◇第百三話◇彼女はいつも遠い夢の世界にいた
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兵団毎の勧誘の時間まで、まだ少し時間があった。
早めに檀上前に向かって待機することも出来たジャンは、マルコを待ちながら暇つぶしにその辺を歩き回ることにした。
そこで聞こえてきたのが、途方もなく緊張感の欠片もない話だ。
それは、愉快な仲間達が『海』で繰り広げる未知の冒険の物語だった。
この世界では、絶対にありえない。そもそも、一度だけ、アルミンから聞いたことのある『海』というものが、この世界にはない。壁の向こうにあるらしいが、それが本当かどうかも分からない。
物語の語り手は、会場の一番端にある控室用の建物の陰にいた。
まるでお姫様のようなウェーブがかかった長い髪の向こうに、白と黒の自由の翼が見え隠れしている。
瓶用の木箱の上に座って楽しそうに話している彼女の前には、地べたに座り込んで、笑ったり、つっこんだりしながら、楽しそうに話を聞いている兵士たちも数名いる。彼らの背中にも、白と黒の自由の翼がしっかりと刻まれている。
どうやら、彼らは、調査兵団勧誘の演説のためにやって来た調査兵達のようだ。
ということは、ここで、緊張感の欠片もない顔をして、話を聞かせている彼女も、笑いながら話を聞いている彼らも、数日前まであの地獄で巨人殺しをしていたあの圧倒的な強さを持つ存在達だということだ。
しかも、わざわざ団長のエルヴィンの助手としてやってきたのならば、幹部か、それなりの地位のある精鋭兵ということだろう。
間抜けな顔で笑っている彼らが、そうだとはどうしても思えないけれど———。
「よう、お姫さん。」
いつの間にか、ジャン以外にも、彼らの周りには人が集まってきていた。
大体が、勧誘会の準備をしている駐屯兵だ。
そのうちの1人が、語り手の彼女に声をかけたのだ。
話の途中で、彼女が言葉を切り、彼の方を見る。
そこで初めて、ジャンは、彼女が、とても美しいことを知った。
楽しそうに話している横顔はとても無邪気で、可愛らしい雰囲気だったが、実際は、凛とした雰囲気の綺麗な女性だ。
確かに『お姫さん』というのは、とても的を得ている呼び方だとは思うが、彼が言うその響きには、どこか彼女を侮辱するような意味合いが感じられた。
「もういっそ、小説家にでもなっちまえばいいんじゃねぇのか。
それとも、どうしても巨人殺しが癖になってやめられねぇか?」
彼がそう言えば、周りにいた駐屯兵達が、嘲笑するように口の端をあげて笑う。
巨人を殺る のではなくて巨人とヤるのが夢なんだろう、と下品なことまで言う駐屯兵まで出てきたが、それがツボに入ったのか、嘲笑的な笑い声は大きくなるばかりだった。
思わず、ジャンは眉を顰める。
すごく、嫌な感じだ。
楽しそうに彼女の話を聞いていた調査兵達の表情も不機嫌そうに険しくなったが、彼女にだけはその嫌味は効き目がなかった。
彼女は、一瞬、キョトンとした後にニコリと微笑み返したのだ。
「小説家は、物語を作る人だよ。それもとても素敵で、この世界には絶対に必要な存在だけど、
私が作りたいのは、物語じゃなくて、未来だから。」
彼女の言葉の意味を、ジャンを含めて、駐屯兵達は理解できなかった。
でも、彼女のその言葉を以前にも聞いたことがあるらしい調査兵達は、呆れたように苦笑しながらも、温かい目で見守っている。
「私は、今話した物語を、紙の上でしか見られないなんて嫌。
