◇第百二十六話◇最後の決闘
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「明日なら、勝てたんじゃねぇのか。」
ジャンの唇の傷にテープを貼ってやりながら、リヴァイが訊ねる。
早朝の医務室には、医療兵の姿もなく、朝から傷だらけなのはジャンくらいで、静かなものだ。
そんな中、静かに響いたリヴァイの声色からは、苛立ちや腹立たしさと共に、躊躇いや戸惑いも感じられた。
向かい合う格好で古い木製の椅子に座り、怪我の手当をしてくれているリヴァイは、決闘の時とはまるで別人のように小さく見える。
実際、彼は、その腕力や実力からは想像できないくらいに華奢で小柄ではある。
けれども、目の前で、丁寧に手当てを続けてくれているリヴァイは、より一層、小さく見えたのだ。
ジャンの答えは、まさにそれが原因だった。
「俺がリヴァイ兵長に勝ったら、人類が巨人に負けちまいそうだったんで。」
ジャンの答えに、リヴァイは返事をしなかった。
目も合わさずに、ただ黙々と、ジャンが身体中に負った傷を消毒しては、傷テープを貼ったり、包帯を巻いてやったりしながら、手当てを続ける。
今朝、ジャンの蹴りは、初めてリヴァイに届いた。けれど、勝負に勝ったのは、リヴァイだった。
脚を蹴られてバランスを崩したリヴァイは、地面に左手をついてなんとか持ちこたえると、驚いているジャンの腕を掴んだのだ。
あ————声も出ないほどの一瞬で、ジャンの身体は反転していた。
そして、背中から地面に叩きつけられたと思った時にはもう、ジャンは目が眩みそうになるほどに澄んだ青空を見上げていた。
つまり、最後のチャンスに、ジャンは負けたのだ。
そして、ジャンは、自ら決闘の終わりを告げた。
もう明日からは、リヴァイに決闘を挑まない。
その理由を、リヴァイは知りたかったのだろう。
だから、いつもなら決してしないのに、わざわざ自らジャンを医務室に連れて行くと言い出したのだ。
でも、決闘が今日で終わる理由ならば、リヴァイ自身が一番分かっているのだろうことも、ジャンは知っていた。
処置が終わると、リヴァイは、手際よく片づけを始める。
「ありがとうございました。」
立ち上がり、頭を下げて礼を告げれば、リヴァイはチラリとも見ずに「あぁ。」と小さく答えただけだった。
そのまま、特に会話が盛り上がることもなく、2人で医務室を出る。
きっと、リヴァイはこのまま訓練場へ向かい、待たせている班員達と訓練に励むのだろう。
だから、ジャンは、背を向けたリヴァイを呼び止めた。
「なんだ。」
「しっかり休養をとってください。」
「分かってる。」
振り返ったリヴァイは、ジャンの言葉に、眉を顰めた。
投げやりな答えは、煩わしいと訴えているようだ。
けれど、リヴァイだって、自分の体調がいつもとは違うことに気付いているはずだ。
だから『明日なら勝てたかもしれない』なんて言葉が出て来たのだろう。
今朝、リヴァイは、一瞬、気を失うようにふらついた。そして、いつもなら簡単に避けられたジャンの蹴りを避けきれなかった。
普段よりも青白く見える顔色と濃い隈は、寝不足から来るものだと思われる。
壁外調査前で、訓練にはいつも以上に力が入る上に、日帰りの出張が増えている。これで、身体を壊さない方がおかしい。
人類最強の兵士だって、怪物ではないのだ。人間なのだから、睡眠不足では本来の力の半分も発揮できないに決まっている。
「訓練は無理でも、書類仕事が残ってるなら部下にやらせるとか
壁外調査終わってからにするとかして、しっかり寝てください。
そしてちゃんと、いつもみたいに生きて帰って来てくださいよ。」
「お前に言われなくてもそのつもり———。」
「結婚するんですから。」
まさか、ジャンからそんな風に言われるとは思ってもいなかったのだろう。
リヴァイは、切れ長の瞳を大きく見開き、言葉を失っているようだった。
「諦めたわけじゃないですよ。」
「…!」
「ただ、俺も惚れてる女を泣かせたくないだけです。
—————それじゃ、俺の元上司を宜しくお願いします。」
急に冷静になって、何を言ってるんだろうと恥ずかしくなった。
リヴァイからの返事も、期待もしていなければ、待ってもいなかった。
頭を下げたジャンは、背を向けると、リヴァイとは反対の方へと歩き出す。
(まだだ。死なねぇ限り、なんだって出来る。)
リヴァイにも言った通りだ。
別に、諦めたわけじゃない。
人類最強の兵士に無理をさせたことで、人類が巨人に負けてしまうことを心配したわけでもない。
彼女が立案した壁外調査が成功することを誰よりも願っているだけだ。
ただ、なまえを泣かせたくない。それだけだ。
きっと、変なところで真面目で頑固な彼女は、本気でリヴァイを愛して、永遠を誓い合おうとしているのだろうから———。
(また振り向いてもらえるように、俺が努力すればいいだけだ。)
————泣き叫びそうな心に、ジャンは何度もそう言い聞かせる。
