◇第百二十四話◇いつも選択は大切な人を想ってする
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ジャンの対人格闘術の訓練に付き合う約束をしているから————。
そう言って、ライナーとベルトルトが立ち去り、書庫はまた私ひとりになった。
いつも通りの静かな空間で、私の頭の中は、ライナーとベルトルトから聞いた〝決闘〟のことでいっぱいだった。
友人達が心配するほどの傷を負いながらも決闘を挑み続けるその理由は————やっぱり、私のせいなのだろうか。
ちゃんと終わらせられたと思っていた。
でも、あの夜の遅すぎた告白は、ただの自己満足に過ぎなかったのかもしれない。
(決闘のことを知ってることは…、言わない方がいいよね。)
私が決闘のことを知っていることで、話してしまったライナーとベルトルトとの友情に亀裂が入ってもいけない。
それに、ジャンは、私に知られたくないと思っているのだろう。
だからわざわざ、早朝の訓練前にリヴァイさんに声をかけたのだと思う。
医務室へ行くように伝えるときには、ただ身体の傷を心配しているから———という理由が良い。
そんなことを考えながら、広げていた資料を片付けていると、また書庫の扉が開いた。
珍しく、今日は書庫に来る調査兵が多い日だ———そんなことを思いながら顔を上げれば、こちらに向かって歩いてくるフレイヤと目が合った。魅力的な大きな瞳が、これでもかという程につり上げられている。
どうやら今日は〝書庫に来る調査兵〟が多い日ではなくて、私に〝会いに来る調査兵〟が多い日のようだ。
「どうし———。」
どうしたの————そう訊ねようとした私の言葉は、最後まで続かなかった。
その代わりに、パァンという高い音が響き、切り裂くような痛みが頬を走る。
目を丸くする私を、頬を叩いた張本人であるフレイヤが怒りに満ちた表情で見下ろしていた。
「アンタのせいで!!」
「え…?」
「アンタのせいで、またジャンさんが大怪我を負ってる!!
一体何度、ジャンさんを苦しめたら気が済むの!?」
お人形さんのような可愛らしい造形には似つかわしくないほどに吊り上がった眉と口。けれど、よく見れば、彼女の大きな瞳は、涙を必死に堪えて真っ赤になっている。
すぐに、リヴァイさんとの決闘のことを言っているのだと理解った。
「アンタさえいなかったら、ジャンさんは幸せでいられるはずだった!!
だから、アンタを消そうと思って、人殺しの話をジャンさんの両親に話したのに!!」
「え…、どういうこと?」
「だから、私が喋ったって言ってんのよ!!面白い話を駐屯兵の友達から聞いたから
これはチャンスだと思ったの!!そのおかげで、ジャンさんの両親はアンタを突き放してくれたし
調査兵達だってアンタから離れてったのに!!」
思わぬフレイヤの暴露に、私は脳内の整理が追い付かない。
パニックになっている私を置いてきぼりのままで、フレイヤは捲し立てるように続ける。
「それなのに!結局、ジャンさんが目を覚ますときは、お母さん達までアンタを頼ろうとするし!
アンタがリヴァイ兵長の婚約者になるせいで、調査兵達はアンタの悪口を言えなくなるし!
意味わかんないよ!!それで、私だけが悪者って、おかしいじゃん!!
どうして私が責められなくちゃいけないの!?
悪いのは、ジャンさんを不幸にしてるアンタなのに!!!」
アンタさえいなかったら…————最後に振り絞るようにそう続けたフレイヤは、ついに、吊り上がっていた瞳から大粒の涙を零した。
彼女が悔しいのは、好きな男性が振り向いてくれなかったことなのだろうか。
嫌、違うような気がする。
好きな男性が、不幸の道へ向かおうとしているのに、止められないことが悔しくて、悲しくて、仕方がないのかもしれない。
彼女の言う通り。悪いのは、フレイヤじゃないし、もちろんジャンでもない。
上司という立場を利用して、ジャンの優しさに甘え続けた結果、彼に惹かれ、彼を傷つけ、そして、彼を守る為だと言い訳をして逃げるしか方法を選べなかった弱い私だ。
ジャンは、ちゃんと立ち向かおうとしているのに。フレイヤは、こんなに一生懸命に想いをぶつける勇気を持っているのに。
私は、フレイヤに何と答えたのだろう。
いつの間にか、書庫の扉は閉まり、再び静寂が訪れていた。
『アンタさえいなかったら…。』
フレイヤが最後に振り絞って出した小さな声が、大きな叫びになって私の頭の中で響き続ける。
私さえいなければ、ジャンの世界はこれからもずっと穏やかだったのだろうか。
調査兵達の心は穏やかなまま、明日も明後日も、もしかしたら来年も、過ごせたのだろうか。
私が、エルヴィン団長に余計なことさえ言わなければ。あの日、私が謹慎中ではなく、ちゃんと壁外調査へ参加していたのなら————。
あの日だ。あの日、私は選択を間違えた。
守るべきは、人類か。大切な友人達か。
今でも、その答えは分からない。けれど、私は選択を間違えたのだ。
もう、間違えたくない。間違えたくないけれど、もう止められない。
あぁ、そうだ。
私が調査兵団を志願したあの日に、運命は決まっていたのだ。
後悔するのならば、あの日の決断。
そして、時間が戻っても私は、調査兵団を志願する。
だから、私は何度でも、選択を間違える。
