンで、心配そうに寄り添っていたのがなまえだった。
それが、逆になってしまったようだ。
「駐屯兵団精鋭部隊班長、リコ・ブレツェンスカだ。
見舞いに来たのだが、入っても良いだろうか。」
「あー…。
ーーーはい、どうぞ。」
ジャンのそれが戸惑うような声色だったのが気になったが、一応の許可を得て、リコは丁寧に扉を開けた。
開いた扉の向こうにある病室で、最初に目に入ったのは、ベッドの横に立っているジャンだった。
そして、ベッドの上では、なまえが眠っている。
「散らかっていてすみません。
この椅子にどうぞ。」
そう言って、ジャンは自分のそばにある椅子をリコに勧める。
きっと、今の今までそこにジャンが座って、恋人同士ゆっくりと互いの心と体を労わっていたのだろう。
「休んでいたところ、アポもなくやってきて申し訳ない。
少しだけ話をしたくてーーーーー。」
一歩足を踏み入れ、扉を閉める。
そして、そこまで言ったところで、リコは言葉を失った。
なんということだろうか。白を基調とした壁や床、そしてベッド。清潔を保つべきはずの病室が、目を覆いたくなるほど散らかっている。
ベッド周辺に散らばるゴミ屑は、中身を食べた後の菓子の袋だ。菓子の袋はゴミ箱周辺に最も多く、一応はゴミ箱に捨てようとした気持ちがかろうじて読み取れる。
サイドテーブルには、空になったティーカップが3つ残っていて、砂糖やミルクを入れるのに使ったゴミもそのままだ。
そういえば、ジャンは、女性ものだと思われるパジャマを数着抱えている。きっとそれも、なまえが脱ぎ捨てて床に散らばっていたものなのだろう。
謝ることばかりに気を取られていて、全く目に入っていなかった。
最初にリコが来たと知ったジャンが、戸惑いの声を漏らしたのは、この汚い病室に見舞客を招き入れることに躊躇いがあったからだったようだ。
相変わらず、面倒臭がりの汚部屋女だ。
「ーーーなんだ、この豚小屋のような病室は。」
リコから、腹の底から這うような声が出た。
「昨日、みょうじさん達が帰った途端に、気が抜けたみたいで。」
ため息を吐くジャンの隣で、このゴミの出所だと思われるなまえが、気持ちよさそうに眠っている。
呆れすぎてため息も出ない。
だが、相変わらずのなまえを前にして、リコからはさっきまでの緊張感や焦りはなくなっていた。
流石に、ジャンだけに拾わせて自分だけが座ることはできず、リコも足元に散らばるゴミを拾いながらベッドに近づく。
「あぁ、そういえば、昨日、調査兵達が見送りに出ていたな。
ジャンの姿はなかった気がするが、忙しかったのか?」
リコは、昨日のことを思い出しながらジャンに訊ねた。
結婚も婚約もしたことがないから分からないが、帰省する婚約者の親を見送りに出なくていいのだろうか、と不思議に思って覚えていたのだ。
「あー…。忙しかったのは、忙しかったんですけど
見送るつもりではいたんです。俺が知らない間に、帰っちまってて…。
まぁ、俺が悪いんですけど。」
ジャンは、眉尻を下げて困ったような顔をして頬をかく。
その頬には、青紫色の痣が出来ていた。化粧か何かで隠してはいるようで、パッと見たときにはその痣に気づかなかった。
だが、話しているうちに徐々に違和感に気づき、不思議に思っていたのだ。
なまえの両親と何かあったのか。
痣が関係しているのかもしれないが、わざわざ隠しているということは、聞かれたい話題ではないということなのだろう。
「お前はただなまえを信じ続けてやればいい。
そうすればきっと、いずれ全てがうまくいく。
ーーーー私たちのように、間違えるな。」
拾ったゴミをゴミ箱に捨てた後、リコは、ゴミ箱を手に取り、ジャンに渡した。
ゴミ箱を抱えて、ゴミを拾いに行った方が効率的だ。
「…!はい、ありがとうございます。」
少し驚いたように目を見開いた後、ジャンは噛み締めるようにそう続けた。
「リコさんはここ座っててください。
片付けが終わったら、俺も出て行くんで。
結構長く寝てるんで、流石にそろそろ起きると思いますよ。」
ジャンは、もう一度、リコに椅子を勧めると、ベッド周辺に散らばるゴミを拾い出した。
「忙しい時に悪かったな。」
「こういう忙しいは慣れてますんで。」
「落ちているのは全て菓子の袋か。」
椅子には座らずゴミを拾いながら、リコは袋の形状やデザインが違うものが多数あることに気がついた。
菓子の袋ではあるようだが、全てが同じものではないらしい。
一体、幾つの種類の菓子を食べ散らかしたらこんなに汚い部屋になってしまうのか。
「たくさんの人が見舞いだって菓子を贈ってくれたんです。
駐屯兵の方達からもたくさん届きましたよ。」
「あぁ…!そうか…、そうだったのか…。」
驚いた。
駐屯兵団本部では、誰もなまえのことを話さない。名前すら口にしない。
皆、自分の過ちと向き合うのが怖いのだと思っていた。
けれど、そうではなかった。
また同じ過ちを繰り返さないように、噂をすることをやめただけだったなのかもしれない。
そして、自らの過ちを悔いて、せめてもの気持ちで、見舞い品を贈ったのだろう。
結局また、自分は仲間を信じられていなかったーーーー。
「悪いな。私は何も贈っていなかった。」
「これ以上、菓子が増えても、病室散らかるだけなんで
むしろ俺としては有難いです。」
「…確かに、そうだな。」
周囲を見渡して、リコは呟くように答える。
ジャンがせっせとゴミを拾っているのに、まだなくならない。
ベッドの下にまで落ちているようで、腕を伸ばしてゴミを拾っている。
本来、こんなことは補佐官の仕事ではないはずだ。
けれど、婚約者でもある彼は、今後一生、彼女のこういう性格に付き合っていかなければならないと思うと、これもまた大事な仕事なのだろうかと哀れな気持ちになる。
「あー、やっと取れた。」
ふぅーーーと小さく息を吐き、ジャンが起き上がる。
そして、さらにもう一言、付け足した。
「それに、会いに来る方が勇気が必要だったと思うから。
なまえさん、きっと喜びますよ。」
目付きの悪い目元が、柔らかく微笑む。
なまえの為なら、こんな表情も出来るのかーーー。少し、いや、すごく驚いた。
心から愛してくれている人の隣で、なまえに刻み込まれた傷が、少しずつでも癒えてくれたらいい。
その傷のひとつは、自分がつけたものだと言うのに、分かっていながらも、リコは、そんな身勝手で我儘なことを考えてしまった。