◇第百三十七話◇眠り姫の帰還
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「頭の傷、見ますね。痛かったら教えてくださいね。」
医療兵達がなまえの周りに集まってきている。
懸命な処置が続くけれど、なまえからの反応はない。
このまま彼女の目が覚めなければ———恐ろしい妄想がアルミンの脳裏を過る。
そのときだった。
「おい、なまえ。起きねぇか。いつまで寝てんだ、クソが。
てめぇのせいで散々な目にあったじゃねぇか。」
いつの間にやって来たのか。
あろうことか、リヴァイはなまえに声をかけたかと思ったら、先の尖ったブーツでなまえの脇腹の辺りを小突いたのだ。
その場にいた皆が目を丸くする。
なまえは頭部に怪我を負っている。
その為、ほんの少しの衝撃も与えないようにと慎重に処置に当たっていた医療兵達の怒りは、相当なものだった。
「リヴァイ兵長!なんてことするんですか!
なまえさんに何かあったら、どうするんですか!?」
「アンタ、責任とれるのか!?」
「婚約者でしょう!?極悪非道か!?あぁ!?」
医療兵達が怒鳴りつける。
彼らはきっと、相手があの人類最強の兵士であることを忘れている。
ナナバなんて、ゲルガーに身体を抑え込まれていなかったら、人類最強の兵士を殴っていたに違いない。
「そうっすよ、リヴァイ兵長。そんなことしたって起きるわけねぇでしょ。」
ジャンも呆れたように言う。
医療兵やサシャ達も「そうだ、そうだ。」とリヴァイを責めるから、人類最強の兵士は不機嫌に眉を顰める。
「じゃあ、どうしろってんだ。」
「私達が処置をしますから、兵長は黙って見てれば—————。」
「こうするんすよ。」
処置を続けようとしていた医療兵の肩を押しのけて、ジャンがなまえの隣に膝をついて腰をおろす。
何をするのか———そう思った時にはもう、彼はなまえの耳に唇を近づけていた。
「なまえさん、うまい菓子を買ってきたんすけど、
寝てんなら俺がひとりで食っていいですか?」
ジャンがなまえの耳元で言う。
こんな時に、一体何を言っているのか。
そんなことで彼女が起きるはずがない。
彼女は頭に強い衝撃を受けたことで、意識を失っているのだ。
場合によっては、刻一刻を争う容態かもしれない。
ふざけている場合じゃないのに—————。
「やだ!私も食べる!!」
バッと音がした気がした。
そのときにはもう、勢いをつけて起き上がったなまえが、目を丸くして壁の向こうを見ていた。
けれど、目を丸くしたのはアルミン達の方だ。
なまえは、頭を打った衝撃のせいで意識不明の重体だったのではないのか———。
「ね、起きたでしょ。」
ジャンがリヴァイを見上げる。
勝ち誇ったその表情は、自慢気に向けられた張本人ではないアルミンでさえもイラつかせた。
当然、リヴァイは酷く悔しそうに舌打ちをする。
「…え?なまえさん、どうして…?」
最も困惑しているのは医療兵達だった。
彼らは、何度も何度もなまえに声をかけていたのだ。
それでも、彼女からの反応は全くなかった。
だから、医療兵達は必死になって彼女を救うために処置を始めようとしていたところだったのに————。
「どうしてって?お菓子は?」
なまえが不思議そうに首を傾げた。
笑が出るくらいに、いつも通りの彼女だ。
彼女の周りだけに、ふわふわした柔らかい空気が揺れているのが見える。
「いや…、それはジャンさんの嘘ですけど…。」
「嘘?・・・・嘘!?」
なまえが、少し間を空けてから、嘘を理解する。
その表情には、悲壮が浮かんでいる。
お菓子が嘘だったことが相当ショックだったらしい。
ククッ———喉を鳴らして、ジャンが意地悪く笑っている。
こちらは、とても性格の悪い表情だ。
「どういうこと、ジャン?