大切な友人達を犠牲にして、初めて恋した人の心を犠牲にして、自分の心に大嘘を吐いて、私は何度でも、人類の未来を選ぶだろう。
そう言って、ライナーとベルトルトが立ち去り、書庫はまた私ひとりになった。
いつも通りの静かな空間で、私の頭の中は、ライナーとベルトルトから聞いた〝決闘〟のことでいっぱいだった。
友人達が心配するほどの傷を負いながらも決闘を挑み続けるその理由は————やっぱり、私のせいなのだろうか。
ちゃんと終わらせられたと思っていた。
でも、あの夜の遅すぎた告白は、ただの自己満足に過ぎなかったのかもしれない。
(決闘のことを知ってることは…、言わない方がいいよね。)
私が決闘のことを知っていることで、話してしまったライナーとベルトルトとの友情に亀裂が入ってもいけない。
それに、ジャンは、私に知られたくないと思っているのだろう。
だからわざわざ、早朝の訓練前にリヴァイさんに声をかけたのだと思う。
医務室へ行くように伝えるときには、ただ身体の傷を心配しているから———という理由が良い。
そんなことを考えながら、広げていた資料を片付けていると、また書庫の扉が開いた。
珍しく、今日は書庫に来る調査兵が多い日だ———そんなことを思いながら顔を上げれば、こちらに向かって歩いてくるフレイヤと目が合った。魅力的な大きな瞳が、これでもかという程につり上げられている。
どうやら今日は〝書庫に来る調査兵〟が多い日ではなくて、私に〝会いに来る調査兵〟が多い日のようだ。
「どうし———。」
どうしたの————そう訊ねようとした私の言葉は、最後まで続かなかった。
その代わりに、パァンという高い音が響き、切り裂くような痛みが頬を走る。
目を丸くする私を、頬を叩いた張本人であるフレイヤが怒りに満ちた表情で見下ろしていた。
「アンタのせいで!!」
「え…?」
「アンタのせいで、またジャンさんが大怪我を負ってる!!
一体何度、ジャンさんを苦しめたら気が済むの!?」
お人形さんのような可愛らしい造形には似つかわしくないほどに吊り上がった眉と口。けれど、よく見れば、彼女の大きな瞳は、涙を必死に堪えて真っ赤になっている。
すぐに、リヴァイさんとの決闘のことを言っているのだと理解った。
「アンタさえいなかったら、ジャンさんは幸せでいられるはずだった!!
だから、アンタを消そうと思って、人殺しの話をジャンさんの両親に話したのに!!」
「え…、どういうこと?」
「だから、私が喋ったって言ってんのよ!!面白い話を駐屯兵の友達から聞いたから
これはチャンスだと思ったの!!そのおかげで、ジャンさんの両親はアンタを突き放してくれたし
調査兵達だってアンタから離れてったのに!!」
思わぬフレイヤの暴露に、私は脳内の整理が追い付かない。
パニックになっている私を置いてきぼりのままで、フレイヤは捲し立てるように続ける。
「それなのに!結局、ジャンさんが目を覚ますときは、お母さん達までアンタを頼ろうとするし!
アンタがリヴァイ兵長の婚約者になるせいで、調査兵達はアンタの悪口を言えなくなるし!
意味わかんないよ!!それで、私だけが悪者って、おかしいじゃん!!
どうして私が責められなくちゃいけないの!?
悪いのは、ジャンさんを不幸にしてるアンタなのに!!!」
アンタさえいなかったら…————最後に振り絞るようにそう続けたフレイヤは、ついに、吊り上がっていた瞳から大粒の涙を零した。
彼女が悔しいのは、好きな男性が振り向いてくれなかったことなのだろうか。
嫌、違うような気がする。
好きな男性が、不幸の道へ向かおうとしているのに、止められないことが悔しくて、悲しくて、仕方がないのかもしれない。
彼女の言う通り。悪いのは、フレイヤじゃないし、もちろんジャンでもない。
上司という立場を利用して、ジャンの優しさに甘え続けた結果、彼に惹かれ、彼を傷つけ、そして、彼を守る為だと言い訳をして逃げるしか方法を選べなかった弱い私だ。
ジャンは、ちゃんと立ち向かおうとしているのに。フレイヤは、こんなに一生懸命に想いをぶつける勇気を持っているのに。
私は、フレイヤに何と答えたのだろう。
いつの間にか、書庫の扉は閉まり、再び静寂が訪れていた。
『アンタさえいなかったら…。』
フレイヤが最後に振り絞って出した小さな声が、大きな叫びになって私の頭の中で響き続ける。
私さえいなければ、ジャンの世界はこれからもずっと穏やかだったのだろうか。
調査兵達の心は穏やかなまま、明日も明後日も、もしかしたら来年も、過ごせたのだろうか。
私が、エルヴィン団長に余計なことさえ言わなければ。あの日、私が謹慎中ではなく、ちゃんと壁外調査へ参加していたのなら————。
あの日だ。あの日、私は選択を間違えた。
守るべきは、人類か。大切な友人達か。
今でも、その答えは分からない。けれど、私は選択を間違えたのだ。
もう、間違えたくない。間違えたくないけれど、もう止められない。
あぁ、そうだ。
私が調査兵団を志願したあの日に、運命は決まっていたのだ。
後悔するのならば、あの日の決断。
そして、時間が戻っても私は、調査兵団を志願する。
だから、私は何度でも、選択を間違える。
大切な友人達を犠牲にして、初めて恋した人の心を犠牲にして、自分の心に大嘘を吐いて、私は何度でも、人類の未来を選ぶだろう。