◇第九十四話◇親友達からのお見舞い
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マルコが、調査兵団の医療棟に来るのは、初めてだった。
訓練兵団を卒業後に所属したのが憲兵団だというのもあるが、ひとえに、死と隣り合わせの兵団に所属している親友の悪運の強さのおかげだろう。
だが、そんなジャンも、ついに医療棟の世話になることなった。
それも、壁外調査任務で怪我をしたわけではなく、駐屯兵に刺されて重傷を負ったのだ。
死ぬほど心配もしたし、ジャンが意識不明の間は毎日、怖ろしい報告が届かないかと不安も感じていた。だが、それと同時に、ジャンの奇妙な運に驚きを通り越して、彼らしいと思ってしまったというのもある。
「マルコさん、ですか?」
受付でジャンの病室を確認し終わったタイミングを待っていたかのように、後ろから声をかけられた。
振り向けば、そこにいたのは、若い女性だった。
調査兵らしく、白と黒の翼の紋章をつけた兵団服を着ているが、見覚えはない。彼女が、マルコに名前を確認したことからも分かるように、お互いに面識はないはずだ。
そもそも、調査兵の知り合いなんて、調査兵団に入団を決めた同期の強者達となまえくらいだ。それ以外では、幹部の人達と何度か話をしたことくらいしかないし、彼らのことを知り合いだなんて、畏れ多すぎて口が裂けても言えない。
「そうだけど…?」
「よかった!」
途端に、彼女は満面の笑みを見せた。
屈託なく無邪気に笑うなまえともまた違うが、可愛らしい笑顔だ。
きっと彼女は自分が今〝とても可愛らしい笑顔〟をしていることを知っている。直感的に、そう思った。
「俺を?」
「私、フレイヤって言います。ジャンさんの未来のお嫁さんなんです!」
「はぁ・・・・そう、なんだ・・・?」
何を言っているんだろう———それが最初に思ったことだ。
だって、ジャンの婚約者はなまえだ。
なまえが調査兵団に残るためのフリであることは本人達からも聞いているが、その〝偽物〟が一生続くとは限らない。
少なくとも、マルコは、そうは思っていない。
本当は誰よりも繊細で優しいくせに、軋轢を生みやすい性格で損ばかりしている親友の今後を、昔からずっと心配しているから、いつかなまえ本当に結婚してくれたらいい、と願っているくらいだ。
確かに、フレイヤと名乗った彼女は、とても可愛らしい女性だ。
それが可愛いのかはよく分からないが、長い髪の毛も丁寧に巻いていて、髪飾りまでついている。さすがに、壁外調査の時にまでそんなことはしないとは思うが、それでも訓練の時に、邪魔にならないか心配になってしまう。
華奢で小柄な身体に、ピンクに色づいたぷっくりと膨れる唇と、甘えるように上目遣いで覗かれる大きな瞳をもってすれば、大抵の男が簡単に落ちて来たんだろう。
だが、果たして、ジャンもその〝大抵の男〟に数えられるのか。
顔も良く、身長も高く、頭もよく運動能力も高い親友は、損をしやすい性格のせいで、残念ながら、モテたためしがない。
こんな可愛らしい女性に言い寄られれば、鼻の下くらいは伸ばしそうだ。だが、恋に落ちるとはどうしても思えない。
ジャンの好きなタイプは、正統派な美人だということは、同期なら皆が知っている。
なぜなら、彼の初恋は、難攻不落のミカサだからだ。
もちろん、フレイヤとミカサは似ても似つかない。
確かに、ミカサとなまえも正反対のタイプの美人だけれど、そんな彼女達ともフレイヤは違うのだ。
どこを———と言われたら、人間の質、としか言えないのが残念だけれど———。
だからこそ、向上心と共に、女性への理想も高いジャンが、自分を着飾ることばかりに気をとられていそうなフレイヤに恋をするとは、どうしても思えなかった。
「毎日、朝から晩までジャンさんのお世話をさせてもらっているんです。
本当なら今日もそのつもりだったんですけど、親友のマルコさんがお見舞いにいらっしゃると聞いて
せっかくのお時間を邪魔するわけにはいかないので、午前中のうちに遠慮させてもらったんです。」
「そうなんだ。気を遣わせてしまって、ごめんね。」
恩着せがましい言い方に感じたが、とりあえず、謝れば、フレイヤは満足そうに目を細める。
どちらかと言わなくても、見た目も性格も地味だと自他ともに認めるマルコにとって、今、目の前にいるのは、この世で一番苦手なタイプの女性だった。
たったの2、3言、言葉を交わしただけだけれど、間違いない。
「それで、マルコさんにお願いがあって待っていたんです。」
「何かな?」
「ジャンさんに、早くなまえさんのことを忘れるように言って欲しいんです。」
「なまえさんのことを?」
どうしてそんなことを———。
マルコが訝し気に眉を顰めれば、フレイヤは、まるで鬼の首でも取ったかのように、口の端を上げた。
「マルコさん、もしかして、知らないんですか?
