◇第十話◇ファースト・キスの代償は甘いご褒美
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唐突に、何の前触れもなく重なった唇に驚いて目を見開いて、息と一緒に時間が止まったのは、たぶん数秒だ。
その間、私は、ジャンが閉じた瞼の下で伸びた睫毛を、意外と長いんだな、なんて思いながら見てた。
それから、漸く、息が戻ってきたのと同時に、今の自分の状況を理解しようと、パニックになりながら必死に頭を急回転させた。
ジャンにキスをされている——。
どれくらいでそれに気づいたのかは分からない。
でも、ハッとして身体を離そうとしたけれど、ジャンはそれを許さなかった。
逃げようとした腰を抱き寄せられた後、もう片方の手で後頭部を押さえられて、余計に唇が強く重なってしまっただけだった。
胸板に貼り付くようにくっついた身体は、ジャンに拘束されていて、私がどんなにもがこうとしたってぴくりとも動かなかった。
どれくらいの時間、唇を重ねていたのかは分からない。
でも、どうしてこんなことをされているのか分からない私には、途方もないくらいに長く感じた。
漸く、ジャンが私を解放してくれたときには、放心状態だった。
「これで、俺の恋人になったってこと、嫌でも自覚したんじゃないんすか?」
ぼんやりした意識の向こうで、ジャンが何か言っているようだった。
でも、私にはガザガザと聞こえるだけだった。
だって、突然のキスで放心している私の頭の中にあるのは、ただひとつのことだけだったのだ。
それは———。
「ふぁ…。」
「ふぁ?」
「ファ…。」
「ファ、が何すか。」
私がいつまでも放心しているせいなのか、ジャンは、少しイラッとしたようだった。
でも、ぼんやりとしていた私の意識も、少しずつ正気を取り戻してきて、怒りがゆっくりと沸きあがっているところだ。
だって———。
「ファースト・キス!!」
押さえ込めないショックが爆発するように、思わず立ち上がり、私は頭を抱えて叫んだ。
いきなりの私の行動に、さすがのジャンも予想外だったようで、ビクッとしたのが視界の端に見えた。
「・・・は?」
右斜め下から、あまり聞かないジャンの少し抜けたような声がした。
私は、普段は見上げてばかりいるジャンを、見下ろした。
それはもう恐ろしいくらいの悪魔にでもなったような気分だったし、目も吊り上がっていたはずだ。
「ファースト・キスだったのに!!」
「は?今のがっすか?」
ジャンは、キョトンとしているようだった。
そりゃ、6つも歳上で、25歳のいい大人が、キスの経験も済ませていなかったと聞けば、そんな顔をしてしまうのも仕方がないのかもしれない。
でも、調査兵団に入団してから、ほとんどの時間をリヴァイ兵長に恋をして過ごしてきた私は、キスはおろか、恋人がいたことすらないのだ。
「そうだよ!!私の!!ファースト・キスだよ!!」
「いや、待ってくださいよ。
さっき、リヴァイ兵長とキスしたんじゃないんすか?」
「どうして私がリヴァイ兵長とキスするのさ!!
まさか、妄想の世界じゃあるまいし!!」
「妄想ではしたことあるんすね。」
「…!そっ、それは…!!いつもそんなこと妄想してるんじゃないからね!!
年に1回くらいなんだから!!」
「なら、10年で10回は妄想で兵長とキスしてるってことになりますね。」
「わざわざ数えなくていい!!私も今、そんなにしてたんだってビックリしてるよ!!
そんなことより!!私は、ファースト・キスを勝手に奪ったことを怒ってるの!!
