◇第十二話◇静かな早朝の叫び【前編】
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硬い床に膝をついたジャンは、頭から毛布をかぶった状態で、ベッドの縁に寄り掛かっていた。
ぜぇぜぇと荒い息が漏れ、胸元に当てた手には、どくんどくんと心臓が鳴っている音が、振動になって伝わってくる。
毛布で光を遮られてはいるけれど、窓から入った太陽光が部屋を明るくしていて、白いシーツは、白いままだ。
皴ひとつ寄っていないそれを、ジャンはただただ凝視し続けている。
「勝手に毛布を剥いだくせに、顔を見た途端に悲鳴を上げるって
失礼過ぎると思うんだけど。」
背中の向こうから、なまえの不機嫌な声が聞こえてきた。
悲鳴を上げたジャンから、もう朝なのだと教えてもらった彼女は、のっそりと起き上がり、ベッドから降りた。
その姿はまるで、怨霊がベッドから這い出して来る様そのものだった。
そして、着替えるから、と驚きと恐怖で顔面蒼白のジャンの頭に雑に毛布をかぶせたのだ。
ジャンはまだ、たくさんの衝撃から戻って来れていない。
「まさかなまえさんが、あれから一睡もしないで
起きてるなんて、誰が思うんすか。」
「私だって、眠れない眠れないとは思ってたけど、
まさか一睡もしないまま朝になってしまったなんて思いもしなかったよ。」
ジャンの恨めし気の声に、なまえの不機嫌な返答が続く。
顔を見た途端に悲鳴を上げられたことよりも、寝不足どころか、全然眠っていないことが、彼女の機嫌を悪くしているようだった。
でも、確かに、なまえが言う通り、まさか〝眠り姫〟が一睡もせずに朝を迎えてしまうなんて、誰が想像しただろうか。
「そもそも、なんで眠れなかったんですか。」
「明日ちゃんとできるかなとか、考えてたら不安になって
緊張して、妄想しようとすればするほど、悪い妄想出てきて
そしたら、ジャンの顔がドアップになって襲ってきて、妄想を奪われたの。」
ジャンのせいなんだからね——。
なまえは、恨めし気にそう続けた。
「どうして俺のせいなんすか。」
「ジャンが昨日、変なことするからだよ!」
「変なことなんかした覚えないです。」
「あってよ!」
「相変わらず、横暴っすね。」
怨霊と化していたなまえの衝撃から、少しずつ落ち着きを取り戻していたジャンは、ククッと喉を鳴らして笑った。
眠れなかった理由が、緊張と不安と、昨日のキスのせいだと知って、面白くて仕方なかった。
だが、そんなジャンに苛立ったのか、なまえが、毛布を乱暴に剥ぎ取った。
その途端に、薄暗かった視界がいきなり明るくなった。
思わず、眩しさに目を細めてから後ろを振り向くと、毛布を片手に握りしめて仁王立ちしているなまえが、全く怖くない睨みでジャンを見下ろしていた。
やっと着替えを終わらせたようだ。
伸びきっただらしのないシャツとショートパンツから、昨日の夜にジャンが選んだ白いワンピース姿になっていた。
膝丈のワンピースからは、白く細い脚がすらりと伸びている。
似合いそうなハイヒールを持っていたはずだけれど、歩きづらいからと嫌がるだろうから、ヒールのほとんどないパンプスを履かせよう。ちょうどいいのがあったはずだ。
そんなことを考えながら、ジャンは、珍しくお洒落をしているなまえを見上げていた。
大きめのリボンで腰を絞るフェミニンな膝丈ワンピースは、なまえが持っている洋服とは、タイプが違っていた。
彼女が自分で選んで買ったものではなく、誕生日プレゼントにナナバが買ったものだからだ。
1度だけ着て出かけていたけれど、それっきり着ているのを見たことがない。
休暇日の普段着姿を見ていれば、その理由は容易に察しがつく。
基本的に楽な恰好が好きななまえは、確かに、よくワンピースを着ている。
1枚で済むから着替えが簡単なのだと嬉しそうに言っているのを聞いたことはあったけれど、それはいつも踝まであるロングのワンピースばかりだった。
