◇第百四十一話◇あなたに惹かれたそのわけ
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なまえの両親が、リヴァイを呼びに来たのはあれから1時間と少し経った頃だった。
娘が目を覚ますのを待つためだけに滞在期間を延ばしたのだ。もっとそばにいたかったはずだが、リヴァイに気を遣ったのだろう。
もっと遅くてもよかったのに————正直、そう思わなかったと言ったら嘘になる。
なまえに会いたいけれど、会いたくない。このままでいたいなんて、柄にもないことを思っているのだ。
けれど、早く伝えた方がいいのも分かっている。
だからこそ、なまえの両親は早めにリヴァイを呼んだのだ。
それに、代わりに説明をしてもいいと言ってくれた彼らの優しさに首を振り、自分で伝えたいと言ったのはリヴァイ自身だった。
大きく深呼吸をしてから、意を決してリヴァイは病室に入る。
リヴァイが来ることは両親から聞いていたはずだ。
それでも、なまえは目が合った途端に堅い表情になった。
さっきまで、家族で過ごした時間は賑やかだったのだろうか。
ふたりきりになった病室は、シンと静まり返っている。
上半身を起こし座るなまえは、ベッドヘッドに背中を預けた格好で目を伏せている。
崖から落ちた彼女を助けたのはジャンだということは、医師の説明のときに話があった。
そのとき、なまえは何を思ったのだろう。
怖くて、リヴァイは彼女の顔を見られなかった。
沈黙に耐えきれず、最初に口を開いたのはなまえだった。
「あ…、えっと…、リヴァイさんも私を助けようとしてくれたって聞きました…っ。
ありがとうございます!さすが、私の未来の旦那様———。」
「俺は、お前を巨人の餌にしようとした。」
下手くそな笑顔を浮かべて、心にもないことを言うなまえを、リヴァイは残酷な事実で遮った。
大きな目をさらに広げて、なまえが言葉を切る。
そんな彼女に、リヴァイは淡々とあの日のことを伝えた。
出来るだけ詳しく、ジャンがどのようになまえを救ったのかも説明する。
なまえは、ただ静かに話を聞いていた。
「だから、なまえを助けたのは俺じゃない。ジャンだ。
俺は、なまえを巨人の口の中に落とせと叫んだだけだ。
それでも、ジャンはお前を助けた。」
話している間ずっと、リヴァイはベッドのシーツをじっと見ていた。
あの日の光景は、夢に出てくるほどだ。
愛する人が巨人の巣郷へと落ちていく————そんな悪夢にもう何度も魘された。
夢の中では、あの日、ジャンがいた場所にリヴァイがいる。
リヴァイがなまえの手を掴み、崖の途中にしがみつく。リヴァイは片手で、ジャンとなまえの命を握りしめている。
彼らの命は、リヴァイの手にかかっているのだ。
最初は、なまえもジャンも助けようと必死にもがくのだ。けれど、結局、リヴァイはいつもジャンを選び、なまえを諦める。
そして、夢の終盤では、崖の上に立つリヴァイが、巨人の餌になって真っ赤に染まるなまえを見下ろすのだ。
最低な悪夢だ。地獄絵図だ。
でもあの日、ジャンが馬鹿な真似をしなければ、それは現実になっていた。
夢を見ただけで、身体中が震えて立っていられなくなり、一日中憂鬱な気持ちになるのに、それが現実だったなら————考えたくもない。
ジャンのおかげだ。
話を聞き終わると、なまえは黙ってしまった。
婚約者になると言い出したくせに情けない男だ、と呆れているのかもしれない。
軽蔑したのかもしれない。
平気ではない。でも、それも分かっていて、事実を彼女に伝えた。
後悔はない。
「—————違うでしょう、リヴァイさん。」
しばらくの沈黙の後に、なまえはゆっくりと口を開いた。
「違わねぇ。俺はお前を見捨てて殺そうとした。」
リヴァイは相変わらず、ベッドのシーツをじっと睨みつけている。
思わず、膝の上で握られた拳に力が入る。
そんなリヴァイの姿が可笑しかったのか、なまえがクスッと笑った。
「リヴァイさんって、本当に昔から言葉選びが下手くそですよね。」
掃除と巨人討伐は得意なのに———そう付け足して、なまえが可笑しそうに笑いだす。
何がそんなに楽しいのか。何の言葉選びを間違えたのか。リヴァイにはさっぱりわからなかった。