自分の目で見て、自分で体験したいの。」
「はぁ?何言ってんだよ。どの世界に身体が伸び縮みする人間がいるって言うんだよ。」
どう見ても、彼女は真面目だった。
でも、駐屯兵達は、馬鹿にしたように腹を抱えて笑う。
それでも、彼女は、一瞬の躊躇いすらもなかった。
「どうして、ありえないと言い切れるの?」
「は?見りゃわかるだろ。お前、身体が火になる人間なんて見たことあるか?」
「ないよ。」
「ほらな。だから———。」
「だって私は、この壁の中しか見たことないもの。
あなたはある?」
「———あるわけねぇだろ。」
悔しそうにしながら、駐屯兵の彼が言葉を吐き出す。
「そう、私もよ。私達は、何も知らないの。
何を知らないのかすらも、知らないのよ。」
彼女が、ピシャリと言い切る。
思わず、その通りだと思ってしまったのは、ジャンだけではなかったのかもしれない。
さっきまで、馬鹿にしたように笑っていた駐屯兵の彼も、思わず言葉を途切れさせてしまったのだ。
そこに、彼女が追い打ちをかけるように続ける。
「それって、すごく寂しくて、だけど、すごくワクワクすることだと思わない?」
「————ワクワク?」
「そう!ワクワクよ!」
突然に、興奮した彼女が勢いよく立ち上がった。
そして、舞台女優のごとく、胸元に手をやると、キラキラした瞳で周りにいる観客たちを見渡しながら言うのだ。
「私達が夢見る幾つかは現実にあるかもしれない!
ううん!もしかしたら、全部!叶えられるのかもしれない!」
「さすがに、身体が伸び縮みする人間がいたら、俺もビビるぞー。」
興奮して話す彼女に、野次を入れたのは、リーゼント頭の調査兵だった。
彼の言葉に、周りにいた調査兵達がドッと笑い声を上げる。
でも、さっきまでの駐屯兵達の嘲笑的な感じとは違い、仲間内の和気あいあいとした雰囲気が伝わってくる。
だからなのか、駐屯兵達には微笑しか返さなかった彼女が、眉尻を下げて、つまらなそうに口を尖らせた。
綺麗な女性だった彼女が、途端に幼い少女のように戻った瞬間だった。
いや、今だって、夢のような話を興奮気味に話している彼女は、心は子供のまま大人になった御伽噺に出てくるお姫様だ。
「私は、紙の上に書かれた物語を読むだけの人生は送りたくない。
夢のように素敵な現実の物語の登場人物になりたいの。そしてそこには、私の大切な人達にいてほしい。
だから、誰も失わない強さを手に入れて、必ず壁の向こうへ行くの。
そして、夢見たすべてを現実にする。必ず…!」
だから私は、調査兵になったのよ———。
勧誘会の直前、ジャンが聞いたそれは、新兵達が調査兵団を志願する理由を得るために、十分なスピーチだった。
皮肉なことに、夢のようなことばかりを語りふわりと舞うような笑顔を見せる彼女が、自分を嘲笑う人達を真っ直ぐに見返すその凛とした瞳こそが、この場で誰よりも現実を見ていたのだ。
彼女の言う通りだ。
壁の奥へと逃げ込めば逃げ込むほど、平和な未来から遠ざかっていることに、誰も気づいていない。
いや、誰もが見てみぬふりをしているのだ。
『今』の平穏を守る為に、自分だけは大丈夫だと言い聞かせながら、破滅へと向かっているというのに。
だって、夢を見ているだけでは、それはいつまでたっても夢のままだ。
大切な人間が出来ることを怖がっているようなヤツが、今いる大切な人間すら守れるわけがない。
彼女のように、行動に起こさなければ、何も成し遂げられないのだ。
「訓練兵整列!檀上前に倣え!」