ファースト・キスだよ!?大事だよ!!想い出とかに残るやつでしょう!?」
恥ずかしさと怒りで顔を真っ赤にして、私はジャンを見下ろしながら喚いた。
ジャンは、顔を上げて、そんな私を真っすぐに見ながら、話しを聞いていた。
そして、何を思ったのか———。
女にとってとても大切なファースト・キスを勝手に奪ったという反省も何もしていないような澄ました顔で、ジャンはこう言った。
「なら、返しますよ。」
「何を?」
「なまえさんのファースト・キス。」
ジャンは当然のように答えたけれど、私は意味が分からずに首を傾げた。
ファースト・キスというのは、物ではないのだから、返せるようなものではない。
どうにかして返すためには、時間を巻き戻すくらいしか方法はないはずだ。
でも、ジャンは自信満々にこう続ける。
「ほら、こっち来てください。」
ジャンが、私の腕を掴んだ。
私はまだよく分かっていないのに、ジャンが少し乱暴にその手を引いた。
身体がよろめきながら、前のめりに落ちていく。
そして、さっき、やっと離れたばかりのジャンの薄い唇に、私の唇が重なった。
ファースト・キスを返してもらうどころか、なぜかまたキスをしていた。
今度は、驚いた私が離れて行くのをジャンは強引に引き留めようとはしなかった。
そして、目を丸くして、魚みたいに口をぱくぱくとしている私を見上げて、満足気に言う。
「これで、ファースト・キス、お返ししましたよ。」
「…!?」
ジャンがもう一度、キスをした理由を知って、私は仰天した。
「馬鹿なの!?返って来てないから!!
ファースト・キスっていうのはね、あげるとか…、は出来るかもしれないけど、
返すとかは無理なの!!」
「でしょうね。」
ジャンが意地悪く口の端を上げて、可笑しそうにククッと笑う。
人相の悪い切れ長の目は、目尻を下げて、いつもよりも優しい印象に変わっている。
機嫌がいいときのジャンだ。
さっきまですごく怒っていたのと同一人物だとは思えないくらいに、楽しそうだ。
「25歳にもなってまともな恋愛経験のない女を発見して、
面白いのかもしれないけど、すごく失礼だからね。そうやって笑うの。」
頬を膨らませた私は、腕を組んでベッドの縁に乱暴に腰を降ろした。
ギシッと自慢のベッドがしなった音がした。
隣にいるジャンに、怒っています——、と身体全体でアピールする。
そうすると、可笑しそうに目尻を下げたままで、ジャンが口を開いた。
「別に、25歳にもなってファースト・キスもまだだったことを
馬鹿にして笑ってるんじゃないっすから。」
「わざわざ言わなくていいし、じゃあ、なんで笑うのさ。」
「なまえさんが、可愛いからっすよ。」
「嘘ばっかり。そんなとってつけたようなお世辞で、こじらせた乙女の機嫌は治りません。」
「本当なんすけどね。」
「言っとくけどね、ファースト・キスが頭が真っ白なまま終わったショックと
歳下の補佐官に、恋愛経験がないことを馬鹿にされた悲しさと恥ずかしさで
寝込めそうなくらい怒ってるんだからね。」
私は口を尖らせた。
ジャンが私の方を見ている視線は感じたけれど、絶対に見てやらなかった。
目も合わせてやりたくないくらい、怒っていたのだ。
それなのに、ジャンはまだ「それは困りましたね。」と可笑しそうにクツクツと笑っていた。
許せない。
「ファースト・キスのシチュエーションとか、いっぱい考えてたのに。」
怒りを通り越して、悲しくなった私は、お気に入りの枕を掴んで引き寄せると、両腕でぎゅぅっと抱きしめた。
恋人がいたこともない私にとって、ファースト・キスは憧れだった。
たくさん妄想をして、憧れのシチュエーションだってあったのだ。
「壁外の壁も見えない広い星空の下がいいな、とかさ、思ってたのに。
壁内だし、なんなら見慣れた私の部屋だったし、驚き過ぎてよく覚えてないし、
意味わかんないまま終わっちゃったし。」
「悪かったって、謝ってるじゃないっすか。」
「心がこもってない!」
「はいはい、分かりましたよ。
今度、ちゃんと埋め合わせしますから。」
ジャンがどれくらい本気でそれを言っているのか確かめるために、枕を抱きしめたままで、視線だけを右に向けた。
ベッドの縁に座っているジャンは、長い脚を組んで、膝の上で肘をついて頬杖をついて、こちらを向いていた。
そして、私と目が合うと、ニコリと微笑んだ。
人相の悪い顔に、優しい微笑みは似合わない。
でも、本当ですよ、と私に伝えようとした微笑なんだろうと思う。
私に、フリだとしても恋人がいるということを自覚させるためだとは言え、唐突にファースト・キスを奪ったことは許せない。
でも、いつまでも怒っていたって、私のファースト・キスが戻ってくるわけじゃない。
「今度、月に1回のデザートが出る日、私にジャンのをくれるなら許す。」
「いいっすよ。どうせ、ここ2年くらい、
デザート食った覚えもないんで。」
