◇第百一話◇騎士は姫の為に
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冷たい風が、身体の奥を突き抜けていくようだった。
背中を流れる気味の悪い汗がシャツを濡らしてひどく気持ちが悪い。
それでも、リヴァイの足が止まることはなく走り続けた。
向かうのは、医療棟だ。
散らかってしまったのではなく、感情をぶつけるように散らかされたあの部屋に、なまえの姿はなかった。
そして、目を覚ましたジャンは、驚異の回復を見せて、既にリハビリが始まっていると聞いている。
考えられる最悪のシナリオを想定すれば、なまえは、ジャンに傷つけられて、壊れてしまったのだろう。
壊れても尚、ジャンを求めて、彼の元へと向かったのかもしれない。
それが、リヴァイの考えられる限りで最悪のシナリオだ。
宿舎と医療棟の距離は、兵舎の端と端に位置している。
それでも、こんなにも医療棟までの距離を遠く感じたのは、初めてだった。
嫌な汗が止まらない。
『大丈夫だ。』
リヴァイは、何度もそう言って、なまえを慰めた。
その度に、なまえもジャンを信じると頷いていたけれど、彼女のその強さに胸を打たれたことなんて、正直一度もない。
ただ慰めるための道具として吐き出された言葉に、心なんて欠片もこもっていなかったからだ。
なんて無様で、最低で、ちっぽけな男だろうか。
本当は、ジャンが、なまえを傷つければいいと思っていたのだ。
ジャンが、真実を知ることを怖がって、怯えて、背中を向けて逃げてしまえばいい。
そしたら、なまえが誰かの胸の中で泣きたくなったときに、思い出してくれるかもしれない。
〝ここ〟に、なまえを想って、誰かの代わりでもいいから、守ってやりたいと思っている男がいることを彼女は、思い出してくれるかもしれない。
傷つく彼女に、気持ちを伝えた理由だって、そんな狡い考えがあったからだ。
でも実際、ジャンがなまえを傷つけたかもしれないと知ったとき、彼女の行動なんて、手に取るように分かってしまった。
なまえは、誰かを代わりにしたりするような女じゃない。
死んだ方がマシだと思う程に傷ついたって、誰かを責めたり、恨んだりすることもせずに、向き合おうとする人間だということを知っている。
だからきっと、なまえは、何度傷つけられてもジャンの元へ向かうのだ。
どんな狡いやり方も、純粋で真っすぐな想いの前では無力だ。
そんなこと、分かっているはずなのに、どうしてこんなに必死に走っているのだろう。
どんなに手を伸ばしたって、なまえの気持ちが自分を向くことはない。
彼女が愛してほしいのも、守って欲しいのも、自分じゃない。
分かって、いるのに———。
「なまえ!!」
医療棟前の庭で、なまえは泣いていた。
夜風が木々を揺らし、不気味な音が響く真ん中で、独りきりだ。
なんとか倒れないようにしているのか、両腕で必死に自分の身体を抱きしめている。
もし、彼女を見つけたら、どうするつもりなのか———走りながら、漠然とそんなことを考えていたけれど、痛々しいその姿を見たらもう、名前を呼ばずにはいられなかった。
そして、振り向いたなまえの涙でぐちゃぐちゃに濡れたその傷ついた顔を見たとき、リヴァイは漸く、必死にここまで走って来た理由を知る。
「もう…っ、大丈夫だ…!」
急いでなまえの元へ駆け寄ると、やせ細ってしまった腕を捕まえて、腕の中に抱き寄せた。
小刻みに震える身体も、目には見えないその心も、今にも壊れてしまいそうだ。
だから、リヴァイは、出来るだけ優しく、包み込むように抱きしめる。
「俺が、許してやるから!」
リヴァイの言葉に、なまえがビクリと肩を震わせた。
怯えているのかもしれない。
でも、リヴァイはもう躊躇うことはない。
やっと、自分の気持ちが分かったのだ。
もう、迷いはない。
(俺は…!)