長い廊下には、窓から漏れる朝日が、苦々しいほどに眩しく射し込んでいた。
ジャンの唇の傷にテープを貼ってやりながら、リヴァイが訊ねる。
早朝の医務室には、医療兵の姿もなく、朝から傷だらけなのはジャンくらいで、静かなものだ。
そんな中、静かに響いたリヴァイの声色からは、苛立ちや腹立たしさと共に、躊躇いや戸惑いも感じられた。
向かい合う格好で古い木製の椅子に座り、怪我の手当をしてくれているリヴァイは、決闘の時とはまるで別人のように小さく見える。
実際、彼は、その腕力や実力からは想像できないくらいに華奢で小柄ではある。
けれども、目の前で、丁寧に手当てを続けてくれているリヴァイは、より一層、小さく見えたのだ。
ジャンの答えは、まさにそれが原因だった。
「俺がリヴァイ兵長に勝ったら、人類が巨人に負けちまいそうだったんで。」
ジャンの答えに、リヴァイは返事をしなかった。
目も合わさずに、ただ黙々と、ジャンが身体中に負った傷を消毒しては、傷テープを貼ったり、包帯を巻いてやったりしながら、手当てを続ける。
今朝、ジャンの蹴りは、初めてリヴァイに届いた。けれど、勝負に勝ったのは、リヴァイだった。
脚を蹴られてバランスを崩したリヴァイは、地面に左手をついてなんとか持ちこたえると、驚いているジャンの腕を掴んだのだ。
あ————声も出ないほどの一瞬で、ジャンの身体は反転していた。
そして、背中から地面に叩きつけられたと思った時にはもう、ジャンは目が眩みそうになるほどに澄んだ青空を見上げていた。
つまり、最後のチャンスに、ジャンは負けたのだ。
そして、ジャンは、自ら決闘の終わりを告げた。
もう明日からは、リヴァイに決闘を挑まない。
その理由を、リヴァイは知りたかったのだろう。
だから、いつもなら決してしないのに、わざわざ自らジャンを医務室に連れて行くと言い出したのだ。
でも、決闘が今日で終わる理由ならば、リヴァイ自身が一番分かっているのだろうことも、ジャンは知っていた。
処置が終わると、リヴァイは、手際よく片づけを始める。
「ありがとうございました。」
立ち上がり、頭を下げて礼を告げれば、リヴァイはチラリとも見ずに「あぁ。」と小さく答えただけだった。
そのまま、特に会話が盛り上がることもなく、2人で医務室を出る。
きっと、リヴァイはこのまま訓練場へ向かい、待たせている班員達と訓練に励むのだろう。
だから、ジャンは、背を向けたリヴァイを呼び止めた。
「なんだ。」
「しっかり休養をとってください。」
「分かってる。」
振り返ったリヴァイは、ジャンの言葉に、眉を顰めた。
投げやりな答えは、煩わしいと訴えているようだ。
けれど、リヴァイだって、自分の体調がいつもとは違うことに気付いているはずだ。
だから『明日なら勝てたかもしれない』なんて言葉が出て来たのだろう。
今朝、リヴァイは、一瞬、気を失うようにふらついた。そして、いつもなら簡単に避けられたジャンの蹴りを避けきれなかった。
普段よりも青白く見える顔色と濃い隈は、寝不足から来るものだと思われる。
壁外調査前で、訓練にはいつも以上に力が入る上に、日帰りの出張が増えている。これで、身体を壊さない方がおかしい。
人類最強の兵士だって、怪物ではないのだ。人間なのだから、睡眠不足では本来の力の半分も発揮できないに決まっている。
「訓練は無理でも、書類仕事が残ってるなら部下にやらせるとか
壁外調査終わってからにするとかして、しっかり寝てください。
そしてちゃんと、いつもみたいに生きて帰って来てくださいよ。」
「お前に言われなくてもそのつもり———。」
「結婚するんですから。」
まさか、ジャンからそんな風に言われるとは思ってもいなかったのだろう。
リヴァイは、切れ長の瞳を大きく見開き、言葉を失っているようだった。
「諦めたわけじゃないですよ。」
「…!」
「ただ、俺も惚れてる女を泣かせたくないだけです。
—————それじゃ、俺の元上司を宜しくお願いします。」
急に冷静になって、何を言ってるんだろうと恥ずかしくなった。
リヴァイからの返事も、期待もしていなければ、待ってもいなかった。
頭を下げたジャンは、背を向けると、リヴァイとは反対の方へと歩き出す。
(まだだ。死なねぇ限り、なんだって出来る。)
リヴァイにも言った通りだ。
別に、諦めたわけじゃない。
人類最強の兵士に無理をさせたことで、人類が巨人に負けてしまうことを心配したわけでもない。
彼女が立案した壁外調査が成功することを誰よりも願っているだけだ。
ただ、なまえを泣かせたくない。それだけだ。
きっと、変なところで真面目で頑固な彼女は、本気でリヴァイを愛して、永遠を誓い合おうとしているのだろうから———。
(また振り向いてもらえるように、俺が努力すればいいだけだ。)
————泣き叫びそうな心に、ジャンは何度もそう言い聞かせる。
長い廊下には、窓から漏れる朝日が、苦々しいほどに眩しく射し込んでいた。