◇第百三十三話◇醜くてバカで美しい人達
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「え…、なんで…。」
精鋭兵達は今、最前線で鎧の巨人を追っているはずだ。
だからこそ、フレイヤは彼らと肩を並べたくて、必死に追いかけた。
本当なら、こんなところで、役にも立たない実力不足の同期の女を守っている場合じゃなかった。
案の定、無駄なことをしたせいで死にかけた。
似合わないことをして、死ぬはずだった。
それなのに、ここにいるはずではないなまえがいて、フレイヤが助けられなかった同期の女を守った。
なまえが、彼女を横抱きに抱えて立ち上がる。
骨と皮しかないように見えるあの細腕のどこにそんな力があるのかと目を疑う。
だが、もっと信じられなかったのは、同期の女を今まさに食おうとしていたところだったはずの巨人は、白い煙を上げながら薄く消えようとしていたことだ。
どうやら、フレイヤが目を閉じたあの一瞬の間で、なまえは巨人のうなじまで削いでいたらしい。
討伐されて消えようとしていく巨人の舌の辺りを慣れた様子で蹴ったなまえは、まるで階段を3段抜かしするかのように軽快に飛び降りる。
彼女が降りた先にあったのは、数台の荷馬車だった。
荷馬車の上では、若い調査兵達が数名横になっている。全員傷だらで満身創痍な様子ではあるが、生きている。
誰も、死んでいない。
「なまえさん!こっちに連れて来てください!」
荷馬車の上で手をあげた精鋭兵にも、フレイヤは見覚えがあった。
104期の調査兵のひとりであるクリスタだ。
他2台の荷馬車にも彼女の同期であるサシャとユミルがそれぞれ乗り込み、忙しそうに怪我人の手当てをしている。彼女達以外にも、見覚えのある精鋭兵の姿を数名見つける。彼らは皆、辺りを見渡しながら巨人と調査兵達の行方を追いかけている。
どうやら、彼女達は、傷を負った調査兵達を戦線から離脱させながら、荷馬車の上で介抱しているようだ。
「よくやったな。お前のおかげで間に合った。」
呆然としている間に、フレイヤも助けてくれたらしい誰かに荷馬車に下ろされていた。
怪我はないかと訊ねるサシャの心配そうな声は耳に入らなかった。
頑張りを褒める低い声が、後ろから聞こえて来たせいだ。
フレイヤは勢いよく振り返る。
困ったように眉尻を下げて、けれど優しく微笑んでいるのは、ジャンだった。
「どうして、ですか…?」
なんとか振り絞って出した言葉には、いろんな意味が込められていた。
どうして、ジャン達がここにいるのか。
どうして、鎧の巨人を追いかけていないのか。
どうして————。
どうして、あんなひどいことをした自分を助けに来てくれたのか。
本当は、長くて逞しい両腕が身体を回ったその瞬間に、ジャンだと分かっていた。
長い髪から、シャンプーに交じって香る彼の匂い。腕の感触。息遣い。
やり方は強引だったけれど、それらを知れるほどには、彼のそばにいた。忘れられないほどには、覚えたいと願っていた。
だから、顔を見るのが怖かったのに、勝手に優しい言葉をかけてくるから————。
「夜が明けるまで長引いちまったら、自分は最前線から下がって
仲間を守ることに徹するってのが、副兵士長がゴリ押しした作戦なんだってよ。」
質問の意図を、どうして自分達がここにいるのか、という意味で汲み取ったらしい。
今回の作戦は、なまえの立案だと聞いている。
団長や幹部、精鋭兵達の素早い行動を見る限り、鎧の巨人を捕獲するところまでが作戦に含まれていたのだろう。
それならば尚更、なまえは自らの手で鎧の巨人の捕獲を行いたかったに違いない。
少なくとも、フレイヤならそう思う。
けれど実際、彼女は最前線から引き、仲間を守ることを選んだ。
ジャンが首を竦める。
呆れたような、諦めているような仕草だ。
よく見たことがある。
荷馬車の上に怪我をした調査兵を下ろし、クリスタになにやら指示を出しているなまえの姿を、ジャンはとても優しい瞳で見つめている。
「ジャンさんは、知ってたんですか。こうなること…。」
壁外調査への参加すら認められていなかったジャンが、この作戦の本当の意味を知っていたとは思えない。
でも、分からないことばかりで、頭が混乱して疑問ばかりが浮かんでくるのだ。
だって、ジャンは、リヴァイ班のメンバーとして参加が認められたはずだ。
