◇第百三十九話◇想いの行方を決意する
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戸惑いながら始まっていた力のない足音が次第に速くなっていくのを、ジャンも感じていた。
疲れで身体は限界なんてとっくに超えているし、頭が痛くなることばかりだ。
けれど、早く会いたい、出来るだけそばにいたい—————なまえを想う気持ちからは逃れられない。
すれ違う調査兵達は皆、疲れ切った顔をしているけれど、彼らはとても器用にジャンを避けていく。
医療棟が見えれば、ジャンのスピードはさらに上がった。
負傷者たちは、兵舎に到着してすぐに医療棟へ運ばれていった。その間、ジャン達は幹部から今後の指示を受けていた。
とは言え、モブリットが早めに話を切り上げてくれたおかげで、そこまで時間は経っていない。
なまえは、額に出来た外傷の処置と脳波検査をする予定だと聞いている。検査はもう終わっただろうか。
そんなことを考えていれば、あっという間に医療棟に到着した。
すぐに、忙しそうに走り回る医療兵を捕まえてなまえの病室を聞く。
見つけた病室の扉の前までくると、急に緊張してきた。
なまえは目を覚ましているだろうか。
ノックしようと上がった手が、扉に触れる直前で止まってしまう。
病室に入って来た自分を見たとき、なまえは何を思うのか。
困らせてしまうかもしれない。不快感を与えるかもしれない。
壁外調査のときは、漸くハッキリとした自分の目的と覚悟を追いかけるのに必死だった。だからこそ出来たことも、冷静になってしまうと、途端に弱くなる。
不安になって、怖くなる。
好きな人から冷たい瞳を向けられるのは、気色の悪い巨人と対峙するよりもずっと怖い。
「わ!」
あれこれと考えて躊躇していると、いきなり扉が開いた。
病室から出て来た医療兵は、扉の前で棒立ちしているジャンの胸元に頭をぶつけて驚きの声を上げる。
「すみません…っ、ちょうど今来たところで…。」
「あぁ…!ジャンか!
知らねぇうちに、扉の向こうに壁が出来ちまったのかと思った。」
「ミケさんと同キャラ扱いはやめてください。」
「悪い悪い。ってそれじゃミケ隊長にも失礼か。」
あからさまに嫌そうに表情を歪めるジャンを医療兵は可笑しそうに笑う。
なまえの担当は、所属している分隊の医療兵になったようだ。
顔見知りの医療兵の顔を見て、ジャンの胸を支配しかけていた不安が少しだけ消えた気がする。
「リヴァイ兵長から指示されてなまえさんの様子見に来たんすけど、
今、大丈夫っすか?」
「あ~…、検査だよな?それが、まだ出来てなくて。」
「出来てない?」
「なまえがまだ寝てるんだよ。」
医療兵は心配そうに目を伏せた。
「そうですか…。」
眠るのが大好きななまえらしい———今回ばかりは、そうとは思えなかった。
転落事故からずっと眠り続けているのだ。
寝不足と疲労が原因だとしても、さすがに眠りすぎだ。まるで、本物の眠り姫になってしまったようだ。
「今回の作戦はなまえも気合い入ってたし、最初から無理承知で準備も頑張ってたからな。
緊張もあっただろうし。ろくに眠れてなかったんだと思うよ。」
「…先輩は知ってたんすね。」
俯くジャンからポツリと零れた言葉に、医療兵は一瞬だけハッとした顔をした。
そして、困ったように苦笑を漏らす。
「俺が聞いたのも今回の壁外調査が決まってしばらくしてからさ。
怪我人が増える可能性の高い作戦だったからな、医療兵にも知らせないわけにはいかなかったんだろう。
それでも知ってたのは、俺とあと数名のベテラン医療兵だけだ。」
「そうですか。」
「お前は大怪我でしばらく任務から離れてたんだし、身体も万全じゃなかったんだ。
わざわざツラいことを話して負担をかけたくなかったんだろう。」
「さぁ…、どうっすかね。」
医療兵の先輩は、きっと気を遣ってくれたのだろう。
頭では理解っているのだ。
けれど、自分の心配までしてくれる医療兵の優しさを前にすると、なまえに優しくする余裕すらなかったあの日の自分のことを責められているようで、惨めになる。
ジャンが思わず見せてしまったすさんだ情けない表情を医療兵がどう受け取ったのかは分からない。