彼女は、それなりに自由に動けて、緩く着れる服が好きなのだろう。
「ネックレスはつけました?」
「…つけられなかった。」
「だと思ってました。ほら、こっち来てください。
俺がつけてあげますから。」
不器用ななまえが、首の後ろでネックレスの金具をつけられるとは最初から思っていなかった。
不機嫌を訴えたいらしいなまえは、ジャンに頼るのは悔しい様子だった。
それでも、怒っているという雰囲気を必死に発しながら、ベッドの縁に座るから、ジャンは気づかれないように、小さく吹き出した。
床に座っていたジャンも、ベッドの縁に座り、なまえからネックレスを受け取る。
中心に小さな飾りがついている、シンプルなデザインのものだ。
寝具にばかりお金を使う彼女が、自分でアクセサリー類を買うことなんてほとんどない。
このネックレスも、誕生日に、ハンジとモブリットから貰ったものだった。
「髪上げててください。」
「これでいい?」
ジャンの背中を向けて座ったなまえは、両手を首の後ろに持ってくると、髪を持ち上げた。
露わになったうなじを見て、ジャンは「それで大丈夫。」だと答える。
ネックレスを、なまえの胸元からまわして、首の後ろで金具を止める。
「出来ましたよ。こっち向いてください。」
ジャンがそう言えば、なまえがクルリと振り返る。
細い鎖骨の中心で、シルバーのハートのモチーフの飾りが太陽の光に反射してきらりと輝いていた。
「なまえさんがネックレスをつけてるのなんて、
団長達に連れられて行く有権者のパーティーのときくらいしか
見たことないんで、不思議な感じですね。」
「仕方ないよ。だって、私には2つしか目がないんだもの。
金具を首の後ろで止められる女の人って、
たぶん、後頭部に目があるんだと思うの、絶対。」
「それはないです。
——さ、馬鹿なこと言ってないで、そろそろ出ますよ。
駅馬車の始発までもうすぐです。」
ジャンは立ち上がって、なまえを急かそうとして、思い出した。
「下着は用意しました?」
「あ。」
なまえが、本当に、引き出しの一番上にあった下着を適当に旅行バッグに入れた後、やっと、駅馬車へ向かうために部屋を出た。
ぜぇぜぇと荒い息が漏れ、胸元に当てた手には、どくんどくんと心臓が鳴っている音が、振動になって伝わってくる。
毛布で光を遮られてはいるけれど、窓から入った太陽光が部屋を明るくしていて、白いシーツは、白いままだ。
皴ひとつ寄っていないそれを、ジャンはただただ凝視し続けている。
「勝手に毛布を剥いだくせに、顔を見た途端に悲鳴を上げるって
失礼過ぎると思うんだけど。」
背中の向こうから、なまえの不機嫌な声が聞こえてきた。
悲鳴を上げたジャンから、もう朝なのだと教えてもらった彼女は、のっそりと起き上がり、ベッドから降りた。
その姿はまるで、怨霊がベッドから這い出して来る様そのものだった。
そして、着替えるから、と驚きと恐怖で顔面蒼白のジャンの頭に雑に毛布をかぶせたのだ。
ジャンはまだ、たくさんの衝撃から戻って来れていない。
「まさかなまえさんが、あれから一睡もしないで
起きてるなんて、誰が思うんすか。」
「私だって、眠れない眠れないとは思ってたけど、
まさか一睡もしないまま朝になってしまったなんて思いもしなかったよ。」
ジャンの恨めし気の声に、なまえの不機嫌な返答が続く。
顔を見た途端に悲鳴を上げられたことよりも、寝不足どころか、全然眠っていないことが、彼女の機嫌を悪くしているようだった。
でも、確かに、なまえが言う通り、まさか〝眠り姫〟が一睡もせずに朝を迎えてしまうなんて、誰が想像しただろうか。
「そもそも、なんで眠れなかったんですか。」
「明日ちゃんとできるかなとか、考えてたら不安になって
緊張して、妄想しようとすればするほど、悪い妄想出てきて
そしたら、ジャンの顔がドアップになって襲ってきて、妄想を奪われたの。」
ジャンのせいなんだからね——。
なまえは、恨めし気にそう続けた。
「どうして俺のせいなんすか。」