設営を終えた先輩の駐屯兵が声をかけた。
新兵達の身体を一気に緊張感が走りぬけていくのを、ジャンも自分の周りの空気を通じて感じる。
そして、志願兵団を心に決めてしまった、自分自身についても理解した。
檀上前へ向かうジャンの隣に、重たい足取りで近寄ってきたのは、コニーだった。
「ジャン、俺…やっぱり———。」
「俺は、決めたぞ。」
「え?」
「調査兵団になる。」
壇上を見上げながら、ジャンはそれを口にした。
自分の決断に、自信はある。
強い覚悟がないわけでもない。
でも、足元から恐怖がせり上がってくるのだ。
身体が震えて、この場から逃げ出したくなる。
だから、それを言葉にすることで、弱い自分から、逃げ道を奪いたかった。
震える拳を、もう片方の手で抑え込む。
驚いた顔をしたコニーが、視界の端に見えた。
その向こうには、相変わらず青い顔をしたサシャも見える。
きっと彼らも、同じなのだろう。
もう、決めたのだ。
決めて、しまった。
この世界は、現実を知った若者に逃げ道すらも与えてくれないほどに、あまりにも残酷だから———。
「私は調査兵団団長、エルヴィン・スミス。」
憲兵団と駐屯兵団の勧誘演説が終わった後、壇上に、調査兵団団長のエルヴィン・スミスと彼を支える幹部の調査兵達が上がった。
ついに始まった演説の舞台に、ジャンを地獄に誘ったさっきの彼女の姿はない。
その代わり、舞台を降りた先にある木陰に、お姫様がいた。
木陰に置いた木箱に座り、つまらなそうに本を読んでいる小柄な調査兵の肩に頭を乗せて、居眠りしている。
小柄な調査兵の名前は、ジャンも知っていた。
調査兵団兵士長、リヴァイだ。
人類最強の兵士が御守役とは、本物のお姫様よりも待遇が良いかもしれない。
リヴァイは、時々、彼女の頭がずり落ちそうになる度に、そっと額に手を添えて、肩に乗せてやっている。
人類最強の兵士は、血も涙もない恐ろしい人間だというイメージもあるが、彼女の幸せそうな寝顔を守る優しい表情は、お姫様を守る騎士そのものだ。
舞台の上では、相変わらず、調査兵団団長によって、どう考えても勧誘だとは思えないような恐ろしい脅しが繰り広げられているのに、彼らがいるそこだけは、この残酷すぎる世界とは切り離された別の時間が流れているようだった。
木箱を舞台に見立てたそこにあるのは、まるで、美しい物語のワンシーンだ。
平和で平穏な物語の一部を切り取った、そう、それは、夢の世界だった———。
早めに檀上前に向かって待機することも出来たジャンは、マルコを待ちながら暇つぶしにその辺を歩き回ることにした。
そこで聞こえてきたのが、途方もなく緊張感の欠片もない話だ。
それは、愉快な仲間達が『海』で繰り広げる未知の冒険の物語だった。
この世界では、絶対にありえない。そもそも、一度だけ、アルミンから聞いたことのある『海』というものが、この世界にはない。壁の向こうにあるらしいが、それが本当かどうかも分からない。
物語の語り手は、会場の一番端にある控室用の建物の陰にいた。
まるでお姫様のようなウェーブがかかった長い髪の向こうに、白と黒の自由の翼が見え隠れしている。
瓶用の木箱の上に座って楽しそうに話している彼女の前には、地べたに座り込んで、笑ったり、つっこんだりしながら、楽しそうに話を聞いている兵士たちも数名いる。彼らの背中にも、白と黒の自由の翼がしっかりと刻まれている。
どうやら、彼らは、調査兵団勧誘の演説のためにやって来た調査兵達のようだ。
