◇第百十話◇ミイラ取りをミイラにしてあげる
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爪が食い込みそうなくらいに強く握られた腕の痛みに、フレイヤは僅かに眉を顰めた。
でも、悟られないように、ジャンを見上げる口元には笑みを残し続ける。
「自分で言ったんだから、途中で泣いて喚いたりすんなよ。」
「…そっ、そんなに激しく抱いちゃうつもりなんですかぁ?」
自分を見下ろすジャンの目が、いつものそれとは違うことにはフレイヤも気づいていた。
頭のずっと奥の方で、何かが必死にアラームを鳴らして警告を示していることも分かっていた。
でも、気づかないフリをした。
今、このチャンスを逃したら、ジャンを永遠に手に入れられないと知っていたからだ。
それに、好きな人と身体を交えられるのなら、それは恐怖よりも喜びの方が勝っていた。
少なくとも、この時は、まだ。
「優しくしてやる理由がねぇからな。」
「…え?」
一瞬、耳を疑った。
「既成事実でも作っておけば、俺が調査兵団に残ってくれるとでも思ったか?」
ジャンは、フレイヤの髪を一束掬い取った。
フレイヤは、ジャンの指の隙間からサラサラと零れていく自慢の巻き髪を視界の端に確認する。
「それは…。」
誤魔化そうかと思った。
でもすぐに考えを改める。
今まで、自分が甘えてお願いすれば、みんなが言うことを聞いてくれた。
それなのに、ジャンだけが、どうしても自分を見てくれなかった。ジャンの視線はいつも、たった一人の女性にだけ向いていた。
彼女が悔しいくらいに美しい時も、彼女が呆れるくらいに惨めなときも、ジャンはいつも彼女ばかりを見ていた。
入る隙がない————認めたくはなくても、感じていたことだ。
けれど、今は違う。
ジャンは、敢えて、彼女を見ないようにしている。
忘れたいと思っている。そして、忘れさせてあげられるのは自分だという自負もフレイヤにはあった。
今ならきっと、他の皆みたいに、ジャンは願いを聞いてくれる。
「私…、ずっとジャンさんと一緒にいたいんです。」
少し切なそうにしながら、初心な表情を繕う。
ほんの少しだけ、瞳に涙を浮かべれば、これで完璧だ。
困ったなんて顔をしながらも、頬を緩める————そう、思ったのに、ジャンは眉を顰めてしまう。
「だから?」
「え、だから…あの…好き、で…。私、ジャンさんが好きなんです…。
だから、辞めるなんて言わないでほしくて…。」
「お前の、好き、って感情にどれだけの価値があるんだ?」
「え?」
「少なくとも、俺を引き留めるだけの価値はねぇな。」
ジャンは、なんでもない世間話でもするようにさらりと言う。
だからなのか、それとも心がその言葉の意味を理解することを拒否したのか、フレイヤの頭はぼんやりとしていた。
ただ何かが、ただひたすらに警告している音が大きくなっていくことだけが、遠い意識の中でなんとなく分かっていた。
「どうしても俺を調査兵団に残してぇなら、なまえを連れて来いよ。
お前じゃ無理だ。なまえじゃなきゃ。」
「どうして…っ。なまえさんは———。」
「無理だよな?だって、毎晩、人類最強の兵士に抱かれるのに忙しいんだもんな。
なら、仕方ねぇな。俺はもう、世界にも、惚れた女にも、自分にも失望した。」
「そん———。」
そんなこと言わないで————そう言おうとしたのだ。
でも、言葉を出せなかった。
口を塞がれたわけじゃない。ジャンが乱暴をしたわけでもない。
ただ、彼が耳元でこう告げただけだ。
「でも、お前には感謝してる。」
ゾクリとした。
身体中が、最大級の警告音を鳴らして、危険を知らせる。
でも、自分の身体が自分のものではなくなったみたいに、固まって動かないのだ。
思考も止まってしまった。
ジャンが、何に感謝しているのかが分からない。
いや、違う。分かっている。だから、嬉しいとも思えなかった。そして、警告音が鳴り響いている。
恐怖で身体が動かない。
「わざわざ俺に抱かれに来てくれたんだもんな。
ちょうどむしゃくしゃしてたんだ。
惚れてる女なら、優しくしてやりてぇと思うけど、お前なら好きにしていいもんな?」
ジャンは、フレイヤの腰に馬乗りになった状態で身体を起こすと、開けているシャツを雑に脱ぎ捨てた。
訓練で引き締まった筋肉質な身体を、窓から射す月明かりが照らす。
フレイヤは、ジャンのその筋肉質な身体も好きだった。
ガッシリとした体格のいい他の調査兵達とは違って、スラリと伸びる手足。でも、時々、汗に濡れたシャツを脱いでいるときに見せる筋肉質な身体は、フレイヤにとって理想的で、いつか触れてみたいと思っていた。
あの男らしい身体で、自分を抱いてほしいと、願っていたのだ。
そのはずなのに———。
「…っ、…。」
いや———訴えようとしたのに、声が出ない。
首を横に振ろうにも、身体も動かない。
そんなフレイヤを、ジャンは冷めた目で見下ろしている。
怖い。怖いのだ。
獣じゃない。アレは悪魔だ。
心がそう叫ぶ。でも、声にならない。
怖い。怖い———。
「男の部屋で自分で服を脱いで煽ったんだ。何されてもいい覚悟は出来てんだよな。」
「…っ。」
「もう一度、教えてやる。
俺はお前に惚れてねぇし、お前の身体がどれだけ傷だらけになろうが興味もねぇ。
