◇第百三話◇彼女はいつも遠い夢の世界にいた
Name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
4年前、トロスト区巨人掃討作戦から6日後———。
所属兵団決定のこの日、憲兵団によって104期訓練兵達の立体起動装置のガス量の調査が行われていた。
今朝、調査兵団が捕獲した2体の巨人を討伐されてしまった。
犯人は、立体起動装置を使いこなす兵士だった可能性が高い為、全兵士のガス量の調査をすることになったのだ。
だが、結局、104期訓練兵達の中に、疑わしい兵士は見つからなかった。
(当然だ、俺達がわざわざそんな馬鹿な真似するわけねぇだろ。)
ジャンは、呆れたように眉を顰め、首の後ろを掻きながら、解散となって建物から出た。
あれから6日経ったというのに、まだ脚や腕が震える感覚が抜けない。
巨人とはあんなに恐ろしいものなのかと、嫌という程に思い知ってしまった。
巨人化が出来る唯一の人類として、エレンは、一足早く調査兵団所属が決定したが、ジャンは、死んでも調査兵団に入る気にはなれなかった。
せっかく優秀な成績で訓練兵を卒業して、憲兵団に入団するチャンスを掴んだのだ。
出来る限り、巨人から遠い場所で、平穏に平和に、出来れば贅沢に暮らしたい。
そう思うのは、間違っていることだろうか。
そんなことを考えているジャンのそばを、自分達が疑われたことを愚痴りながら仲間達が通り過ぎていく。
その中に、見慣れた友人の姿が数名、見当たらない。
これから一生、彼らに会うことはないのだろう。
少なくとも、死ぬまでは———。
「一体、誰が大事な被験体を殺したんだろうね。
———やっぱり…、調査兵の中に犯人がいるのかもしれない。」
「あぁ、ほんとだな。」
生返事をしたジャンは、隣で、困ったように眉尻を下げている真面目な親友の姿をチラリと見ながら、これから一生会えなくなった友人の中に、マルコが含まれることがなくて本当によかったと考えていた。
それはきっと、死んでしまった仲間に対して、あまりにも薄情な感情だろう。
命はどれも平等だ。分かっている。
彼らが死んでしまって、悲しくないわけでもない。かなりショックを受けている。
それでも、ジャンにとって、マルコがいなくなってしまう世界は、想像するのも堪えがたいものだ。それもまた、事実なのだ。
「俺、この間の掃討作戦のときのことで、キース団長に呼ばれてるんだ。
兵団毎の勧誘の時間には間に合うと思うけど、気にしないで先に行っててくれよ。」
「あぁ、分かった。」
こんな日まで忙しく駆けていく優等生の背中を見送った後、ジャンは首を竦める。
恐ろしい思いはしたし、トラウマのように地獄が脳裏に焼き付いている。
それでも、こうして、なんでもない会話を繰り返していくうちに、あれは史上最悪の悪夢だった———と思うようになるのかもしれない。
漠然とだけれど、そんな浅はかな考えもある。
自分が助かってよかった———心底思うのは、どうしたってそういうことなのだろう。
でもそれはきっと、ジャンだけではない。
他の何人もが、同じようなことを考えているはずだ。
地獄を知り、精魂尽き果てた今、兵士なんか選ばなければよかったと後悔している。
そうすれば、次は誰を失うのだろうかと、次は自分の番なのだろうかと、考えずに済んだのだ。
生きていてほしいと願う人間が増えることは、この世界では、あまりにも酷すぎる———。
「ジャン。」
兵団幹部が勧誘を行う予定の壇上正面へ向かおうとしていたところで、ジャンに声をかけてきたのはコニーだった。
振り返れば、大きな目を半分ほど落としているコニーのそばには、浮かない顔をしている友人が数名いた。
サシャとミカサにアルミン、アニも一緒のようだ。
「なんだよ。」
何の用なのかは分かっていた気がする。
それでも、分からないフリをしたのは、今から訊ねられるかもしれない質問の答えが、なんとなく、気まずかったからだ。
後ろめたい———そんな気持ちが大きかった気がする。
「ジャンは、憲兵団を志願するんですか?」
やっぱり———。
不安そうに訊ねるサシャからスッと目を逸らす。
「文句あるかよ。俺にはその権利がある。」
思わず強くなってしまった語尾が、ジャンの感情の全てを物語っていた。
まるで、自分は悪くないのだと、自分自身にに言い聞かせているようだ。
「俺も…憲兵団にした方がいいかな。」
ポツリ、とコニーが零す。
でも、落ち窪んだ大きな瞳は、しっかりとジャンを見上げていた。
その視線からも、ジャンは目を逸らす。
「好きにしろよ。お前も分かってるだろ。
巨人殺しなんて、自分で決めずに出来る仕事じゃねぇよ。」
ジャンのそれは、明らかな正論だ。
『お前は戦術の発達を放棄してまで、おとなしく巨人の飯になりたいのか?』
あの日から、エレンに言われた言葉が、ジャンの頭の中で、何度も何度も、木霊する。
そんなこと、教えてもらわなくても分かっているのだ。
戦わなければならない。そうしなければ、人類は一生勝てない。
でも誰も、彼のようには、強くないのだ———。
