◇第八十九話◇君の声を、待っている
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ゆっくりと、なまえが病室に足を踏み入れる。
その途端、さっきまで、忙しなく働いていた医療兵や看護兵達まで、静かになった。
そして、全員が見守る中、なまえは、ベッド脇の椅子に腰を降ろす。
相変わらず、ジャンは、虚ろな目で天井をぼんやりと見上げていたけれど、そんな彼を、なまえはひどく愛おしそうに見つめ、そっと頬に触れた。
「ジャン、私はここにいるよ。いつも、ジャンのそばにいる。
夢の中は、悲しいことも、苦しいこともないし、失った友達も沢山いるし、
きっと楽しいね。もう、帰ってきたくなくなっちゃった?」
なまえは、ジャンの頬を愛おしそうに撫でながら、悲しそうに微笑む。
起こしてくれとお願いしたのに、何を言っているのか———文句を言って、なまえを引き剥がそうとしたフレイヤだったけれど、ミケに肩を掴まれて引き留められた。
看護兵に啖呵を切れたフレイヤも、さすがに、分隊長には逆らえない。
悔し気に唇を噛む。
「ねぇ、でも、そこに私は、いないでしょう?
だって、ジャンがいないと、私は夢を見れないから…。
もし、会いたいと思ってくれるなら、起きて…。目を、覚まして…。」
会いたいよ————なまえは、震える声で懇願するように心の声を漏らした。
馬鹿らしい、フレイヤは、そう思ったのだ。
だって、なまえの目の前に、ジャンはいるのだ。
確かに、昏睡状態で、今も瞼は開いているものの起きているのかどうかも分からない状態だ。
それでも〝会っていない〟わけではない。
くだらないと、そう思ったのに、ジャンにとっては違ったのかもしれない。
今まで、ただぼんやりと天井を見上げていた虚ろな瞳が、左右に揺れたのだ。
虚ろな瞳は何度か左右を往復しながら、少しずつ光を取り戻していった。
そして、自分のすぐ隣にいるなまえを視界に映すと、ずっと閉ざされていた薄い唇が、小さく開いた。
それは、音を出すことは出来ないまま、必死に、何かを伝えようとしているようだった。
なまえも、ジャンを見つめたまま、その言葉を待つ。
「…、なまえ…。」
掠れた声だった。
でも、それは確かに、ジャンの声だった。
懐かしいと思ってしまうくらいに、ひどく久しぶりに聞いた声だった。
なぜなら、ジャンが、なまえの名前を呼ぶ声なんて、ここにいる誰もが既に聞き慣れているのだ。
最近は、呼び捨てになっていたことだって、フレイヤは気づいていた。
今の声は、ジャンが、目が覚めたというなによりもの証拠だった。
「あぁ…っ。」
キルシュタイン夫妻は、妻が安堵で顔を覆って崩れ落ちると、夫が唇を噛んで彼女を抱きしめた。
医療兵や看護兵達からも嬉しそうな声が上がり、ミケも嬉しそうに口の両端を上げていた。
フレイヤだけが、痛いくらいに唇を噛み、震える拳を握りしめる。
だって、きっと、なまえの声なんて関係ない。
目が覚めかけていたジャンが、反応できるようになったタイミングが、今だっただけだ。
それなのに、愛の力だと、夢見る誰かが言い出しそうなそれが、フレイヤは、悔しくて、腹が立って、仕方がなかった。
でも、漸く〝会えた〟ふたりには、フレイヤの怒りどころか、喜ぶ仲間達の姿も見えていない。
ジャンを見つめるなまえの瞳から、大粒の涙が零れ落ちる。
すると、弱弱しく震えながらも、なんとかジャンが腕を動かして、なまえの頬に手を伸ばした。
そして、細くて長い指が、なまえの涙袋に添えられて、流れ落ちる涙を優しく拭う。
「よか、った。やっと…、涙、拭えた。」
ジャンが、嬉しそうに言う。
力のない笑みだった。
けれど、心底嬉しそうな微笑みだ。
幸せが、彼らの愛が、見守る仲間にも伝わってくるような、そんな笑みだった。
その途端、さっきまで、忙しなく働いていた医療兵や看護兵達まで、静かになった。
そして、全員が見守る中、なまえは、ベッド脇の椅子に腰を降ろす。
相変わらず、ジャンは、虚ろな目で天井をぼんやりと見上げていたけれど、そんな彼を、なまえはひどく愛おしそうに見つめ、そっと頬に触れた。
「ジャン、私はここにいるよ。いつも、ジャンのそばにいる。
夢の中は、悲しいことも、苦しいこともないし、失った友達も沢山いるし、
きっと楽しいね。もう、帰ってきたくなくなっちゃった?」
なまえは、ジャンの頬を愛おしそうに撫でながら、悲しそうに微笑む。
起こしてくれとお願いしたのに、何を言っているのか———文句を言って、なまえを引き剥がそうとしたフレイヤだったけれど、ミケに肩を掴まれて引き留められた。
看護兵に啖呵を切れたフレイヤも、さすがに、分隊長には逆らえない。
悔し気に唇を噛む。
「ねぇ、でも、そこに私は、いないでしょう?
