◇第百四十六◇今はこれくらいしかできないけれど
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「待って。」
小さく掠れた弱弱しい声が、本当に聞こえたかどうかは分からない。
けれど、一歩踏み出そうとしたジャンの足は、意思と反して立ち止まることになった。
視線を斜め下に向けてようやく、ジャケットの裾を引っ張られているのに気づく。
「助けてくれて、ありがとう。」
背後から聞こえてきたのは、なまえからの感謝の言葉だった。
ほんの一瞬、何について感謝しているのか疑問に思った。
自分がなまえの為にしてやれていることが、最近はあまりにも少なすぎたせいだ。
「なまえさんが無事でよかったです。」
ジャンは、振り返らないままで答えた。
「それと、私の過去のせいで、
ジャンに迷惑をかけて、苦しい思いもさせてしまってごめんなさい。」
「それも、刺されるのが俺でよかった。
なまえさんが無事ならそれでいいです。」
「それから……。」
ジャケットの裾を握るなまえの手の力が強くなったように感じた。
「もう少しだけ…、こうしていていいかな…?」
なまえが、上半身を前のめりに倒してジャンの方へ近づいてきたのを背後の気配で感じた。
それと同時に、さっきまでジャケットの裾を握りしめていたなまえの手が、おずおずとジャンの腹の前のあたりまで滑っていく。
「……いいですよ。」
少しだけ考えて、ジャンは肯定の返事をした。
「ありがとう。」
なまえはそう言って、さらにもう片方の手をおずおずとジャンの腹の前にまわした。
小さなか弱い両手が、ジャンの眼下で縋るように重なる。
「今は…これだけでいいの。今はまだ、これだけでいいから。
もう少しだけ…。」
なまえは、まるで自分にそう言い聞かせているようだった。
ジャンの背中に、柔らかい温もりがのしかかる。
きっと、なまえの頬だ。
「…死んで罪を償うなんて無責任なことは、しないつもりだった。」
ジャンの背中に縋るように頬を寄せて抱き着いたまま、なまえが話し始める。
「でもあのとき、ゆっくり瞼が落ちていく中で思ったの。
あぁ…、命の償いには命で返さなきゃって。死んで、謝りに行こう。
そして…、これでやっと解放される。」
聞かされた話は、ただの事故ではなかったのかと驚かされる内容だった。
それなのに、なまえの声は意外にも淡々としていて、それが異様でなんとも言えない気持ちになる。
明るく快活で、誰もが素直で単純だと信じていた彼女は、本当はこうして気持ちに蓋をして、感情を無にするのが誰よりも上手かっただけなのかもしれない。
「それなのに…、目が覚めて、あぁ死ななかったんだって知った時、
すごく安心した。死にたくなかったの、私。ただ死にたくなかっただけなの。
私は殺したのに。私のせいで彼は死んだのに…っ。私は死にたくなかった…!」
淡々としていたなまえの口調が乱れた。
感情を抑えきれず、声を張り上げる。
そして、叫んだのは、人として当然の感情だ。
何もおかしなことはないし、誰もそれを責められない。
「当たり前じゃないっすか!」
気付いたら、ジャンは振り向いて怒鳴っていた。
そして、そのままの勢いでなまえを抱きしめる。
なまえの肩がビクリと揺れた気がしたけれど、気にしてやる心の余裕はもうなかった。
気持ちの赴くままに、身体が動いていた。
「死にたかったなんてふざけたこと言ってたら、許さねぇよ!
俺は…!なまえがいねぇ人生想像するだけで、死ぬほどつらかったんだからな!」
ジャンはなまえを強く抱きしめながら叱った。
「ごめ…っ、ごめんなさい…っ。」
なまえが、ジャンに縋りつくように抱き着く。
「私が…っ、殺したあの人は…っ、もう…っ、大事な人に会えないのに…っ。
私はっ、いつかこの世界の果てが見てみたかった…っ。
ジャンと生きていたい…っ。ジャンのいる世界で、生きたい…っ。」
「いいんだ。それでいいんだよ。なまえは何もおかしくねぇ。」
「ごめんなさい…っ。ごめんなさいぃぃ~っ。」
「大丈夫。大丈夫ですよ。」
ジャンは、泣きじゃくるなまえの頭を撫でて慰めながら、彼女のことを、まるで母親に叱られた子供のようだと思っていた。
調査兵団のお姫様で、駐屯兵団にとっては冷酷無比な魔女。いつも笑っていて気ままで素直で、悩みなんて何もない幸せ者。
そんな世間のイメージを、なまえはきっと必死に守って来たのかもしれない。
なまえが苦しんでいたら、心配する友人や家族がいる。亡くなった人達の遺族や友人も許さないだろう。
だから、なまえは自分の為ではなく、他の誰かの為にずっと本音を隠して生きていた。
本当はずっと苦しかったし、悲しかったし、それでも生きていたいと願ってしまう自分を誰かに助けてほしかったのだ。
長い年月、胸の奥に押し込んでいたものが今、唐突に溢れてしまったのだろう。
彼女が思いきり解放出来るように、ジャンはひたすらになまえに優しく声をかけ続けた。
泣きつかれたなまえが、眠り姫らしく眠りに着いた頃には、彼女の瞼は真っ赤に腫れていた。
