なまえのことを一番知っているのは自分だ———リヴァイがそう己惚れていたのは、もう昔のことだ。
でも、それは己惚れでもなんでもなかったのかもしれないと、後輩達の自室の多い宿舎フロアの見慣れない廊下に立つ尽くしながら、考えていた。
見慣れない窓からは、裏庭を見下ろせる。
宿舎の廊下から漏れる明かりだけが頼りの薄暗いその裏庭に、なまえはいた。
ジャンのそばにいる彼女を見たのは、久しぶりだ。
屈託のない無邪気な笑顔も———。

「…。」

ずっと見ていないから、忘れてしまっていた。
そういえば、愛した女の笑顔はあれだった———冷たい窓に手を添えて、リヴァイは思い出す。

「…っ。」

踵を返したリヴァイは、来た道を戻ることに決めた。
自分の部屋で待っていれば、なまえが帰ってくるはずだ。
わざわざ、みっともないことをして、彼女を連れ去る必要もない。
だって、なまえは優しいから、絶対に裏切らない。
他人のために心に嘘を吐いて、微笑んでしまえるほど、優しすぎる彼女なら、絶対に戻ってくる。

『リヴァイさん。』

なまえが、自分に向けてくれた微笑みを必死に蘇らせる。
そして、上書きしてしまおう。
さっき見た、ジャンに見せていたあの笑顔を、上書きして消してしまおう———そう、思ったのだ。
早足で部屋に戻ったリヴァイは、椅子に乱暴に腰をおろすと、思いっきりデスクに拳を落とした。

「クソ…！」

なまえの屈託のない笑みが、脳裏に残り続ける。
消せなかったわけじゃない。
上書きをしなかったのだ。
だって、あの笑顔こそ、リヴァイが心惹かれて、守りたいと思った笑顔だったから———。