どうしてなまえさんが起きるってわかったの?」
ジャンが立ち上がるのを待って、アルミンは訊ねる。
「あの人、寝てただけだったから。」
チラリとアルミンを見て、ジャンがシレッと答える。
「は?」
「あ?」
「へ?」
「え?」
「はぁああ!?」
アルミンやユミル達から気の抜けた声が漏れたそばで、コニーの驚きが響いた。
そのそばで、リヴァイだけがジャンと同じようにシレッとした顔をしている。
まさか、リヴァイはなまえが寝ていることが分かっていたのだろうか。
だから彼は、ブーツで脇腹を小突いて起こそうとしていた。
「え?いつから?え、どこからですか?!」
パニックになったサシャが早口で捲し立てる。
「いつからかは知らねぇけど、落ちそうになって抱えたときに
すげぇ気持ちよさそうな寝息が聞こえて。あー、寝てんなコイツって。」
「はぁ!?」
コニーが驚きの声を上げた。
その他は皆、絶句だ。あの残酷な悲劇の中、なまえは寝ていただけだというのか————。
「たぶん、その人。寝落ちしたんですよ。
文字通りの、寝落ちです。」
答えたのは、フレイヤだった。
急に喋り出して驚いたけれど、そういえば、なまえが壁上へ連れてこられたときに、駆け寄って来た調査兵の中にフレイヤの姿もあった。
それから、なまえが壁上から落ちたときも、彼女はそばにいた。
「バカなんですよ、バカ。」
呆れて突き放すように言うフレイヤの目は、ウサギみたいに真っ赤だ。
相当泣いたのだろう。
声も少し枯れているように聞こえる。
「皆さん、大きな声出さないでください。
そうじゃなくても、今俺パニックで頭痛いんすから…。
なまえさんは、頭痛くないんですか?」
「頭?なんで?」
なまえが首を傾げながら、自分の額に触れる。
ぬるっとした触感に気付いたのか、なまえが片眉をピクリと上げた。
そして、血で濡れた自分の手を見て———。
「血!?なんで!?血が出てる!!
そういえば、なんかすごい痛い!!やだ!なんか痛い!!」
なまえが頭を抱えて騒ぎ出した。
騒ぎたいのは、こっちの方だ———と、アルミンは思う。心底、思う。
泣きそうだ。
そしたら、なんだかすごく面白くなってきて————。
「アハハハハ…!!」
フレイヤが腹を抱えて笑い出した。
それを見てキョトンとするなまえに、もう我慢できなくなってアルミンも吹き出す。
笑い声に気付いて、なまえが意識不明の重体だと信じて疑いもしなかった調査兵達が驚いた様子で駆け寄ってくる。
そして、104期のメンバー達に『なまえは寝ていただけだった』という衝撃の事実を聞いて目を丸くする。
そうしていれば、いつの間にかなまえの周りは大きな笑い声に包まれていた。
「ハハ…ハ?何か面白いのかな…?アハ?」
戸惑いながらも、なまえが困ったように微笑む。
いつも通りのなまえだ。いつも通りの、眠り姫のいる調査兵団だ。
殺人鬼でも魔女でもない、眠り姫がふわふわと微笑む。誰も彼女を蔑まない。
「呆れてんだ、クソが。
お前は今から、俺の説教だ。」
「ヒィ…ッ。」
リヴァイの額に浮かぶ青筋に気付いたなまえから、さぁーっと血の気が引いていく。
そして、無意識に助けを求めてジャンを見る。
けれど、そうなることを予想していたジャンは、涼しい顔をして明後日の方向を見て無視を貫く。
情けないくらいに、見慣れた光景だった。
「本当、何やってんですか。もう。」
サシャが涙を拭いながら、困ったように笑った。
友人が、人類最大の仇だった。
友人が、愛する人を助けるために死のうとした。
そんな地獄の中で、なまえがいるそこだけは、まるで夢の中みたいに温かい。
いつだって眠り姫の周りだけは、優しい風が吹いていて、残酷な現実を忘れてもいいよ、と頬を撫でて流れていく。
やっと帰って来たのだ。
調査兵団の眠り姫が、帰って来た。
「おかえり。」
アルミンは、小さく呟く。
彼女にその言葉を伝えるのは、自分じゃない気がしたから————。
医療兵達がなまえの周りに集まってきている。
懸命な処置が続くけれど、なまえからの反応はない。
このまま彼女の目が覚めなければ———恐ろしい妄想がアルミンの脳裏を過る。
そのときだった。
「おい、なまえ。起きねぇか。いつまで寝てんだ、クソが。
てめぇのせいで散々な目にあったじゃねぇか。」
いつの間にやって来たのか。
あろうことか、リヴァイはなまえに声をかけたかと思ったら、先の尖ったブーツでなまえの脇腹の辺りを小突いたのだ。
その場にいた皆が目を丸くする。
なまえは頭部に怪我を負っている。
その為、ほんの少しの衝撃も与えないようにと慎重に処置に当たっていた医療兵達の怒りは、相当なものだった。
「リヴァイ兵長!なんてことするんですか!