なまえとの関係は破綻していて、きっともう彼女の補佐には戻らない。
そう思っていた。それなのに———。
「知るわけねぇよ。
———でも、俺の任務はお姫様を守ることだから。
その任務を遂行してるだけだ。」
ジャンは気持ち良いくらいに清々しい笑みを浮かべて答える。
ジャンがなまえに想いを寄せていることには、ずっと前から気づいていた。
ずっと見てたから、知っていた。
けれど、彼はいつも迷っているみたいだった。
歳の差を気にしているのか、立場が躊躇させているのか、そのどちらでもないのかは分からない。
けれど、彼の迷いは、フレイヤにとっては好都合だった。
今の彼なら、横から攫うことなんて簡単だと、そう思わせてくれた。
でも、もう無理みたいだ。
彼は、気持ちを決めてしまった。
調査兵団で寵愛を受けている難攻不落なお姫様を愛すると、覚悟を決めてしまった。
きっともう二度と、彼は揺らがない。揺るがせない。
嫌、一度だって、フレイヤが彼の心を惑わせたことがあったのだろうか。ほんの一瞬でも、彼がフレイヤを想うことはあっただろうか。
答えは、考えなくとも分かる。
だから、悔しくてムキになってしまったのだから———。
もう、知らないフリは出来ない。
きっとジャンは、なまえが他の誰かと結婚しようが愛し続けるのだと心が認めてしまう。
今後一切、彼の想いは、誰も入る隙を与えてはくれないだろう。
「私達も、突然、巨大樹の森から鎧の巨人が現れてビックリしてたら、
なまえさんにたまたま見つかって、荷馬車で救護班を命じられたんですよ~。
———うん、怪我はなさそうですね。よかったです。」
さっきはすごくカッコよかったですよ————何年も後輩相手だというのに、サシャは瞳をキラキラさせて「間に合わないと思いました。本当にありがとうございました!尊敬します!!」なんて軽々しく言う。
ありがとうと何度も告げる彼女の真っ直ぐな無邪気なその瞳の中に、フレイヤは自分を見つける。
けれど、それが自分だなんて信じられなかった。
最近ずっと続いていた不眠による深い隈と疲弊してこけた頬、人を疑うことしか知らないみたいに捻じれた眉。どれをとっても醜く歪んでいる。
フレイヤは、逃げるように顔を背けた。
精鋭兵達は今、最前線で鎧の巨人を追っているはずだ。
だからこそ、フレイヤは彼らと肩を並べたくて、必死に追いかけた。
本当なら、こんなところで、役にも立たない実力不足の同期の女を守っている場合じゃなかった。
案の定、無駄なことをしたせいで死にかけた。
似合わないことをして、死ぬはずだった。
それなのに、ここにいるはずではないなまえがいて、フレイヤが助けられなかった同期の女を守った。
なまえが、彼女を横抱きに抱えて立ち上がる。
骨と皮しかないように見えるあの細腕のどこにそんな力があるのかと目を疑う。
だが、もっと信じられなかったのは、同期の女を今まさに食おうとしていたところだったはずの巨人は、白い煙を上げながら薄く消えようとしていたことだ。
どうやら、フレイヤが目を閉じたあの一瞬の間で、なまえは巨人のうなじまで削いでいたらしい。
討伐されて消えようとしていく巨人の舌の辺りを慣れた様子で蹴ったなまえは、まるで階段を3段抜かしするかのように軽快に飛び降りる。
彼女が降りた先にあったのは、数台の荷馬車だった。
荷馬車の上では、若い調査兵達が数名横になっている。全員傷だらで満身創痍な様子ではあるが、生きている。
誰も、死んでいない。
「なまえさん!こっちに連れて来てください!」
荷馬車の上で手をあげた精鋭兵にも、フレイヤは見覚えがあった。
104期の調査兵のひとりであるクリスタだ。
他2台の荷馬車にも彼女の同期であるサシャとユミルがそれぞれ乗り込み、忙しそうに怪我人の手当てをしている。彼女達以外にも、見覚えのある精鋭兵の姿を数名見つける。彼らは皆、辺りを見渡しながら巨人と調査兵達の行方を追いかけている。
どうやら、彼女達は、傷を負った調査兵達を戦線から離脱させながら、荷馬車の上で介抱しているようだ。
「よくやったな。お前のおかげで間に合った。」
呆然としている間に、フレイヤも助けてくれたらしい誰かに荷馬車に下ろされていた。
怪我はないかと訊ねるサシャの心配そうな声は耳に入らなかった。
