◇第九十六話◇残酷な真実の中心で彼女は笑う
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なまえは、黙り込んでしまった。
でも、もう驚いたような様子もなく、焦っているようにも見えない。
冷静に判断をして、沈黙を選んでいる———少なくともマルコにはそう見えた。
今、目の前にあるのが、どんなに残酷で、耳を塞ぎたい真実なのだとしても、知りたいと願うのならば、彼女を観念させて、白状させる必要がある。
正直、マルコにも、迷いはあった。
知らない方がいいコトというものは、この世界に、確実に存在する。
親友から、永遠に愛する人を失わせたいわけでもない。
でも、マルコは、ココに来る前に決めていたのだ。
憲兵として、彼女の前に座っている———。
「せっかく開けた壁が塞がれてしまう。
————あの日、なまえさんが俺に言ったんです。」
一瞬で細められたなまえの目が、ゆっくりと見開いていく。
あの日の記憶が蘇ってきているのだろう。
もう4年が経った。いや、長いようであっという間な4年だった。
いまだに、あの日のことを思い出すと、恐怖と不安で両手が痺れて震える。
巨人化できる人間がいるなんて悪夢でも思っていなかった兵士達にとって、ピクシスが出した指令は、あまりにも突拍子がなく、怖ろしいものだった。
それでも、言われたことをやるしかなかった。
それが、壁の内側で未来を信じて怯えている家族や友人を助けることになるのなら———そう信じて、兵士達は『息子として』『娘として』『夫として』『妻として』、愛する者の為に命を懸けて戦っていたのだ。
それは、マルコも同様だ。恐怖と必死に戦いながら、あの作戦に参加していた。
そして、巨人を出来るだけ壁の端へとおびき寄せる役目となったマルコが、巨人の注意を引くために、街に降りた。
そのときだった。
「俺は、エレンの方へ向かってゆっくりと歩く巨人の姿を遠くに見つけてすぐに飛んでいこうとした。
でも、そんな俺の前に、兵団服を真っ赤な血に染めた兵士が飛んできました。」
残念ながら、さすがに訓練兵達よりは上だったものの、実践経験のない駐屯兵達の実力は、戦闘力と呼ぶにはあまりにも頼りなさ過ぎた。
だからこそ、誰もが目を血走らせて、必死に〝自分が〟生きることにしがみついていた。
でも、あの時、目の前に飛んできた血だらけの兵士は、世間話をする余裕があった。
首を竦めて、困ったように笑って、今まさにエレンや駐屯兵の精鋭兵達が命懸けで塞ごうとしている壁の穴の方を向いて———。
『あ~ぁ、せっかく開けた穴が塞がれちゃうね。どうする?』
しばらく、何を言っているのか分からずにマルコが呆然としていれば、彼女は、ハッとした顔をして飛び去ってしまった。
その背中では、そこにいるはずのない白と黒の翼が真っ赤に染まり、はためいていた———。
「声をかけられたときに気づけなかったのが悔やまれますが、あの後すぐに俺は気づいたんです。
エレンが巨人になれたということは、巨人になって人類に攻撃を仕掛ける人間がいる可能性だって
否定できないんだってことに。」
それは、人類史上最も最悪な想定だった。
出来れば、間違いであってほしい———そんな願いが、事実を確認することを、マルコに今日の日まで躊躇させてしまったのも嘘ではない。
でも、マルコは残酷な真実から目を逸らしてばかりではなかったのだ。
きちんと、向き合おうとした。
「すぐに追いかけましたが、彼女の背中はあっという間に遠くへ消えて、
呆気なく見失ってしまったんです。でも俺は、すべてが終わった後に
憲兵団のナイル師団長に、作戦中に見た不審な兵士について報告をしました。」
最悪な想定についても一緒に伝えた。
兵士に裏切り者がいるかもしれず、それは調査兵の可能性が高いこと、そして、それを探し出すことが出来るのは同じ兵士である自分達しかいないとも訴えたのだ。
だが、一度、上に持ち帰らせてくれ、と答えたナイルは、数日後『すべてお前の勘違いだ。』と言ってきた。
一応、マルコからの報告をもとに、調査しをしたが、不審な動きをした兵士はいなかったということだった。