なまえさんは、人殺しなんですよ。」
唐突に出てきた物騒なセリフに、マルコの眉間の皴はさらに濃くなる。
なまえと人殺しなんて、この世で最も不釣り合いに感じる。それはきっと、ジャンも同じだろう。
だって、ジャンから聞くなまえは、空気のようにつかみどころがなくて、それでも、芯のしっかりしている強い女性だった。実際にマルコがなまえと会って、話をしても、彼女が纏う雰囲気や口調の端々から、両親譲りの素晴らしい人間性を感じるのだ。
そんな彼女が人殺し———いや、ありえない。
「なまえさんは、親友の恋人を寝取って、飽きたからって殺したんです。」
堂々と言い切ったフレイヤは、その後に「ひどいですよね。」と眉尻を下げた。
他人事ながら優しい自分はとても深く傷ついている——というパフォーマンスなのだろうが、楽しそうに口の端が上がってしまっていて、嫌な感じだ。
「ジャンさん、優しくて愛情深い人だから、婚約者だった人を
簡単には捨てられないのかもしれないけど、人殺しと一緒になんてなったら
ジャンさんが苦労するだけです。」
フレイヤが、心配そうに言う。
空気を読む、というのはマルコも得意な方だが、人の心を読むことは出来ない。
でも、フレイヤが今、何を考えているのかは、嫌というほどにひしひしと伝わってくる。
彼女が心配しているのは、ジャンじゃない。
ジャンがなまえと結婚してしまうことで、自分の叶わない〝恋〟の心配をしているのだ。
そんな自分本位な〝恋〟では、誰が相手であっても、永久に幸せな結末はやってきそうにない。
「だから、親友のマルコさんから、ジャンさんに言ってほしいんです。
自分の為にならない人のことは早く忘れた方がいいって。
優しいジャンさんは今はツラいかもしれないけど、きっと将来は感謝するはずです。」
私に———そう言わずとも、彼女の自信に満ち溢れた笑みは、そう主張しているようだった。
「そうだね。ジャンには俺からも、自分の為になる選択をするように伝えるよ。
俺も、ジャンの幸せを願ってるから。」
「あぁ、よかった!
さすが、頭の良い憲兵さんですね!」
フレイヤが、嬉しそうに両手を叩くと、軽く飛び跳ねる。
憲兵団に入って両親に喜ばれた時以外、憲兵であることを褒められて嬉しいと思ったことはないけれど、こんなにも癇に障ったのは初めてだった。
訓練兵団を卒業後に所属したのが憲兵団だというのもあるが、ひとえに、死と隣り合わせの兵団に所属している親友の悪運の強さのおかげだろう。
だが、そんなジャンも、ついに医療棟の世話になることなった。
それも、壁外調査任務で怪我をしたわけではなく、駐屯兵に刺されて重傷を負ったのだ。
死ぬほど心配もしたし、ジャンが意識不明の間は毎日、怖ろしい報告が届かないかと不安も感じていた。だが、それと同時に、ジャンの奇妙な運に驚きを通り越して、彼らしいと思ってしまったというのもある。
「マルコさん、ですか?」
受付でジャンの病室を確認し終わったタイミングを待っていたかのように、後ろから声をかけられた。
振り向けば、そこにいたのは、若い女性だった。
調査兵らしく、白と黒の翼の紋章をつけた兵団服を着ているが、見覚えはない。彼女が、マルコに名前を確認したことからも分かるように、お互いに面識はないはずだ。
そもそも、調査兵の知り合いなんて、調査兵団に入団を決めた同期の強者達となまえくらいだ。それ以外では、幹部の人達と何度か話をしたことくらいしかないし、彼らのことを知り合いだなんて、畏れ多すぎて口が裂けても言えない。
「そうだけど…?」
「よかった!」
途端に、彼女は満面の笑みを見せた。
屈託なく無邪気に笑うなまえともまた違うが、可愛らしい笑顔だ。
きっと彼女は自分が今〝とても可愛らしい笑顔〟をしていることを知っている。直感的に、そう思った。
「俺を?」
「私、フレイヤって言います。ジャンさんの未来のお嫁さんなんです!」
「はぁ・・・・そう、なんだ・・・?」
何を言っているんだろう———それが最初に思ったことだ。
だって、ジャンの婚約者はなまえだ。
なまえが調査兵団に残るためのフリであることは本人達からも聞いているが、その〝偽物〟が一生続くとは限らない。
少なくとも、マルコは、そうは思っていない。
本当は誰よりも繊細で優しいくせに、軋轢を生みやすい性格で損ばかりしている親友の今後を、昔からずっと心配しているから、いつかなまえ本当に結婚してくれたらいい、と願っているくらいだ。
確かに、フレイヤと名乗った彼女は、とても可愛らしい女性だ。
それが可愛いのかはよく分からないが、長い髪の毛も丁寧に巻いていて、髪飾りまでついている。さすがに、壁外調査の時にまでそんなことはしないとは思うが、それでも訓練の時に、邪魔にならないか心配になってしまう。