やっと、分かったのだ。
リヴァイが望んでいることは、なまえの心じゃない。
確かに、彼女が自分を愛してくれたら、どれほどいいだろう。
でもそれは、ただの願いであって、望みではない。
リヴァイはただ、なまえに笑っていてほしいのだ。
何の悩みもないかのように気軽に、ユラユラと空を舞って、無邪気に夢を語っていてほしい。
どうしてそんな簡単なことに、なまえの心が壊れてしまいそうになるまで気づけなかったのだろう。
自分に腹が立つ。苛立って仕方がない。
だからこそ、これからは、なまえの笑顔の障害となるものからなら、どんなものからでも守りたい。
それが、彼女の愛する人だとしても、なまえを傷つけるものは許さない。
もう二度と、誰にも、彼女を傷つけさせるものか———。
「なまえの弱さも…!守れなかった友人も…!奪うしかなかった命も…!
お前が自分を許さねぇ代わりに、俺が許してやる!!
———なまえは…!間違ってねぇ…!!」
また、なまえの身体がビクリと震える。
今度は、さっきよりも大きく身体が揺れた。
でも、少しすると、ゆるゆるとなまえの腕が上がり、リヴァイの背中にそっと添えられた。
そして———。
「うぁ…ぁ…っ、ぁあああ…っ。」
なまえが、声を上げて泣く。
今までも、失っていった仲間を想い泣いているなまえを見たことがある。
でも、なまえはいつも、静かに泣いていた。
星空を見上げ、見えなくなってしまった仲間と心の中で対話でもしているかのように、ただ静かに泣いていた。
いつもなまえは、誰かを想い、誰かの為に泣いた。
でも今、なまえは、初めて、リヴァイの前で、自分の為に泣いている。
リヴァイの背中にしがみついて、助けてくれと叫ぶように、泣き喚く。
他人の目なんて気にしない小さな赤ん坊のように、泣きじゃくる。
それが嬉しくて、でも悲しくて、リヴァイも唇を噛んだ。
「どんななまえも、俺が信じてる。」
だから心配しないで、今は好きなだけ泣いていい———どうせすぐに、気持ちを隠すようにヘラヘラと笑うだろうなまえを予想しながら、優しく頭を撫でる手に、リヴァイは、精一杯の気持ちを込めた。
自分を愛してはくれない女を、命を懸けて守ろうとするなんて、惨めで間抜けなのかもしれない。
でも、騎士でも、ただの情けない男でも、もうどっちだってよかった。
それが、なまえの為になれるなら———。
背中を流れる気味の悪い汗がシャツを濡らしてひどく気持ちが悪い。
それでも、リヴァイの足が止まることはなく走り続けた。
向かうのは、医療棟だ。
散らかってしまったのではなく、感情をぶつけるように散らかされたあの部屋に、なまえの姿はなかった。
そして、目を覚ましたジャンは、驚異の回復を見せて、既にリハビリが始まっていると聞いている。
考えられる最悪のシナリオを想定すれば、なまえは、ジャンに傷つけられて、壊れてしまったのだろう。
壊れても尚、ジャンを求めて、彼の元へと向かったのかもしれない。
それが、リヴァイの考えられる限りで最悪のシナリオだ。
宿舎と医療棟の距離は、兵舎の端と端に位置している。
それでも、こんなにも医療棟までの距離を遠く感じたのは、初めてだった。
嫌な汗が止まらない。
『大丈夫だ。』
リヴァイは、何度もそう言って、なまえを慰めた。
その度に、なまえもジャンを信じると頷いていたけれど、彼女のその強さに胸を打たれたことなんて、正直一度もない。
ただ慰めるための道具として吐き出された言葉に、心なんて欠片もこもっていなかったからだ。
なんて無様で、最低で、ちっぽけな男だろうか。
本当は、ジャンが、なまえを傷つければいいと思っていたのだ。
ジャンが、真実を知ることを怖がって、怯えて、背中を向けて逃げてしまえばいい。
そしたら、なまえが誰かの胸の中で泣きたくなったときに、思い出してくれるかもしれない。
〝ここ〟に、なまえを想って、誰かの代わりでもいいから、守ってやりたいと思っている男がいることを彼女は、思い出してくれるかもしれない。
傷つく彼女に、気持ちを伝えた理由だって、そんな狡い考えがあったからだ。
でも実際、ジャンがなまえを傷つけたかもしれないと知ったとき、彼女の行動なんて、手に取るように分かってしまった。