どうしても納得のいかないマルコが、なんとか食い下がったが、あの日、エレンが壁を塞ぐための作戦実行時、調査兵団は壁外調査に出ていて、壁の穴を開けるどころか、あの作戦に参加することすらできなかったと淡々と説明した後、さらには、異常事態で頭が混乱したマルコが、悪い夢を見たのだろうとあしらったのだ。
そして最後にナイルは、マルコに『悪い夢だ。すぐに忘れろ。』と命令も出した。
「確かに、あの時の俺は正常ではいられませんでした。
まさか、人間が巨人になって人類に攻撃を仕掛けてるなんて、悪い夢でも考えたくなかった。
だから俺も、ナイル師団長の言う通りなのかもしれないと思ってしまったんです。」
憲兵団の師団長であるナイルが、人類の攻撃を仕掛ける人間側につくとは考えられなかったというのも、理由の一つにある。
もし、ナイルが、巨人化できる人間に指示を受けて〝何もなかったこと〟にしたというのなら、彼もまた人類の敵ということになる。
だが、実際、彼は、エレンの処遇について、法廷で調査兵団と争っていた。その様子は、どちらかというと、巨人化できる人間がいると知って、怯えているようだった。
そんな彼が、巨人化できる人間と仲間だは思えない。
でも———。
「でも、ジャンから、あの日、なまえさんが、
壁の穴を塞ぐ作戦に参加していたと聞いて確信したんです。」
ジャンの前では、必死に感情を抑えたが、ずっと心の中で悶々としたまま必死に抑え込んでいた疑念が、強く噴き上がっていた。
それは、もちろん喜びではなく、絶望の方が大きい。
もし、それが真実なら、知らない方が良かった———そう思ってしまったくらいだ。
でも、気づいてしまったらもう、目を逸らすことは出来ない。
憲兵の同期だけではなく友人にまで、融通が利かず真面目過ぎると言われるが、生まれ持った性格でどうしようもない。それもまた自分であり、何事にも真っすぐに取り組む自分のことを嫌いだとも思わない。
ただ今だけは、ジャンに対して、ひどく申し訳ない気持ちだった。
「———あの真っ赤に染まった白と黒の翼の背中は、なまえさんだったんですね。」
それはもう、問いかけではなかった。
確信しているものを、改めて確かめただけだ。
言い逃れをしたところで、論理的に彼女を追い詰めることは可能だ。
出来れば、そうはさせて欲しくないけれど———。
しばらくの沈黙の後、なまえは、大きく息を吐いた。
自分が謂れのない罪で〝人殺し〟と呼ばれることを受け入れてまで真実を隠し続けた彼女が、ついに、観念した瞬間だった。
「あの訓練兵、マルコだったんだね。」
なまえが、困ったように笑みを浮かべる。
少し泣きそうになっているのは、ずっと隠していたことがついに露見し、自分の将来に不安を覚えたからだろうか。
「どうして、俺に声をかけたんですか?」
あれはどう考えても、なまえが、人類を攻撃する仲間にかけた言葉だった。
考えたくないが、人類を攻撃しようとしている人間は、なまえだけではないということだ。
でもなぜ、当時、まだ訓練兵だったマルコに声をかけたのか。
後姿が似ていたのかもしれない。
もしくは、訓練兵団の紋章を見て、仲間だと勘違いをしたのかもしれない。
それは、仲間が訓練兵だということで、もしもそうなら、マルコやジャンの同期に、裏切り者がいるということになる。
いや、そんなことはありえない。苦楽を共にして、なんとか訓練兵を卒業した仲間に、裏切り者がいるとは考えられない。
(考えたく、ない————。)
マルコは、唇を噛んだ。
そうか———やっと、わかった。
ナイルからの報告に違和感を覚えながらも、自分自身の記憶を間違っていたことにして、今日まで自分を誤魔化してきたのは、苦楽を共にした仲間の中に裏切り者がいるかもしれない———それを確認するのが、一番、怖かったからだ。
「私が勝手に話すことは出来ないの。
明日までは、調査兵団の兵舎にいるんだよね。
ちゃんと話す準備をしておくから、明日の午前中に私のところに来てくれるかな。」
なまえに、すぐに返事が出来なかった。
真実を知ることが出来る———そう思った途端に、怖くなったのだ。
逃げたくて、脚が、手が、震える。
「大丈夫。私は逃げないから。ね?」
なまえが、困ったように笑う。
でも、彼女は震えていない。
背筋をまっすぐに伸ばし、ヘラヘラと笑う表情の奥にある瞳では、隠しきれていない強い覚悟が見える。
「—————分かりました。
明日、ジャンに声をかけた後にもう一度、伺います。」
