◇第十話◇ファースト・キスの代償は甘いご褒美
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無意識に私がとてつもなく怒らせてしまったらしいジャンは、さっきまでリヴァイ兵長が座っていた隣に腰を降ろすと、これでもかというほどに眉を顰めていた。
私を睨みつける切れ長の目が、一切の言い訳も許さない——、と無言で主張していた。
さっき、ジャンとリヴァイ兵長が喧嘩を始めそうだと感じてしまうほどに、部屋を張り詰めていたピリピリとした空気は残ったままだ。
もしかしたら、あのときも今も、このピリついた空気は、ジャンがリヴァイ兵長に放っていたものではなくて、私に向けて放っていたものだったのかもしれない。
私は、普段は妄想ばかりに使っている頭をフル回転して、ジャンを怒らせてしまった原因を考えた。
「えっと…、ごめん。明日の準備はまだ終わってないんだけど…
ちゃんと終わらせるし、明日も絶対に寝坊しないようにするから。」
私は、正直に謝罪をした。
6つも歳上だし、上官なのに———。
そんなことを考えるのは、もう随分と前に忘れてしまっていた。
情けないところを見られ過ぎて、上官としてのプライドも恥も、かろうじて少し残っている程度だ。
だから、プライドが邪魔して後輩兵士に頭を下げられない器の小さな先輩兵士と違って、私はちゃんと自分の悪いところは謝れる。
でも、私は間違ってしまったのだろう。
私の謝罪を聞いたジャンの眉間の皴は、深くなっただけだった。
「なまえさん、真剣にやるつもりありますか。」
「あるよ!まだ旅行バッグが空っぽなのはね!サボってたんじゃないの!
明日、少しでも親への印象が良くなる服はどれかなって探してたら…!
こんな…、感じに…。でも!ちゃんと後で自分で片付けるから!ジャンにはさせないから!!」
とにかく、ジャンの怒りを鎮めなければ——。
切れ長の目が〝許さない〟と無言で訴えていた言い訳を、私は必死に訴えた。
でも、ダメだった。
深くなっていく眉間の皴と共に、ジャンの怒りは増幅するばかりに見えた。
「調査兵団に残りたいんですよね。」
「残りたいよ…!だから、私は明日、ジャンと一緒にストヘス区に行くんだよ!!」
「そうっすよ。だから、なまえさんは、俺と一緒に、ストヘス区に行くんです。」
ジャンは『俺と一緒に』というのを強調して言った。
そして、眉を顰めたままの厳しい表情で続ける。
「その意味を、ちゃんと分かってます?」
「…分かってるよ?ジャンには迷惑をかけちゃうけど、恋人のフリをして
猶予を後1年延ばしてもらえるように、両親を説得しに行く。」
「そうです。あくまでも、今、なまえさんは俺の恋人なんです。
兵舎でも、徹底するって、約束しましたよね。」
確かめるように言われて、私はコクリと頷く。
ちゃんと分かっている。
10年かけて見つからなかった本物の結婚相手が、1年以内に見つかるとは思えない。
私は、19歳のジャンの1年を犠牲にさせて、これから1年間、歳下の補佐官が20歳になって結婚してくれるまで待っている上官を演じなければならないのだ。
だから、さっきも、リヴァイ兵長に、余計なことは言わないように必死に口を閉じたんじゃないか———。
どうせ調査兵団を辞めさせられるのなら、私の好きな人はリヴァイ兵長だって言ってしまおうかなって、本当は少しだけ思ったのだ。
でも、私は自分の気持ちを伝えるよりも、調査兵団の兵士として短いかもしれない人生を少しでも長く生きることを選んだ。
だから、好きな人の前で、私は———。
「どうして俺に怒られないといけねぇのか、
納得してねぇって顔ですね。」
ジャンの切れ長の目は、今日も相変わらず、超能力みたいに、私の気持ちを見抜く。
呆れるというよりも、それこそ、ジャン自身も、私の態度が気に入らなくて怒っているように見えた。
でも、私だって——。
「だって…!明日の準備が終わってないことを怒ってるんじゃないなら、
どうして、ジャンは怒ってるのっ。私は、大事な補佐官に迷惑をかけても調査兵団に残るって決めた!