裸で迫りゃ男が勝手に欲情して思い通りになってくれると思ってる淫乱なんか————。」
大嫌いだ————。
耳元で、けれどもハッキリと、ジャンが告げた。
でも、悟られないように、ジャンを見上げる口元には笑みを残し続ける。
「自分で言ったんだから、途中で泣いて喚いたりすんなよ。」
「…そっ、そんなに激しく抱いちゃうつもりなんですかぁ?」
自分を見下ろすジャンの目が、いつものそれとは違うことにはフレイヤも気づいていた。
頭のずっと奥の方で、何かが必死にアラームを鳴らして警告を示していることも分かっていた。
でも、気づかないフリをした。
今、このチャンスを逃したら、ジャンを永遠に手に入れられないと知っていたからだ。
それに、好きな人と身体を交えられるのなら、それは恐怖よりも喜びの方が勝っていた。
少なくとも、この時は、まだ。
「優しくしてやる理由がねぇからな。」
「…え?」
一瞬、耳を疑った。
「既成事実でも作っておけば、俺が調査兵団に残ってくれるとでも思ったか?」
ジャンは、フレイヤの髪を一束掬い取った。
フレイヤは、ジャンの指の隙間からサラサラと零れていく自慢の巻き髪を視界の端に確認する。
「それは…。」
誤魔化そうかと思った。
でもすぐに考えを改める。
今まで、自分が甘えてお願いすれば、みんなが言うことを聞いてくれた。
それなのに、ジャンだけが、どうしても自分を見てくれなかった。ジャンの視線はいつも、たった一人の女性にだけ向いていた。
彼女が悔しいくらいに美しい時も、彼女が呆れるくらいに惨めなときも、ジャンはいつも彼女ばかりを見ていた。
入る隙がない————認めたくはなくても、感じていたことだ。
けれど、今は違う。
ジャンは、敢えて、彼女を見ないようにしている。
忘れたいと思っている。そして、忘れさせてあげられるのは自分だという自負もフレイヤにはあった。
今ならきっと、他の皆みたいに、ジャンは願いを聞いてくれる。
「私…、ずっとジャンさんと一緒にいたいんです。」
少し切なそうにしながら、初心な表情を繕う。
ほんの少しだけ、瞳に涙を浮かべれば、これで完璧だ。
困ったなんて顔をしながらも、頬を緩める————そう、思ったのに、ジャンは眉を顰めてしまう。
「だから?」
「え、だから…あの…好き、で…。私、ジャンさんが好きなんです…。
だから、辞めるなんて言わないでほしくて…。」
「お前の、好き、って感情にどれだけの価値があるんだ?」
「え?」
「少なくとも、俺を引き留めるだけの価値はねぇな。」
ジャンは、なんでもない世間話でもするようにさらりと言う。
だからなのか、それとも心がその言葉の意味を理解することを拒否したのか、フレイヤの頭はぼんやりとしていた。
ただ何かが、ただひたすらに警告している音が大きくなっていくことだけが、遠い意識の中でなんとなく分かっていた。
「どうしても俺を調査兵団に残してぇなら、なまえを連れて来いよ。
お前じゃ無理だ。なまえじゃなきゃ。」
「どうして…っ。なまえさんは———。」
「無理だよな?だって、毎晩、人類最強の兵士に抱かれるのに忙しいんだもんな。
なら、仕方ねぇな。俺はもう、世界にも、惚れた女にも、自分にも失望した。」
「そん———。」
そんなこと言わないで————そう言おうとしたのだ。
でも、言葉を出せなかった。
口を塞がれたわけじゃない。ジャンが乱暴をしたわけでもない。
ただ、彼が耳元でこう告げただけだ。
「でも、お前には感謝してる。」
ゾクリとした。
身体中が、最大級の警告音を鳴らして、危険を知らせる。
でも、自分の身体が自分のものではなくなったみたいに、固まって動かないのだ。
思考も止まってしまった。
ジャンが、何に感謝しているのかが分からない。
いや、違う。分かっている。だから、嬉しいとも思えなかった。そして、警告音が鳴り響いている。
恐怖で身体が動かない。
「わざわざ俺に抱かれに来てくれたんだもんな。
ちょうどむしゃくしゃしてたんだ。
惚れてる女なら、優しくしてやりてぇと思うけど、お前なら好きにしていいもんな?」
ジャンは、フレイヤの腰に馬乗りになった状態で身体を起こすと、開けているシャツを雑に脱ぎ捨てた。
訓練で引き締まった筋肉質な身体を、窓から射す月明かりが照らす。
フレイヤは、ジャンのその筋肉質な身体も好きだった。
ガッシリとした体格のいい他の調査兵達とは違って、スラリと伸びる手足。でも、時々、汗に濡れたシャツを脱いでいるときに見せる筋肉質な身体は、フレイヤにとって理想的で、いつか触れてみたいと思っていた。
あの男らしい身体で、自分を抱いてほしいと、願っていたのだ。
そのはずなのに———。
「…っ、…。」
いや———訴えようとしたのに、声が出ない。
首を横に振ろうにも、身体も動かない。
そんなフレイヤを、ジャンは冷めた目で見下ろしている。
怖い。怖いのだ。
獣じゃない。アレは悪魔だ。
心がそう叫ぶ。でも、声にならない。
怖い。怖い———。
「男の部屋で自分で服を脱いで煽ったんだ。何されてもいい覚悟は出来てんだよな。」
「…っ。」
「もう一度、教えてやる。
俺はお前に惚れてねぇし、お前の身体がどれだけ傷だらけになろうが興味もねぇ。
裸で迫りゃ男が勝手に欲情して思い通りになってくれると思ってる淫乱なんか————。」
大嫌いだ————。
耳元で、けれどもハッキリと、ジャンが告げた。