リヴァイの頭の中は疑問符だらけだった。そんなリヴァイに、なまえが続ける。
「リヴァイさんは、ジャンを助けて、私を救おうとしたんでしょう?」
混乱するリヴァイに、なまえの優しい声が届く。
思わず、肩が小さく跳ねた。
あぁ、彼女は分かってくれた。気づいてくれた。
あの日の決断の向こうにあったリヴァイなりの愛を、彼女は見つけてくれた。
言葉や事象の表面だけにとらわれずに、その奥にあるものをしっかりと見つめて寄り添うことが出来る。リヴァイは、なまえのそんなところに惹かれたのだ。
確かに、リヴァイは言葉選びが下手かもしれない。だから誤解されて、無意識に誰かを傷つけてしまうことがよくある。嫌われてしまうこともある。
ある程度は仕方のないことだと諦めてはいるけれど、平気なわけでもない。
でも、なまえといるときは、そんなことに怯えなくてもいいのだと気づいたその瞬間、もう恋に落ちていた。
ずっと彼女の隣にいたいと願っていた。
こんなときに、なまえに惹かれた理由を思い出すなんて————。
「命を選別しなければいけなくなったとき、リヴァイさんは
私の心を守る方を選んでくれた。
ジャンが死んだ世界で、私の心が死んでしまわないように———。
本当に、ありがとうございます。」
なまえが頭を下げた。
リヴァイは目を伏せて、唇を噛んだ。
目頭が熱くなる。情けない姿を晒してしまいそうで、瞬きもしないでシーツを睨みつける。
あの時、リヴァイが選んだのはジャンの命ではない。なまえの命を見捨てることを選んだわけでもない。
なまえの心を守りたかった。
これまでの人生で、リヴァイが知った最も美しいもの———それが、なまえの心だったからだ。
傷のひとつもつけたくない。いつも透き通って綺麗で、輝いていて欲しい。
そうだ、リヴァイはなまえの心を守りたい。
改めて強くそう思うと、決意が固まった。
ゆっくりと顔を上げると、リヴァイは真っ直ぐになまえを見た。
久しぶりになまえと目が合う。
目を逸らさずに真っ直ぐに見つめてくれる、なまえに芯のある強さと優しさ、愛を見る。
だから、リヴァイも愛を持って応えるのだ。
「なまえ、俺達の婚約はなかったことにしよう。」
ふたりきりの病室は、シンと静まり返っていた。
なまえが息を呑んだ音だけが、大きく響いた。
娘が目を覚ますのを待つためだけに滞在期間を延ばしたのだ。もっとそばにいたかったはずだが、リヴァイに気を遣ったのだろう。
もっと遅くてもよかったのに————正直、そう思わなかったと言ったら嘘になる。
なまえに会いたいけれど、会いたくない。このままでいたいなんて、柄にもないことを思っているのだ。
けれど、早く伝えた方がいいのも分かっている。
だからこそ、なまえの両親は早めにリヴァイを呼んだのだ。
それに、代わりに説明をしてもいいと言ってくれた彼らの優しさに首を振り、自分で伝えたいと言ったのはリヴァイ自身だった。
大きく深呼吸をしてから、意を決してリヴァイは病室に入る。
リヴァイが来ることは両親から聞いていたはずだ。
それでも、なまえは目が合った途端に堅い表情になった。
さっきまで、家族で過ごした時間は賑やかだったのだろうか。
ふたりきりになった病室は、シンと静まり返っている。
上半身を起こし座るなまえは、ベッドヘッドに背中を預けた格好で目を伏せている。
崖から落ちた彼女を助けたのはジャンだということは、医師の説明のときに話があった。
そのとき、なまえは何を思ったのだろう。
怖くて、リヴァイは彼女の顔を見られなかった。
沈黙に耐えきれず、最初に口を開いたのはなまえだった。
「あ…、えっと…、リヴァイさんも私を助けようとしてくれたって聞きました…っ。
ありがとうございます!さすが、私の未来の旦那様———。」
「俺は、お前を巨人の餌にしようとした。」
下手くそな笑顔を浮かべて、心にもないことを言うなまえを、リヴァイは残酷な事実で遮った。
大きな目をさらに広げて、なまえが言葉を切る。
そんな彼女に、リヴァイは淡々とあの日のことを伝えた。
出来るだけ詳しく、ジャンがどのようになまえを救ったのかも説明する。
なまえは、ただ静かに話を聞いていた。
「だから、なまえを助けたのは俺じゃない。ジャンだ。
俺は、なまえを巨人の口の中に落とせと叫んだだけだ。