そのために、腹も括ったよ!!どうしてそこを疑われなきゃいけないのか、わかんない!」
ジャンに、声を荒げるように言い返したのなんて、初めてだったかもしれない。
小生意気に馬鹿にされても、私の過ちを叱られても、私は笑って受け流して来た。
どんなに失礼な言い方でも、それがジャンらしくて嫌いではなかったし、叱られる理由に嫌というほどに心当たりがあったからだ。
でも、今は違う。
私は、何も悪いことなんかしてない。
少なくとも、ジャンにはしてない。
リヴァイ兵長には、ちゃんと、質問に答えることは出来なかったけれど——。
あぁ、私はきっと、ジャンにではなくて自分に腹を立てているんだ。
10年越しの恋が実らないことも、それどころか好きな人にすら嘘を吐かなきゃいけない自分を取り囲む現状にも、怒ったまま出て行ったリヴァイ兵長を追いかけて、さっきのあれはどういう意味があったのか、確かめる勇気がない弱い自分にも——。
「あぁ、そうっすか。」
ヒステリックに荒げた声を全部聞いた後、私を睨みつけていたジャンの切れ長の目が、スーッと細くなった。
まるで、暑い夏に突然に木枯らしが吹いて、生い茂っていた葉も全て落ちて、虚しく寒いあの光景が訪れたみたいに、急に冷たくなった。
「なまえさんは、恋人と一緒に両親の元へ結婚の挨拶に行く前日の夜に、
他の男と部屋で2人きりになって、身体を密着させても問題ねぇと思ってるんですね。」
ジャンは、私の顎を親指と人差し指で挟むと、強引に上げて自分の顔を向かせた。
怒られている理由に漸く気づいた私がハッと目を見開いた頃には、冷たくなっていたジャンの目は色を戻していて、責めるように顰められていた。
「違…、別にそんな風に思ってたわけじゃなくて——。」
「俺は、なまえさんていう恋人がいると思って生活してますよ。
他の女は近寄らせませんし、もちろん、俺が他の女に触れることもありません。
なまえさんにも、それくらいの自覚がないと、困ります。」
——俺だけ馬鹿みたいじゃないっすか。
そう続けて、ジャンは、私の身勝手で自覚のない行動を咎める。
ジャンの言う通りだ———。
怒らせてしまって当然なのだと、私はやっと理解した。
私は、自分の我儘にジャンを付き合わせて、恋人のフリなんて面倒なことをさせて、ジャンの私生活も縛ろうとしているのだ。
それなのに私は、もしかしたら、なんてありもしないリヴァイ兵長との未来を夢見てしまった。
さっきのリヴァイ兵長の行動に厭きれるくらいに期待して、唇が重なるのを待つためだけに、目を閉じた。
あぁ、なんて———。
愚かなんだろう————。
「ごめん。今度からは、気をつける。
ちゃんと、恋人がいる女として行動するようにする。」
ジャンに顎を掴まれたままだったから、少し喋りづらかったけれど、ちゃんと謝った。
そして、これからは気をつけるのだとしっかり伝える。
でも——。
「口だけっすね。」
「そんなことないよ。本気だよ。」
「あんなの見せられ後じゃ何言われても、信じられませんね。」
ジャンは、苦々し気に眉を顰めた。
本気なのに——。
そう思ったのと同時に、恋人に浮気を疑われた女の人って、こんなもどかしい気持ちなのかな、なんてことを考えていた。
たぶん、私はまだ、本気で自覚していたわけじゃないのだと思う。
ジャンの言う通り、口だけだったのだ。
「まぁ、いいですよ。どうせなまえさんは、幾ら言っても
自分の興味のないことには見向きもしねぇし、無駄だって知ってるんで。
俺が、なまえさんに、少なくとも今は俺の恋人だってこと、自覚させますから。」
どうやって———。
そう訊ねるよりも、ジャンの薄い唇が私の唇を塞いだ方が早かった。