彼は心配そうな瞳をジャンに向けると、何も言わずに肩を叩くだけして、そのまま部屋を出て行った。
気を取り直して、ジャンはいつの間にか閉まっていた扉を開く。
軽症者用の病室は、奥の窓のそばにベッドと小さな棚が置いてある。黄ばんだ白い壁が四方を囲まれている無機質で寂しい場所だ。
病室に入った途端にシンと静まり返る。まるで、自分のいるこの部屋だけが世界から切り取られてしまったかのような感覚を嫌でも思い出す。
そう考えると、検査も出来ないくらいにぐっすり眠っているなまえは幸運かもしれない。
シングルの狭いベッドの上で眠るなまえを見下ろして、ジャンはそんなことを思う。
さっきの医療兵が処置をしたのだろう、腕には点滴が繋がれていた。
点滴から栄養を取れ始めているからなのか、真っ青だった顔色は幾分かよくなっているような気がする。
———本当の眠り姫になったみたいだ。
無意識に、なまえの元へと手が伸びる。
そっと触れた彼女の前髪は、相変わらず絹のように細くて柔らかい。
ずっと、触れていたくなる。
例えば、このままなまえが眠り続けたのなら————。
なまえはリヴァイに好意のある瞳を向けることはないだろうし、彼の隣で微笑むこともない。
もちろん、眠り続けるお姫様は誰とも結婚なんて出来るわけがない。
そうして、彼女が誰のものにもならないまま眠り姫でいてくれれば、あの頃のようにただ想い続ければいい。
失うくらいなら、そっちの方がいっそ———。
「なまえさん、」
永遠に目を覚まさないで————自分でも信じられないことを口にしようとしていた。
けれど、無意識にかきあげたなまえの前髪の向こうに額に出来た傷を見つけて、思わず言葉が途切れた。
そして、思い知る。ジャンが本当に望んでいるのは、そんなことじゃない。
「早く起きて。好き勝手ぐーたらしてくださいよ。
世話なら、俺がするから……っ。幾らでもいいから、俺にさせてよ……っ。」
情けなく小さくなっていく声と共に、なまえの頬を撫でる手が震える。
好きな女が他の男と結婚するなんて、絶対に嫌だ。失恋なんて、出来ればしたくない。
でも、一番嫌なのは、なまえが『今』を笑っていないことだ。
夢なんかに、なまえを盗られてたまるものか。
それならば、現実で幸せになってくれる方がずっといい。
そしてあわよくば、その隣には自分が————。
疲れで身体は限界なんてとっくに超えているし、頭が痛くなることばかりだ。
けれど、早く会いたい、出来るだけそばにいたい—————なまえを想う気持ちからは逃れられない。
すれ違う調査兵達は皆、疲れ切った顔をしているけれど、彼らはとても器用にジャンを避けていく。
医療棟が見えれば、ジャンのスピードはさらに上がった。
負傷者たちは、兵舎に到着してすぐに医療棟へ運ばれていった。その間、ジャン達は幹部から今後の指示を受けていた。
とは言え、モブリットが早めに話を切り上げてくれたおかげで、そこまで時間は経っていない。
なまえは、額に出来た外傷の処置と脳波検査をする予定だと聞いている。検査はもう終わっただろうか。
そんなことを考えていれば、あっという間に医療棟に到着した。
すぐに、忙しそうに走り回る医療兵を捕まえてなまえの病室を聞く。
見つけた病室の扉の前までくると、急に緊張してきた。
なまえは目を覚ましているだろうか。
ノックしようと上がった手が、扉に触れる直前で止まってしまう。
病室に入って来た自分を見たとき、なまえは何を思うのか。
困らせてしまうかもしれない。不快感を与えるかもしれない。
壁外調査のときは、漸くハッキリとした自分の目的と覚悟を追いかけるのに必死だった。だからこそ出来たことも、冷静になってしまうと、途端に弱くなる。
不安になって、怖くなる。
好きな人から冷たい瞳を向けられるのは、気色の悪い巨人と対峙するよりもずっと怖い。
「わ!」
あれこれと考えて躊躇していると、いきなり扉が開いた。
病室から出て来た医療兵は、扉の前で棒立ちしているジャンの胸元に頭をぶつけて驚きの声を上げる。
「すみません…っ、ちょうど今来たところで…。」
「あぁ…!ジャンか!