華奢で小柄な身体に、ピンクに色づいたぷっくりと膨れる唇と、甘えるように上目遣いで覗かれる大きな瞳をもってすれば、大抵の男が簡単に落ちて来たんだろう。
だが、果たして、ジャンもその〝大抵の男〟に数えられるのか。
顔も良く、身長も高く、頭もよく運動能力も高い親友は、損をしやすい性格のせいで、残念ながら、モテたためしがない。
こんな可愛らしい女性に言い寄られれば、鼻の下くらいは伸ばしそうだ。だが、恋に落ちるとはどうしても思えない。
ジャンの好きなタイプは、正統派な美人だということは、同期なら皆が知っている。
なぜなら、彼の初恋は、難攻不落のミカサだからだ。
もちろん、フレイヤとミカサは似ても似つかない。
確かに、ミカサとなまえも正反対のタイプの美人だけれど、そんな彼女達ともフレイヤは違うのだ。
どこを———と言われたら、人間の質、としか言えないのが残念だけれど———。
だからこそ、向上心と共に、女性への理想も高いジャンが、自分を着飾ることばかりに気をとられていそうなフレイヤに恋をするとは、どうしても思えなかった。
「毎日、朝から晩までジャンさんのお世話をさせてもらっているんです。
本当なら今日もそのつもりだったんですけど、親友のマルコさんがお見舞いにいらっしゃると聞いて
せっかくのお時間を邪魔するわけにはいかないので、午前中のうちに遠慮させてもらったんです。」
「そうなんだ。気を遣わせてしまって、ごめんね。」
恩着せがましい言い方に感じたが、とりあえず、謝れば、フレイヤは満足そうに目を細める。
どちらかと言わなくても、見た目も性格も地味だと自他ともに認めるマルコにとって、今、目の前にいるのは、この世で一番苦手なタイプの女性だった。
たったの2、3言、言葉を交わしただけだけれど、間違いない。
「それで、マルコさんにお願いがあって待っていたんです。」
「何かな?」
「ジャンさんに、早くなまえさんのことを忘れるように言って欲しいんです。」
「なまえさんのことを?」
どうしてそんなことを———。
マルコが訝し気に眉を顰めれば、フレイヤは、まるで鬼の首でも取ったかのように、口の端を上げた。
「マルコさん、もしかして、知らないんですか?
なまえさんは、人殺しなんですよ。」
唐突に出てきた物騒なセリフに、マルコの眉間の皴はさらに濃くなる。
なまえと人殺しなんて、この世で最も不釣り合いに感じる。それはきっと、ジャンも同じだろう。
だって、ジャンから聞くなまえは、空気のようにつかみどころがなくて、それでも、芯のしっかりしている強い女性だった。実際にマルコがなまえと会って、話をしても、彼女が纏う雰囲気や口調の端々から、両親譲りの素晴らしい人間性を感じるのだ。
そんな彼女が人殺し———いや、ありえない。
「なまえさんは、親友の恋人を寝取って、飽きたからって殺したんです。」
堂々と言い切ったフレイヤは、その後に「ひどいですよね。」と眉尻を下げた。
他人事ながら優しい自分はとても深く傷ついている——というパフォーマンスなのだろうが、楽しそうに口の端が上がってしまっていて、嫌な感じだ。
「ジャンさん、優しくて愛情深い人だから、婚約者だった人を
簡単には捨てられないのかもしれないけど、人殺しと一緒になんてなったら
ジャンさんが苦労するだけです。」
フレイヤが、心配そうに言う。
空気を読む、というのはマルコも得意な方だが、人の心を読むことは出来ない。
でも、フレイヤが今、何を考えているのかは、嫌というほどにひしひしと伝わってくる。
彼女が心配しているのは、ジャンじゃない。
ジャンがなまえと結婚してしまうことで、自分の叶わない〝恋〟の心配をしているのだ。
そんな自分本位な〝恋〟では、誰が相手であっても、永久に幸せな結末はやってきそうにない。
「だから、親友のマルコさんから、ジャンさんに言ってほしいんです。
自分の為にならない人のことは早く忘れた方がいいって。
優しいジャンさんは今はツラいかもしれないけど、きっと将来は感謝するはずです。」
私に———そう言わずとも、彼女の自信に満ち溢れた笑みは、そう主張しているようだった。
「そうだね。ジャンには俺からも、自分の為になる選択をするように伝えるよ。
俺も、ジャンの幸せを願ってるから。」
「あぁ、よかった!
さすが、頭の良い憲兵さんですね!」
フレイヤが、嬉しそうに両手を叩くと、軽く飛び跳ねる。
憲兵団に入って両親に喜ばれた時以外、憲兵であることを褒められて嬉しいと思ったことはないけれど、こんなにも癇に障ったのは初めてだった。