ジャンがククッと笑った。
その間、私は、ジャンが閉じた瞼の下で伸びた睫毛を、意外と長いんだな、なんて思いながら見てた。
それから、漸く、息が戻ってきたのと同時に、今の自分の状況を理解しようと、パニックになりながら必死に頭を急回転させた。
ジャンにキスをされている——。
どれくらいでそれに気づいたのかは分からない。
でも、ハッとして身体を離そうとしたけれど、ジャンはそれを許さなかった。
逃げようとした腰を抱き寄せられた後、もう片方の手で後頭部を押さえられて、余計に唇が強く重なってしまっただけだった。
胸板に貼り付くようにくっついた身体は、ジャンに拘束されていて、私がどんなにもがこうとしたってぴくりとも動かなかった。
どれくらいの時間、唇を重ねていたのかは分からない。
でも、どうしてこんなことをされているのか分からない私には、途方もないくらいに長く感じた。
漸く、ジャンが私を解放してくれたときには、放心状態だった。
「これで、俺の恋人になったってこと、嫌でも自覚したんじゃないんすか?」
ぼんやりした意識の向こうで、ジャンが何か言っているようだった。
でも、私にはガザガザと聞こえるだけだった。
だって、突然のキスで放心している私の頭の中にあるのは、ただひとつのことだけだったのだ。
それは———。
「ふぁ…。」
「ふぁ?」
「ファ…。」
「ファ、が何すか。」
私がいつまでも放心しているせいなのか、ジャンは、少しイラッとしたようだった。
でも、ぼんやりとしていた私の意識も、少しずつ正気を取り戻してきて、怒りがゆっくりと沸きあがっているところだ。
だって———。
「ファースト・キス!!」
押さえ込めないショックが爆発するように、思わず立ち上がり、私は頭を抱えて叫んだ。
いきなりの私の行動に、さすがのジャンも予想外だったようで、ビクッとしたのが視界の端に見えた。
「・・・は?」
右斜め下から、あまり聞かないジャンの少し抜けたような声がした。
私は、普段は見上げてばかりいるジャンを、見下ろした。
それはもう恐ろしいくらいの悪魔にでもなったような気分だったし、目も吊り上がっていたはずだ。
「ファースト・キスだったのに!!」
「は?今のがっすか?」
ジャンは、キョトンとしているようだった。
そりゃ、6つも歳上で、25歳のいい大人が、キスの経験も済ませていなかったと聞けば、そんな顔をしてしまうのも仕方がないのかもしれない。
でも、調査兵団に入団してから、ほとんどの時間をリヴァイ兵長に恋をして過ごしてきた私は、キスはおろか、恋人がいたことすらないのだ。
「そうだよ!!私の!!ファースト・キスだよ!!」
「いや、待ってくださいよ。
さっき、リヴァイ兵長とキスしたんじゃないんすか?」
「どうして私がリヴァイ兵長とキスするのさ!!
まさか、妄想の世界じゃあるまいし!!」
「妄想ではしたことあるんすね。」
「…!そっ、それは…!!いつもそんなこと妄想してるんじゃないからね!!
年に1回くらいなんだから!!」
「なら、10年で10回は妄想で兵長とキスしてるってことになりますね。」
「わざわざ数えなくていい!!私も今、そんなにしてたんだってビックリしてるよ!!
そんなことより!!私は、ファースト・キスを勝手に奪ったことを怒ってるの!!
ファースト・キスだよ!?大事だよ!!想い出とかに残るやつでしょう!?」
恥ずかしさと怒りで顔を真っ赤にして、私はジャンを見下ろしながら喚いた。
ジャンは、顔を上げて、そんな私を真っすぐに見ながら、話しを聞いていた。
そして、何を思ったのか———。
女にとってとても大切なファースト・キスを勝手に奪ったという反省も何もしていないような澄ました顔で、ジャンはこう言った。
「なら、返しますよ。」
「何を?」
「なまえさんのファースト・キス。」
ジャンは当然のように答えたけれど、私は意味が分からずに首を傾げた。
ファースト・キスというのは、物ではないのだから、返せるようなものではない。
どうにかして返すためには、時間を巻き戻すくらいしか方法はないはずだ。
でも、ジャンは自信満々にこう続ける。
「ほら、こっち来てください。」
ジャンが、私の腕を掴んだ。
私はまだよく分かっていないのに、ジャンが少し乱暴にその手を引いた。
身体がよろめきながら、前のめりに落ちていく。
そして、さっき、やっと離れたばかりのジャンの薄い唇に、私の唇が重なった。
ファースト・キスを返してもらうどころか、なぜかまたキスをしていた。
今度は、驚いた私が離れて行くのをジャンは強引に引き留めようとはしなかった。
そして、目を丸くして、魚みたいに口をぱくぱくとしている私を見上げて、満足気に言う。
「これで、ファースト・キス、お返ししましたよ。」
「…!?」
ジャンがもう一度、キスをした理由を知って、私は仰天した。
「馬鹿なの!?返って来てないから!!