頬には涙の痕が残る、とても痛々しい寝顔だった。
小さく掠れた弱弱しい声が、本当に聞こえたかどうかは分からない。
けれど、一歩踏み出そうとしたジャンの足は、意思と反して立ち止まることになった。
視線を斜め下に向けてようやく、ジャケットの裾を引っ張られているのに気づく。
「助けてくれて、ありがとう。」
背後から聞こえてきたのは、なまえからの感謝の言葉だった。
ほんの一瞬、何について感謝しているのか疑問に思った。
自分がなまえの為にしてやれていることが、最近はあまりにも少なすぎたせいだ。
「なまえさんが無事でよかったです。」
ジャンは、振り返らないままで答えた。
「それと、私の過去のせいで、
ジャンに迷惑をかけて、苦しい思いもさせてしまってごめんなさい。」
「それも、刺されるのが俺でよかった。
なまえさんが無事ならそれでいいです。」
「それから……。」
ジャケットの裾を握るなまえの手の力が強くなったように感じた。
「もう少しだけ…、こうしていていいかな…?」
なまえが、上半身を前のめりに倒してジャンの方へ近づいてきたのを背後の気配で感じた。
それと同時に、さっきまでジャケットの裾を握りしめていたなまえの手が、おずおずとジャンの腹の前のあたりまで滑っていく。
「……いいですよ。」
少しだけ考えて、ジャンは肯定の返事をした。
「ありがとう。」
なまえはそう言って、さらにもう片方の手をおずおずとジャンの腹の前にまわした。
小さなか弱い両手が、ジャンの眼下で縋るように重なる。
「今は…これだけでいいの。今はまだ、これだけでいいから。
もう少しだけ…。」
なまえは、まるで自分にそう言い聞かせているようだった。
ジャンの背中に、柔らかい温もりがのしかかる。
きっと、なまえの頬だ。
「…死んで罪を償うなんて無責任なことは、しないつもりだった。」
ジャンの背中に縋るように頬を寄せて抱き着いたまま、なまえが話し始める。
「でもあのとき、ゆっくり瞼が落ちていく中で思ったの。
あぁ…、命の償いには命で返さなきゃって。死んで、謝りに行こう。
そして…、これでやっと解放される。」
聞かされた話は、ただの事故ではなかったのかと驚かされる内容だった。
それなのに、なまえの声は意外にも淡々としていて、それが異様でなんとも言えない気持ちになる。
明るく快活で、誰もが素直で単純だと信じていた彼女は、本当はこうして気持ちに蓋をして、感情を無にするのが誰よりも上手かっただけなのかもしれない。
「それなのに…、目が覚めて、あぁ死ななかったんだって知った時、
すごく安心した。死にたくなかったの、私。ただ死にたくなかっただけなの。
私は殺したのに。私のせいで彼は死んだのに…っ。私は死にたくなかった…!」
淡々としていたなまえの口調が乱れた。
感情を抑えきれず、声を張り上げる。
そして、叫んだのは、人として当然の感情だ。
何もおかしなことはないし、誰もそれを責められない。
「当たり前じゃないっすか!」
気付いたら、ジャンは振り向いて怒鳴っていた。
そして、そのままの勢いでなまえを抱きしめる。
なまえの肩がビクリと揺れた気がしたけれど、気にしてやる心の余裕はもうなかった。
気持ちの赴くままに、身体が動いていた。
「死にたかったなんてふざけたこと言ってたら、許さねぇよ!
俺は…!なまえがいねぇ人生想像するだけで、死ぬほどつらかったんだからな!」
ジャンはなまえを強く抱きしめながら叱った。
「ごめ…っ、ごめんなさい…っ。」
なまえが、ジャンに縋りつくように抱き着く。
「私が…っ、殺したあの人は…っ、もう…っ、大事な人に会えないのに…っ。
私はっ、いつかこの世界の果てが見てみたかった…っ。
ジャンと生きていたい…っ。ジャンのいる世界で、生きたい…っ。」
「いいんだ。それでいいんだよ。なまえは何もおかしくねぇ。」
「ごめんなさい…っ。ごめんなさいぃぃ~っ。」
「大丈夫。大丈夫ですよ。」
ジャンは、泣きじゃくるなまえの頭を撫でて慰めながら、彼女のことを、まるで母親に叱られた子供のようだと思っていた。
調査兵団のお姫様で、駐屯兵団にとっては冷酷無比な魔女。いつも笑っていて気ままで素直で、悩みなんて何もない幸せ者。
そんな世間のイメージを、なまえはきっと必死に守って来たのかもしれない。
なまえが苦しんでいたら、心配する友人や家族がいる。亡くなった人達の遺族や友人も許さないだろう。
だから、なまえは自分の為ではなく、他の誰かの為にずっと本音を隠して生きていた。
本当はずっと苦しかったし、悲しかったし、それでも生きていたいと願ってしまう自分を誰かに助けてほしかったのだ。
長い年月、胸の奥に押し込んでいたものが今、唐突に溢れてしまったのだろう。
彼女が思いきり解放出来るように、ジャンはひたすらになまえに優しく声をかけ続けた。
泣きつかれたなまえが、眠り姫らしく眠りに着いた頃には、彼女の瞼は真っ赤に腫れていた。
頬には涙の痕が残る、とても痛々しい寝顔だった。