一呼吸入れた後、マルコは、4年間、見ないようにしてきた残酷な現実と向き合う覚悟を決めた。
でも、もう驚いたような様子もなく、焦っているようにも見えない。
冷静に判断をして、沈黙を選んでいる———少なくともマルコにはそう見えた。
今、目の前にあるのが、どんなに残酷で、耳を塞ぎたい真実なのだとしても、知りたいと願うのならば、彼女を観念させて、白状させる必要がある。
正直、マルコにも、迷いはあった。
知らない方がいいコトというものは、この世界に、確実に存在する。
親友から、永遠に愛する人を失わせたいわけでもない。
でも、マルコは、ココに来る前に決めていたのだ。
憲兵として、彼女の前に座っている———。
「せっかく開けた壁が塞がれてしまう。
————あの日、なまえさんが俺に言ったんです。」
一瞬で細められたなまえの目が、ゆっくりと見開いていく。
あの日の記憶が蘇ってきているのだろう。
もう4年が経った。いや、長いようであっという間な4年だった。
いまだに、あの日のことを思い出すと、恐怖と不安で両手が痺れて震える。
巨人化できる人間がいるなんて悪夢でも思っていなかった兵士達にとって、ピクシスが出した指令は、あまりにも突拍子がなく、怖ろしいものだった。
それでも、言われたことをやるしかなかった。
それが、壁の内側で未来を信じて怯えている家族や友人を助けることになるのなら———そう信じて、兵士達は『息子として』『娘として』『夫として』『妻として』、愛する者の為に命を懸けて戦っていたのだ。
それは、マルコも同様だ。恐怖と必死に戦いながら、あの作戦に参加していた。
そして、巨人を出来るだけ壁の端へとおびき寄せる役目となったマルコが、巨人の注意を引くために、街に降りた。
そのときだった。
「俺は、エレンの方へ向かってゆっくりと歩く巨人の姿を遠くに見つけてすぐに飛んでいこうとした。
でも、そんな俺の前に、兵団服を真っ赤な血に染めた兵士が飛んできました。」
残念ながら、さすがに訓練兵達よりは上だったものの、実践経験のない駐屯兵達の実力は、戦闘力と呼ぶにはあまりにも頼りなさ過ぎた。
だからこそ、誰もが目を血走らせて、必死に〝自分が〟生きることにしがみついていた。
でも、あの時、目の前に飛んできた血だらけの兵士は、世間話をする余裕があった。
首を竦めて、困ったように笑って、今まさにエレンや駐屯兵の精鋭兵達が命懸けで塞ごうとしている壁の穴の方を向いて———。
『あ~ぁ、せっかく開けた穴が塞がれちゃうね。どうする?』
しばらく、何を言っているのか分からずにマルコが呆然としていれば、彼女は、ハッとした顔をして飛び去ってしまった。
その背中では、そこにいるはずのない白と黒の翼が真っ赤に染まり、はためいていた———。
「声をかけられたときに気づけなかったのが悔やまれますが、あの後すぐに俺は気づいたんです。
エレンが巨人になれたということは、巨人になって人類に攻撃を仕掛ける人間がいる可能性だって
否定できないんだってことに。」
それは、人類史上最も最悪な想定だった。
出来れば、間違いであってほしい———そんな願いが、事実を確認することを、マルコに今日の日まで躊躇させてしまったのも嘘ではない。
でも、マルコは残酷な真実から目を逸らしてばかりではなかったのだ。
きちんと、向き合おうとした。
「すぐに追いかけましたが、彼女の背中はあっという間に遠くへ消えて、
呆気なく見失ってしまったんです。でも俺は、すべてが終わった後に
憲兵団のナイル師団長に、作戦中に見た不審な兵士について報告をしました。」
最悪な想定についても一緒に伝えた。
兵士に裏切り者がいるかもしれず、それは調査兵の可能性が高いこと、そして、それを探し出すことが出来るのは同じ兵士である自分達しかいないとも訴えたのだ。
だが、一度、上に持ち帰らせてくれ、と答えたナイルは、数日後『すべてお前の勘違いだ。』と言ってきた。
一応、マルコからの報告をもとに、調査しをしたが、不審な動きをした兵士はいなかったということだった。
どうしても納得のいかないマルコが、なんとか食い下がったが、あの日、エレンが壁を塞ぐための作戦実行時、調査兵団は壁外調査に出ていて、壁の穴を開けるどころか、あの作戦に参加することすらできなかったと淡々と説明した後、さらには、異常事態で頭が混乱したマルコが、悪い夢を見たのだろうとあしらったのだ。