私を睨みつける切れ長の目が、一切の言い訳も許さない——、と無言で主張していた。
さっき、ジャンとリヴァイ兵長が喧嘩を始めそうだと感じてしまうほどに、部屋を張り詰めていたピリピリとした空気は残ったままだ。
もしかしたら、あのときも今も、このピリついた空気は、ジャンがリヴァイ兵長に放っていたものではなくて、私に向けて放っていたものだったのかもしれない。
私は、普段は妄想ばかりに使っている頭をフル回転して、ジャンを怒らせてしまった原因を考えた。
「えっと…、ごめん。明日の準備はまだ終わってないんだけど…
ちゃんと終わらせるし、明日も絶対に寝坊しないようにするから。」
私は、正直に謝罪をした。
6つも歳上だし、上官なのに———。
そんなことを考えるのは、もう随分と前に忘れてしまっていた。
情けないところを見られ過ぎて、上官としてのプライドも恥も、かろうじて少し残っている程度だ。
だから、プライドが邪魔して後輩兵士に頭を下げられない器の小さな先輩兵士と違って、私はちゃんと自分の悪いところは謝れる。
でも、私は間違ってしまったのだろう。
私の謝罪を聞いたジャンの眉間の皴は、深くなっただけだった。
「なまえさん、真剣にやるつもりありますか。」
「あるよ!まだ旅行バッグが空っぽなのはね!サボってたんじゃないの!
明日、少しでも親への印象が良くなる服はどれかなって探してたら…!
こんな…、感じに…。でも!ちゃんと後で自分で片付けるから!ジャンにはさせないから!!」
とにかく、ジャンの怒りを鎮めなければ——。
切れ長の目が〝許さない〟と無言で訴えていた言い訳を、私は必死に訴えた。
でも、ダメだった。
深くなっていく眉間の皴と共に、ジャンの怒りは増幅するばかりに見えた。
「調査兵団に残りたいんですよね。」
「残りたいよ…!だから、私は明日、ジャンと一緒にストヘス区に行くんだよ!!」
「そうっすよ。だから、なまえさんは、俺と一緒に、ストヘス区に行くんです。」
ジャンは『俺と一緒に』というのを強調して言った。
そして、眉を顰めたままの厳しい表情で続ける。
「その意味を、ちゃんと分かってます?」
「…分かってるよ?ジャンには迷惑をかけちゃうけど、恋人のフリをして
猶予を後1年延ばしてもらえるように、両親を説得しに行く。」
「そうです。あくまでも、今、なまえさんは俺の恋人なんです。
兵舎でも、徹底するって、約束しましたよね。」
確かめるように言われて、私はコクリと頷く。
ちゃんと分かっている。
10年かけて見つからなかった本物の結婚相手が、1年以内に見つかるとは思えない。
私は、19歳のジャンの1年を犠牲にさせて、これから1年間、歳下の補佐官が20歳になって結婚してくれるまで待っている上官を演じなければならないのだ。
だから、さっきも、リヴァイ兵長に、余計なことは言わないように必死に口を閉じたんじゃないか———。
どうせ調査兵団を辞めさせられるのなら、私の好きな人はリヴァイ兵長だって言ってしまおうかなって、本当は少しだけ思ったのだ。
でも、私は自分の気持ちを伝えるよりも、調査兵団の兵士として短いかもしれない人生を少しでも長く生きることを選んだ。
だから、好きな人の前で、私は———。
「どうして俺に怒られないといけねぇのか、
納得してねぇって顔ですね。」
ジャンの切れ長の目は、今日も相変わらず、超能力みたいに、私の気持ちを見抜く。
呆れるというよりも、それこそ、ジャン自身も、私の態度が気に入らなくて怒っているように見えた。
でも、私だって——。
「だって…!明日の準備が終わってないことを怒ってるんじゃないなら、
どうして、ジャンは怒ってるのっ。私は、大事な補佐官に迷惑をかけても調査兵団に残るって決めた!