知らねぇうちに、扉の向こうに壁が出来ちまったのかと思った。」
「ミケさんと同キャラ扱いはやめてください。」
「悪い悪い。ってそれじゃミケ隊長にも失礼か。」
あからさまに嫌そうに表情を歪めるジャンを医療兵は可笑しそうに笑う。
なまえの担当は、所属している分隊の医療兵になったようだ。
顔見知りの医療兵の顔を見て、ジャンの胸を支配しかけていた不安が少しだけ消えた気がする。
「リヴァイ兵長から指示されてなまえさんの様子見に来たんすけど、
今、大丈夫っすか?」
「あ~…、検査だよな?それが、まだ出来てなくて。」
「出来てない?」
「なまえがまだ寝てるんだよ。」
医療兵は心配そうに目を伏せた。
「そうですか…。」
眠るのが大好きななまえらしい———今回ばかりは、そうとは思えなかった。
転落事故からずっと眠り続けているのだ。
寝不足と疲労が原因だとしても、さすがに眠りすぎだ。まるで、本物の眠り姫になってしまったようだ。
「今回の作戦はなまえも気合い入ってたし、最初から無理承知で準備も頑張ってたからな。
緊張もあっただろうし。ろくに眠れてなかったんだと思うよ。」
「…先輩は知ってたんすね。」
俯くジャンからポツリと零れた言葉に、医療兵は一瞬だけハッとした顔をした。
そして、困ったように苦笑を漏らす。
「俺が聞いたのも今回の壁外調査が決まってしばらくしてからさ。
怪我人が増える可能性の高い作戦だったからな、医療兵にも知らせないわけにはいかなかったんだろう。
それでも知ってたのは、俺とあと数名のベテラン医療兵だけだ。」
「そうですか。」
「お前は大怪我でしばらく任務から離れてたんだし、身体も万全じゃなかったんだ。
わざわざツラいことを話して負担をかけたくなかったんだろう。」
「さぁ…、どうっすかね。」
医療兵の先輩は、きっと気を遣ってくれたのだろう。
頭では理解っているのだ。
けれど、自分の心配までしてくれる医療兵の優しさを前にすると、なまえに優しくする余裕すらなかったあの日の自分のことを責められているようで、惨めになる。
ジャンが思わず見せてしまったすさんだ情けない表情を医療兵がどう受け取ったのかは分からない。
彼は心配そうな瞳をジャンに向けると、何も言わずに肩を叩くだけして、そのまま部屋を出て行った。
気を取り直して、ジャンはいつの間にか閉まっていた扉を開く。
軽症者用の病室は、奥の窓のそばにベッドと小さな棚が置いてある。黄ばんだ白い壁が四方を囲まれている無機質で寂しい場所だ。
病室に入った途端にシンと静まり返る。まるで、自分のいるこの部屋だけが世界から切り取られてしまったかのような感覚を嫌でも思い出す。
そう考えると、検査も出来ないくらいにぐっすり眠っているなまえは幸運かもしれない。
シングルの狭いベッドの上で眠るなまえを見下ろして、ジャンはそんなことを思う。
さっきの医療兵が処置をしたのだろう、腕には点滴が繋がれていた。
点滴から栄養を取れ始めているからなのか、真っ青だった顔色は幾分かよくなっているような気がする。
———本当の眠り姫になったみたいだ。
無意識に、なまえの元へと手が伸びる。
そっと触れた彼女の前髪は、相変わらず絹のように細くて柔らかい。
ずっと、触れていたくなる。
例えば、このままなまえが眠り続けたのなら————。
なまえはリヴァイに好意のある瞳を向けることはないだろうし、彼の隣で微笑むこともない。
もちろん、眠り続けるお姫様は誰とも結婚なんて出来るわけがない。
そうして、彼女が誰のものにもならないまま眠り姫でいてくれれば、あの頃のようにただ想い続ければいい。
失うくらいなら、そっちの方がいっそ———。
「なまえさん、」
永遠に目を覚まさないで————自分でも信じられないことを口にしようとしていた。
けれど、無意識にかきあげたなまえの前髪の向こうに額に出来た傷を見つけて、思わず言葉が途切れた。
そして、思い知る。ジャンが本当に望んでいるのは、そんなことじゃない。
「早く起きて。好き勝手ぐーたらしてくださいよ。
世話なら、俺がするから……っ。幾らでもいいから、俺にさせてよ……っ。」
情けなく小さくなっていく声と共に、なまえの頬を撫でる手が震える。
好きな女が他の男と結婚するなんて、絶対に嫌だ。失恋なんて、出来ればしたくない。
でも、一番嫌なのは、なまえが『今』を笑っていないことだ。
夢なんかに、なまえを盗られてたまるものか。
それならば、現実で幸せになってくれる方がずっといい。
そしてあわよくば、その隣には自分が————。