答えというよりも、助けを求めているコニー達を、ジャンはまっすぐに見返すことは出来なかった。
所属兵団決定のこの日、憲兵団によって104期訓練兵達の立体起動装置のガス量の調査が行われていた。
今朝、調査兵団が捕獲した2体の巨人を討伐されてしまった。
犯人は、立体起動装置を使いこなす兵士だった可能性が高い為、全兵士のガス量の調査をすることになったのだ。
だが、結局、104期訓練兵達の中に、疑わしい兵士は見つからなかった。
(当然だ、俺達がわざわざそんな馬鹿な真似するわけねぇだろ。)
ジャンは、呆れたように眉を顰め、首の後ろを掻きながら、解散となって建物から出た。
あれから6日経ったというのに、まだ脚や腕が震える感覚が抜けない。
巨人とはあんなに恐ろしいものなのかと、嫌という程に思い知ってしまった。
巨人化が出来る唯一の人類として、エレンは、一足早く調査兵団所属が決定したが、ジャンは、死んでも調査兵団に入る気にはなれなかった。
せっかく優秀な成績で訓練兵を卒業して、憲兵団に入団するチャンスを掴んだのだ。
出来る限り、巨人から遠い場所で、平穏に平和に、出来れば贅沢に暮らしたい。
そう思うのは、間違っていることだろうか。
そんなことを考えているジャンのそばを、自分達が疑われたことを愚痴りながら仲間達が通り過ぎていく。
その中に、見慣れた友人の姿が数名、見当たらない。
これから一生、彼らに会うことはないのだろう。
少なくとも、死ぬまでは———。
「一体、誰が大事な被験体を殺したんだろうね。
———やっぱり…、調査兵の中に犯人がいるのかもしれない。」
「あぁ、ほんとだな。」
生返事をしたジャンは、隣で、困ったように眉尻を下げている真面目な親友の姿をチラリと見ながら、これから一生会えなくなった友人の中に、マルコが含まれることがなくて本当によかったと考えていた。
それはきっと、死んでしまった仲間に対して、あまりにも薄情な感情だろう。
命はどれも平等だ。分かっている。
彼らが死んでしまって、悲しくないわけでもない。かなりショックを受けている。
それでも、ジャンにとって、マルコがいなくなってしまう世界は、想像するのも堪えがたいものだ。それもまた、事実なのだ。
「俺、この間の掃討作戦のときのことで、キース団長に呼ばれてるんだ。
兵団毎の勧誘の時間には間に合うと思うけど、気にしないで先に行っててくれよ。」
「あぁ、分かった。」
こんな日まで忙しく駆けていく優等生の背中を見送った後、ジャンは首を竦める。
恐ろしい思いはしたし、トラウマのように地獄が脳裏に焼き付いている。
それでも、こうして、なんでもない会話を繰り返していくうちに、あれは史上最悪の悪夢だった———と思うようになるのかもしれない。
漠然とだけれど、そんな浅はかな考えもある。
自分が助かってよかった———心底思うのは、どうしたってそういうことなのだろう。
でもそれはきっと、ジャンだけではない。
他の何人もが、同じようなことを考えているはずだ。
地獄を知り、精魂尽き果てた今、兵士なんか選ばなければよかったと後悔している。
そうすれば、次は誰を失うのだろうかと、次は自分の番なのだろうかと、考えずに済んだのだ。
生きていてほしいと願う人間が増えることは、この世界では、あまりにも酷すぎる———。
「ジャン。」
兵団幹部が勧誘を行う予定の壇上正面へ向かおうとしていたところで、ジャンに声をかけてきたのはコニーだった。
振り返れば、大きな目を半分ほど落としているコニーのそばには、浮かない顔をしている友人が数名いた。
サシャとミカサにアルミン、アニも一緒のようだ。
「なんだよ。」
何の用なのかは分かっていた気がする。
それでも、分からないフリをしたのは、今から訊ねられるかもしれない質問の答えが、なんとなく、気まずかったからだ。
後ろめたい———そんな気持ちが大きかった気がする。
「ジャンは、憲兵団を志願するんですか?」
やっぱり———。
不安そうに訊ねるサシャからスッと目を逸らす。
「文句あるかよ。俺にはその権利がある。」
思わず強くなってしまった語尾が、ジャンの感情の全てを物語っていた。
まるで、自分は悪くないのだと、自分自身にに言い聞かせているようだ。
「俺も…憲兵団にした方がいいかな。」
ポツリ、とコニーが零す。
でも、落ち窪んだ大きな瞳は、しっかりとジャンを見上げていた。
その視線からも、ジャンは目を逸らす。
「好きにしろよ。お前も分かってるだろ。
巨人殺しなんて、自分で決めずに出来る仕事じゃねぇよ。」
ジャンのそれは、明らかな正論だ。
『お前は戦術の発達を放棄してまで、おとなしく巨人の飯になりたいのか?』
あの日から、エレンに言われた言葉が、ジャンの頭の中で、何度も何度も、木霊する。
そんなこと、教えてもらわなくても分かっているのだ。
戦わなければならない。そうしなければ、人類は一生勝てない。
でも誰も、彼のようには、強くないのだ———。
答えというよりも、助けを求めているコニー達を、ジャンはまっすぐに見返すことは出来なかった。