それでも、ジャンはお前を助けた。」
話している間ずっと、リヴァイはベッドのシーツをじっと見ていた。
あの日の光景は、夢に出てくるほどだ。
愛する人が巨人の巣郷へと落ちていく————そんな悪夢にもう何度も魘された。
夢の中では、あの日、ジャンがいた場所にリヴァイがいる。
リヴァイがなまえの手を掴み、崖の途中にしがみつく。リヴァイは片手で、ジャンとなまえの命を握りしめている。
彼らの命は、リヴァイの手にかかっているのだ。
最初は、なまえもジャンも助けようと必死にもがくのだ。けれど、結局、リヴァイはいつもジャンを選び、なまえを諦める。
そして、夢の終盤では、崖の上に立つリヴァイが、巨人の餌になって真っ赤に染まるなまえを見下ろすのだ。
最低な悪夢だ。地獄絵図だ。
でもあの日、ジャンが馬鹿な真似をしなければ、それは現実になっていた。
夢を見ただけで、身体中が震えて立っていられなくなり、一日中憂鬱な気持ちになるのに、それが現実だったなら————考えたくもない。
ジャンのおかげだ。
話を聞き終わると、なまえは黙ってしまった。
婚約者になると言い出したくせに情けない男だ、と呆れているのかもしれない。
軽蔑したのかもしれない。
平気ではない。でも、それも分かっていて、事実を彼女に伝えた。
後悔はない。
「—————違うでしょう、リヴァイさん。」
しばらくの沈黙の後に、なまえはゆっくりと口を開いた。
「違わねぇ。俺はお前を見捨てて殺そうとした。」
リヴァイは相変わらず、ベッドのシーツをじっと睨みつけている。
思わず、膝の上で握られた拳に力が入る。
そんなリヴァイの姿が可笑しかったのか、なまえがクスッと笑った。
「リヴァイさんって、本当に昔から言葉選びが下手くそですよね。」
掃除と巨人討伐は得意なのに———そう付け足して、なまえが可笑しそうに笑いだす。
何がそんなに楽しいのか。何の言葉選びを間違えたのか。リヴァイにはさっぱりわからなかった。
リヴァイの頭の中は疑問符だらけだった。そんなリヴァイに、なまえが続ける。
「リヴァイさんは、ジャンを助けて、私を救おうとしたんでしょう?」
混乱するリヴァイに、なまえの優しい声が届く。
思わず、肩が小さく跳ねた。
あぁ、彼女は分かってくれた。気づいてくれた。
あの日の決断の向こうにあったリヴァイなりの愛を、彼女は見つけてくれた。
言葉や事象の表面だけにとらわれずに、その奥にあるものをしっかりと見つめて寄り添うことが出来る。リヴァイは、なまえのそんなところに惹かれたのだ。
確かに、リヴァイは言葉選びが下手かもしれない。だから誤解されて、無意識に誰かを傷つけてしまうことがよくある。嫌われてしまうこともある。
ある程度は仕方のないことだと諦めてはいるけれど、平気なわけでもない。
でも、なまえといるときは、そんなことに怯えなくてもいいのだと気づいたその瞬間、もう恋に落ちていた。
ずっと彼女の隣にいたいと願っていた。
こんなときに、なまえに惹かれた理由を思い出すなんて————。
「命を選別しなければいけなくなったとき、リヴァイさんは
私の心を守る方を選んでくれた。
ジャンが死んだ世界で、私の心が死んでしまわないように———。
本当に、ありがとうございます。」
なまえが頭を下げた。
リヴァイは目を伏せて、唇を噛んだ。
目頭が熱くなる。情けない姿を晒してしまいそうで、瞬きもしないでシーツを睨みつける。
あの時、リヴァイが選んだのはジャンの命ではない。なまえの命を見捨てることを選んだわけでもない。
なまえの心を守りたかった。
これまでの人生で、リヴァイが知った最も美しいもの———それが、なまえの心だったからだ。
傷のひとつもつけたくない。いつも透き通って綺麗で、輝いていて欲しい。
そうだ、リヴァイはなまえの心を守りたい。
改めて強くそう思うと、決意が固まった。
ゆっくりと顔を上げると、リヴァイは真っ直ぐになまえを見た。
久しぶりになまえと目が合う。
目を逸らさずに真っ直ぐに見つめてくれる、なまえに芯のある強さと優しさ、愛を見る。
だから、リヴァイも愛を持って応えるのだ。
「なまえ、俺達の婚約はなかったことにしよう。」
ふたりきりの病室は、シンと静まり返っていた。
なまえが息を呑んだ音だけが、大きく響いた。