ということは、ここで、緊張感の欠片もない顔をして、話を聞かせている彼女も、笑いながら話を聞いている彼らも、数日前まであの地獄で巨人殺しをしていたあの圧倒的な強さを持つ存在達だということだ。
しかも、わざわざ団長のエルヴィンの助手としてやってきたのならば、幹部か、それなりの地位のある精鋭兵ということだろう。
間抜けな顔で笑っている彼らが、そうだとはどうしても思えないけれど———。
「よう、お姫さん。」
いつの間にか、ジャン以外にも、彼らの周りには人が集まってきていた。
大体が、勧誘会の準備をしている駐屯兵だ。
そのうちの1人が、語り手の彼女に声をかけたのだ。
話の途中で、彼女が言葉を切り、彼の方を見る。
そこで初めて、ジャンは、彼女が、とても美しいことを知った。
楽しそうに話している横顔はとても無邪気で、可愛らしい雰囲気だったが、実際は、凛とした雰囲気の綺麗な女性だ。
確かに『お姫さん』というのは、とても的を得ている呼び方だとは思うが、彼が言うその響きには、どこか彼女を侮辱するような意味合いが感じられた。
「もういっそ、小説家にでもなっちまえばいいんじゃねぇのか。
それとも、どうしても巨人殺しが癖になってやめられねぇか?」
彼がそう言えば、周りにいた駐屯兵達が、嘲笑するように口の端をあげて笑う。
巨人を
思わず、ジャンは眉を顰める。
すごく、嫌な感じだ。
楽しそうに彼女の話を聞いていた調査兵達の表情も不機嫌そうに険しくなったが、彼女にだけはその嫌味は効き目がなかった。
彼女は、一瞬、キョトンとした後にニコリと微笑み返したのだ。
「小説家は、物語を作る人だよ。それもとても素敵で、この世界には絶対に必要な存在だけど、
私が作りたいのは、物語じゃなくて、未来だから。」
彼女の言葉の意味を、ジャンを含めて、駐屯兵達は理解できなかった。
でも、彼女のその言葉を以前にも聞いたことがあるらしい調査兵達は、呆れたように苦笑しながらも、温かい目で見守っている。
「私は、今話した物語を、紙の上でしか見られないなんて嫌。
自分の目で見て、自分で体験したいの。」
「はぁ?何言ってんだよ。どの世界に身体が伸び縮みする人間がいるって言うんだよ。」
どう見ても、彼女は真面目だった。
でも、駐屯兵達は、馬鹿にしたように腹を抱えて笑う。
それでも、彼女は、一瞬の躊躇いすらもなかった。
「どうして、ありえないと言い切れるの?」
「は?見りゃわかるだろ。お前、身体が火になる人間なんて見たことあるか?」
「ないよ。」
「ほらな。だから———。」
「だって私は、この壁の中しか見たことないもの。
あなたはある?」
「———あるわけねぇだろ。」
悔しそうにしながら、駐屯兵の彼が言葉を吐き出す。
「そう、私もよ。私達は、何も知らないの。
何を知らないのかすらも、知らないのよ。」
彼女が、ピシャリと言い切る。
思わず、その通りだと思ってしまったのは、ジャンだけではなかったのかもしれない。
さっきまで、馬鹿にしたように笑っていた駐屯兵の彼も、思わず言葉を途切れさせてしまったのだ。
そこに、彼女が追い打ちをかけるように続ける。
「それって、すごく寂しくて、だけど、すごくワクワクすることだと思わない?」
「————ワクワク?」
「そう!ワクワクよ!」
突然に、興奮した彼女が勢いよく立ち上がった。
そして、舞台女優のごとく、胸元に手をやると、キラキラした瞳で周りにいる観客たちを見渡しながら言うのだ。
「私達が夢見る幾つかは現実にあるかもしれない!