そのために、腹も括ったよ!!どうしてそこを疑われなきゃいけないのか、わかんない!」
ジャンに、声を荒げるように言い返したのなんて、初めてだったかもしれない。
小生意気に馬鹿にされても、私の過ちを叱られても、私は笑って受け流して来た。
どんなに失礼な言い方でも、それがジャンらしくて嫌いではなかったし、叱られる理由に嫌というほどに心当たりがあったからだ。
でも、今は違う。
私は、何も悪いことなんかしてない。
少なくとも、ジャンにはしてない。
リヴァイ兵長には、ちゃんと、質問に答えることは出来なかったけれど——。
あぁ、私はきっと、ジャンにではなくて自分に腹を立てているんだ。
10年越しの恋が実らないことも、それどころか好きな人にすら嘘を吐かなきゃいけない自分を取り囲む現状にも、怒ったまま出て行ったリヴァイ兵長を追いかけて、さっきのあれはどういう意味があったのか、確かめる勇気がない弱い自分にも——。
「あぁ、そうっすか。」
ヒステリックに荒げた声を全部聞いた後、私を睨みつけていたジャンの切れ長の目が、スーッと細くなった。
まるで、暑い夏に突然に木枯らしが吹いて、生い茂っていた葉も全て落ちて、虚しく寒いあの光景が訪れたみたいに、急に冷たくなった。
「なまえさんは、恋人と一緒に両親の元へ結婚の挨拶に行く前日の夜に、
他の男と部屋で2人きりになって、身体を密着させても問題ねぇと思ってるんですね。」
ジャンは、私の顎を親指と人差し指で挟むと、強引に上げて自分の顔を向かせた。
怒られている理由に漸く気づいた私がハッと目を見開いた頃には、冷たくなっていたジャンの目は色を戻していて、責めるように顰められていた。
「違…、別にそんな風に思ってたわけじゃなくて——。」
「俺は、なまえさんていう恋人がいると思って生活してますよ。
他の女は近寄らせませんし、もちろん、俺が他の女に触れることもありません。
なまえさんにも、それくらいの自覚がないと、困ります。」
——俺だけ馬鹿みたいじゃないっすか。
そう続けて、ジャンは、私の身勝手で自覚のない行動を咎める。
ジャンの言う通りだ———。
怒らせてしまって当然なのだと、私はやっと理解した。
私は、自分の我儘にジャンを付き合わせて、恋人のフリなんて面倒なことをさせて、ジャンの私生活も縛ろうとしているのだ。
それなのに私は、もしかしたら、なんてありもしないリヴァイ兵長との未来を夢見てしまった。
さっきのリヴァイ兵長の行動に厭きれるくらいに期待して、唇が重なるのを待つためだけに、目を閉じた。
あぁ、なんて———。
愚かなんだろう————。
「ごめん。今度からは、気をつける。
ちゃんと、恋人がいる女として行動するようにする。」
ジャンに顎を掴まれたままだったから、少し喋りづらかったけれど、ちゃんと謝った。
そして、これからは気をつけるのだとしっかり伝える。
でも——。
「口だけっすね。」
「そんなことないよ。本気だよ。」
「あんなの見せられ後じゃ何言われても、信じられませんね。」
ジャンは、苦々し気に眉を顰めた。
本気なのに——。
そう思ったのと同時に、恋人に浮気を疑われた女の人って、こんなもどかしい気持ちなのかな、なんてことを考えていた。
たぶん、私はまだ、本気で自覚していたわけじゃないのだと思う。
ジャンの言う通り、口だけだったのだ。
「まぁ、いいですよ。どうせなまえさんは、幾ら言っても
自分の興味のないことには見向きもしねぇし、無駄だって知ってるんで。
俺が、なまえさんに、少なくとも今は俺の恋人だってこと、自覚させますから。」
どうやって———。
そう訊ねるよりも、ジャンの薄い唇が私の唇を塞いだ方が早かった。