ファースト・キスっていうのはね、あげるとか…、は出来るかもしれないけど、
返すとかは無理なの!!」
「でしょうね。」
ジャンが意地悪く口の端を上げて、可笑しそうにククッと笑う。
人相の悪い切れ長の目は、目尻を下げて、いつもよりも優しい印象に変わっている。
機嫌がいいときのジャンだ。
さっきまですごく怒っていたのと同一人物だとは思えないくらいに、楽しそうだ。
「25歳にもなってまともな恋愛経験のない女を発見して、
面白いのかもしれないけど、すごく失礼だからね。そうやって笑うの。」
頬を膨らませた私は、腕を組んでベッドの縁に乱暴に腰を降ろした。
ギシッと自慢のベッドがしなった音がした。
隣にいるジャンに、怒っています——、と身体全体でアピールする。
そうすると、可笑しそうに目尻を下げたままで、ジャンが口を開いた。
「別に、25歳にもなってファースト・キスもまだだったことを
馬鹿にして笑ってるんじゃないっすから。」
「わざわざ言わなくていいし、じゃあ、なんで笑うのさ。」
「なまえさんが、可愛いからっすよ。」
「嘘ばっかり。そんなとってつけたようなお世辞で、こじらせた乙女の機嫌は治りません。」
「本当なんすけどね。」
「言っとくけどね、ファースト・キスが頭が真っ白なまま終わったショックと
歳下の補佐官に、恋愛経験がないことを馬鹿にされた悲しさと恥ずかしさで
寝込めそうなくらい怒ってるんだからね。」
私は口を尖らせた。
ジャンが私の方を見ている視線は感じたけれど、絶対に見てやらなかった。
目も合わせてやりたくないくらい、怒っていたのだ。
それなのに、ジャンはまだ「それは困りましたね。」と可笑しそうにクツクツと笑っていた。
許せない。
「ファースト・キスのシチュエーションとか、いっぱい考えてたのに。」
怒りを通り越して、悲しくなった私は、お気に入りの枕を掴んで引き寄せると、両腕でぎゅぅっと抱きしめた。
恋人がいたこともない私にとって、ファースト・キスは憧れだった。
たくさん妄想をして、憧れのシチュエーションだってあったのだ。
「壁外の壁も見えない広い星空の下がいいな、とかさ、思ってたのに。
壁内だし、なんなら見慣れた私の部屋だったし、驚き過ぎてよく覚えてないし、
意味わかんないまま終わっちゃったし。」
「悪かったって、謝ってるじゃないっすか。」
「心がこもってない!」
「はいはい、分かりましたよ。
今度、ちゃんと埋め合わせしますから。」
ジャンがどれくらい本気でそれを言っているのか確かめるために、枕を抱きしめたままで、視線だけを右に向けた。
ベッドの縁に座っているジャンは、長い脚を組んで、膝の上で肘をついて頬杖をついて、こちらを向いていた。
そして、私と目が合うと、ニコリと微笑んだ。
人相の悪い顔に、優しい微笑みは似合わない。
でも、本当ですよ、と私に伝えようとした微笑なんだろうと思う。
私に、フリだとしても恋人がいるということを自覚させるためだとは言え、唐突にファースト・キスを奪ったことは許せない。
でも、いつまでも怒っていたって、私のファースト・キスが戻ってくるわけじゃない。
「今度、月に1回のデザートが出る日、私にジャンのをくれるなら許す。」
「いいっすよ。どうせ、ここ2年くらい、
デザート食った覚えもないんで。」
ジャンがククッと笑った。