◇第百七話◇君のいない空っぽの世界で
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今の感情をひとことで伝えろと言われたのなら、ジャンは『帰りたい』と答えただろう。
デートに行くとやってきたが、ずっとフレイヤのショッピングに付き合わされているだけだ。
現在、5軒目のブティックで、フレイヤがブーツを選ぶのを眺めている。
飽きるほどに見慣れたと思っていたトロスト区の街だけれど、こんなにも女性の服飾店があるとは知らなかった。
男性の服飾店にしか行かないし、なまえも好んで洋服を買おうとはしなかったから、知る機会がなかっただけだろうが、それでも、小さな隠れ家のような店にまで連れて行かされたのは、フレイヤがそれだけ美に対して貪欲で、努力家だということなのだろう。
それにしても、今いるブティックは10代の若い女が好んで買い物出来るような店には見えない。
女物の服のことなんて詳しくは分からないジャンでさえ、ブランド品ばかりの高級ブティックだと分かる落ち着いた雰囲気のブティックだ。
(あー…、みんな幸せそうに休みを謳歌してんなぁ。)
ブティックの大きな窓の向こうを、トロスト区に住む人達が、楽しそうに談笑しながら通り過ぎていく。
この壁の中に、悩みをひとつも持たない人間が本当に存在するかどうかなんて分からない。
でも、ジャンの目には、彼らこそがそう見えた。
世界の皆が、自分よりも幸せで、自分だけが不幸になったような———。
「すごくお似合いですよ。ですよね、彼氏さん。
———彼氏さん?」
「ジャンさん、どうですか?似合わないかなぁ。」
「まさか!そんなことありませんよ。とてもお似合いです。ねぇ、彼氏さんもそう思いますよね?」
「ねぇ、ジャンさん。」
「あの…、彼氏さん。彼氏さん?」
「うわっ。」
いきなり肩を叩かれたのに驚いて、思わずジャンから変な声が出てしまった。
それに驚いた店員が慌てて謝罪をする。
「もう、せっかくのデートなのになんでボーッとしてるんですか。」
フレイヤが、ぷぅっと頬を膨らませる。
可愛いと思ってしているのだろうな———そんな風に冷静に考えてしまうのは、似たような仕草を自然にして本気で不機嫌になるなまえを知っているせいだ。
そして、そんな彼女を愛おしいと思っていた。
でももし、あと数年生まれるのが遅くて、ジャンがフレイヤと同じ歳の男だったのなら、あざとい魅力にコロリと騙されていたのだろう。
なまえに感じていた年齢の壁だけれど、フレイヤとジャンの間にある数年も大きいのかもしれない。
「あぁ…悪い。で、なんだっけ?」
「この靴、どう思いますか?
私って子供っぽいし、似合わないかなぁって…。」
フレイヤが不安そうに言う。
正しくは、不安そうなのを装っている、だ。
上目遣いの瞳は、そんなことないという答えを期待しているのだろう。
「とてもお似合いですよね、彼氏さん。」
「…いいんじゃねぇの。」
少し悩んで、期待通りの返事をする。
それが、デートという任務を完了するのに一番手っ取り早いという結論に至ったからだ。
「本当ですか!嬉しい!じゃあ、買っちゃおうかな。
———あ、でも、お金が……。さっき、いっぱい洋服買っちゃったから。」
フレイヤが悲しそうに目を伏せるのを見て、そういうことかとジャンも納得する。
さっきまで洋服やバッグを買っていた店とは雰囲気の違う高級ブティックにやって来たのは、最初から、年上の〝彼氏さん〟におねだりをするつもりだったらしい。
「このデザインのこのお色味は、とても人気で、店頭に出してもすぐに完売してしまうんです。
今日、ここで出逢えたのは運命だと思いますよ。」
「ジャンさん…、どうしよう…?」
女性店員に後押しされたフレイヤが、渾身の上目遣いでジャンを見つめる。
まるで、初めからタッグを組んでいた女怪盗のようだと思いながらも、ここで断るのも面倒だった。
運が良いのか悪いのか、入院している間もしっかりと入っていた給与は、大怪我で寝ていたせいであまり使えずに大半が残っている。
「…俺が買うよ。」
「え!?いいんですか!?」