だって、ジャンがいないと、私は夢を見れないから…。
もし、会いたいと思ってくれるなら、起きて…。目を、覚まして…。」
会いたいよ————なまえは、震える声で懇願するように心の声を漏らした。
馬鹿らしい、フレイヤは、そう思ったのだ。
だって、なまえの目の前に、ジャンはいるのだ。
確かに、昏睡状態で、今も瞼は開いているものの起きているのかどうかも分からない状態だ。
それでも〝会っていない〟わけではない。
くだらないと、そう思ったのに、ジャンにとっては違ったのかもしれない。
今まで、ただぼんやりと天井を見上げていた虚ろな瞳が、左右に揺れたのだ。
虚ろな瞳は何度か左右を往復しながら、少しずつ光を取り戻していった。
そして、自分のすぐ隣にいるなまえを視界に映すと、ずっと閉ざされていた薄い唇が、小さく開いた。
それは、音を出すことは出来ないまま、必死に、何かを伝えようとしているようだった。
なまえも、ジャンを見つめたまま、その言葉を待つ。
「…、なまえ…。」
掠れた声だった。
でも、それは確かに、ジャンの声だった。
懐かしいと思ってしまうくらいに、ひどく久しぶりに聞いた声だった。
なぜなら、ジャンが、なまえの名前を呼ぶ声なんて、ここにいる誰もが既に聞き慣れているのだ。
最近は、呼び捨てになっていたことだって、フレイヤは気づいていた。
今の声は、ジャンが、目が覚めたというなによりもの証拠だった。
「あぁ…っ。」
キルシュタイン夫妻は、妻が安堵で顔を覆って崩れ落ちると、夫が唇を噛んで彼女を抱きしめた。
医療兵や看護兵達からも嬉しそうな声が上がり、ミケも嬉しそうに口の両端を上げていた。
フレイヤだけが、痛いくらいに唇を噛み、震える拳を握りしめる。
だって、きっと、なまえの声なんて関係ない。
目が覚めかけていたジャンが、反応できるようになったタイミングが、今だっただけだ。
それなのに、愛の力だと、夢見る誰かが言い出しそうなそれが、フレイヤは、悔しくて、腹が立って、仕方がなかった。
でも、漸く〝会えた〟ふたりには、フレイヤの怒りどころか、喜ぶ仲間達の姿も見えていない。
ジャンを見つめるなまえの瞳から、大粒の涙が零れ落ちる。
すると、弱弱しく震えながらも、なんとかジャンが腕を動かして、なまえの頬に手を伸ばした。
そして、細くて長い指が、なまえの涙袋に添えられて、流れ落ちる涙を優しく拭う。
「よか、った。やっと…、涙、拭えた。」
ジャンが、嬉しそうに言う。
力のない笑みだった。
けれど、心底嬉しそうな微笑みだ。
幸せが、彼らの愛が、見守る仲間にも伝わってくるような、そんな笑みだった。