頑張りを褒める低い声が、後ろから聞こえて来たせいだ。
フレイヤは勢いよく振り返る。
困ったように眉尻を下げて、けれど優しく微笑んでいるのは、ジャンだった。
「どうして、ですか…?」
なんとか振り絞って出した言葉には、いろんな意味が込められていた。
どうして、ジャン達がここにいるのか。
どうして、鎧の巨人を追いかけていないのか。
どうして————。
どうして、あんなひどいことをした自分を助けに来てくれたのか。
本当は、長くて逞しい両腕が身体を回ったその瞬間に、ジャンだと分かっていた。
長い髪から、シャンプーに交じって香る彼の匂い。腕の感触。息遣い。
やり方は強引だったけれど、それらを知れるほどには、彼のそばにいた。忘れられないほどには、覚えたいと願っていた。
だから、顔を見るのが怖かったのに、勝手に優しい言葉をかけてくるから————。
「夜が明けるまで長引いちまったら、自分は最前線から下がって
仲間を守ることに徹するってのが、副兵士長がゴリ押しした作戦なんだってよ。」
質問の意図を、どうして自分達がここにいるのか、という意味で汲み取ったらしい。
今回の作戦は、なまえの立案だと聞いている。
団長や幹部、精鋭兵達の素早い行動を見る限り、鎧の巨人を捕獲するところまでが作戦に含まれていたのだろう。
それならば尚更、なまえは自らの手で鎧の巨人の捕獲を行いたかったに違いない。
少なくとも、フレイヤならそう思う。
けれど実際、彼女は最前線から引き、仲間を守ることを選んだ。
ジャンが首を竦める。
呆れたような、諦めているような仕草だ。
よく見たことがある。
荷馬車の上に怪我をした調査兵を下ろし、クリスタになにやら指示を出しているなまえの姿を、ジャンはとても優しい瞳で見つめている。
「ジャンさんは、知ってたんですか。こうなること…。」
壁外調査への参加すら認められていなかったジャンが、この作戦の本当の意味を知っていたとは思えない。
でも、分からないことばかりで、頭が混乱して疑問ばかりが浮かんでくるのだ。
だって、ジャンは、リヴァイ班のメンバーとして参加が認められたはずだ。
なまえとの関係は破綻していて、きっともう彼女の補佐には戻らない。
そう思っていた。それなのに———。
「知るわけねぇよ。
———でも、俺の任務はお姫様を守ることだから。
その任務を遂行してるだけだ。」
ジャンは気持ち良いくらいに清々しい笑みを浮かべて答える。
ジャンがなまえに想いを寄せていることには、ずっと前から気づいていた。
ずっと見てたから、知っていた。
けれど、彼はいつも迷っているみたいだった。
歳の差を気にしているのか、立場が躊躇させているのか、そのどちらでもないのかは分からない。
けれど、彼の迷いは、フレイヤにとっては好都合だった。
今の彼なら、横から攫うことなんて簡単だと、そう思わせてくれた。
でも、もう無理みたいだ。
彼は、気持ちを決めてしまった。
調査兵団で寵愛を受けている難攻不落なお姫様を愛すると、覚悟を決めてしまった。
きっともう二度と、彼は揺らがない。揺るがせない。
嫌、一度だって、フレイヤが彼の心を惑わせたことがあったのだろうか。ほんの一瞬でも、彼がフレイヤを想うことはあっただろうか。
答えは、考えなくとも分かる。
だから、悔しくてムキになってしまったのだから———。
もう、知らないフリは出来ない。
きっとジャンは、なまえが他の誰かと結婚しようが愛し続けるのだと心が認めてしまう。
今後一切、彼の想いは、誰も入る隙を与えてはくれないだろう。
「私達も、突然、巨大樹の森から鎧の巨人が現れてビックリしてたら、
なまえさんにたまたま見つかって、荷馬車で救護班を命じられたんですよ~。
———うん、怪我はなさそうですね。よかったです。」
さっきはすごくカッコよかったですよ————何年も後輩相手だというのに、サシャは瞳をキラキラさせて「間に合わないと思いました。本当にありがとうございました!尊敬します!!」なんて軽々しく言う。
ありがとうと何度も告げる彼女の真っ直ぐな無邪気なその瞳の中に、フレイヤは自分を見つける。
けれど、それが自分だなんて信じられなかった。
最近ずっと続いていた不眠による深い隈と疲弊してこけた頬、人を疑うことしか知らないみたいに捻じれた眉。どれをとっても醜く歪んでいる。
フレイヤは、逃げるように顔を背けた。