そして最後にナイルは、マルコに『悪い夢だ。すぐに忘れろ。』と命令も出した。
「確かに、あの時の俺は正常ではいられませんでした。
まさか、人間が巨人になって人類に攻撃を仕掛けてるなんて、悪い夢でも考えたくなかった。
だから俺も、ナイル師団長の言う通りなのかもしれないと思ってしまったんです。」
憲兵団の師団長であるナイルが、人類の攻撃を仕掛ける人間側につくとは考えられなかったというのも、理由の一つにある。
もし、ナイルが、巨人化できる人間に指示を受けて〝何もなかったこと〟にしたというのなら、彼もまた人類の敵ということになる。
だが、実際、彼は、エレンの処遇について、法廷で調査兵団と争っていた。その様子は、どちらかというと、巨人化できる人間がいると知って、怯えているようだった。
そんな彼が、巨人化できる人間と仲間だは思えない。
でも———。
「でも、ジャンから、あの日、なまえさんが、
壁の穴を塞ぐ作戦に参加していたと聞いて確信したんです。」
ジャンの前では、必死に感情を抑えたが、ずっと心の中で悶々としたまま必死に抑え込んでいた疑念が、強く噴き上がっていた。
それは、もちろん喜びではなく、絶望の方が大きい。
もし、それが真実なら、知らない方が良かった———そう思ってしまったくらいだ。
でも、気づいてしまったらもう、目を逸らすことは出来ない。
憲兵の同期だけではなく友人にまで、融通が利かず真面目過ぎると言われるが、生まれ持った性格でどうしようもない。それもまた自分であり、何事にも真っすぐに取り組む自分のことを嫌いだとも思わない。
ただ今だけは、ジャンに対して、ひどく申し訳ない気持ちだった。
「———あの真っ赤に染まった白と黒の翼の背中は、なまえさんだったんですね。」
それはもう、問いかけではなかった。
確信しているものを、改めて確かめただけだ。
言い逃れをしたところで、論理的に彼女を追い詰めることは可能だ。
出来れば、そうはさせて欲しくないけれど———。
しばらくの沈黙の後、なまえは、大きく息を吐いた。
自分が謂れのない罪で〝人殺し〟と呼ばれることを受け入れてまで真実を隠し続けた彼女が、ついに、観念した瞬間だった。
「あの訓練兵、マルコだったんだね。」
なまえが、困ったように笑みを浮かべる。
少し泣きそうになっているのは、ずっと隠していたことがついに露見し、自分の将来に不安を覚えたからだろうか。
「どうして、俺に声をかけたんですか?」
あれはどう考えても、なまえが、人類を攻撃する仲間にかけた言葉だった。
考えたくないが、人類を攻撃しようとしている人間は、なまえだけではないということだ。
でもなぜ、当時、まだ訓練兵だったマルコに声をかけたのか。
後姿が似ていたのかもしれない。
もしくは、訓練兵団の紋章を見て、仲間だと勘違いをしたのかもしれない。
それは、仲間が訓練兵だということで、もしもそうなら、マルコやジャンの同期に、裏切り者がいるということになる。
いや、そんなことはありえない。苦楽を共にして、なんとか訓練兵を卒業した仲間に、裏切り者がいるとは考えられない。
(考えたく、ない————。)
マルコは、唇を噛んだ。
そうか———やっと、わかった。
ナイルからの報告に違和感を覚えながらも、自分自身の記憶を間違っていたことにして、今日まで自分を誤魔化してきたのは、苦楽を共にした仲間の中に裏切り者がいるかもしれない———それを確認するのが、一番、怖かったからだ。
「私が勝手に話すことは出来ないの。
明日までは、調査兵団の兵舎にいるんだよね。
ちゃんと話す準備をしておくから、明日の午前中に私のところに来てくれるかな。」
なまえに、すぐに返事が出来なかった。
真実を知ることが出来る———そう思った途端に、怖くなったのだ。
逃げたくて、脚が、手が、震える。
「大丈夫。私は逃げないから。ね?」
なまえが、困ったように笑う。
でも、彼女は震えていない。
背筋をまっすぐに伸ばし、ヘラヘラと笑う表情の奥にある瞳では、隠しきれていない強い覚悟が見える。
「—————分かりました。
明日、ジャンに声をかけた後にもう一度、伺います。」
一呼吸入れた後、マルコは、4年間、見ないようにしてきた残酷な現実と向き合う覚悟を決めた。