なまえさんに何かあったら、どうするんですか!?」
「アンタ、責任とれるのか!?」
「婚約者でしょう!?極悪非道か!?あぁ!?」
医療兵達が怒鳴りつける。
彼らはきっと、相手があの人類最強の兵士であることを忘れている。
ナナバなんて、ゲルガーに身体を抑え込まれていなかったら、人類最強の兵士を殴っていたに違いない。
「そうっすよ、リヴァイ兵長。そんなことしたって起きるわけねぇでしょ。」
ジャンも呆れたように言う。
医療兵やサシャ達も「そうだ、そうだ。」とリヴァイを責めるから、人類最強の兵士は不機嫌に眉を顰める。
「じゃあ、どうしろってんだ。」
「私達が処置をしますから、兵長は黙って見てれば—————。」
「こうするんすよ。」
処置を続けようとしていた医療兵の肩を押しのけて、ジャンがなまえの隣に膝をついて腰をおろす。
何をするのか———そう思った時にはもう、彼はなまえの耳に唇を近づけていた。
「なまえさん、うまい菓子を買ってきたんすけど、
寝てんなら俺がひとりで食っていいですか?」
ジャンがなまえの耳元で言う。
こんな時に、一体何を言っているのか。
そんなことで彼女が起きるはずがない。
彼女は頭に強い衝撃を受けたことで、意識を失っているのだ。
場合によっては、刻一刻を争う容態かもしれない。
ふざけている場合じゃないのに—————。
「やだ!私も食べる!!」
バッと音がした気がした。
そのときにはもう、勢いをつけて起き上がったなまえが、目を丸くして壁の向こうを見ていた。
けれど、目を丸くしたのはアルミン達の方だ。
なまえは、頭を打った衝撃のせいで意識不明の重体だったのではないのか———。
「ね、起きたでしょ。」
ジャンがリヴァイを見上げる。
勝ち誇ったその表情は、自慢気に向けられた張本人ではないアルミンでさえもイラつかせた。
当然、リヴァイは酷く悔しそうに舌打ちをする。
「…え?なまえさん、どうして…?」
最も困惑しているのは医療兵達だった。
彼らは、何度も何度もなまえに声をかけていたのだ。
それでも、彼女からの反応は全くなかった。
だから、医療兵達は必死になって彼女を救うために処置を始めようとしていたところだったのに————。
「どうしてって?お菓子は?」
なまえが不思議そうに首を傾げた。
笑が出るくらいに、いつも通りの彼女だ。
彼女の周りだけに、ふわふわした柔らかい空気が揺れているのが見える。
「いや…、それはジャンさんの嘘ですけど…。」
「嘘?・・・・嘘!?」
なまえが、少し間を空けてから、嘘を理解する。
その表情には、悲壮が浮かんでいる。
お菓子が嘘だったことが相当ショックだったらしい。
ククッ———喉を鳴らして、ジャンが意地悪く笑っている。
こちらは、とても性格の悪い表情だ。
「どういうこと、ジャン?