ううん!もしかしたら、全部!叶えられるのかもしれない!」
「さすがに、身体が伸び縮みする人間がいたら、俺もビビるぞー。」
興奮して話す彼女に、野次を入れたのは、リーゼント頭の調査兵だった。
彼の言葉に、周りにいた調査兵達がドッと笑い声を上げる。
でも、さっきまでの駐屯兵達の嘲笑的な感じとは違い、仲間内の和気あいあいとした雰囲気が伝わってくる。
だからなのか、駐屯兵達には微笑しか返さなかった彼女が、眉尻を下げて、つまらなそうに口を尖らせた。
綺麗な女性だった彼女が、途端に幼い少女のように戻った瞬間だった。
いや、今だって、夢のような話を興奮気味に話している彼女は、心は子供のまま大人になった御伽噺に出てくるお姫様だ。
「私は、紙の上に書かれた物語を読むだけの人生は送りたくない。
夢のように素敵な現実の物語の登場人物になりたいの。そしてそこには、私の大切な人達にいてほしい。
だから、誰も失わない強さを手に入れて、必ず壁の向こうへ行くの。
そして、夢見たすべてを現実にする。必ず…!」
だから私は、調査兵になったのよ———。
勧誘会の直前、ジャンが聞いたそれは、新兵達が調査兵団を志願する理由を得るために、十分なスピーチだった。
皮肉なことに、夢のようなことばかりを語りふわりと舞うような笑顔を見せる彼女が、自分を嘲笑う人達を真っ直ぐに見返すその凛とした瞳こそが、この場で誰よりも現実を見ていたのだ。
彼女の言う通りだ。
壁の奥へと逃げ込めば逃げ込むほど、平和な未来から遠ざかっていることに、誰も気づいていない。
いや、誰もが見てみぬふりをしているのだ。
『今』の平穏を守る為に、自分だけは大丈夫だと言い聞かせながら、破滅へと向かっているというのに。
だって、夢を見ているだけでは、それはいつまでたっても夢のままだ。
大切な人間が出来ることを怖がっているようなヤツが、今いる大切な人間すら守れるわけがない。
彼女のように、行動に起こさなければ、何も成し遂げられないのだ。
「訓練兵整列!檀上前に倣え!」
設営を終えた先輩の駐屯兵が声をかけた。
新兵達の身体を一気に緊張感が走りぬけていくのを、ジャンも自分の周りの空気を通じて感じる。
そして、志願兵団を心に決めてしまった、自分自身についても理解した。
檀上前へ向かうジャンの隣に、重たい足取りで近寄ってきたのは、コニーだった。
「ジャン、俺…やっぱり———。」
「俺は、決めたぞ。」
「え?」
「調査兵団になる。」
壇上を見上げながら、ジャンはそれを口にした。
自分の決断に、自信はある。
強い覚悟がないわけでもない。
でも、足元から恐怖がせり上がってくるのだ。
身体が震えて、この場から逃げ出したくなる。
だから、それを言葉にすることで、弱い自分から、逃げ道を奪いたかった。
震える拳を、もう片方の手で抑え込む。
驚いた顔をしたコニーが、視界の端に見えた。
その向こうには、相変わらず青い顔をしたサシャも見える。
きっと彼らも、同じなのだろう。
もう、決めたのだ。
決めて、しまった。
この世界は、現実を知った若者に逃げ道すらも与えてくれないほどに、あまりにも残酷だから———。
「私は調査兵団団長、エルヴィン・スミス。」
憲兵団と駐屯兵団の勧誘演説が終わった後、壇上に、調査兵団団長のエルヴィン・スミスと彼を支える幹部の調査兵達が上がった。
ついに始まった演説の舞台に、ジャンを地獄に誘ったさっきの彼女の姿はない。
その代わり、舞台を降りた先にある木陰に、お姫様がいた。
木陰に置いた木箱に座り、つまらなそうに本を読んでいる小柄な調査兵の肩に頭を乗せて、居眠りしている。
小柄な調査兵の名前は、ジャンも知っていた。
調査兵団兵士長、リヴァイだ。
人類最強の兵士が御守役とは、本物のお姫様よりも待遇が良いかもしれない。
リヴァイは、時々、彼女の頭がずり落ちそうになる度に、そっと額に手を添えて、肩に乗せてやっている。
人類最強の兵士は、血も涙もない恐ろしい人間だというイメージもあるが、彼女の幸せそうな寝顔を守る優しい表情は、お姫様を守る騎士そのものだ。
舞台の上では、相変わらず、調査兵団団長によって、どう考えても勧誘だとは思えないような恐ろしい脅しが繰り広げられているのに、彼らがいるそこだけは、この残酷すぎる世界とは切り離された別の時間が流れているようだった。
木箱を舞台に見立てたそこにあるのは、まるで、美しい物語のワンシーンだ。
平和で平穏な物語の一部を切り取った、そう、それは、夢の世界だった———。