「ジャンが昨日、変なことするからだよ!」
「変なことなんかした覚えないです。」
「あってよ!」
「相変わらず、横暴っすね。」
怨霊と化していたなまえの衝撃から、少しずつ落ち着きを取り戻していたジャンは、ククッと喉を鳴らして笑った。
眠れなかった理由が、緊張と不安と、昨日のキスのせいだと知って、面白くて仕方なかった。
だが、そんなジャンに苛立ったのか、なまえが、毛布を乱暴に剥ぎ取った。
その途端に、薄暗かった視界がいきなり明るくなった。
思わず、眩しさに目を細めてから後ろを振り向くと、毛布を片手に握りしめて仁王立ちしているなまえが、全く怖くない睨みでジャンを見下ろしていた。
やっと着替えを終わらせたようだ。
伸びきっただらしのないシャツとショートパンツから、昨日の夜にジャンが選んだ白いワンピース姿になっていた。
膝丈のワンピースからは、白く細い脚がすらりと伸びている。
似合いそうなハイヒールを持っていたはずだけれど、歩きづらいからと嫌がるだろうから、ヒールのほとんどないパンプスを履かせよう。ちょうどいいのがあったはずだ。
そんなことを考えながら、ジャンは、珍しくお洒落をしているなまえを見上げていた。
大きめのリボンで腰を絞るフェミニンな膝丈ワンピースは、なまえが持っている洋服とは、タイプが違っていた。
彼女が自分で選んで買ったものではなく、誕生日プレゼントにナナバが買ったものだからだ。
1度だけ着て出かけていたけれど、それっきり着ているのを見たことがない。
休暇日の普段着姿を見ていれば、その理由は容易に察しがつく。
基本的に楽な恰好が好きななまえは、確かに、よくワンピースを着ている。
1枚で済むから着替えが簡単なのだと嬉しそうに言っているのを聞いたことはあったけれど、それはいつも踝まであるロングのワンピースばかりだった。
彼女は、それなりに自由に動けて、緩く着れる服が好きなのだろう。
「ネックレスはつけました?」
「…つけられなかった。」
「だと思ってました。ほら、こっち来てください。
俺がつけてあげますから。」
不器用ななまえが、首の後ろでネックレスの金具をつけられるとは最初から思っていなかった。
不機嫌を訴えたいらしいなまえは、ジャンに頼るのは悔しい様子だった。
それでも、怒っているという雰囲気を必死に発しながら、ベッドの縁に座るから、ジャンは気づかれないように、小さく吹き出した。
床に座っていたジャンも、ベッドの縁に座り、なまえからネックレスを受け取る。
中心に小さな飾りがついている、シンプルなデザインのものだ。
寝具にばかりお金を使う彼女が、自分でアクセサリー類を買うことなんてほとんどない。
このネックレスも、誕生日に、ハンジとモブリットから貰ったものだった。
「髪上げててください。」
「これでいい?」
ジャンの背中を向けて座ったなまえは、両手を首の後ろに持ってくると、髪を持ち上げた。
露わになったうなじを見て、ジャンは「それで大丈夫。」だと答える。
ネックレスを、なまえの胸元からまわして、首の後ろで金具を止める。
「出来ましたよ。こっち向いてください。」
ジャンがそう言えば、なまえがクルリと振り返る。
細い鎖骨の中心で、シルバーのハートのモチーフの飾りが太陽の光に反射してきらりと輝いていた。
「なまえさんがネックレスをつけてるのなんて、
団長達に連れられて行く有権者のパーティーのときくらいしか
見たことないんで、不思議な感じですね。」
「仕方ないよ。だって、私には2つしか目がないんだもの。
金具を首の後ろで止められる女の人って、
たぶん、後頭部に目があるんだと思うの、絶対。」
「それはないです。
——さ、馬鹿なこと言ってないで、そろそろ出ますよ。
駅馬車の始発までもうすぐです。」
ジャンは立ち上がって、なまえを急かそうとして、思い出した。
「下着は用意しました?」
「あ。」
なまえが、本当に、引き出しの一番上にあった下着を適当に旅行バッグに入れた後、やっと、駅馬車へ向かうために部屋を出た。