どうしてなまえさんが起きるってわかったの?」
ジャンが立ち上がるのを待って、アルミンは訊ねる。
「あの人、寝てただけだったから。」
チラリとアルミンを見て、ジャンがシレッと答える。
「は?」
「あ?」
「へ?」
「え?」
「はぁああ!?」
アルミンやユミル達から気の抜けた声が漏れたそばで、コニーの驚きが響いた。
そのそばで、リヴァイだけがジャンと同じようにシレッとした顔をしている。
まさか、リヴァイはなまえが寝ていることが分かっていたのだろうか。
だから彼は、ブーツで脇腹を小突いて起こそうとしていた。
「え?いつから?え、どこからですか?!」
パニックになったサシャが早口で捲し立てる。
「いつからかは知らねぇけど、落ちそうになって抱えたときに
すげぇ気持ちよさそうな寝息が聞こえて。あー、寝てんなコイツって。」
「はぁ!?」
コニーが驚きの声を上げた。
その他は皆、絶句だ。あの残酷な悲劇の中、なまえは寝ていただけだというのか————。
「たぶん、その人。寝落ちしたんですよ。
文字通りの、寝落ちです。」
答えたのは、フレイヤだった。
急に喋り出して驚いたけれど、そういえば、なまえが壁上へ連れてこられたときに、駆け寄って来た調査兵の中にフレイヤの姿もあった。
それから、なまえが壁上から落ちたときも、彼女はそばにいた。
「バカなんですよ、バカ。」
呆れて突き放すように言うフレイヤの目は、ウサギみたいに真っ赤だ。
相当泣いたのだろう。
声も少し枯れているように聞こえる。
「皆さん、大きな声出さないでください。
そうじゃなくても、今俺パニックで頭痛いんすから…。
なまえさんは、頭痛くないんですか?」
「頭?なんで?」
なまえが首を傾げながら、自分の額に触れる。
ぬるっとした触感に気付いたのか、なまえが片眉をピクリと上げた。
そして、血で濡れた自分の手を見て———。
「血!?なんで!?血が出てる!!
そういえば、なんかすごい痛い!!やだ!なんか痛い!!」
なまえが頭を抱えて騒ぎ出した。
騒ぎたいのは、こっちの方だ———と、アルミンは思う。心底、思う。
泣きそうだ。
そしたら、なんだかすごく面白くなってきて————。
「アハハハハ…!!」
フレイヤが腹を抱えて笑い出した。
それを見てキョトンとするなまえに、もう我慢できなくなってアルミンも吹き出す。
笑い声に気付いて、なまえが意識不明の重体だと信じて疑いもしなかった調査兵達が驚いた様子で駆け寄ってくる。
そして、104期のメンバー達に『なまえは寝ていただけだった』という衝撃の事実を聞いて目を丸くする。
そうしていれば、いつの間にかなまえの周りは大きな笑い声に包まれていた。
「ハハ…ハ?何か面白いのかな…?アハ?」
戸惑いながらも、なまえが困ったように微笑む。
いつも通りのなまえだ。いつも通りの、眠り姫のいる調査兵団だ。
殺人鬼でも魔女でもない、眠り姫がふわふわと微笑む。誰も彼女を蔑まない。
「呆れてんだ、クソが。
お前は今から、俺の説教だ。」
「ヒィ…ッ。」
リヴァイの額に浮かぶ青筋に気付いたなまえから、さぁーっと血の気が引いていく。
そして、無意識に助けを求めてジャンを見る。
けれど、そうなることを予想していたジャンは、涼しい顔をして明後日の方向を見て無視を貫く。
情けないくらいに、見慣れた光景だった。
「本当、何やってんですか。もう。」
サシャが涙を拭いながら、困ったように笑った。
友人が、人類最大の仇だった。
友人が、愛する人を助けるために死のうとした。
そんな地獄の中で、なまえがいるそこだけは、まるで夢の中みたいに温かい。
いつだって眠り姫の周りだけは、優しい風が吹いていて、残酷な現実を忘れてもいいよ、と頬を撫でて流れていく。
やっと帰って来たのだ。
調査兵団の眠り姫が、帰って来た。
「おかえり。」
アルミンは、小さく呟く。
彼女にその言葉を伝えるのは、自分じゃない気がしたから————。