なまえは、誰かを代わりにしたりするような女じゃない。
死んだ方がマシだと思う程に傷ついたって、誰かを責めたり、恨んだりすることもせずに、向き合おうとする人間だということを知っている。
だからきっと、なまえは、何度傷つけられてもジャンの元へ向かうのだ。
どんな狡いやり方も、純粋で真っすぐな想いの前では無力だ。
そんなこと、分かっているはずなのに、どうしてこんなに必死に走っているのだろう。
どんなに手を伸ばしたって、なまえの気持ちが自分を向くことはない。
彼女が愛してほしいのも、守って欲しいのも、自分じゃない。
分かって、いるのに———。
「なまえ!!」
医療棟前の庭で、なまえは泣いていた。
夜風が木々を揺らし、不気味な音が響く真ん中で、独りきりだ。
なんとか倒れないようにしているのか、両腕で必死に自分の身体を抱きしめている。
もし、彼女を見つけたら、どうするつもりなのか———走りながら、漠然とそんなことを考えていたけれど、痛々しいその姿を見たらもう、名前を呼ばずにはいられなかった。
そして、振り向いたなまえの涙でぐちゃぐちゃに濡れたその傷ついた顔を見たとき、リヴァイは漸く、必死にここまで走って来た理由を知る。
「もう…っ、大丈夫だ…!」
急いでなまえの元へ駆け寄ると、やせ細ってしまった腕を捕まえて、腕の中に抱き寄せた。
小刻みに震える身体も、目には見えないその心も、今にも壊れてしまいそうだ。
だから、リヴァイは、出来るだけ優しく、包み込むように抱きしめる。
「俺が、許してやるから!」
リヴァイの言葉に、なまえがビクリと肩を震わせた。
怯えているのかもしれない。
でも、リヴァイはもう躊躇うことはない。
やっと、自分の気持ちが分かったのだ。
もう、迷いはない。
(俺は…!)
やっと、分かったのだ。
リヴァイが望んでいることは、なまえの心じゃない。
確かに、彼女が自分を愛してくれたら、どれほどいいだろう。
でもそれは、ただの願いであって、望みではない。
リヴァイはただ、なまえに笑っていてほしいのだ。
何の悩みもないかのように気軽に、ユラユラと空を舞って、無邪気に夢を語っていてほしい。
どうしてそんな簡単なことに、なまえの心が壊れてしまいそうになるまで気づけなかったのだろう。
自分に腹が立つ。苛立って仕方がない。
だからこそ、これからは、なまえの笑顔の障害となるものからなら、どんなものからでも守りたい。
それが、彼女の愛する人だとしても、なまえを傷つけるものは許さない。
もう二度と、誰にも、彼女を傷つけさせるものか———。
「なまえの弱さも…!守れなかった友人も…!奪うしかなかった命も…!
お前が自分を許さねぇ代わりに、俺が許してやる!!
———なまえは…!間違ってねぇ…!!」
また、なまえの身体がビクリと震える。
今度は、さっきよりも大きく身体が揺れた。
でも、少しすると、ゆるゆるとなまえの腕が上がり、リヴァイの背中にそっと添えられた。
そして———。
「うぁ…ぁ…っ、ぁあああ…っ。」
なまえが、声を上げて泣く。
今までも、失っていった仲間を想い泣いているなまえを見たことがある。
でも、なまえはいつも、静かに泣いていた。
星空を見上げ、見えなくなってしまった仲間と心の中で対話でもしているかのように、ただ静かに泣いていた。
いつもなまえは、誰かを想い、誰かの為に泣いた。
でも今、なまえは、初めて、リヴァイの前で、自分の為に泣いている。
リヴァイの背中にしがみついて、助けてくれと叫ぶように、泣き喚く。
他人の目なんて気にしない小さな赤ん坊のように、泣きじゃくる。
それが嬉しくて、でも悲しくて、リヴァイも唇を噛んだ。
「どんななまえも、俺が信じてる。」
だから心配しないで、今は好きなだけ泣いていい———どうせすぐに、気持ちを隠すようにヘラヘラと笑うだろうなまえを予想しながら、優しく頭を撫でる手に、リヴァイは、精一杯の気持ちを込めた。
自分を愛してはくれない女を、命を懸けて守ろうとするなんて、惨めで間抜けなのかもしれない。
でも、騎士でも、ただの情けない男でも、もうどっちだってよかった。
それが、なまえの為になれるなら———。