フレイヤが、わざとらしく驚いた顔をして言う。
そういう作戦だったくせに———そう思ってしまうから、とぎこちない笑みを返した。
デートに行くとやってきたが、ずっとフレイヤのショッピングに付き合わされているだけだ。
現在、5軒目のブティックで、フレイヤがブーツを選ぶのを眺めている。
飽きるほどに見慣れたと思っていたトロスト区の街だけれど、こんなにも女性の服飾店があるとは知らなかった。
男性の服飾店にしか行かないし、なまえも好んで洋服を買おうとはしなかったから、知る機会がなかっただけだろうが、それでも、小さな隠れ家のような店にまで連れて行かされたのは、フレイヤがそれだけ美に対して貪欲で、努力家だということなのだろう。
それにしても、今いるブティックは10代の若い女が好んで買い物出来るような店には見えない。
女物の服のことなんて詳しくは分からないジャンでさえ、ブランド品ばかりの高級ブティックだと分かる落ち着いた雰囲気のブティックだ。
(あー…、みんな幸せそうに休みを謳歌してんなぁ。)
ブティックの大きな窓の向こうを、トロスト区に住む人達が、楽しそうに談笑しながら通り過ぎていく。
この壁の中に、悩みをひとつも持たない人間が本当に存在するかどうかなんて分からない。
でも、ジャンの目には、彼らこそがそう見えた。
世界の皆が、自分よりも幸せで、自分だけが不幸になったような———。
「すごくお似合いですよ。ですよね、彼氏さん。
———彼氏さん?」
「ジャンさん、どうですか?似合わないかなぁ。」
「まさか!そんなことありませんよ。とてもお似合いです。ねぇ、彼氏さんもそう思いますよね?」
「ねぇ、ジャンさん。」
「あの…、彼氏さん。彼氏さん?」
「うわっ。」
いきなり肩を叩かれたのに驚いて、思わずジャンから変な声が出てしまった。
それに驚いた店員が慌てて謝罪をする。
「もう、せっかくのデートなのになんでボーッとしてるんですか。」
フレイヤが、ぷぅっと頬を膨らませる。
可愛いと思ってしているのだろうな———そんな風に冷静に考えてしまうのは、似たような仕草を自然にして本気で不機嫌になるなまえを知っているせいだ。
そして、そんな彼女を愛おしいと思っていた。
でももし、あと数年生まれるのが遅くて、ジャンがフレイヤと同じ歳の男だったのなら、あざとい魅力にコロリと騙されていたのだろう。
なまえに感じていた年齢の壁だけれど、フレイヤとジャンの間にある数年も大きいのかもしれない。
「あぁ…悪い。で、なんだっけ?」
「この靴、どう思いますか?
私って子供っぽいし、似合わないかなぁって…。」
フレイヤが不安そうに言う。
正しくは、不安そうなのを装っている、だ。
上目遣いの瞳は、そんなことないという答えを期待しているのだろう。
「とてもお似合いですよね、彼氏さん。」
「…いいんじゃねぇの。」
少し悩んで、期待通りの返事をする。
それが、デートという任務を完了するのに一番手っ取り早いという結論に至ったからだ。
「本当ですか!嬉しい!じゃあ、買っちゃおうかな。
———あ、でも、お金が……。さっき、いっぱい洋服買っちゃったから。」
フレイヤが悲しそうに目を伏せるのを見て、そういうことかとジャンも納得する。
さっきまで洋服やバッグを買っていた店とは雰囲気の違う高級ブティックにやって来たのは、最初から、年上の〝彼氏さん〟におねだりをするつもりだったらしい。
「このデザインのこのお色味は、とても人気で、店頭に出してもすぐに完売してしまうんです。
今日、ここで出逢えたのは運命だと思いますよ。」
「ジャンさん…、どうしよう…?」
女性店員に後押しされたフレイヤが、渾身の上目遣いでジャンを見つめる。
まるで、初めからタッグを組んでいた女怪盗のようだと思いながらも、ここで断るのも面倒だった。
運が良いのか悪いのか、入院している間もしっかりと入っていた給与は、大怪我で寝ていたせいであまり使えずに大半が残っている。
「…俺が買うよ。」
「え!?いいんですか!?」
フレイヤが、わざとらしく驚いた顔をして言う。
そういう作戦だったくせに———そう思ってしまうから、とぎこちない笑みを返した。